今更ながら、雅貴の考察は非常に的を射ていた。
天使殺戮士が戦力不足に悩んでいる事。そして、切り札であるイスラエルの末裔の覚醒を目論んでいる事……
物語は表世界ではなく魔界都市で紡がれる。
何故なら初代イスラエルが唯一神から祝福を賜った土地……約束された場所こと「ペヌエル」がデスシティに埋もれているからだ。
物語がはじまる。
何時もと違う、魔界都市の物語が……
◆◆
ギラギラと眩いサーチライトが所々で明滅を繰り返していた。それらは二百階建ての超高層ビルを舐めるように照らし、果てには曇天の空を映し出す。
その日はやけに騒がしかった。
上空ではワイバーンやハーピーが激しく飛び交い、巨大怪虫が更に巨大なロック鳥に攫われている。
路上では傭兵たちが盛大な殴り合いをおっぱじめており、横では街灯娼婦らがイイ男を求めて彷徨い歩いていた。
新型の窒素カーや電気自動車が不可思議なエンジン音を立てて走り去っていく。
喧騒と退廃が蔓延る此処、魔界都市。
今宵は騒がしいがまだまだ何時も通りであり、排水溝からガス靄が緩く立ち昇り、物陰から豚虫の群れがガサガサと這い出て歩道を横断していく。
中央区の大通りにて。奇妙な二人組が並び歩いていた。
たまたま横を通りかかったヤクザたちは暇潰しに突っかかろうとする。
が、途中で止まった。
その目には、逆十字が施された真紅の腕章が映っていた。
《天使殺戮士》
プロテスタントが誇る最高戦力。一人の腕に巻かれている腕章は、その補佐役の証だった。
◆◆
中央区の看板とも言える店、大衆酒場ゲートにて。
陽気な雰囲気は何時も通りだが、今回は仮りそめのものである。
その証拠に、殆どの客人たちがあるテーブル席に注目していた。
A級四天王と呼ばれるデスシティの実力者たちが揃っていた。
まずは冷たい美貌をたたえる女性。
抜き身の刃物を連想させる気配。艶のある漆黒の長髪はツインテールに結われており、鷹の様な目付きから生まれる威圧感はかなりのもの。凝った漆黒の戦闘服は特注品なのだろう、冷たい美貌によくマッチしていた。
A級用心棒、「黒刃」の異名を持つ殺人剣の達人──
その横では奇抜なファッションをした美女が楽しそうに魔弾の種類分けをしていた。乱雑に伸ばされた黒髪、先端に入れられた金色のメッシュ。多種多様な缶バッチをジャラジャラ付けたゴシックパンク風の服装。そして何気に魅惑的な身体つきをしている。
風船ガムをプクーと膨らませている彼女の名はサーシュ。
A級の殺し屋であり、その残忍性からデスシティの住民たちからも恐れられている筋金入りの悪女だ。
彼女の隣では、見目麗しい美少女が各種武装の点検をしていた。
対霊金属、緋緋色金製の日本刀。折り畳み式の電磁手裏剣。注射式の猛毒入り小剣。そして魔改造済みの各種銃器。スナイパーライフル、アサルトライフル、ショットガン、ハンドガンなど。
今丁度、ハンドガンであるM1911、コルトガバメントを分解していた。現役軍人も目を剥くほどの作業速度である。
容姿的年齢は十代後半ほど。肩までで切り揃えられたプラチナブロンドの髪、頭上で揺れる大きな真紅のリボン。死人の様な白い肌、鮮血を彷彿とさせる紅色の瞳。
発育の良い肢体は特注の白の戦闘装束できっちりと隠されていた。同じ色のスカートの下も、黒のニーソックスで覆っている。
A級の用心棒であり最近大和の弟子になった事でメキメキと頭角をあらわしてきた
3名の女性が戦闘準備をしている中、2人の男性は実に気軽に過ごしていた。
一人は手鏡で身嗜みのチェックをしている。
橙色の鮮やかな髪、端正過ぎる顔立ち。ネイル、まつ毛に至るまで女性よりも気を遣っている事がわかる。服装はモデル体型に合ったカジュアルな洋服。
A級賞金稼ぎ、「爆弾貴人」ことパンジー。
その隣にいるのは、純白のスーツを着こなしサングラスをかけた大男だった。
