villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十二話「天使殺しの拳」

 

 

 シャムハザの奏でるヘビメタは何も士気高揚のためだけではない。

 音楽を介したバフデハフのオンパレード。擬似エーテルを音波に混ぜているため、右乃助レベルの闘気使いでも無効化できない。

 

 右乃助は舌打ちした。

 

「まずはあの演奏トラックをぶっ潰す。んで……」

 

 右乃助は戦場を見渡す。

 

「闇バスを一旦フリーにするぞ」

「……それ本気で言ってる? ウノちゃん」

「魚釣りだ。釣り針はデカいほうがいい」

「……成る程」

 

 パンジーは頷く。凍牙も理解しているようだ。

 他のメンバーは首を傾げているが、右乃助の作戦に無意味なものはない。信頼し、各々役割に徹する事にする。

 

「アモールと香月は比較的薄い左側を崩してくれ。パンジーとサーシュ、参碁は堅い右側に火力を集中。その隙に俺と凍牙で演奏トラックを潰す」

『了解』

 

 各員持ち場につく。

 アモールと香月は左側の車両群に飛び込んでいった。敵陣をとことん掻き乱す。襲いかかってくる隊員たちを斬り伏せ、撃ち抜き、車両を爆破し横転させ、被害を拡大させる。

 

 パンジーとサーシュ、参碁は右側の先頭に着地し車両を奪った。参碁がスパイクまみれの装甲を無理矢理ひっぺがして運転手を投げ飛ばして交代する。パンジーとサーシュは敵陣めがけて縦断爆撃を行った。パンジーの爆撃魔法はAクラスでも最高クラスの破壊力を誇っている。如何に痛覚が麻痺しているシャムハザ隊員でも、直撃すれば即死は確定。サーシュは参碁の専用武装「仁王」を借りて乱射しまくっていた。内蔵されている高精度ホーミングランチャーをぶっぱなしまくっている。

 

 右乃助と凍牙は中央を正面突破していた。壇之浦の八艘飛びを彷彿とさせる身軽さでみるみる敵陣に食い込んでいく。負けじと応戦する隊員たちだが、彼等の命を軽んじている性質を二人はうまく利用していた。わざと隙を作ってフレンドリーファイアーを促したり、果敢に飛び込んでくる輩を車両の下に投げてもろとも爆破させている。右乃助が自慢の喧嘩空手で隊員たちを鏖殺すれば、凍牙が冷徹に隊員たちの眉間をぶち抜く。

 

 凍牙の武装は魔改造を施したベレッタM92f。マズル、バレル、トリガー、グリップ、全て凍牙が自らカスタムした一品だ。使用弾薬は9x19mm徹甲パラベラム弾。軽量ながら鋼鉄の塊に風穴を空けられる貫通力を誇っている。マガジンは百発装填の超大容量マガジン、フルオートも可能。

 

 凍牙はあえてセミオートにし、一発一発確実に撃ち込んでいた。痛覚が麻痺していても脳を撃ち抜かれれば死ぬ。人間であれば尚更だ。囲まれそうになったらヒラリと他の車両に飛び移り、特製の焼夷手榴弾『サラマンダー』を投げる。サラマンダーは火竜の脂を使用しており、その可燃性は通常の脂とは比べ物にならない。可燃物を目一杯搭載したシャムハザの車両に投げつければ、その効果は目に見えてわかる。

 

 凍牙は淡々と中央の車列を崩していた。

 

 右乃助は鍛え抜いた五体と奪ったあらゆる武装を用いて戦っている。彼は正統派の空手ではなく琉球空手の延長線……喧嘩空手の達人だ。五体そのものが武器であるが、身近にあるものなら何でも使う。銃火器にも抵抗がない。なんなら日用品も凶器に変えてみせる。今も車体からひっぺがしたスパイクでシャムハザ隊員の脳天を貫いていた。擬似エーテル仕込みのショットガンを向けられれば反転させて持ち変え発砲する。弾切れするまで撃ち続けて最後には銃身を投げつけた。

 彼の異名は「喧嘩屋」。しかしその前の異名は「暴れ(ましら)」だった。その所以がよくわかる。

 

 右乃助は戦いながら、ある存在を注視していた。

 シャムハザのリーダー、全身フルアーマの重機型戦士、ベータである。

 彼はあろう事か、何もしていなかった。武器も構えず指示も出さず、隊員たちの死に様を眺めている。

 彼は唐突に嗤った。

 

『猿が、飛び回りやがって……いいさ、派手にやれよ』

「……何の指示も出さないのか?」

『ハァ? 指示ィ?』

 

