villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

219 / 255
六話「ネオナチスとユダヤ人」

 

 

 魔界都市交通株式会社。

 闇バス、闇タクシーを始めとした魔界都市の運送業全般を取り仕切っている。

 徹底的に中立の立場を貫いており、相手がたとえ五大犯罪シンジケートであろうとも屈しない。

 それは数多の規格外と「契約」を結べているからだ。

 大和をはじめ、アラクネ、その他魔界都市で著名な規格外たち……

 彼等は魔界都市交通株式会社を特別贔屓にしていた。

 

 先程大和が放った雷光剣は中央区を両断し、とある場所までの道程を造った。

 そこは貨物列車の物資供給場、魔界都市交通株式会社の領地である。

 丁度、西区に出発する予定の魔道機関車が準備を終えたところだった。

 

「おう、右乃助! おせぇぞコラ! もう出発しちまうからな!」

「急かすな、参碁(さんご)。遅刻したわけじゃねぇだろう」

 

 運転室から顔を覗かせた勝ち気な美女に、右乃助は眉をへの字に曲げる。

 

 彼女は魔道機関車の運転手、参碁。

 容姿はタオルに巻かれた桃色の長髪、明るい笑みが似合う顔立ち。タンクトップの上からでもわかる豊満な乳房は汗で蒸れ、その輪郭を露にしている。しかしそれは彼女が誇る筋肉も同様だ。

 バキバキに割れた腹筋、岩石の様な肩。胸と顔を見なければ確実に男だと勘違いしてしまうだろう。

 しかも右乃助と同じ位のタッパと……色気より雄々しさが勝っている。

 

 右乃助は後ろに振り返る。

 そして護衛をしてくれた眼鏡美少女……黒兎に礼を言った。

 

「サンキュー、助かった。何回かスナイパーに狙われて、肝を冷やしたぜ」

「お礼ならネメアさんに……と言いいたいところですが、貴方からの感謝は素直に受け取っておきましょう」

 

 珍しく柔らかい笑みをこぼす黒兎。

 しかし次には細い眉をひそめた。

 

「本当は南区までお付き合いしたいのですが……申し訳ありません。お店のほうを疎かにできなくて」

「いいや、十分だ。ありがとう」

 

 右乃助は手を差し出す。

 黒兎は表情を和らげて、握手で応じた。

 

 右乃助は次に彼女の胸元に収まっている三毛猫を見つめる。

 

「ミケもサンキューな。緊急の依頼なのに受けてくれて」

「ニャハハ! お礼は無用ですぜ! そーいう諸々を含めた依頼料を頂いているんで! あっしはお仕事をしただけでさぁ!」

「そうか……帰り道も黒兎ちゃんと一緒にいろよ。もしもの事があっても、ゲートにいれば安全だ」

「あいあいさー! あと右乃助の旦那!」

「ん?」

 

 ミケはメモ用紙を紙飛行機にして飛ばす。

 受け取った右乃助は内容を確認すると、サングラスの奥にある碧眼を細めた。

 

「……OK、わかった。これはサービスか?」

「サービスでっせ! 好運を祈ってやす!」

「サンキュー。……じゃあな、二人とも」

「はい、御武運を」

 

 黒兎はぺこりと一礼すると跳躍、魔界都市の摩天楼へと消えていく。

 右乃助は再度メモ用紙を確認し、次に自身の腕時計を見つめた。

 

 大きく頷くと、既存のメンバーに告げる。

 

「よし。取りあえず車両に乗ろう、話はそれからだ」

 

 一同は頷き、貨物列車の一両目に配置されている特別乗客車両へ乗り込む。

 それを確認した参碁は高らかに発進の宣言をした。

 

「点検完了! 積み荷の確認もオーケー! 燃料満タン! 今日も絶好調! 行くぜ! 魔道機関車、発っ進!!!!」

 

 瞬間、轟音と共に蒸気が吹き上がる。

 あまりの音量に思わず飛び上がってしまったニーナを見て、右乃助たちは腹を抱えて笑ってしまった。

 

