villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十一話「ハイウェイでの激闘」

 

 

 兄弟弟子、堂坂薫(どうざか・かおる)がルプトゥラ・ギャングを引き受けてくれて、大和がネオナチスを足止めしてくれている。

 

 自分たちは確かに頑張った。しかし彼等の助け無くして此処まで来れなかった。

 他にも沢山協力者がいる。

 

「サンキューな、皆」

 

 右乃助は曇天を見上げる。

 まだ道半ばだが、それでも感謝せずにはいられなかった。

 

 現在地は南区の西南西、高速道路(ハイウェイ)のド真ん中。

 この事態につき緊急封鎖されているため、この場には右乃助を含めた主要人物しかいない。

 

 香月、アモール、パンジー、サーシュ、参碁。

 ニーナ、クレフ。

 そして……

 

「参碁さんも来ましたね。まぁ、あのまま魔道機関車に乗っていたら危ないですし」

 

 漆黒の制服を着た東洋系の美女。

 闇バスの運転手、死織はピアニッシモを咥えて苦笑している。

 参碁は眉をへの字に曲げて両手を広げた。

 

「お陰様で積み荷が全部パァだ……ったく、社長にどやされる前にルプトゥラ・ギャングの頭領に文句言ってやりたいぜ」

「安心してください。社長もおかんむりですので」

 

 死織は紫煙を吐き出す。

 二人は『魔界都市交通株式会社』に務める同僚だった。

 

「あちらは不可侵協定を無視してきました。大和をはじめとした様々な強者がバックに付いているのに、喧嘩を売ってきたのです。社長はヤる気満々です」

「カー!! 流石社長だぜ!!」

 

 参碁は腹を抱えて嗤う。

『魔界都市交通株式会社』の社員は全員女性だが、それぞれいわく付きの過去の持ち主である。

 喧嘩を売られて怯える女などいない。

 

 死織は闇バスに立て掛けていた二挺の魔改造バズーカを指した。

 

「貴女の武器、「仁王」も持ってきておきました。これがあれば思いっきり喧嘩できるでしょう?」

「おお!! サンキューな!! っしゃぁ!! ルプトゥラ・ギャングの糞野郎共をバーベキューにしてやるぜ!!」

 

 意気揚々と魔改造バズーカを担ぐ参碁。

「仁王」は参碁専用に製造された特殊武装だ。

 魔界都市ならではのトンデモミサイルがこれでもかと詰め込まれている。鉄塊の様な砲身を片腕ずつで担ぐあたり、やはり彼女も只者ではない。

 

 死織は持ってきた闇バスを撫でた。

 

「一番頑丈な子を持ってきました。特殊合金製かつ強化ガラス仕込み。魔術障壁も本来より数十倍近く硬い……これなら安心して移動できる筈です」

「助かる」

「即席ですがエンジンも強化しておきました。速度もそこそこ出ます。……あと、助っ人がもう一人」

 

 死織は闇バスの側面をコンコンとノックする。

 

「桐生さん、桐生さーん。起きてますかー?」

「起きている。……君は私を寝坊助か何かと勘違いしていないかね?」

「さっきまで寝てたでしょう?」

「精神統一だ。全く……」

 

 ブツクサ言いながら出てきたのは、長身痩躯の美男だった。

 年齢は二十歳ほど。緩やかなウェーブのかかった金の長髪に薄茶色の瞳。服装は黒のロングコートに赤のカッターシャツ、胸元を大胆にはだけさせている。

 トップモデル級の美貌を誇る男だ。長時間見つめていると失神者が出てしまうだろう。

 

 彼は右乃助を見て微笑む。

 

「久しぶりだな、右乃助。この前の仕事以来か?」

「おお! 凍牙(とうが)! お前も加わってくれるのか!」

「魔界都市交通株式会社からの依頼でね。これから君たちと共に戦おう」

「ありがてぇ! お前がいれば百人力だぜ!」

 

 右乃助は嬉しそうに凍牙の肩を叩く。

 桐生凍牙(きりゅう・とうが)。A級の殺し屋で、魔界都市でも凄腕と名高いヒットマンだ。

 思わぬ助っ人に右之助は舞い上がっている。

 

 死織はやれやれと肩を竦めつつ、他のメンバーに改めて挨拶した。

 

「A級の方々はお久しぶりです。死織、助っ人として参上しました。取りあえずバスの中へ」

 

