villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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八話「抑え組」

 

 

 青年……まだ名前もなかった右乃助は、当時初めて敗北を味わった。

 殺されたほうがマシだった。

 最後まで子供扱いされた右乃助は、羞恥と憎悪で気を狂わせた。

 

 それから何度も喧嘩を挑み、何度も殴り倒された。

 実力差は歴然だった。大和は世界最強の武術家で、勝てる筈がない。

 しまいには、右乃助がボコボコにされるのが当時の魔界都市の日常になっていた。

 

 ある日の事である。大和は気だるげに彼に聞いた。

 

「物覚えのわりぃ餓鬼だ。まだ犬の方が頭が回る」

「アア゛!?」

「喚くな。……ったく、今日で何回目だ」

「72回目だ馬鹿野郎!!」

「足し算はできんのか」

「ブッ殺してやる!!!!」

「うるせぇ」

 

 頭に拳骨を叩き落とされ、顔から地面にめりこむ右乃助。

 地割れが幾重にも奔り、大きな地震が発生する。

 右乃助はそのまま動かなくなった。

 

 やれやれと肩を竦める大和の横からクールな美女が現れた。

 背中まで伸びた黒髪、ブラウン色の瞳。漆黒のロングコート……朧氷雨だ。

 大和のファースト幼馴染みであり、世界最強の異能力者。

『調停者』の異名を持つ、大和と同格レベルの規格外である。

 

「あらら、また潰しちゃった。毎日来るわね、その子。私がこの都市に滞在してる間に顔を見なかった事がないわ」

「もうそんなに経つのか……」

「殺さないの? 珍しいわね。アンタが餓鬼の喧嘩に毎日付き合ってあげるなんて」

 

 大和は苦笑をこぼした。

 

「俺も驚いてるぜ。自分がここまで辛抱強いとは思わなかった。だが……改めて考えてみるとコイツを気に入ったのかもしれねぇ。諦めの悪い餓鬼は、嫌いじゃねぇ」

「フフフっ」

「ハッ」

 

 二人で笑いあう。

 幼馴染み同士の、緩い空気が漂った。

 

 大和はしゃがんで右乃助の尻を叩く。

 反応が無かったので、その腰に手紙を巻き付けた。

 氷雨は不思議そうに腰をおる。

 

「何してんの?」

「現、四大魔拳の佐久川源二(さくかわ・げんじ)にコイツを預けようと思う」

「サクカワ……ああ、琉球の!」

「今は沖縄な」

「まぁいいじゃない。で、どうしていきなり?」

「なに、コイツの将来性を考えてな」

 

 大和は右乃助を見下ろす。

 

「名無し、家族無し。だが才能も根性もある。育て方次第で化けるだろう」

「ふぅん……それで、四大魔拳のサクカワってわけ?」

「そうだ。弟の方だが、弟子を欲しがってた。やんちゃで、頑丈で、何より根性のある餓鬼を……コイツが丁度いい」

 

 氷雨は怪訝な眼差しを大和に向ける。

 

「アンタが育てればいいんじゃない」

「いいや、俺が育てるのは勿体ねぇ。知識を付けて、肉体を鍛えて、精神を養えば、きっとイイ男になれる」

 

 大和は両切りの煙草を咥え火をつけ、濃い紫煙を吐き出した。

 

「……コイツとは、いい友達になれそうな気がするんだよ」

 

 

 ◆◆

 

 

 乾いた風が吹いた。

 気味の悪い風である。

 

 大和は橋の残骸の上に座っていた。

 マイクたちの前で優々と煙草を吸おうとしている。

 オイルライターで火を付けようとすると、甘い声がかかった。

 

「大和さまぁん♡ そんな汚い火を使うくらなら、私のを使ってください♡」

 

 何時の間にか大和に近寄り、指先に火を灯しているイフリート。

 大和は火を付けて貰うと、彼女に柔らかい笑みを向けた。

 

