Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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七話「誤魔化して」

 

 

 現代から約100年前、十九世紀初期。

 日本は明治時代であり、都会には路面電車が走っていた。が、水は井戸から汲み、明かりは「あんどん」で補っていた。

 何より、第一次世界大戦がはじまる直前だった。

 

 この頃の魔界都市は今よりもテクノロジーレベルこそ劣っていたが、生活水準は高かった。

 電気は勿論、魔術もあった。宇宙人や異世界人との貿易も盛んに行われていた。

 

 この頃の魔界都市は表世界との文明レベルが違いすぎていたため、騒動が絶えなかった。

 物の一つでも表世界に持っていけば各国の勢力バランスが崩れる。それは、近い内に起こる世界大戦に影響を与えかねない。

 

 魔界都市は表世界との繋がりを極力避けた。

 しかし、あちら側から関わってくる。

 当初は住民たちの荷物チェックくらいだったが、すぐに魔界都市専用のパスポートが発行されるようになった。

 両世界の境界線を護る警備も厳重になり、黄金祭壇の魔導師も関わるようになった。

 

 今とはまた違った混沌の時代である。

 

 この時代に『彼』は生れた。

 彼は兎も角暴力的だった。自分の体に流れる父親の……欧米人の血を否定するかの様に暴れ回っていた。

 青年になり、ますます凶暴になった彼は偶然にも魔界都市へ流れ着いた。

 最初は未知の世界に驚きながらも、次第に興奮して片っ端から住民たちに喧嘩を売っていった。

 

 彼には暴力の才能があった。故に喧嘩で全て解決できた。

 相手を殴り倒して、とった金で食べ物を買う……その繰り返し。

 

 しかし数日もすれば悪名が広まる。

 彼は複数の組織の逆鱗に触れてしまい、その日の内に公開処刑される事となった。

 構成員のみならず、殺し屋や賞金稼ぎも駆り出される一大事……。

 しかし、彼は全員殴り倒した。

 

 彼は酔いしれていた。自分の力に……

 俺は強い。誰よりも強い。だから正しい。

 若さ故の暴走を、止められる者はいなかった。

 

 かに思えたが、偶然通りかかった大和に喧嘩を売ってしまったのが運の尽き。

 ボコボコにされた挙げ句、大通りの街灯に縄でくくりつけられてしまう。

 

「自分は悪い子です」という看板とともに……

 

 これが、大和と、右乃助の出会いだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 突風が背中を叩き、殺意が五感を研ぎ澄ませる。

 魔道機関車の車両上で、右乃助たちはルプトゥラ・ギャングの面々と相対していた。

 

 先に仕掛けたのは右乃助だった。

 縮地を用いて踏み込み、マイクに正拳突きを放つ。

 綺麗な空手だった。体幹が全くブレていない。

 マイクには右乃助がいきなり目の前に現れた様に見えた。

 顔面に一撃。続いて両鎖骨の沿って四連撃。最後に鳩尾に深く一撃。

 六連正拳突き……かなりの威力だ。手練の者でも重症は免れない。

 しかしマイクは派手に吹き飛びながらも、優々と受け身を取った。

 タンクトップについた埃を払う。

 

「流石だな。本当にAクラスなのか疑いたくなるぜ」

 

 マイクは腰に嵌めていた大振りのサバイバルナイフを抜き放ち、最小限の動作で振るう。

 

 右乃助の左腕が飛ぶ。

 血飛沫が噴く中でも、両者は至って冷静だった。

 

「でもまぁ、今のを避けられねぇって事はやっぱりAクラスだな。安心したぜ」

「そうかよ」

 

 実力差は歴然だった。今の抜き打ちでわかってしまう。

 しかしマイクは何故か怪訝な面持ちをした。

 

「……どういう事だ? 何で倒れねぇ」

「腕の一本飛ばされたくらいで倒れるかっての、舐めてんのか?」

「そうじゃねぇよ。ったく、相変わらずピエロだな。……俺はナイフの刀身にありったけの状態異常魔法を付与してる。モロに食らった筈だ。何で倒れない」

「自分の頭で考えろ」

 