 他のメンバーは挨拶しながらバスの中に入っていく。

 ふと、死織は自分を見上げているニーナに気付いて膝を折った。

 

「貴方が件の……フフフ、可愛らしいお嬢さんですね」

 

 ニーナは目を見開いた。

 彼女の瞳には、死織の豊満過ぎる乳房が映っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 闇バスは目的地であるペヌエルへと出発した。閑散としたハイウェイをどんどん進んでいく。

 

 右乃助たちは作戦会議をはじめる。

 

「まずは当初の作戦とのズレを説明するぜ」

「あの、右乃助さん……」

「やはりと言うべきか、想定外はあるもんだ。だが修正していけば問題ない」

「右乃助さーん、聞いてますかー?」

「……その、すまん死織。そのままで頼む」

「いや、困りますよ……」

 

 死織は困惑した様子で目線を下げる。

 ニーナが抱きついていた。

 腰にしっかりと足を回し、豊満な胸に顔を埋めている。

 時折スリスリと顔を擦り付け、満足げな表情を浮かべていた。

 

 右乃助は真顔で考察する。

 

「母性を感じてるのか、それとも単純に巨乳が好きなのか……わからん」

「何シリアスな顔で言ってるんですか、早く引き取ってくださいよ。何かあった時、庇いきれない」

「運転に支障がないなら、そのままでいてくれ」

「そんな馬鹿な……!」

 

 死織は冷や汗を流す。

 当のニーナはおっぱいトランポリンを顔面で楽しんでいた。

 

 右乃助は付き添い人であるクレフに聞く。

 

「なぁクレフさん。アレってどっちなんだ? 母性を感じてるのか、下心なのか」

「下心でしょうなぁ」

「!?」

「初代を含めて、イスラエルの正統後継者は全員好色家です。お嬢様は同性愛の趣があるのでしょう……私もはじめて知りました。ホッホッホ」

「それでいいのか宗教関連者……! ええいクソぅ! 俺も死織のおっぱいパフパフしてぇ!」

 

 純粋な下心を見せた右乃助に、鋭い視線が突き刺さった。

 アモールと香月だ。

 

「右乃助さん……やっぱり巨乳のほうが好きなんですね……」

「私もサラシを取ればそれなりに……!」

 

 右乃助は咄嗟に手で制する。

 

「いや、お前らは違うっていうか……!」

「私も平均以上はあります! ほら右乃助さん! 触ってみてください!」

「師匠! サラシをとりました! どうですか!?」

「悪かった!! 俺が悪かった!! だから落ち着け!! 抱きつくな!!」

 

 ワチャワチャしはじめたバスの中で、他のメンバーはゆるい会話を交える。

 

「うーっ、喉渇いたなぁ」

「そうねぇ……クレフさん、ここでも紅茶、出せるかしら?」

「勿論です。先程のブレンドでよろしいでしょうか?」

「ええ、お願い」

 

 何処からともなくティーセットを取り出したクレフは、鮮やかな手際で紅茶を淹れていく。

 パンジーは感激した。

 

「やだもう素敵なお爺様!」

「やったー!! またミルクティー作れるぞー!!」

「まっ!! 駄目よサーシュちゃん!! 今度こそ香りを楽しむの!! お爺様に失礼でしょ!!」

「え~、別にいいじゃ~ん。味覚は人それぞれだしぃ? あ! 凍牙っちと参碁っちはどうする?」

 

 二人はマイペースに答えた。

 

「栄養補給を済ませたい。砂糖とミルクを山盛りで頼む」

「あたしも砂糖とミルクてんこ盛りで。疲れたからあめーもん飲みてぇ」

 

 二人の回答にパンジーは激怒した。

 

「んもうっ!! 紅茶は香りを楽しむものなの!! それを栄養補給だなんて……」

「三人前ブレンディー入りまーす♪ 」

「アアアア゛ア゛!!」

 

 断末魔の悲鳴が上がる。

 右乃助はアモールと香月を引き剥がしながら叫んだ。

 

「修学旅行じゃねぇんだぞ!! 落ち着けテメェら!!」

 

 それは、心の底からの叫びだった。

 

 

 ◆◆

 

 

「つーワケで、落ち着いたから作戦会議をはじめるぞ」

『へーい』

「やる気のねぇ返事だなぁおい。てか、キャラ変わってる奴いねぇか?」

「細けぇ事はいいからとっとと始めようぜ。で? どうすんだよこれから」

 