 

 ◆◆

 

 

 魔道機関車はデスシティに存在する車両の中で特に歴史が古く、そして頑強な代物だ。

 元々は中華の秘境、仙界で製造された車両型宝具(パオペイ)

 当時は崑崙山(こんろんさん)金鰲島(きんごうとう)を繋ぐ重用な役割を担っていたが、数百年ほど前に聖仙人と妖怪仙人との間で敵対関係が確立。それに伴う形で一度は役目を終えた。

 しかし魔界都市交通株式会社の代表取締役が残存していた全車両を買収。結果、現在に至る。

 

 魔道機関車は魔界都市の物流の要になっていた。

 

 中央含めた東西南北の区を行き来し、日々大量の物資を運搬している。

 デスシティは超科学と怪奇現象が混同している未来都市……運ぶものは曰く付きばかりで、しかも量も凄まじい。

 魔道機関車でなければ務まらないといっても過言ではない。

 

 機関車重量500トン、動輪上重量450トン。総重量950トン……本来ならば走行する事すら考えられない怪物機関車である。

 

 ニーナ・イスラエルは特別車両に設置されているソファーに跨がり、移ろいゆく魔界都市の情景を眺めていた。髪と同じ明るい茶色の瞳を輝かせている。

 見る分には綺麗なのだろう、魔界都市の情景は。

 

 右乃助は彼女の隣に座りながら柔らかい笑みをこぼしていた。

 付き添い人であるクレフは驚いた様子で車内を見渡している。

 

「この車両は来賓仕様なのでしょうか? とても設備が整っておりますね」

「まぁ、特別仕様だ。なんて事はない、その時魔道機関車に乗る奴はワケありの連中だ。……本来、貨物列車には乗れないだろう?」

「成る程」

 

 勢力が乱立している魔界都市ならではの事情だ。

 クレフは納得する。

 

 高級ソファーにベッド、洗面器、シャワールーム、机や椅子などの家具、料理台、トイレ、更には液晶テレビまで……

 なんなら宿泊できてしまうほどの用品が揃っている。

 

 右乃助は他の面々を確認しつつ、話を切り出した。

 

「そんじゃ、今後の話に移るぜ」

 

 一同の視線が集まる中、右乃助は現状の説明からはじめた。

 

「予定通り、魔道機関車に乗車できた。これは大きい。魔道機関車は元々宝具……中華の仙人が造ったスーパーアイテムだ。近代武装なんて目じゃねぇ。なんなら魔法レベルの攻撃にも耐えられる。更に、線路沿いには超高密度多重障壁が展開されている。これは魔界都市交通株式会社が東区と北区のトップと契約を結べているからだ。余程の事がない限り安全だろう……しかしだ」

 

 右乃助はミケから渡されたメモ用紙を取り出す。

 

「敵さん、マジみたいだ。五大犯罪シンジケートの一角、ルプトゥラ・ギャングの武闘派集団を動かしてる。アイツらは魔界都市でも特にヤバい連中だ。俺たちが一番注意しなきゃならない連中はコイツらだろう」

 

 右乃助は更に続ける。

 

「次に異端審問会だが……こっちはそちらさんでどうにかしてくれるんだろう? クレフさん」

「はい。異端審問会に関しましてはこちらで手を打ってあります。しかし、油断できない相手です」

「まぁ、天使病で強化兵士なんぞ造る組織だ。魔界都市との繋がりも深い。用心に超した事はねぇだろう」

 

 右乃助は次に、口一杯に苦虫を噛み潰した様な顔をする。

 

「問題のネオナチスだ。こればっかりはどうしようもねぇ。奴等は世界滅亡を目論むガチのテロリスト集団……戦力の桁が違う。これに関しては大和たちを頼るしかねぇんだが……悪い報せだ。ネオナチの奴等、師団を最低二つは総動員させたらしい。その内の一つが、歩兵師団だ」

 