 ベータはゲラゲラと汚い声で笑った。

 

『猿らしいなァ、小賢しい真似して戦場を引っ掻き回す……滑稽だぜ。そんなに命が惜しいなら表世界に引っ込んでろや』

「……」

『臆病で中途半端、しかも意気地無し……テメェみてぇな玉なしにコイツらの生き様がわかるかよ。好きなだけ飲んで食って女を抱いて、死ぬ時にゃあ笑って死ねる。後悔なんざ微塵ねぇ。最高に人生を楽しんで、最高の死に様を見せる……カッコいいじゃねぇか』

「……イカれもここまでくればドン引きだな」

『どうだかな。最低限のリスクしか背負わず、他者に頼りまくる。そんなみっともねぇ生き方よりマシだ……なァ?』

「……」

 

 右乃助はベータを睨み付ける。

 ベータは飄々としていた。

 

『そぅら。足掻けよ、みっともなく。見てるだけで笑えてくる』

「……ほざけ」

 

 右乃助は怒りを一瞬で飲み込み、平常心を取り戻す。

 そして近くにいる凍牙に告げた。

 

「とりあえず演奏トラックを無効化する。ベータが出てくれば、最悪撤退してもいい。自分の命を優先してくれ」

「わかった」

 

 凍牙は右乃助と共に演奏トラックに突撃する。

 そんな時である。闇バスに一気に詰め寄る漆黒のオートバイが二台現れたのは──

 右乃助は目を細める。

 

「やっぱりいたか……あれはカインとアベルだな。マイクの野郎、趣味のわりぃ奴等雇いやがって……」

 

 右乃助は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 凍牙は忠告した。

 

「いいのかね? あの兄弟は曲がりなりにもAクラスの殺し屋だ。死織君には荷が重いだろう」

「安心しろ。きっちり護衛がいる」

「……ほぅ」

 

 凍牙は遠い闇バスをみつめる。

 

「ならば信じよう」

「おう。俺達は俺達のできる事をするぞ」

 

 右乃助は飛びかかってきた奴の顔面に鉄拳をめり込ませる。

 凍牙はその隙をカバーした。

 

 右乃助たちは一気に跳躍し、演奏トラックに着地する。後はこれを粉砕するだけだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 カインとアベルはシャムハザのお祭り騒ぎを利用していた。爆煙と車両に上手く紛れ、どんどん闇バスに近寄っている。気付いた香月が斬撃を飛ばし、アモールも拳銃を連射した。が、見えない何かに弾き返される。香月は叫んだ。

 

「死織さん!! 襲撃者です!!」

「マジですか……!!」

 

 死織はバックミラーで襲撃者を確認する。

 オートバイに跨がっている銀髪の美男二人……死織は舌打ちした。

 

「魔界都市でも指折りの変態たちですか……これでも食らいなさい!」

 

 死織はハンドル手前のスイッチを押す。闇バスの両サイドからガトリングガンが現れた。毎秒100発の8.62mm専用貫通弾を発射するオートターレットである。嵐の様な弾幕が展開されたが、兄弟たちは並走して手をあわせ、見えない何かを伸ばす。すると弾幕ごとオートターレットがバラバラに切り刻まれた。

 死織は苦い顔をする。

 

「兄弟揃っての鋼糸使い……情報通りですね。それなら!」

 

 死織は闇バスのバックナンバーの上部を開き、大量の特製手榴弾を放出する。如何に卓越した鋼糸使いでも無差別爆撃は防ぎきれまい……そう考えた死織は少し甘かった。足止めはできても倒す事はできない。

 

 兄弟は鋼糸で見えない坂道を作ると跳躍。そのままオートバイすらも土台にして闇バスに急接近した。特殊合金製の装甲、幾重にも展開された魔術障壁、そんなものは関係ない。「空間ごと切り取れば」全て解決する。

 彼等は曲がりなりにもAクラスの殺し屋だ。これくらい、平然とやってのける。後部座席の天井をくりぬいて、魔人兄弟が闇バスに降り立った。

 

「さて、お楽しみの時間だ」

「右乃助の奴がバカで助かったぜ。なぁ、兄貴?」

 

 カイン&アベル……最悪の展開だった。右乃助たちはシャムハザと交戦中のため、すぐには戻れない。割と近い香月とアモールすら妨害されている。

 死織は無言でニーナを離し、近くの席に座らせた。そして自動運転に切り替えクレフに告げる。

 

「ニーナさんをお願いします。私が足止めしますので」

 

 何処からともなく高周波ブレードを取り出し構える。鋼鉄をバターの様に切り裂ける斬れ味に加え、死織本人もそれなりの腕前だ。しかし、今回は相手が悪かった。

 