 参碁に急かされ、右乃助は渋々ながら説明をはじめる。

 

「このまま目的地までいけたら最高だ。何も無ければ一時間とかからねぇ」

「何もなかったら、ねぇ。含みのある言い方じゃねぇか。まだ追っ手が来るってか?」

「来るさ。ルプトゥラ・ギャングに異端審問会、ネオナチスに現在進行形で喧嘩売ってるんだ。特にネオナチスは、このまま引き下がるワケねぇ」

 

 右乃助は懐から煙草を取り出す。

 

「何かしら手は打ってくる。絶対にだ」

「考えすぎじゃあねぇか? ネメアと大和の旦那が出てるんだろう? あっち側にそんな余裕ねぇと思うけどなぁ」

 

 参碁の言い分も一理ある。

 しかし凍牙が割って入った。

 

「過信はよくない。常に最悪を想定すべきだ。確かにあの二人は規格外だが、考え方を変えればあの二人を封じ込められているといえる」

「その通りだ。俺達は所詮Aクラスの集まり……ネオナチの余った部隊を一つ回されれば終わっちまう」

「つまり、安心はできねぇと?」

「そうなるな」

 

 右乃助は煙草に火を付ける。

 唐突に凍牙が告げた。

 

「敵襲だ。背後から追走してきている。……かなりの量だぞ」

「お前の異能力か」

「ああ、追撃の準備をしたほうがいい」

 

 凍牙の能力、『走査(スキャン)』。

 敵の位置、量、地理、施設構造、罠の有無などを瞬時にサーチできる力だ。

 これにより最適な行動ができる。

 

 右乃助は死織に聞いた。

 

「天井の非常口、開けられるか?」

「勿論」

「ならニーナとクレフさん以外は全員上がってくれ。迎撃態勢に入る」

『了解』

 

 メンバーは全員屋上に上がる。

 右乃助は最後にクレフに言った。

 

「何かあった時は、ニーナと死織と頼む」

「かしこまりました。老骨にできる限りのことはしましょう」

「頼りになる」

 

 右乃助は笑って天井に上がる。

 闇バスの上からハイウェイを見渡せた。南区の特異な建造物が目に映る。

 

 そして、遠くから迫り来る一団もまた……

 

 右乃助は驚愕で目を見開いた。

 メンバーを代表して、パンジーが呟いた。

 

「何アレ? ……世紀末集団?」

「的確な表現だな」

 

 凍牙は頷く。

 迫り来ているのは世紀末を連想させるイカレた集団だった。

 魔改造しまくった車やバイクに跨がっている。スーパーチャージャー、ターボチャージャー装着なんて当たり前。10本単位で付いた排気口からアフターファイアーを噴き出し、我先にと走ってきている。

 合金性の鋭利なスパイクを装甲代わりに纏っており、装飾品として本物の髑髏や既に腐っている聖職者の遺体を吊るしていた。

 

 そんな中でも特に異質なのが二つの特大車両。

 一つは軍用の多目的トラックを改造した移動型ライブ会場。後部席で八人の大男が太鼓を鳴らし、車体上では細身の男が火炎放射器付きエレキギターを掻き鳴らしている。舞台には無数のボックス、ラウド、ホーンスピーカー、サブウーファー、フット・ライトを設置してあり、重低音を戦場に轟かせていた。

 

 もう一つがスパイク塗れの500tモンスタートラック。

 全長50m、高さ20m、全幅15m。計8個のスーパーサイズ・タイヤによって支えられており、ターボコンプレッサー付きの18気筒エンジンは実に3500馬力を叩き出している。スポットライトのハイビームで闇バスを煌々と照らしながら、リーダーを乗せてズイズイと距離を詰めてきていた。

 

 ルプトゥラ・ギャング所属、特殊強襲部隊『シャムハザ』。

 狂気的な者が多いルプトゥラ・ギャングの中でも更に極めつきのイカれ集団であり、自分達は特別に選ばれた戦士だと自負している命知らずの戦闘狂たちである。

 モヒカンや肩パット、革ジャンに得体の知れない鎧を着ており、擬似エーテルを充填したキャノン砲を標準装備していた。

 

 演奏専門の特大トラックからエレキギターでヘビメタが奏でられる。火炎放射付きのギターから炎が噴き出れば、周りの者たちも火炎放射を上空にバラまいた。

 

 焚き付け役の男がマイクを持って戦友たちを鼓舞する。

 

 

 

 俺達は死ぬ! 俺達は死ぬ! 