 歩兵師団……それを聞いた他メンバーは目を細める。

 ネオナチスの歩兵師団は別名「闇の梁山泊」。超越者になりながら尚も力を渇望している武術家たちの集団だ。

 彼等は望んで修羅道に堕ちた、人の形をした魔人達。殺戮と破壊のエキスパート。

 いざ戦争になれば、敵う勢力など殆どない。

 その気になれば複数の神話を同時に滅ぼせてしまう、第三帝国の戦力そのものだ。

 

 対峙すれば死は確定する。

 だから、大和たちを頼る。

 

 できないものはできない。

 自分達の領分を弁え、できる範囲でベストを尽くす。

 それが右乃助のビジネススタイルだった。

 

 右乃助はため息を吐くと、クレフに申し訳なさそうに聞く。

 

「あまり言いたくはないんだが……ネオナチスが動いたのは、アンタたちの血族が関係している」

「承知しております。……あの魔王めには、一族を滅ぼされかけましたので」

 

 クレフは苦い顔をする。

 二人の話についていけないアモールは、そっと香月に聞いた。

 香月は端的に答える。

 

(ナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺だ)

(あっ……)

 

 察するアモール。

 少しでも歴史を調べていればわかってしまう、ナチス・ドイツの凶行の一つ。

 第二次世界大戦の際、約600万人ものユダヤ人が虐殺された。

 その背景には欧州に元々根づいていた「反ユダヤ主義」が関係しているとされているが、実際は違う。

 ナチスの黒幕が、ソロモンが、徹底的に滅ぼしたのだ。

 ユダヤ人の血に潜む、イスラエルの可能性を……

 

「気軽に触れていい話題じゃないのはわかってる……ただ、アッチが絡んできてる以上無視できねぇ。だから話させて貰った」

「いいえ。そのお心遣いだけでもありがたいです」

 

 クレフは微笑みながらも、暗い表情で話しはじめる。

 

「あの魔王に殺された同胞を思うと、正直やるせません。反ユダヤ人主義はいわば人種差別……歴史を辿れば唯一神教の成立から始まります。ユダヤ人は救世主○○○の啓示を否定するとともに○○○を殺害した特別な民族。神の冒涜者であり、道徳や秩序の破壊者である、とされていますが……全てのユダヤ人が神の冒涜者である筈がありません」

 

 クレフは悲しげに話し続ける。

 

「右乃助様は、ソロモン王の歴史をご存知で?」

「まぁ……仕事柄、調べた」

 

 右乃助は敢えて視線を逸らす。

 クレフは申し訳なさそうに答えた。

 

「ソロモン王は古代イスラエル王国の第三代国王……我々と同じ、ユダヤ人です」

 

 これを聞いた右乃助やパンジー、香月は浮かない顔をする。

 アモールは驚き、サーシュは何食わぬ顔で風船ガムを膨らませていた。

 

「責任は我々にあります。今ここでどう弁解しようとも、世界が我々を許さないでしょう」

 

 イスラエル家が背負う宿業は、途轍もなく大きかった。

 それこそ何千年と続いている「闇の歴史」である。

 

 泣きそうな顔で袖を握ってくるニーナを見つめ、右乃助は乾いた声で言う。

 

「アンタたちの歴史だ。俺が何を言おうとも響かねぇだろう。俺も、大和たちと比べたらまだまだ餓鬼だ。思い浮かぶ言葉にはなんの説得力もねぇ」

 

 しかし……そう言ってニーナの頭を撫でる。

 優しく、慈しむ様に髪をすいてやる。

 

「それでもいい。アンタたちを護るのに「歴史」はいらねぇ。……大丈夫、護ってみせるよ。お前らの事を」

「……っ」

 

 ニーナは涙を流して右乃助に抱きつく。

 右乃助は彼女の小さな背中をさすってやった。

 クレフは多大な感謝をこめて礼をする。

 

「ありがとうございます、右乃助様。……貴方が護衛についてくださって、本当に良かった」

 

 貰い泣きをしてしまいそうなクレフを見て、右乃助は困った様な、照れた様な笑みを浮かべた。

 

 

 ◆◆

 

 