「やめとけよ、話にならねぇ」

 

 高周波ブレードの刀身ごとバラバラにされ、死織の制服が一直線に裂かれる。ブラジャーごと斬られてしまったため、豊満な乳房が露になった。新雪の様な柔肌に桜色の乳首……男の手でも掴みきれないであろうボリュームを見て、アベルは思わず涎を垂らす。

 

「カーっっ、たまんねぇなぁオイ。あの糞野郎……大和の女はやっぱり上物だ」

 

 死織は頬を赤らめ胸を隠した。それでも隠しきれない巨乳に、アベルは興奮を隠しきれない。

 

「さっさと連れ帰りてぇ……なぁ兄貴、どうだよ。奥にいるチビっ子は」

「あぁ……アァ……いい、素晴らしい……写真とは比べ物にならないッ!!」

 

 カインは既にふやけてしまったニーナの写真を捨て、血走った眼で「本物」に手を伸ばす。

 

「その亜麻色の髪、つぶらな瞳、丈のあってない服装……何て愛らしいんだッ!! さぁ、こっちにおいで!! 怖がらなくていい!! お兄ちゃんがイイ事を教えてあげよう!! 君は、大人になってはいけない!! そのままでいい!! そのままがいいんだ!!」

 

 興奮のあまりパンツ越しに勃起している兄を見て、アベルは内心ドン引きする。

 

「度し難いペドフィリアですね……吐き気を催す」

 

 吐き捨てた死織に対して、カインは露骨に表情を歪める。

 

「黙れ糞ババァ……弟がいなかったらお前なんぞ細切れだぞ」

「兄貴、時間だ時間。そろそろ横の女たちが追い付いてくる」

「……チッ」

 

 確実に距離を詰めてきている香月とアモールを確認したカインは、片手を上げた。

 

「さっさとお持ち帰りするぞ」

「オーライ。じゃあ連れていくぜ」

 

 死織とニーナに幾重もの鋼糸が迫る。死織は悔しそうに唇を噛み締め、ニーナは席の後ろに隠れた。

 

 そんな時である……

 

「やれやれ、黙って聞いていれば……お嬢様を性的対象として捉え、死織様をあらんかぎり侮辱するなど」

 

 それぞれ放った鋼糸が、纏めて純白の手袋に絡め取られる。カインは片眉を跳ね上げた。

 

「誰だ、爺さん……」

「ホッ、呑気な若者たちだ」

「兄貴!! 何やってんだよ!! さっさと切断してくれ!! それとも邪魔してんのか!? 全然斬れねぇぞ!! このジジィの手!!」

「さっきから本気でやってる……ッッ」

 

 カインが表情を引き攣らせためアベルも顔を青くする。空間をも切り裂ける特別製の鋼糸がまるで機能していない。……否、通用していない。

 雁字搦めに縛られているクレフの右手の手袋が破れると共に、種明かしがされる。

 

 岩石の様な手だった。

 傷だらけの拳ダコだらけの手である。どれだけ過酷な鍛練を詰めばこんな形になるのか。どんなものを殴っていればこうなるのか……

 

 戦慄している兄弟にクレフは語りかける。

 鬼の形相で……

 

「覚悟はできているな、若僧共。女子供を犯してきた、その罪を償う準備はできているな?」

 

 クレフは空いている左腕をだらんと下げて振り子の様に揺らす。その腕の形は、まるで死神の鎌だ。

 鬼の様な気迫を感じ取ったカインは叫ぶ。

 

「アベル!! 撤退するぞ!! このままじゃッッッッ」

 

 その顔面に岩石が突き刺さる。否、クレフの神速の左ジャブがめり込んだのだ。まるで大砲……ジャブの威力ではない。ヒットマンスタイルからのフリッカージャブ、遠心力を全て乗せた拳はカインの顔面を容赦なく潰した。鼻が陥没し、眼鏡がそのまま顔にめり込む。全ての歯が砕け散り、白い欠片がパラパラと舞った。

 

「ホゲエッ!?」

 

 美貌が台無しになり、どこから出したともつかぬ声が響き渡る。

 

「なんだこのジジィ!? 聞いてねぇ、ぞッッッッ!!?」

 

 倒れ込む兄を横目にガードしたアベルだが、ガードごと粉砕される。両腕の骨が見事にへし折れた。

 

「ジャブだけで済ませてやる。……でないと殺してしまうからな」

 

 天使殺戮士は天使病の患者以外殺してはならない──ただし、命さえあればどんな状態にしても許される。

 