「サンキュー、イフリート」

「はぅぅっ、名前を覚えていただけているなんて……っ」

「何度か夜を共に過ごした仲だろう?」

「はわわ~~っ♡」

 

 イフリートはメロメロになっていた。

 

 マイクは思わず舌打ちする。

 イフリートは大和に懸想している。

 それも、辟易するレベルでだ。

 

 ここに来て、最悪の展開になってしまった。

 

 大和は膝を叩いてイフリートに座るよう促す。

 イフリートは感極まるといった様子で膝上に座った。

 イフリートの身長は150センチほどで、大和からすれば幼子に等しい。

 

 彼はイフリートの黄金色の長髪を指ですく。

 

「今回はルプトゥラ・ギャングの依頼か?」

「はいぃ……♡」

「フフ、可愛いやつ……」

 

 低く甘い声音は、イフリートの理性を容易く溶かしてしまう。

 

「この後、どうするんだ? こういう場合の作戦は、もう考えているんだろう?」

「それは……ああん♡ そんなっ、強く抱き寄せられると♡」

「少しだけでいいから教えてくれよ……な?」

 

 耳元で囁かれ、イフリートは口を開こうとする。

 が……迫ってきていた不可視の腕を大和は掴んで止めた。

 彼はマイクにからかう様な視線を向ける。

 

「そう慌てんなや、マイク」

「勘弁してくれ、旦那……っ。こっちは仕事でやってんだ」

「奇遇だな、俺もだ」

「ッ」

「いいから話せや、楽になるぜ?」

 

 しかし、マイクは不敵な笑みを浮かべた。

 

「俺も一組織の幹部なんでね……そう易々と情報は売れねぇ」

「いい度胸だ」

「アンタに歯向かえる度胸も、時には必要なんだよ……」

 

 マイクは腰のホルスターに手を伸ばし、サバイバルナイフの柄を握る。

 

「本気になれば、アンタを数分は止められる」

「……」

「その数分が、右乃助の兄貴たちの命運を左右する……それでもやるかい? 旦那」

 

 マイクから挑発を受けて……大和は笑った。

 不気味な笑みだった。

 

「だったら、トランシーバーじゃなくてナイフを握るんだな」

「…………」

「啖呵の切り方、言葉選び、どれも一流だ。しかし、まだまだ」

 

 大和はイフリートの頭を撫でる。

 

「いけ。テメェらに用はねぇ」

「……殺さねぇのか? 俺達を」

「殺しても殺さなくても結末は変わらねぇよ。お前らはこの物語を構成する歯車の一つでしかねぇんだ。無論、俺もな」

「……後悔するぜ」

「しねぇよ、んなもん」

 

 マイクは眉間に特大の皺を寄せると、隣にいる狂十郎の肩を叩く。

 次にイフリートを睨み付けた。

 イフリートは鼻で笑い返すと、うって変わって乙女の顔で大和に言う。

 

「大和様……またいずれっ」

「今夜、生きてたら可愛がってやる。約束だ」

「~っ♡ はい、精一杯頑張りますぅ♡」

 

 マイクは転移魔法陣を描きながら、大和を睨みつけた。

 

「敵に塩を送ったり、見逃したり……アンタは一体、何がしたいんだ?」

「ナイショ」

「……」

「精々頑張れよ」

「……チッ」

 

 盛大に舌打ちをすると、マイクは狂十郎とイフリートを連れて転移魔法陣で消えていく。

 

 それを見送った大和は、咥えている煙草から紫煙を吐き出した。

 

 何かが接近してきている。

 空気が変わった。

 

 最初に反応したのは野生動物たちだった。

 自然は天変地異が近付くとすぐに調和を崩す。

 

 魔獣や妖魔、怪虫らが一斉に騒ぎだす。

 現場から少しでも遠くへ離れようとしている。

 大通りを駆け回る妖魔の群れ、曇天を覆わんばかりに群団移動する肉食怪虫……

 ワイバーンや精霊たちも騒ぎはじめ、いよいよ住民達も慌てだした。

 感覚に優れている者たちは迫り来る「驚異」をいち早く察知し、表世界へと逃亡する。

 中には別次元の異世界に転移する者もいた。

 