 ソロモンは西洋の神秘に終止符を打った、一つの歴史の終着点である。

 史実では唯一神から啓示を受けとり、莫大な知恵と共に十個の指輪を授かった。そして「ソロモン七二柱」なる悪魔を使役し、偉大なる魔術王として君臨したとされている。

 

 しかし実際は違う。

 彼は大和やエリザベスと同じく生まれながらの終末論、人類最終試練の一角。

 あらゆる才能に恵まれ、古今東西の叡知に富み、過去未来を見通せる千里眼を保有していた。

 

 そのために人類の愚かさを忌避し、嫌悪し、魔王に至った。

 

 ある意味仕方なかったのかもしれない。

 そうあれかしと生まれてきた彼は、その様になってしまった。

 

 彼は生まれながらに魔導師の冠位資格を持っていた。

 オリジナルの術式「創法」「滅式」を編み出し、十個の指輪に封印した。

 それが「ソロモンの指輪」である。

 そして彼が使役していたとされているソロモン七二柱。いずれも聖書に名を残す大悪魔たちだが、これも少し違う。

 彼は当時、ある魔神と契約を交わしていた。その魔神は嘗て唯一神と互角に渡り合った『異教の神』バアル・アダド。

 

 嵐と雷を司り、天地の支配者としてカナン・フェニキア、エジプト、メソポタミアに至るまで広く崇拝されていた天空神。豊穣神、太陽神、戦神、予言神としての性質も併せ持つ。

 

 魔神王、バアル・アダド。

 

 彼と契約を結んでいた際に起こった事変は、大和たち三羽烏と黄金祭壇のメンバー、そしてインド神話の八天衆が協力しなければ収拾がつかなかった。

 紀元前950年頃に起きた事件である。

 これを期に、西洋の神秘は急速に廃れていった。

 

 閑話休題。

 

 右乃助はニーナを一旦離して、煙草を咥える。

 先端を噛み潰しながら冷静に合理的に、ソロモンという男を分析しはじめる。

 

(ソロモンという男の歴史、第三帝国ネオナチスという組織、そしてミケの情報……成る程。自慢の師団を動かすのに何ら違和感はない。問題は……)

 

 どのタイミングで仕掛けてくるか。

「イスラエル」の覚醒をどれほど拒みたいのか……

 

 深く考える必要はない。広く浅く……

 

 右乃助は複数の問題を並列思考で解決していく。

 そうして生まれた複数の回答を繋ぎ合わせ、あらゆる角度から見つめなおす。

 すると、自ずと筋道が見えてきた。

 

 右乃助は鬱屈げに紫煙を天井に吐き出した。

 

「常に最悪を想定してるんだが、ここまで予想通りだと現実逃避したくなるな……」

「内容の擦り合わせは終わった? ウノちゃん」

「ああ」

 

 パンジーの問いかけに右乃助は頷く。

 

「起承転結、問題なしだ。相変わらず、命の保証はできねぇがな。……もしもの時は指揮を任せたぜ、パンジー」

「任せない。……と言っても、死なないでね?」

「当たり前よ。俺は誰よりも臆病な男だからな」

 

 カラカラと笑う右乃助。

 彼は車窓から魔界都市の情景を眺めた。

 不意に告げる。

 

「……来るな。お前ら、準備してくれ。俺は参碁に話を……」

 

 瞬間、ガラスが砕け散ったかの様な音が響き渡る。

 右乃助は叫んだ。

 

「敵襲だ! お前ら、車両の上に上がれ! 参碁! 聞こえてるか!?」

「おうさ!! ヤベェな!! やっこさん攻めてきやがったぜ!!」

「今のまま、西区のルートで頼む!」

「おうさ!! てか、マジで行くのか!?」

「おう! 俺達は応戦する! なんとか走行を維持してくれ!」

「任せろ!!」

 

 参碁は蒸気機関のシステムを一斉稼働させる。

 高らかに汽笛が鳴り、煙突から大量の煤煙が排出された。

 

 右乃助は簡易的な転移魔法陣で車両の上に行こうとする。

 その際、心配そうに見つめてくるニーナに笑いかけた。

 