 右乃助は瞬く間に左腕を再生させる。そして間髪入れずに飛び蹴りを放った。

 マイクは舌打ちしつつも避ける。すれ違い際に右乃助のアキレス腱を断ったが、平然と立ち上がられた。

 

 マイクは答えを導き出す。

 

恩恵(ギフト)の形をした術式付与……アラクネの姐御か」

「正解」

 

 右乃助と、そしてアモールが前後で回し蹴りを放つ。

 マイクは仕方無く両腕でガードした。

 奇襲に近い形だったが、マイクは冷静さを失っていない。

 

(ゴマンといる不老不死の中でも「異質」と謳われているアラクネの姐御の体質か。チッ……面倒だな)

 

「それなら、ネタばらしは早々にしようぜ」

「ッ」

 

 マイクは右乃助たちが知覚できない速度で刃を振るう。

 しかし強固過ぎる障壁によって阻まれた。

 

「ネメアの旦那も、勿論関わってるよな? 内容は任意結界と膂力・五感の強化。アラクネの姐御は不老不死の体質と毒に対する完全耐性と……はー余念がねぇ」

 

 マイクはしかし、不気味に嗤う。

 

「大和の旦那は術式付与に関与してねぇみたいだな?」

「……」

「まぁ、あの人は闘気使いだから術式付与なんてできねぇだろうが……」

「何が言いたい?」

「兄貴……あんま、あの人を頼り過ぎないほうがいいぜ。何時か裏切られちまうぞ!」

 

 豪快な蹴りが炸裂する。

 右乃助は両腕でガードするも、骨まで軋んで顔を歪めた。

 なんとか堪えながら笑い返す。

 

「テメェは何もわかってねぇ。大和の事も、この都市の事も……まだ十年もこの都市で生活してねぇクソ餓鬼が! ナマ言ってんじゃねぇ!」

 

 右乃助は蹴りを返す。

 凄まじいも威力であったため、マイクは油断なく両腕で受け止めた。

 

 

 ◆◆

 

 

(兄貴の手札……まだあんな。心理戦を制してこその戦いなんだが、如何せん相手のほうが上手。下手な真似ができねぇ。墓穴を掘る羽目になる)

 

 マイクは考察する。

 

(……ゴリ押し、か。こうなってくると)

 

 決して右乃助たちを侮っているワケではない。

 むしろ正確過ぎるほど彼我の実力差を理解している。

 だからこその結論……

 

(……しゃあねぇ。迷ったら負けだ)

 

 マイクは一旦戦場を見つめ直す。

 イフリートはパンジーとサーシュのコンビに手を焼いていた。

 狂十郎は香月に押さえられている。

 

 現状は膠着状態……あまりよくない。

 マイクは動いた。右乃助に豪快に拳を振り抜く。

 右乃助は咄嗟に三戦立ちで受け止めた。

 

 しかしマイクは予め拳に付与していた吸着魔法で彼の体勢を崩す。

 素早くサバイバルナイフを振るって人体の急所をさばいた。

 合計7箇所の急所を一瞬で抜かれ、右乃助は倒れてしまう。

 如何に不老不死の恩恵を与えられようとも、完全ではない。

 彼らは、完璧な不老不死ではない。

 

 マイクは倒れた右乃助から吸着させた拳を離し、足元にある頭を思いきり踏みぬく。

 頭蓋骨が砕ける音と共に脳漿が炸裂した。

 右乃助の首から下は何度も痙攣し、次第に動かなくなる。

 完全に息の根を止めた。

 

 念のため、マイクは足元を確認する。

 その背後には修羅の形相のアモールが迫ってきていた。

 涙を流し、雄叫びを上げる彼女をマイクは一瞥すらしない。

 振り返らずにアモールの下腹部をサバイバルナイフで貫く。

 激痛で顔を歪めながらも蹴りを繰り出そうとしている彼女の、顎から脳髄までをナイフで突き上げる。そして頸椎ごと頭をひっこ抜いた。

 可憐だった顔が天高くに掲げられる。

 アモールだった首無し死体もまた、車上に横たわった。

 

 マイクは殺した二名を確認する。

 完全に死んでいる。仮死状態ではない。復活する兆候も見られない。

 