全身古傷だらけでガタイがよく、身長も二メートル近くあるのでそんじょそこらのヤクザよりも厳つい。しかし顔の造形は整っており、よくよく見ればイケメン。
彼は岩石の様に硬くなった手でオイルライターを弄び、最後には煙草に火を付けた。
A級用心棒、「喧嘩屋」の右乃助。
大衆酒場ゲートの客たちはこの5名を注視していた。
……既に駆け引きははじまっている。
もう、仕事の時間だ。
時刻は正午を過ぎようとしている。
待ち合わせの時間が迫る中で、右乃助は灰皿に煙草の灰を落した。
その横顔は、何時もお調子者の彼とは違っていた。
◆◆
魔界都市には右乃助よりも強い殺し屋や用心棒など沢山いる。
しかし、彼は魔界都市の古株たち……神魔霊獣問わず、あらゆる存在から信頼されていた。
なんなら五大犯罪シンジケートの各首領、表世界の顔役たちにも顔が通じるほどである。
その理由はなんと言っても達成率の高さ。なんと90パーセントを越えている。
自ら仕事をキャンセルしない限り、彼はどんな無茶な内容でも完遂する……
大和やネメアなどの規格外に隠れがちだが、彼もまたデスシティを代表する強者なのだ。
その秘訣はなんと言っても狡賢さ。
徹底的なまでの現実主義。そこから成る事前準備と情報収集、そして作戦の数々。
万難を廃し、予め切る手札を持っておく。
自分の力に決して慢心せず、むしろ臆病なくらい入念に、慎重に、事を進めていく。
ある意味「らしい」そのビジネススタイルは、味方に回せば頼もしいが敵に回せば相当厄介だった。
現に「仕事持ち」の客人は、彼の一挙一動を注視している。
右乃助はそれらを無視してカウンターの向こうにいる店主に声をかけた。
「ネメア、そろそろいいか?」
「ああ、いい時間帯だな」
金髪の偉丈夫、ネメアは時計を見て頷き、パンパンと手を叩く。
「お前ら、店の前の看板に書いておいたろう。これから明日の朝まで『臨時休店』だ。外に出ていってくれ」
客人たちの半分は勘定を済ませて外に出ていく。
しかし、もう半分は違った。
彼等を代表して、軽薄そうな男が前に出る。
「何で右乃助たちはそのまんまで、俺達は出ていかなきゃなんねぇんだ?」
「そういう約束をしている、依頼料も既に貰った」
「納得できねぇ」
「納得なんて求めてない、此処の店主は俺だ。いいから出ていけ」
「……お客様に大してその態度はねぇんじゃねぇの? ネメアさんよぉ」
席から立ち上がったのは殺し屋や傭兵たち。
二十名ほどだ。人間に妖精、亜人、サイボーグ、妖怪など、種族は様々だがそれなりの腕前を誇っている。
ネメアはうっすらと金眼を細めた。
「そういう交渉の仕方をするのなら、俺もそれなりの対応をするが?」
「やれるもんなら。この店で暴力沙汰は厳禁だろう? ……別に暴れたりはしねぇよ。アンタと少し話をしたいだけだ」
「そんな風には見えないが?」
「人数が多いだけだ、他意はねぇ」
「……誠意が足りないな」
「……ハァ?」
「右乃助は見せたぞ。客人としてではなく、一人の男として」
「……ネメアさんよぉ、そういう」
ガィィィンと、硬質な音を立てて男の足元に刃物が突き立った。
赤柄巻が美しい、見事な拵えの大太刀である。
一同はネメアに近いカウンター席を見た。
居た。居てしまった。最強最悪の存在が……
「グダグダうるせぇんだよ三下ども……ネメアが店から出ていけっつったんだ。いいから出ていけ」
「……そ、そういうアンタはいいのかい? 大和さんよぉ」
「お生憎様、今回はコッチ側だ。俺もネメアも、コイツもな」
褐色肌の美丈夫、世界最強の殺し屋「大和」。
その隣席には白いドレスを着た毒婦がいた。
妖しい魅力を醸し出しながら、クスリと笑う。
「やめときなさい。ネメアは兎も角、私と大和はそんなに温厚じゃないわよ?」
世界最強の暗殺者、アラクネ。