「ギャアアアアアッッ!! やめろ!! 来るんじゃねぇぇッッ!!」

 

 叫ぶアベルには、目の前の老人が得体の知れない化け物に見えていた。

 兄弟の全身に数百の剛拳が一瞬で叩き込まれる。逃げる隙などない。与えもしない。秒間200発のラッシュが、瞬く間に兄弟の意識を奪った。

 

 神速のステップワークは場所を選ばない。それがバスの中であろうとも、だ。死神の鎌が振り回される。瞬く間に原型を無くした兄弟たちをクレフは天井に打ち付けた。

 更に殴って殴って殴って殴って、ラストに一拍置いて渾身のアッパーを放つ。物理攻撃にめっぽう強い筈の闇バスの天井がいとも簡単に吹き飛ばされた。兄弟たちは天井だったものに磔にされたままハイウェイの下に落ちていく。

 

 唖然としている死織に振り返ったクレフは、何時もの好々爺に戻っていた。

 

「……衣服が乱れてしまいましたね、どうぞ」

 

 ブレザーを脱いで死織の肩に被せる。

 そして申し訳なさそうに謝った。

 

「お許しください。右乃助様の作戦を完璧にするために、ギリギリまで戦闘を避けていたのです」

「……成る程、事情はわかりました。ですが、凄まじい力ですね。流石は天使殺戮士……」

「ホホホ、これでもイスラエルの血族。対天使の格闘術は修めておりますから」

 

 クレフは遠く、ハイウェイの下を見つめる。

 

「あの者たちは殺していません。ですが、死より苦しい生を味わってもらいます。外道畜生は許せないタチなので」

「……恐ろしいですね。ですが、頼もしい」

 

 苦笑する死織の傍にニーナが駆け寄ってきた。そして何故かドヤ顔をかます。自分の付き添い人の活躍に鼻高々なのだろう。

 クレフは困ったような、嬉しいような、そんな複雑な笑みを浮かべた。

 

 

 ◆◆

 

 

 ハイウェイでの戦闘もクライマックスだった。

 右乃助と凍牙が演奏トラックを完全に破壊したため、バフデバフの効果が消えている。それでもシャムハザの隊員は侮れないが、彼らは単体でBクラス下位程度……ある程度の数なら対処できる。

 そして何より、クレフの実力解放が決め手となった。闇バスこそ半壊してしまったが、ネックだったカイン&アベルを始末できた。

 流れは依然、右乃助たちにある。

 闇バスに戻ってきた右乃助はクレフに笑いかけた。

 

「やっぱり凄ぇな、天使殺戮士ってのは」

「いえいえ、右乃助様が最後まで隠してくださったおかげですよ。死織様に少し被害が及んでしまいましたが……」

「怪我はしてねぇか?」

「大丈夫です」

 

 死織は運転席から手を挙げる。

 そのまま聞いた。

 

「もうそろそろ目的地に付きますが……大丈夫ですか? このままで」

 

 含みのある物言い……彼女は理解していた。シャムハザを含めた敵勢力がまだ余力が残していることを。生死の境目を理解している魔界都市の住民だからこそ、わかってしまっていた。

 

 右乃助は微妙な顔をする。

 

「安心はできねぇな。まずまずってところだ」

 

 右乃助は振り返り、戦場を見つめる。

 シャムハザのリーダー、ベータに対して他のメンバーが総攻撃を仕掛けていた。しかしベータは歯牙にもかけない。

 

『ウロチョロと蝿みてぇに……失せなァ!!!!』

 

 堅牢無比な重装アーマーの合間から擬似エーテルのビームキャノンをぶっ放す。彼の扱う擬似エーテルは他の隊員たちとは比べ物にならない。触れればそれだけで死んでしまう。なので皆、時間稼ぎしかできないでいた。彼の乗っている超巨大モンスタートラックにもダメージが入っていない。

 

 右乃助は腕時計を見つめた。

 

「死織、到着まであと何秒かかる?」

「30秒。ハイウェイを下った先に広間があるので、そこからは徒歩になります」

「わかった。死織、予備の制服は持ってるか? 持ってるなら着替えてくれ。クレフさんはニーナを抱えて走る準備を。他の奴等はその場で合わせられる」

「わかりました」

「かしこまりました」

 

 死織はお礼を言いながらクレフにブレザーを返す。そして予備の制服に着替えようとしたのだが……

 

「…………」

「お嬢様、こちらへ」

「!!?」

 

 死織の胸をガン見していたニーナがクレフに抱えられる。ニーナは頬をハムスターの様に膨らませたが、状況が状況なだけに大人しくする。

 