 死からの蘇りは黄金祭壇の魔導師でも困難を極める。

 あの大和でも死んでしまえば為す術が無いと言われているほどだ。

 死とは、生物にとって絶対の理である。

 

 他の面々もケリがついていた。

 イフリートは精霊王の力を解放し、パンジーとサーシュを纏めて焼き尽くす。

 狂十郎もまた香月を一刀両断、トドメに頭を切り刻んでいた。

 

 殲滅完了……

 濃密な血臭が突風に飲まれて薄れていく。肉の焦げた臭いもまた同様だ。

 足元に散らばる臓物を一瞥したマイクは、呑気に欠伸をかいているイフリートに告げる。

 

「死体が残ってる奴等を念入りに焼いておいてくれ。骨も残さずにな」

「んー? 大丈夫じゃない? 確実に殺したっしょ。精霊王の力を解放してるけど、蘇生の術式とか見られないし」

「俺も魔眼を使ってる。だが、念のためだ」

「かーっ! ダル! まぁいいけど」

 

 イフリートは言われた通りに残っている死体を焼く。

 骨も残さず灰になったところを確認して、マイクは漸く安堵の溜め息を吐いた。

 

 しかし、まだだ……

 

「!?」

 

 最初に反応したのはマイクだった。

 右乃助という男をある程度理解しているからこそ、反応できた。

 何もない空間から突如として現れた拳打、蹴撃、爆炎、魔弾、そして斬風の嵐。

 イフリートと狂十郎はモロに食らってしまい、車両上から弾き出される。

 マイクは防御に徹する事でなんとか堪えた。

 

「FUCK……! だからアンタとやり合うのは嫌なんだよ! 一体どうやって戻ってこれた! 地獄から!」

 

 死んだ筈の右乃助たちが現れる。

 まだ、戦いは終わっていなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 マイクは予期せぬ事態に陥っても、まだ冷静だった。

 

(蘇り……スペルを変えれば『黄泉帰り』。魔導師でも死霊術や禁術系統をマスターしてなければできねぇ超高等術式だ。……どうなってやがる。そもそもだ)

 

 自分もイフリートも見抜けなかった。

 疑問が尽きない。

 彼は一度、現場で起こっている事を整理した。

 そしてある事に気付き、喉を鳴らす。

 

「大和の旦那からの術式付与……いいや、術式『譲渡』か。蘇生というより、そのまま「戻ってきた」感じだな」

「どうだかな! テメェに教える義理はねぇよ!」

 

 マイクに渾身の連撃を浴びせる右乃助。

 アモールや香月を含めた総攻撃であるため、流石のマイクも押されて吹き飛ばされてしまう。

 

 右乃助たちは一斉に車両の先頭、操縦室へと避難した。

 

「参碁! 今だ! 今しかねぇ! かっ飛ばせ!」

「ったく!! 綱渡りしすぎなんじゃねぇか!? ちったぁ落ち着かせろや!!」

 

 参碁は操縦席にある巨大なレバーを引く。

 すると、魔道機関車が時空間を歪めて姿を消した。

 長距離瞬間移動……魔道機関車に搭載されている機能の一つである。

 魔道機関車に乗車している存在のみが対象になるため、マイクたちは必然的に弾き出された。

 

 何も無くなった線路の上に着地したマイクは、一度奥歯を噛み潰す。

 しかしすぐに右乃助たちを追跡した。

 滑空している無数のUAV(無人偵察機)から情報を引き出し、即座に居場所を特定する。

 

 ここで、漸く追い付いてきたイフリートと狂十郎。

 マイクは大声で叫んだ。

 

「お前ら!! なりふり構わずにあの糞野郎共を止めろ!! アイツら……那羅柯(ならか)山脈に向かってやがる!!」

「「!!」」

 

 那羅柯山脈……その地名を聞いた二名が露骨に顔をしかめた。

 マイクは両足に力を込めて跳躍の姿勢をとる。

 太股の筋肉がありえないほど肥大化していった。

 

 マイクは跳んだ。

 数百キロメートルも先にいる右乃助たちと一気に距離を詰めようとしていた。

 

 一方その頃、右乃助は小さく安堵の溜め息を吐いていた。

 しかしすぐ緊迫した面持ちに戻る。

 