魔界都市で雇える各分野のプロフェッショナルたち、「デスシティの三羽烏」の完成である。
大和は男の前に突き立てた大太刀を拾いに行き、そして見下ろした。
「挽肉にされてぇのか?」
「……この店では暴力沙汰厳禁の筈だが?」
「今は許そう」
「!!」
ネメアの言葉に動揺した男の喉元に、脇差しの切っ先が突き立つ。
大和はあからさまな嘲笑を浮かべた。
「残念。お前の生命保険はなくなった ……さぁ、どうする?」
「~~っっ」
男も、取り巻きたちも、慌てて店の外へと出ていった。
大和はやれやれと肩を竦めると、大太刀と脇差しを納める。
そして右乃助に振り返った。
「これでよかったのか? 右乃助」
「ああ、いい刺激になっただろう。アイツらのバックにとって、な」
「ククク……「暴れ
その言葉に右乃助は眉をひそめた。
「その二つ名、嫌いなんだよ。ただ……猿にしろ人間にしろ、最大の武器は力じゃねぇ。ココだ」
右乃助はトントンと指で額をつつく。
この男、普段こそ情けないがやる時はやる男である。
◆◆
「ししょー!!」
「大和さまぁん♪」
アモールに抱き付かれ、サーシュに背中からよじ登られる。
大和はくっ付く二人の頭を撫でながら右乃助に聞いた。
「んで? 作戦会議を始めるのはいいが、肝心の護衛対象はどうした? 既にこの有り様だ。無事この店に辿り着けるとは思えねぇが……」
最もな意見を、右乃助は優々と笑い流してみせる。
「安心しろ、エスコートには適役を配備してる。ネメアからの推薦だ」
大和は怪訝な面持ちをする。
すると、ウェスタンドアが開き件の者たちが入ってきた。
先頭にいるのは元・世界最強の妨害屋……大和は成る程と頷く。
「確かに適任だな」
「だろ?」
「右乃助さん、依頼の第一段階。天使殺戮士への襲撃者の妨害を完了しました」
冷たい雰囲気を醸し出す美少女。
兎耳を付けた黒いフード、灰色の瞳。最近の若者らしい軽い服装にフチのないタイプの眼鏡。プラチナブロンドの髪と、手に持ったミスリル銀製の長棒。
懐かしい姿をしている。
右乃助は彼女に手をあげ礼を言う。
「サンキュー、助かった」
「お礼ならネメアさんに言ってください。私がこの仕事をするなんて、本来ありえないんですから」
「そうだな、また改めてしておくよ」
「わかりました」
「で……どうだった? 襲撃者の「具合」は」
「中々面倒でしたよ。なので、サブ依頼であった「助っ人」を呼んでおきました」
黒兎は胸元を広げる。
すると、浴衣を着た三毛猫が「ミャ」っと出てきた。
「右乃助の旦那~、あっしの情報は高くつきますぜ~?」
「わーってるよ、きっちり現金を持ってきてる。一括払いだ、頼めるか?」
「流っ石、右乃助の旦那! 了解でさぁ! あっしに任せてくだせぇ!」
三毛猫は笑うと、二足歩行で華麗に着地する。
情報屋ミケ、デスシティで三本指に入る凄腕の情報屋だ。
ミャ! と手を上げた彼を抱きかかえ、黒兎は横へと逸れる。
「その前に……まずは後ろの方たちに挨拶したほうがいいのでは?」
「そりゃそうだ」
右乃助は立ち上り、件の者たちと向き合う。
二人一組の凸凹コンビがいた。
一人はどう見ても小学生ぐらいの女の子。髪と目の色は明るい茶色、服装は丈の合っていないブカブカの黒いシャツと黄色いネクタイ……何故か伸縮性のあるエナメル製のタイツを履いていた。
西洋人形の様な可憐な容姿をしているが、警戒心が強いのだろう……固い表情をして相方の裏に隠れてしまう。
相方は長身痩躯の老年の紳士。
白銀の頭髪、マリンブルーの瞳。穏やかでかつ気品ある佇まいは思わず見惚れてしまう。燕尾服を着ている姿はサマになっていた。
彼の腕に巻かれている真紅の腕章を見て、右乃助は思う。
(成る程……そういう事か。依頼主の心配ぶりが理解できたぜ)
事前に依頼主とある程度話し合いをしていた右乃助は、いざ護衛対象を見てそう思わざるをえなかった。