 俺達は生きる! 俺達は生きる! 

 見よ、この勇気ある者を。

 ここにいる選ばれし男達が再び太陽を輝かせる! 

 一歩はしごを上へ! さらに一歩上へ! 

 一歩はしごを上へ! そして最後の一歩! 

 

 そして外へ一歩! 

 太陽の光の中へ! 

 

 

 

 特攻は美学。死は誉れ。

 

 最後にリーダー格である大男、全身フルアーマの重機型戦士、ベータが叫び散らした。

 

『野郎共ぉ!! ショータイムの時間だァ!! 暴れろォォォォッッ!! 俺にテメェらの輝きを見せてくれェ!! 死に様こそが男の華!! 笑ってくたばれやァ!! 』

 

 野太い大声が戦士たちを歓喜させる。

 

 全身フルアーマの重機型戦士、ベータ。

 ルプトゥラ・ギャングに代表研究者「兼」武闘派の幹部。ランクSSの強者だ。

 本人も優れた戦士だが量産性に優れた「疑似エーテル」の開発者でもあり、やたら頭がキレる。

 情け容赦のない鬼畜外道で有名であり、女子供相手であろうが徹底的に蹂躙する。

 まさしく戦争中毒者……シャムハザを代表する悪の権化である。

 

「Yeahhh!!!!」

「ヒャッフ──!!!! 久しぶりに大暴れだァ!!」

「殺せ殺せェ!!!! 女子供だろうが皆殺しだァァァァ!!!!」

 

 真性のイカれ集団の追走……

 しかし右乃助は冷静だった。

 

「ルプトゥラ・ギャングか……!! それなりにキツいが、俺達ならいける。参碁!! パンジー!!」

「わかってらぁ!!」

「絨毯爆撃ね!!」

 

 参碁は「仁王」の砲身を繋げて特大ビームランチャーを組み立てると、そのまま敵陣に向けて掃射する。

 極太レイザーがシェムハザを縦断した。

 次にパンジーが絨毯爆撃を見舞う。

 

 一面火の海だった。

 市販の耐熱障壁や衣服、クリームなどではどうにもならない熱量……

 しかし、シャムハザの連中は元気よく爆発から出てきた。

 

「ンギモヂィィィィィィっっ!!!!」

「温まってきたぜェェ!!!! ヒャーハーッッ!!!!」

 

 重度の火傷を負いながらも笑っているシャムハザの隊員たち。

 一同を代表してパンジーが悲鳴を上げた。

 

「キんモォォっ!! なんなのアイツら!! 頭オカシイんじゃないの!!?」

「キャハハ!! シャムハザの連中はみーんな痛覚麻痺ってるから、即死させなと駄目よ~ん!!」

 

 サーシュは笑いながら魔弾を放つ。

 改造された車体の内部にうまくさし込み、車ごと爆破した。

 

 右乃助は頷き、メンバーに告げる。

 

「痛覚麻痺ってんなら、サーシュが今やった様に車ごと焼き肉にしてやればいい!! 兎も角、闇バスにアイツらを近寄らせるな!!」

『了解!!』

 

 各々、武装を構える。

 右乃助は一瞬、不気味な影を捉えた。

 

「……勘違いか? いや、確かに今、怪しい奴等が……」

 

 捜そうとするも、擬似エーテルのランチャーやビームライフルを撃たれて集中できない。

 

「チッ……まずは総数を減らすぞ!! 怪しい奴等がいたら報告してくれ!!」

 

 右乃助は目前まで迫ってきたロケット弾を掴み、思いきり投げ返す。

 

 一方その頃、シャムハザの団体の中に右乃助が微かに捉えた存在がいた。

 

「危なかった、流石用心棒……目敏いな」

「あんま出過ぎるなよ兄貴、まだ頃合いじゃねぇ」

「わかってる」

 

 カスタムされた漆黒のオートバイに股がる双子の兄弟。

 一人は長髪に眼鏡をかけた知的なイケメン。もう一人は短髪のワイルドなイケメン。

 二人とも銀髪で、顔の造形が似通っている。

 

 カイン&アベル。

 Aクラスの殺し屋であり、知る人ぞ知る変態だ。

 

 彼等は右乃助が依頼を受けた直後にマイクに雇われた、いわゆる保険。

 マイクもまた、用心深い男である。

 