 稀に見る大騒動……そういった沙汰に慣れている筈の住民たちでこれだ。

 世界中に散らばっている規格外たちも、事の大きさを理解した。

 

 ──第三帝国ネオナチスが、動きはじめた。

 

 大和の眼前に、歩兵師団の隊員が「全員」顔を揃えていた。

 見事な金細工の施された漆黒の軍服、コート。髑髏のエンブレムが付いた軍帽に、鉤十字(ハーケンクロイツ)が描かれた真紅の腕章……

 各々服装が微妙に異なるものの、成る程……魔界都市が騒がしくなるのも頷ける。

 

 ネオナチス歩兵師団。別名「闇の梁山泊」。

 武術は効率的な殺戮術であり、活人など綺麗事でしか無い──そう豪語する血気盛んな560名の武人達で構成されている。

 師団としての規模は最小だが、一名一名が神仏の権能を無効化できるほどの闘気と想像を絶する武技を身に付けている、真性の武闘派集団だ。

 

 大和はわざとらしく両手を広げる。

 

「これはこれは、随分と豪華な顔ぶれだ。おっかなくてチビっちまいそうだぜ」

「冗談はよせや、大和」

 

 出てきたのは、黒のざんばらば髪に無精髭を生やした野性的な男だった。

 容姿的年齢は三十代後半ほど。粗野だが野卑ではない。その肉体は親衛隊の制服の上からでもわかるほど鍛え抜かれており、碧眼に宿る闘志はまるで地獄の業火の如く。手には禍々しい魔槍が握られていた。

 

 彼は槍術のみならば確実に大和を超えている、真の達人。

 歩兵師団大隊長。世界最強の槍術家「三本槍」筆頭。

「魔槍」のヴォルケンハイン。

 

 彼は大和に聞いた。

 

「で……やんのか? 俺達と」

「やるしかねぇだろう」

 

 大和はゆっくりと立ち上がった。

 

 

 ◆◆

 

 

 所変わって、大衆酒場ゲートでは……

 魔王ルシファーと魔神第六天波旬はその場で封印されていた。

 誰でもない、ネメアによって……

 

 ルシファーは可笑しそうに笑う。

 

「流石だな、人類の守護者。まさか我々が何も出来ずに封印されてしまうとは」

「無警戒に俺の店に入ってきたのが間違いだったな」

 

 ネメアはカウンターに座り、煙草を吹かせている。

 波旬は「参った」と豪快に笑った。

 

「俺達だけならまだしも、配下の堕天使や魔神も纏めて封印されるたぁな! カッカッカ!」

「おかげで今夜は満席だ。大人しく座っていたら客人として扱おう。料理や酒も振る舞うぞ」

「そりゃあいい! 是非頼むぜ!」

 

 手を叩いて喜ぶ波旬。

 ネメアの言う通り、店内は魔神や堕天使で満席状態になっていた。

 最低でもSSクラスの、そうそうたるメンバーである。

 ネメアが無理矢理座らせているのだ。

 

 ルシファーは珍しく眉間に皺を寄せる。

 

「真面目にやってくれ、波旬。我々は捕われているんだ。目的もある。脱出する気概を見せてくれ」

「さっきからやってるっての。でも悲しいかなぁ、ネメアとの相性は最悪……どうしようもねぇ。だから諦めた! ネメア! 特上天丼と刺身の盛り合わせ! あと適当に日本酒を頼む!」

「あいよ」

 

 波旬の開き直った態度に、配下の魔神や天狗たちも感化されはじめた。

 次々にオーダーが入り、待機していた黒兎が警戒する。

 

 そんな彼女の肩を、ネメアは優しく叩いた。

 