「なんとか出し抜けたな……しかし相手はその道のプロフェッショナル、必ず追ってくる。那羅柯山脈に辿り着くまであと少しだ。堪えてくれ」

 

 一同は頷く。

 現在、魔道機関車は那羅柯山脈と中央区を繋ぐ大橋を渡っている。

 橋の下はマリアナ海溝より深いと言われている「黄泉の坂」。一度落ちれば二度と戻ってこれないといわれている。

 

 前方に見える瘴気に包まれた山脈……あそこに入れば如何にルプトゥラ・ギャングと言えども追ってこれない。

 東西南北中央区でも三ヶ所しかない「特別指定危険地帯」。

 魔道機関車でも南区への荷物運搬の際にしか通らない、超危険スポット。

 今回はたまたま目的地が南区にあったから利用できた。

 

 マイクたちも既に気付いているのだろう。

 案の定、稲妻の様な殺気を背後に感じて、右乃助は車両の上へと飛び移る。

 

 風の流れで何が来るのかを悟ると、下の車両の連結を解いた。

 手刀で真空刃を発生させ、無理矢理積み荷を離す。

 後で参碁に文句を言われるかもしれないが、やむ無しだ。

 

 右乃助は両足の親指に力を込めて体を固定する。

 眼前に、超高層ビルすら越える高さの斬月波が迫ってきていた。

 一直線に、中央区から、此処まで迫ってきている。

 マイクの仲間である異形の剣士、狂十郎が放ったものだろう。

 余裕で大陸を両断できる威力があった。

 既に橋を破壊して、積み荷を吹き飛ばして、目前まで迫って来ている。

 

 右乃助は独特の呼吸法、息吹(いぶき)で精神統一と肉体強化を同時に行うと、斬月波を真剣白刃取りで受け止めた。

 あまりの威力に体ごど車両が浮くが、震脚を鳴らしてなんとかバランスを整える。

 そのまま叫んだ。

 

「香月! 横から支えてくれ! 参碁は走行を止めて操縦に集中しろ!」

「! わかりました!」

「そういう事か! わかったぜ!」

 

 二名は即座に行動に移る。

 香月は右乃助の横に並んで斬月波を太刀で打った。

 撃つのではなく、打つ。

 右乃助の邪魔にならない様に、絶妙な立ち位置で受け止め続ける。

 

 参碁は動力源を緊急停止。いきなり停車させた事で荒れるエネルギーを水蒸気として車輪から噴出させる。

 同時に搭載されている仙術製特殊合金装甲を開放……耐久力と重量を最大まで上げる。

 本来の姿を現した魔道機関車は正に鉄塊……各所に設置された噴出口から再度水蒸気を噴き出す。

 

 右乃助の狙いは斬月波のエネルギーを利用する事での那羅柯山脈への高速突入だった。

 凄まじい速度で那羅柯山脈に向かっていく右乃助一行に、マイクはいい加減堪忍袋の緒を切らす。

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞ……!!」

 

 現在地は対岸。今から飛んでいっても間に合わない

 マイクは激怒しながらも、冷静に、今できる事を考える。

 

「……術式展開・第六禁術『見えざる手』」

 

 術式を編んで、思いきり手を引く。

 すると、右乃助の隣で狙撃銃を構えていたアモールが車外へと放り投げられた。

 まるで、何かに引っ張られた様に……

 

 マイクの会得している禁術の一つだ。

 自身の視覚範囲内に他者が視認できない腕を召喚し、自在に操る。

 一見地味な能力だが、使い方によっては凶悪な力を発揮する、マイクらしい魔法だ。

 

 アモールは黄泉の坂へと落ちていく。

 底が無い常闇の谷……落ちれば二度と戻ってこれない。

 

「あっ……」

 

 アモールは反応できなかった。

 狙撃銃のスコープを覗いていたため、対応できなかったのだ。

 右乃助はすかさず叫ぶ。

 

「サーシュ! 俺と変わってくれ! パンジー! 足場頼んだ!」

「おっけー♪」

「任せなさい!」

 

 サーシュは二丁拳銃から禍々しい銃剣(バヨネット)を生やして右乃助と場所を交代する。

 

