Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「隔たりを越えろ」

 

 

「これはこれは……はじめまして、右乃助様。私、当代イスラエル、ニーナお嬢様の補佐を務めております。クレフと申す者です。此度はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 軽く握手を交える老執事、クレフと右乃助。

 この時、右乃助は「ある事」に気付いてクレフに聞いた。

 

「なぁクレフさん。アンタ、この都市で一度でも戦ったか?」

「いいえ。貴方様が雇ってくれた護衛のお嬢さんのおかげで、我々は何もせずに此処へ辿り着けました」

「そうか……よかった。この件は後で詳しく話すよ」

「かしこまりました」

 

 柔らかい笑みをこぼすクレフ。

 右乃助は次に当代イスラエルへと視線を向けた。

 

「はじめまして……って、ありゃりゃ」

 

 ニーナはクレフの後ろに隠れてしまった。

 クレフは申し訳なさそうに謝る。

 

「申し訳ありません。お嬢様は極度の人見知りでして……通訳は私がいたしますので、何卒ご容赦を」

「わかった。依頼主のプライベートに足を突っ込んだりしねぇ。俺の仕事は、アンタらを護ることだからな」

 

 だけど……そう言って右乃助は膝を折る。

 そしてサングラスを取った。

 

「挨拶くらいはしておかねぇとな……右乃助(うのすけ)だ。この都市で用心棒をやってる。碌でもない人間さ。お嬢ちゃんは関わらなくていい。相方さんを通じて、何かあれば言ってくれればいい」

 

 右乃助の目は、青かった。

 まるで蒼穹の様な、澄んだ色をしている。

 思わず見惚れてしまっているニーナに、右乃助は苦笑いをこぼした。

 

「……ああ、目の色か。気にしないでくれ、日本人と欧米人のハーフなんだ」

 

 さらりと流す右乃助。

 当人はニーナの警戒心を和らげる「挨拶」のつもりだったが、ニーナは違った。

 

「…………」

 

 右乃助の頬をブカブカの袖越しに撫でる。

 予想外の反応に戸惑いつつも、右乃助はニーナを決して驚かさないようにひとさし指をさしだした。

 

「その、……よろしく……な?」

「…………」

 

 ニーナは右乃助の指を見つめる。

 そして小さな手で掴み、コクコクと大きく頷いた。

 

 

 ◆◆

 

 

「懐かれたわねぇ」

「懐かれたね~♪」

「むぅ……」

「むむむ……!」

 

 A級四天王、パンジーとサーシュは面白可笑しそうに笑っていた。

 対して香月とアモールは不満そうに頬を膨らませている。

 

 理由は右乃助の膝上にあった。

 なんと、ニーナがちょこんと乗っているのだ。

 まるで特等席だといわんばかりに「ふんす」と鼻を鳴らしている。

 

 当の右乃助は困惑していた。

 

「懐かれてるのか? これは」

「懐いてます!」

「懐いてますね!」

 

 香月とアモールは大きな声を上げた。

 慕っている男性に対してこうも無遠慮に接せられては、恋する乙女は怒るものだ。

 

 右乃助はやれやれと溜め息を吐きながら、クレフに聞いた。

 

「極度の人見知りと聞いていたが?」

「私も驚いております。まさか初対面の男性にここまで懐くとは……初めての事です」

 

 本当に心の底から驚いているのだろう、神妙な面持ちをしている。

 しかし次には柔和に微笑んだ。

 

「これは……イスラエル家に名を連ねる者として、精一杯のおもてなしをしなければなりませんな」

 

 クレフはティータイムの準備をはじめた。

 何処からともなくティーセットを取り出し、淹れたての紅茶をテーブル席へと並べていく。

 最後に砂糖とミルクの小壺、茶菓子を添えて、慇懃に礼をした。

 

「お口に合うかはわかりませんが、是非」

「あらやだ、素敵なお爺様。是非いただくわ」

 

 早速パンジーがいただく。

 香りを数回楽しんでから、カップに口を付けた。優雅な仕草である。

 

 パンジーは感嘆の溜め息を吐くと共に、再度香りをかいだ。

 

「エクセレント……味は勿論だけど、香りが素晴らしいわ。ブランドは……フォートナム&メイソンかしら?」

「いえ、この味はマリアージュフレールのフレーバーブレンド、マルコポーロでは?」

「いいえ香月さん、この気品ある風味はフォートナム&メイソンです。しかし確かにマルコポーロに似ている……もしかしてオリジナルブレンドですか?」

 

 パンジー、香月、アモールの推測に対し、クレフは面食らいながらも頷く。

 