「クレフさんと紅茶でも飲んでな。すぐに戻ってくる」

 

 そう言い残し、転移する。

 車両上では既に戦闘が始まっていた。最後尾から凄まじい勢いで襲撃者たちが迫ってきている。

 

 一名は紅蓮を纏った褐色肌の美少女。精霊特有の高度な魔法によって上空をスケーターの様に滑っている。

 多種多様な炎熱魔法を絶え間無く放ってきており、パンジーとサーシュの遠距離コンビが何とか食い止めていた。

 

 もう一名は異形の侍。所々破けた紫色の浴衣、晒されている肉体が鋭利な刃物に変化すると、一瞬で車体をバラバラにする。

 発する猿声は凄まじく、まるで示現流の剣士だ。

 彼を近寄らせてはならないと確信した香月は、縮地を用いて一気に距離を詰め渾身の袈裟斬りを放つ。

 運動エネルギーを全て乗せた斬撃だったが、異形の侍は手の平を刃に変えて受け止めた。

 そのまま凄まじい剣戟の応酬が始まる。

 

 残った右乃助はアモールと共に最後の襲撃者を睨み付ける。

 

 両腕に凶悪な髑髏の刺青を入れた厳つい欧米人……

 彼は右乃助に気安く喋りかけた。

 

「久々だな、右乃助の兄貴。まさかこんな形で再開するたぁ」

「五年ぶりか? マイク。今はルプトゥラ・ギャングの大幹部なんだってな」

 

 先輩後輩の、他愛のない会話だった。

 アモールが目を丸めている中、マイクは右乃助に聞く。

 

「襲撃者が俺たちだってわかってたみてぇだな?」

「まぁな。ミケの情報もあったが、魔界都市でUAV(無人偵察機)を飛ばすのなんてお前らかロシアンマフィアの連中くらいだ」

「クハハっ、さっすが右乃助の兄貴。一切油断してねぇ。ある意味、大和の旦那より厄介だ」

 

 豪快に笑うマイク、右乃助も釣られて笑う。

 爆風と斬撃の嵐が吹き荒れているのに、二人だけは妙に落ち着いていた。

 

 マイクは右乃助に告げる。

 忠告だった。

 

「兄貴、この案件から手ぇ引いてくれねぇか? 俺と部下たちはアンタに世話になった。多大な恩がある。そっちが大人しく引いてくれるんなら、お仲間さんたち全員の命を保証しよう。約束する」

「全員、か……ニーナとクレフさんはどうなる?」

「諦めてくれ。ソイツらが狙いなんだ」

「なら、交渉決裂だ」

 

 右乃助の返答にマイクは目を丸めた。

 

「……アンタは危ない橋を渡らないタイプだと思っていたが、勘違いだったか?」

「間違ってねぇよ。ただ……今回は特別だ」

「HA! …………笑えねぇ冗談だ。まさか俺達に勝てると、本気で思ってんのか?」

 

 マイクは禍々しいオーラを全身から迸らせる。

 彼は超越者……人智を逸脱した魔人だ。

 対して右乃助は人間……最強クラスと言っても、人間だ。

 

 勝ち目はない。

 しかし、勝つ必要はない。

 

「出し抜く事くらいできる。まだまだひよっこのお前ならな」

「言ったな? もう容赦しねぇぞ」

「ご託はいいからかかってこい」

 

 手招きで挑発する右乃助。

 同時に隣にいるアモールに告げた。

 

「援護を頼んだ。あくまで時間稼ぎだ」

「……了解しましたっ!」

 

 アモールは二丁拳銃を取り出す。

 マイクは両腕を広げて臨戦態勢に入った。

 

 激闘のはじまりだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、大和、ネメア、アラクネはゲートで待機していた。

 大和は膝に股がるアラクネを可愛がりながら煙草を嗜んでいる。

 彼は不意に囁いた。

 

「右乃助たちは上手くやってるか……」

「何だ、心配してるのか?」

「馬鹿言え、アレでも魔界都市の住民だ。そう簡単にやられはしねぇよ。ただ……」

「ソロモンか」

 