 右乃助は苦笑すると、改めて前方を見つめた。ハイウェイを降りた先にある広間……ここから先は完全な南区。中央区とは別の世界であり、目的地「ペヌエル」がある。

 

 初代イスラエルが唯一神から祝福を賜った土地……現在は異空間を漂った末に遺跡と共に埋もれていた。

 

 右乃助はここで更に増援を呼んでいた。予め声をかけておいた頼もしい仲間たちだ。人数こそ少ないが、確実に助けになってくれる。

 待ち合わせの時間もピッタリなので、右乃助は前方を注視した。

 

「……は?」

 

 彼は頓狂な声を上げた。予想外の光景が広がっていたからだ。悪い意味ではなく、良い意味で……

 

「右乃助ぇ~! たすけにきたぞ~!」

 

 広間で手を振っている美男。その背後には500を優に越える殺し屋や傭兵、用心棒達が佇んでいた。全員デスシティの住民であり、Aクラスの手練たちである。右乃助が救援で呼んでいたのは10人くらい……なので50倍近い人数が集まっている事となる。

 唖然としている右乃助に、最初に声をかけた美男が笑いかけた。

 

「ネメアさんが呼びかけてくれてよー! 右乃助がピンチだって。そしたら結構な人数が集まってくれたんだ! いや~、お前さんに恩があったり貸しがあったりと、色々理由はあるけど、愛されてるな~!」

 

 のほほんとした口調の美男は八百万(やおよろず)。Aクラスでも上位の強さを誇る何でも屋だ。そして右乃助の親友でもある。

 容姿的年齢は二十歳前半ほど。烏の濡れ羽色の髪で左が長く右が短いアシンメトリーなヘアスタイル。黒真珠の様な綺麗な瞳。顔立ちはデスシティ基準で上の下。表世界では普通にアイドルレベルのイケメンだ。服装は白と青が斑に混じった浴衣。下駄をカランカランと鳴らしながら、肩には鉄の棍を担いでいる。

 

「ヤオヨロズ、誤解される。半数が魔界都市交通株式会社からの報酬金目当て。別に右乃助のためじゃない」

 

 不馴れな口調で言ったのはタイ人の青年。容姿的年齢的は八百万よりも幼い。ボサボサの黒の短髪に焦げ茶色の瞳。褐色の鍛え上げられた肉体。服装は白のタンクトップに黒のズボン。

 彼は殺人ムエタイの達人であり、ムエボラン(古式ムエタイ)の使い手だった。

 

「おまっ、そこは空気読めよトム」

「うるさい。俺、そもそも右乃助とあまり仲良くない。ヤオヨロズは綺麗事で収めようとし過ぎ」

「んでもよぉ? 右乃助の姿見てホッとしてたじゃん?」

「……俺以外の奴にやられたら困る。それだけ」

 

 正直じゃないトムにムフフと笑う八百万。彼は鉄の棍を掲げて右乃助に告げた。

 

「こっからは俺達に任せておけー!! シャムハザの連中なんざこてんぱんにしてやる!! だからお前さんは、お前さんのやるべきことを成せぇ!!」

 

 その言葉に、右乃助は笑った。

 

「ったく、らしくねぇ。……でもサンキューな。助かった!!」

 

 右乃助は死織やクレフと共に闇バスから飛び退いた。

 瞬間である、大乱闘が始まったのは──

 

「総員、かかれーッッ!!!! 魔界都市の住民舐めんじゃねぇぞコンチクショー!!!!」

 

 八百万の号令と共に住民たちが一斉にベータへと飛びかかる。ベータは怪物トラックの上から怒鳴り散らした。

 

『カス共がァ!!!! 調子乗ってんじゃねェェェェ!!!! まだまだ俺のファミリーは沢山いるんだよ!! せめて全員満足させてみろやァァァァ!!!!』

 

 その背後からシャムハザの隊員たちが飛び出てくる。その数、優に3000は越えている……増援がやって来たのだ。シャムハザの総戦力である。ハイウェイからはみ出るほどの大軍勢を前にしても、八百万たちは狼狽えなかった。むしろ叫び返す。

 

「数で勝ったつもりか!! ああ!? ルール無しの喧嘩なら負けねぇぞ!!」

 

 正面衝突……あまりの衝撃に周囲一帯の建造物が吹き飛び、空間が歪む。大激闘の中を、右乃助一同はかろうじて脱出した。

 

「よし!! いい調子だ!! このまま目的地までダッシュだ!! いくぞ皆!!」

 

 一同は力強く頷き、走る。あともうすぐだ。

 希望が、手に届くところまで来ていた。

 

 


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