「仰る通りです。フォートナム&メイソン、オリジナルブレンドでございます。我々イスラエル家が来賓の方に出す特別な品物でして……いやはや、まさかこんなにも簡単に当てられてしまうとは」

「紅茶は乙女の嗜みよ。香月ちゃんとアモールちゃんにも、それなりに嗜んでもらっているわ」

「師匠の女になるためと教わったので!」

「右乃助さんの助手たるもの、当然の嗜みです!」

 

「「むむむ!」」

 

 香月とアモールは睨み合う。

 何時もの事なので、パンジーは適当に無視する事にした。

 しかし……

 

「紅茶はミルクティー派!! だからお砂糖ジャボーン!! ミルクどばー!!」

「アーっ!! サーシュちゃんだめぇ!! 紅茶はまず香りを楽しむものなの!!」

 

「ブレンディ、ブレンディ♪ ミルクティーを、ブレンディ♪」

「アアアア゛ア゛!!」

 

 サーシュの凶行()に絶叫をあげるパンジー。

 最早保育園の方がマシなレベルの騒がしさに辟易している右乃助だか、彼にも毒牙が迫っていた。

 

「…………」

「いや、ちょ、待て。サングラスを取ろうとするな」

「っ」

「そんなむくれても駄目だ……って、よしてくれ! 暴れるな!」

 

 余程右乃助の瞳が気に入ったのだろう。

 ニーナは執拗に彼のサングラスを取ろうとする。

 右乃助は初対面の、それも正真正銘の美少女に気軽に触れる事もできず、あわてていた。

 

「クレフさん! アンタ保護者だろう! どうにかしてくれ!」

「ほっほっほ、賑やかですなぁ」

 

「笑ってんじゃねぇよ!!」

 

 右乃助、渾身のツッコミが炸裂した。

 

 

 ◆◆

 

 

 右往左往あって、ようやく作戦会議に移った右乃助一行。ティータイムの件からは想像もできないような真面目な会議が行われていた。

 

 まずはゴール地点である約束された場所「ペヌエル」までのルートの解説。魔界都市の地図を机一面に広げ、作戦内容をわかりやすく書き込んでいく。

 次に危険率が高くなるポイントの予測、指定。予め練っておいた作戦を伝えていく。

 

 綺麗だった地図が文字と矢印だらけになった頃に、右乃助は煙草を咥えた。

 ニーナは既にクレフの横に座らせている。

 火をつけ紫煙を吐き出すど、右乃助は何時になく真面目な表情で告げた。

 

「以上だ。各々役割を忘れないでくれ。相手は基本的に『格上』だ。連携を崩せば即壊滅、なんて事もありえる」

 

 場の空気がジリジリと焦げる様な感覚をニーナは覚えていた。

 先程まで馬鹿騒ぎしていた者たちはもういない。魔界都市で一流と呼ばれている仕事人たちしか、この場にはいない。

 

 ニーナもクレフも、頼もしさを覚えていた。

 

 ここにきて、パンジーが告げる。

 

「ねぇ、まだ伝えてない事あるんじゃないの? ウノちゃん」

「……まぁ、な」

 

 歯切れ悪そうにする右乃助に、パンジーは溜め息をはく。

 

「作戦内容的に無理なポイントが幾つかあるわ。……あの人達の力が必要よ。だからわざわざ呼んだんでしょう?」

「……そう、なんだが」

 

 右乃助は心配そうにニーナを見つめる。

 ニーナは小首を傾げた。

 

 そう……今回の依頼を達成するにあたり、明らかに戦力が足りないのだ。

 右乃助の予測が正しければ敵は一大勢力……それも複数が同時に襲いかかってくる。

 その中には神秘の化身も混じっていた。

 

 故に……

 

「なぁに悩んでんだよ右乃助、らしくねぇ。……面倒事は早めに終わらす、何時もならそうするだろう?」

「……」

「大方、護衛対象が幼すぎて混乱してる……そんなところか?」

 

 見事に心中を暴かれた。

 右乃助の視線の先にはこの世で最も忌み嫌われる英雄……暗黒のメシア、大和がいた。

 彼はカウンター席に寄りかかり、足を組みながら右乃助たちを見つめている。

 

 咥え煙草から紫煙を吐き出しながら、彼は嗤った。

 

「ただ自己紹介するだけじゃねぇの、何をそんなに躊躇う?」

「……何でだろうな?」

「知るかよ、なら勝手にさせて貰うぜ」

 

 灰色の三白眼がニーナを射抜いた。

 ニーナは慌ててクレフの背に隠れる。

 

「大和だ、殺し屋を営んでる」

 

 簡素な挨拶だ。

 彼は視線を逸らして次を促す。

 

「ネメアだ。普段はこの店の主人をしている」

「アラクネよ、職業は暗殺者」

 