 ネメアは逞しい腕を組む。

 大和は美麗な眉をひそめた。

 

「ソロモンとユダヤ人、面倒くせぇ組み合わせだ。右乃助もその事はわかってるだろうが……」

「なら大丈夫じゃない? 右乃助なら多少の戦力差くらい誤魔化せるでしょう」

 

 アラクネはその冷たい肌を大和に寄せる。

 しかし大和は眉根をひそめたままだった。

 

「右乃助だけなら、な。護衛対象を含めるとそうはいかねぇ」

「成る程」

「ああ、わかったわ」

「アイツは……少し甘い。それ自体は構わねぇ。だがその甘さに見合った強さがねぇ」

 

 ネメアは同意する。

 

「残酷だが、正解だな。甘さは強さで誤魔化すしかない」

「アンタたち二人がそう言うんだから、そうなんでしょうね」

 

 アラクネは苦笑しつつ、大和の分厚い胸板を撫でた。

 

「ならどうする? 今からでも救援に向かう?」

「急かすな。右乃助は今回の依頼、起承転結までキッチリ仕上げてる。俺達の出番は後半だ」

 

 大和はアラクネの艶やかな髪をすきなから、紫煙を吐き出す。

 すると、背後にあるウェスタンドアが開いた。

 ネメアが休業の看板を置いている筈だが……大和は訝しげに振り返る。

 

 目先には二名の男女がいた。

 一名はまるで天使の様な美女。濡羽色のショートヘアに紫苑色の双眸。高い鼻梁に絹地の如き柔肌。純白の軍服を盛り上げる豊満な肢体はしなやかさを伴った女体の黄金比率。

 容姿的年齢は二十代半ばほどで、思わず平伏したくなる気高さを纏っている。

 

 彼女は桃色の唇を歪めた。

 

「切り札は後半に切りたくなる……勝負事によくある事だ。ああ、すまない。こんにちは、三羽鳥の諸君。此処にいてくれてよかったよ」

 

 彼女の隣にいる魔性の男は、肩を竦めながら告げた。

 

「話し合いをしたい。戦意はない……って、そういうこった」

 

 黄金色の癖のある長髪を腰まで流した美男。

 王族を彷彿とさせる豪勢な衣装を纏った姿はサマになっている。過度に付けた黄金の装飾品も嫌みになっていない。

 2メートル近い長身痩躯の肉体、妖艶な色香を放つ顔立ち。額には六つの刻印。

 

 天狗と天邪鬼の祖神であり東洋を代表する大魔王、『第六天魔王』波旬。

 

 そして七つの大罪の「傲慢」を司る、最古の堕天使。『明けの明星』、ルシファー。

 

 彼女は芝居がかった口調で言った。

 

「単刀直入に言おう。貴様らを買収しにきた。此度の案件、どうしても成功させたいんだ。貴様らの存在が一番邪魔なんだよ」

 

 大和はしっしと手を振るう。

 

「帰れ、今回はそーゆー気分じゃねぇ」

「報酬は準備しているぞ? 話だけでも聞いてくれないか?」

「だから」

「依頼なら女子供、友人、弟子、血縁者であろうとも殺す……貴様はそういう男だ。大和」

 

 そう言われた大和はルシファーを睨み付ける。

 彼女は大袈裟に両手を広げた。

 

「筋が通っていないぞ? 私達は貴様を頼ると同時に試している……無碍に扱うのか?」

 

 大和は心底嫌そうにしながらも、隣の席を指した。

 

「話くらいは聞いてやる」

「感謝する」

「最悪時間稼ぎでも……とか思ってんだろう?」

「ご明察だ。しかし……この調子だと時間稼ぎ以上の成果が得られそうだな」

「傲慢な糞堕天使め……さっさと座れ」

 

 大和たちの元にも刺客が現れていた。

 

 右乃助たちは無事刺客を躱す事ができるのか?

 大和たちは、買収されてしまうのか? 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。