 右乃助は迷わず飛んだ。

 黄泉の坂に落ちていくアモールを抱き止める。

 そして宙を駆けた。パンジー爆撃魔法を足場にして、上へ上へと走っていく。

 パンジーの繊細無比な爆撃魔法と右乃助の百戦練磨の経験があってはじめて成り立つ絶技だ。

 

 マイクは見えざる手を無数に召喚し、イフリートは絨毯爆撃を仕掛ける。

 右乃助はそれらを辛くも躱していた。

 

 しかし途中で見えざる手の一つに掴まれてしまう。

 そのまま、焔の海に呑まれていった。

 

「ウノちゃん!」

「師匠ォ!!」

 

 パンジーと香月の悲鳴が重なる。

 イフリートによる焔の上位魔法だ。右乃助が耐えきれるものではない。

 そう、本来ならば……

 

「~~~~ッッ」

 

 ネメアとアラクネの術式付与があって、何とか耐えられた。

 掴まれていた左腕は千切って捨てている。

 全身に大火傷を負いながらも、彼は諦めていなかった。

 

 パンジーはすかさず足場作成に徹する。

 香月は唇を噛み締め、サーシュに吠えた。

 

「サーシュ! 師匠の援護を頼む! こちらはもう十分だ!」

「オッケー♪」

 

 サーシュは体を入れ換え、片膝立ちで二丁拳銃を連射する。

 霊的な存在にもダメージを与える特殊な魔弾で見えざる手と火炎魔法の軌道を逸らす。

 香月は未だ勢いある斬月波を渾身の斬り上げで弾き飛ばした。

 斬月波は空中に向かい、曇天を真っ二つに裂く。

 

 彼女は後転して着地すると、形振り構わず右乃助の方に振り返る。

 丁度、帰還を果たしたところだった。

 

「師匠……っ!!」

「あ~~ッッ、死ぬところだった……!!」

「キャハハハハ! ウノちゃんしぶと~! ゴキブリみたい! あとクッサ~!! 焼死体の臭いがするし~♪」

「もう! サーシュちゃん言い方! 勘違いされるでしょう!? それよりウノちゃん、ごめんなさい。まだ安心できな……」

 

「いや、もう大丈夫だ」

 

 右乃助は対岸を見つめる。

 真紅のマントが靡いていた。

 

 思わず礼を言う。

 

「ありがとうな……大和」

 

 

 ◆◆

 

 

 纏う威風が違う。存在感がそもそも違う。

 

 マイクは顔中に脂汗をかいていた。

 彼がその気になれば、この場にいる面々は瞬く間に殺されてしまう。

 

 マイクは己に渇を入れる意味合いも含めて笑った。

 

「まるでアクション映画のHEROみたいだぜ?」

「ん? お前には俺がヒーローに見えるのか?」

 

 とぼけた風に聞き返す褐色肌の美丈夫。

 漏れ出す色香は魔性のもので、イフリートは顔を蕩けさせて頬を撫でていた。

 狂十郎は鋭い目を細めて一歩踏み出す。

 しかしマイクがすかさず手で制した。

 

 彼は当たり障りない言葉を返す。

 

「そーゆー風に見えるぜ。少なくもと俺にはな……アンタは情で動かない人だと思ってた。まさか、ルプトゥラ・ギャングと異端審問会が合同で出した報酬を突っぱねるたぁな」

「んなもん単純だ」

 

 大和は笑う。

 男の薫り溢れる笑みだった。

 

「普段ビビりなダチが命張ってんだ……こーゆー時くらい助けてやんねぇとな」

 

 単純で、ある意味「らしい」理由だった。

 マイクは表情を露骨に歪める。

 

(異端審問会に期待するんじゃなかったぜ。なぁにが傲慢を司る大魔王だ……ルシファーの腐れアバズレ。まるでわかってねぇ。この人が敵か味方かで、勝敗が決定するんだぞッ)

 

 右乃助は場の流れを読み、それに乗ることに長けている。

 対して大和は場の流れを自ら造り出し、運命を捻じ曲げる。

 

 魔界都市が誇る最強無敵の男は右乃助側に付いた。

 事態は一転し、そして二転三転と繰り返す事になる。

 

 まだ、逃走劇ははじまったばかりだ。

 

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