 長髪で眼鏡をかけた美男、兄のカインは手元にあるニーナの写真を見つめた。

 そしてベロりと顔を舐め上げる。

 

「ククク……もう少しで会える。可愛がってあげるからな。ニーナちゃぁん♪」

 

 その面はとても人間とは思えない、狂気的なものだった。

 弟のアベルは内心ドン引きしているが、彼もまた女に暴力を振るいながらでないと性交できないDV男……

 

 兄弟揃って救いようのない変態である。

 

 隠れた毒牙が二本、闇バスの隙を虎視眈々と狙っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、南区の一風変わった建造物に三つの影が写し出された。

 日は暮れ、曇天に橙色が混じりはじめている。

 

「本命は未だ逃亡中か……参ったねぇ」

 

 溜め息を吐いたのは長身痩躯の美男だった。

 年齢的には三十代後半ほど……枯れ木のような容姿が印象的である。

 野暮ったく伸びた黒髪、薄く輝く銀色の瞳。服装は王族が着るような豪勢なものだが、適当な性格なのだろう。ただ着ているだけである。顔立ちも端整だがら自ら整えているワケではない。

 身体の線は一見細いが、太いワイヤーを何本も束ねたかようなとんでもない密度を誇っていた。

 戦士によくある、無駄を削ぎ落とした肉体だ。

 

 第六天魔王、波旬の右腕──魔縁(まえん)

 天魔族の参謀役で、波旬に次ぐ実力者だ。

 

「仕方ないとしか言えん。あちらには光と闇の英雄王がついているんだ。むしろよくやっている」

 

 腕を組んでいるのは厳格な雰囲気の美女。

 年齢的には二十歳後半ほど……指揮官というイメージがピッタリあうクールビューティーだ。

 腰まで伸びたブラウン色の髪にサファイアのような綺麗な瞳。服装は白銀のプレートアーマーに濃紺色のローブとスカート。プレートアーマーは動きやすさを重視しており、最低限に留めている。へそを出しているあたり、スタイルに自信があるのだろう。現にグラビア女優も赤っ恥をかくくらい凄まじいスタイルを誇っていた。

 気高さと色香を併せ持つ、魅惑的な女騎士である。

 

 最古の堕天使『明けの明星』、ルシファーの懐刀──ラグエル。

 元熾天使で、公正と調和を司っていた。「ヨハネの黙示録」にも深く関わっている最高位の堕天使である。

 

「……チッ」

 

 舌打ちしたのは異質な美少女。

 年齢的には十代後半ほど……そこに佇んでいるだけで抜き身の刃を彷彿とさせる。

 黒色のミディアムヘアに同じ色の鋭い双眸。服装はネオナチの軍服を動きやすいよう改良したもの。右腕に鉤十字(ハーケンクロイツ)が描かれた真紅の腕章をかけており、首には真紅の長大なマフラーを巻いている。

 

 ネオナチス歩兵師団副隊長、『夜風』の小鳥。

 吹雪款月以降、暫く不在だった天下五剣に加わった新たな剣士。

「無限一刀流」の使い手であり、ヴォルケンハインが太鼓判を押す天才児である。

 

 彼女は仏頂面で呟く。

 

「使えないわね、アンタらのところは……」

「……何だと? もう一度言ってみろ小娘」

「役立たず、って言ったのよ」

 

 ラグエルは額に青筋を立てる。

 

「天下五剣になれた程度で粋がるなよ、糞ガキが」

「ハァ? こっちは実力を証明してなったんですけど。文句ある?」

「ヴォルケンハインの推薦でたまたまなれただけだろう? 全く、現代になって武人の質も落ちたものだ。こんな餓鬼でも世界最強の剣士の一角になれるのだから」

「何ですって?」

 

 小鳥から凄まじい殺気を向けられても、ラグエルは平然としていた。

 一触即発な雰囲気に、魔縁が待ったをかける。

 

「まぁまぁ、落ち着きなさいって二人とも。俺たちが喧嘩したら本末転倒でしょう」

「……」

「……」

「ここはプラスに考えるべきだ。大和とネメア……あの二人を同時に抑えられてる。本来ならありえねぇ」

 

 小鳥はフンと鼻を鳴らす。

 