 腕を組んだまま告げるネメアに、不気味に微笑みながら手を振るうアラクネ。

 

 右乃助は違和感を感じた。

 三名とも何時もの感じではない。

 ……とても大きな隔たりを感じる。

 敢えて醸し出しているのか、それともニーナと感覚を共有してしまったのか……今の右乃助にはわからなかった。

 

 そのどちらでもある事を彼が理解する前に、大和は嗤った。

 

「俺達三人が助っ人に入る。作戦には既に組み込んである筈だ。誰でもない、右乃助がな」

「……」

「んで、お前が当代のイスラエル……全然似てねぇなぁ、初代と。俺ぁてっきり、斬魔みてぇなキザな兄ちゃんが来ると思ってたぜ」

 

 その発言に、右乃助は辛うじて苦笑を浮かべる。

 

「初代イスラエルと知り合いだったのか……初耳だ」

「四大終末論を踏破した同世代だ。俺もネメアもアラクネも、よーく知ってる」

「……」

 

 改めて、大和たち三名の規格外さがわかる。

 考えてみれば簡単な事だ。彼等は神秘の時代から今を生きる超越者の代表格……世界中のあらゆる歴史に絡んでいる可能性がある。

 

 右乃助は、途轍もなく大きな隔たりを感じた。

 たった数メートルの距離が途方もなく長く感じる。

 

 世界の理を越えているか、越えていないか……その溝が可視化していた。

 

 大和は紫煙をくゆらせながら言う。

 

「右乃助には見えてるな? お嬢ちゃんにも……見えているんだろう。だから怯えてる」

「っ」

「しかしだ。お嬢ちゃんは今からこの溝を越えようとしている。人智を逸脱した超越者になろうとしているんだ……その意味、本当に理解しているか?」

「……」

「大きな力を得るには大きな代償を伴う……お嬢ちゃんがどんな力を得て、どんなものを代償にするのか……楽しみだ」

 

 意地悪そうに喉を鳴らす。

 クレフが思わず詰め寄ろうとするが、誰でもない、ニーナが止めた。

 

「お嬢様……っ」

「…………ッ」

 

 首を横に強く振るう。

 彼女はなんと、大和の元まで歩み寄っていった。

 拙い足取りで、しかし確実に可視化していた溝を越えていく。

 そうして大和の元まで辿り着いた。

 

 大和は彼女を見下ろし、鼻で笑う。

 

「反抗的な目だ、おもしれぇ……言いたいことがあんなら言ってみろ」

「ッ」

「成る程、正論だ。しかし綺麗事だな。そんなんじゃあ初代は越えられないぜ?」

「……ッッ」

「ふぅん…………ククク、あーあーくっそ生意気なジャリだなァおい。俺に啖呵切るたぁ」

「!!」

「……ククク、ハハハッ。いいぜ、やってみろ! やるのは自由だ! テメェの生き様、見せてみろ!」

「ー!!」

 

 ニーナは小さな拳を掲げた。

 大和が拳を突き出すと、彼女は背伸びをして自身の拳と突き合わせる。

 

 興奮気味に帰ってきたニーナをクレフと共に迎えながら、右乃助は聞いた。

 

「何を話してたんだ? 俺にはさっぱりわからなかったが……」

「修行不足だぜ右乃助、もっと観察眼を鍛えろ。……そのお嬢ちゃん、中々のもんだ」

「無茶言うな、これでも限界まで修行してるっての」

「はい嘘つき、超越者になる寸前で止めてるだろ」

「…………」

「だがそのお嬢ちゃんは違う。越えようとしている……確固たる信念を胸に秘めて。……支えてやれよ右乃助。今回の主人公はそのお嬢ちゃんと、テメェだ」

 

 大和も、ネメアも、アラクネも、笑っていた。

 何時もの、らしい笑みである。

 

 右乃助は強張った肩を下ろす。

 

「何だ、何時もの感じに戻ったな。三人とも」

「試してたんだよ。初代には世話になったからな。アイツの遺志を無駄にする様な輩だったらどうしようかと思っていたが……杞憂だった」

 

 大和はアラクネとともに背を向け、ネメアと談笑しはじめる。

 

 右乃助は護るべき存在であるニーナを見下ろした。

 彼女はゴツゴツとした右乃助の手を自分の頭の上に乗せる。

 上目遣いされたので、恐る恐る撫でてみると、本当に嬉しそうな表情をした。

 

 右乃助は思わず破顔する。

 

 準備は整った。

 作戦も十分に練った。

 頼もしい助っ人も加えられた。

 覚悟も、決まった。

 

 後はやるだけだ。

 

 これからはじまるのは、世界の命運をかけた一大逃避行である。

 

 

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