「安心しろ。波旬にしろ他の魔王にしろ、単純で気のいい奴らだ。敵対しなければ問題ない」

「ですが……」

「まぁ、堕天使の連中は違うだろうがな」

 

 案の定、堕天使たちは警戒していた。

 少しでも隙を見せれたら……といった面持ちをしている。

 ネメアは面倒臭そうに紫煙を吐き出した。

 

「生来の生真面目さか。中々どうして厄介なものだ」

 

 堕天したとは言え、元は聖なる存在の代名詞。

 手を焼かされる。

 

 ネメアはカウンター席に座っている浴衣姿の猫又に言った。

 

「ミケ、お前も何か頼め。今回は奢ってやる」

「本当ですかい!? なら特上ねこまんまと冷たい烏龍茶をお願いしやす!!」

「わかった」

 

 ネメアは最後に、苦い顔をしているルシファーを見つめた。

 

「お前も何か頼め、ルシファー」

「はぁ……全く、敵わないよ。長年酒場の店主をしていたからか? 以前よりも心の機微に敏くなっているな」

「何時までも無愛想な戦士でいるワケがないだろう」

「ふむ……こうなるなら、もっと早く現世に関わっておくべきだった。そうしたらまた違っていただろうに」

「たらればの話をしてどうする」

 

 呆れているネメアに、ルシファーは取り敢えず注文する。

 

「チョコレートケーキはあるか? あと蜂蜜入りのホットミルクを」

「はいよ。少し時間はかかるが、待っててくれ」

「ああ、待つとも。こうなれば、待つしかない」

 

 ルシファーの意味深な言葉に、ネメアは眉をはね上げる。

 

「どういう事だ?」

「そのままの意味だよ。ここで待つ事にも意味がある」

 

 ルシファーは不服そうにしながらも、足を組んでみせた。

 

「勇者王ネメアをこの手勢で抑えている……そう考えれば、意味はある」

「…………」

「貴様は厄介な男だ。下手すれば大和以上に……まともな感性。つまるところの道徳は、我々にとって邪魔でしかない」

「……ふむ」

 

 ネメアは頷くと、腰に手を当てた。

 

「話が長くなりそうだから、俺は厨房へ行くぞ。……オーダーが殺到してる」

 

 ネメアの言葉に、ルシファーは疑問に思い辺りを見渡した。

 波旬たちが、既にできあがっていた。

 

「鬼が鬼神がなんのその!! 最強は俺達天魔族!! 天狗は天地を災い謳え!! 天邪鬼は天地をひっくり返せ!!」

「「「「「「よっ!! 兄貴ー!!!!」」」」」」

「俺様が天丼が好きな理由は~~?」

「「「「「「『天』の文字が入ってるから!!」」」」」」

 

「あたぼうよ!! んでもってネメアの特上天丼は最高だぜ!!」

 

「海老はデケェしプリっプリ!!」

「かき揚げはサクサクフワっフワ!! 野菜の甘さが滲み出る!!」

「キスの淡白な味が甘めのタレとマッチ!!」

「穴子なんて口ん中に入れたら崩れちまう!!」

「かぼちゃも春菊も最高なんだよ!! 素材の味が完璧に生かされてやがる!!」

「白米がすすむ!! どんぶりから手が離れねぇ!!」

 

「オウおめぇら!! 全員分頼んだかぁ!?」

「「「「「「勿論だぜ!! アニキぃ!!」」」」」」

 

「よっしゃあ!! 天丼以外にも好きなもん頼め!! 酒も飲みまくれ!! 食って食って飲みまくれ~~!!」

 

「「「「「「ひゅー!! アニキぃぃぃぃぃ!!!!!!」」」」」」

 

 野太い歓声が木霊する。

 ルシファーは思わず天井を仰いだ。

 

「ああ……そういえば、コイツら基本的に馬鹿だった……ッ」

 

 哀愁すら漂うその立ち姿に、ネメアはほんの少し同情を覚えた。

 

 

 


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