「言い訳にしか聞こえないわよ。アンタらの上司はお仲間共々、ネメアって奴に封印されてるじゃない」

「それを言うならお前さんらだって。歩兵師団どころか空挺師団と機甲師団まで出してるじゃないの」

「…………」

「生意気言いなさんな……あの二人はマジで別格なんだから」

 

 魔縁はやれやれと肩を竦めると、ポンポンと手を叩く。

 

「はい、喧嘩おしまい。さっさと仕事終わらせようぜ。そしたらこれ以上イライラせずに済む」

「同感だ」

「……わかったわ」

 

 天魔族のNo.2にルシファーの懐刀、そして歩兵師団の副隊長。

 全員EXランクの強者だ。

 彼等は万が一に備えて別の場所で待機していた。

 

 右乃助たちの元に行こうとする三名の前に、一人の美女が現れる。

 

「はぁい、ここからは通行止め♡」

 

 純白のスカートから肉付きのいい脚を覗かせる魔性の女……紫色を帯びた長髪に豊満な肢体。

 間違いない。

 

 一同を代表して魔縁が呟く。

 

「アラクネ……世界最強の暗殺者」

「右乃助はちゃんと考えてるわねぇ」

 

 アラクネは紅の塗られた唇を指でなぞる。

 

「あなた達を足止めできるのは私くらい……頑張らないと」

 

 その言葉に、魔縁は鼻で笑った。

 

「やめときなさいな。アンタは確かに強い。だが突出してるワケじゃない。……俺達を足止めするのは不可能だ」

「そうねぇ。私は大和やネメアみたいにやたら強いワケじゃないし……」

 

 納得するアラクネ。

 しかし次には不気味な笑みを浮かべた。

 

「でも……戦いじゃなくて殺しあいなら負けないわよ?」

 

 アラクネは特異な術式を展開する。

 瘴気を伴った爆風が発生した。

 

「殺しに強さは関係ない。どんな手段を用いようとも、最終的に殺せればいい」

 

 アラクネはカツカツとハイヒールを鳴らす。

 すると、地面から異形の者たちが現れた。奈落の底から這い出てきたのは全身を猛毒で汚染された超越者たち……

 

 開ききった瞳孔、滴り落ちる大量の涎。

 鎧を着ていたり、浴衣を着ていたり、剣を持っていたり、槍を持っていたりしている。

 

 彼等は武術を極めた超越者、その成れの果て。

 超濃度の毒に汚染されながらも辛うじて生きている、ゾンビだ。

 

屍鬼隊(しきたい)……久々に全員出したわ」

 

 アラクネの切り札の一つ、屍鬼隊。

 元、天下五剣、四大魔拳、三本槍の者たちを七名召喚する。

 全員がEXクラスの強者であり、常に全身から神格レベルも即死する猛毒を散布している。

 近寄るだけでも大変危険であり、辺り一帯の生命体は1分と経たず絶命する。

 現に、空を飛んでいた肉食カラスがボトボトと地に落ちてきた。

 

 彼等は全盛の力を保ったままアラクネの激毒に侵されている。

 それでも死なないのは、世界最強の武術家だった強靭な肉体と精神力があるからだろう。

 

 魔縁、ラグエル、小鳥は一瞬で臨戦態勢に入る。

 先程の余裕は消え、今は冷や汗を流していた。

 

 アラクネはそんな三名に微笑みかける。

 

「この子たち、大和がいると暴れちゃうから普段出せないんだけど……あなた達なら問題ないわね♡」

 

 七名のアンデットはアラクネにすり寄る。

 子犬の様に喉を鳴らす彼等を、アラクネはよしよしと宥めた。

 

「可愛い可愛い坊やたち。……今私、命を狙われてるの。助けて?」

 

 潤んだ瞳で告げられ、アンデットたちは無言で得物を担いだ。

 主人に仇なす怨敵を確認すると、全員が途轍もない殺気と呪詛を撒き散らす。

 

 魔縁は思わず呟いた。

 

「……クソッ。デスシティの三羽烏は伊達じゃねぇって事かい!」

「来るぞ! 構えろ!」

「スゥゥ……っ」

 

 小鳥は携えた刀で絶対切断の概念を内包した斬撃を飛ばす。

 余裕で弾かれてしまったが、これはあくまで牽制……小鳥は躊躇なく飛び込んだ。

 魔縁とラグエルも後に続く。

 

 アラクネは、冷たい笑みを浮かべたままだった。

 

「さぁ、死のダンスを踊りましょう……私も久々に本気出しちゃう♪」

 


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