駆ける。南区の迷宮のような裏路地を駆けていく。
遠く離れていても聞こえてくる爆発音……八百万たちがシャムハザの軍勢と戦っているのだ。彼等の助力を無下にはしまいと、右乃助たちは走る。
しかし追っ手がまだ湧いてくる。ルプトゥラ・ギャングもなりふりかまってられないのだろう、下っ端の構成員まで出してきた。一人一人は大した事なくても集団になれば十分驚異。全身タトゥーまみれの厳つい男たちを蹴散らしながら、右乃助はメンバーを確認する。
「全員いるか!? はぐれてないか!?」
「大丈夫です!」
顔ぶれを確認した後、アモールの返答に頷く。そんな中、パンジーが神妙な顔付きで告げた。
「凄い迷路……本当にこの道であってるの?」
「GPSで現在地を確認してる。それについては大丈夫なんだが……クソッ、所々で待ちぶせしてやがる!」
建物の上から飛び下りてきた構成員たちを思いきり殴り飛ばす。これでは埒が明かない。メンバーの人数的に、狭い場所での戦闘はリスクが高い。
思いきって通路に出てみると、既に待機していた構成員たちに発見された。彼等の背後にM2重機関銃が固定されたジープがあったので、右乃助は前に出て防御の構えをとる。
そんな時である。敵陣めがけてスモークグレネードが投げられたのは……
「ゲホッ!! ゴホゴホッ!!」
「クソッ!! 前が見えねぇ!!」
「これじゃあ撃てねぇぞ!! ゲフッ! ゴホゴホっ!!」
いきなりの事で唖然としている右乃助たちに、声がかけられる。
「こっちです! 早く!」
その声に聞き覚えがあった右乃助は、驚きながらも嬉しさで固い表情を崩した。
「お前まで助けてくれるのか。……嬉しいが、無茶するなよ。ラース」
戦闘用のジャケットとシャツ、パンツを着た美青年オークは笑い返した。
「尊敬する先輩がピンチなんですよ? 助けるのは当然です」
彼は最近Aクラスに昇格した実力派若手、右乃助を先輩と慕う賞金稼ぎだった。
◆◆
「俺は南区出身なのでここら辺の地理に詳しいです。なので、最短ルートを教えられます。目的地は遺跡群ですよね?」
「ああ。助かる。……これは一度や二度では返せない恩だな」
「なら、俺が危なくなった時に助けて貰います」
「お安い御用だ」
二人の気軽な会話を聞いて、香月とアモールが瞳を輝かせる。
「流石師匠……! 人脈を築くプロですね!」
「尊敬します!」
「一々褒めるな、こそばゆい」
二人の頭に軽いチョップを当てる。二人は嬉しそうに笑っていた。
「さて……」
右乃助は明後日の方向を睨む。
「……全員伏せろ!!」
右乃助の叫び声に反応して全員が頭を下げる。壁際から火炎放射器をばらまかれた。超熱量の炎が全員の頭上を通過する。右乃助は素早く距離を詰めて隠れていた構成員たちを殴り殺した。
「チッ……この追っ手の動き。こりゃあ監視されてるな」
上空を見上げる。今の自分たちの居場所を把握できる手段があるとすれば……それは空。
「無人偵察機……パッと視認できないところ、かなり高度な代物とみた。魔界都市製か?」
右乃助の予測は的を射ていた。アドバンスUAV……魔界都市の異常な科学力の結晶である。視認不可、熱源探知にも引っかからず、かつ本来のUAVよりも滑空高度が高い。破壊は困難だ。
大和がいれば狙撃できるだろうが、たらればの話だ。右乃助は苦い顔をする。
「ラース、すまねぇが最短ルートじゃなくて複雑なルートを教えてくれ。なるべく敵側を混乱させられるような……」
「わかりました。では現地人じゃないとわからないルートでいきます。はぐれないでくださいね」
「わかった」
ラースは早速隣の塀を飛び越え、手前の階段を下りる。そして下水路を指した。
「ここを進みます。魔獣とか怪虫がわんさかいて厄介ですが、対処法さえわかっていれば問題ありません。現地人じゃないルプトゥラ・ギャングの面々が入ったところで、そいつらに襲われるだけでしょう」
「いいな、それでいこう。って、おおっと!」
屋上から奇襲してきた構成員たちと相対する右乃助。槍を持っていたので半身を反らして躱すと、落ちてきた本体を壁にめり込ませた。ズンと重い音と共に壁に埋まる。後から降ってきた輩も踵落としで同じく地面に埋めた。
鮮やかな手際にラースは感心する。
「やっぱり、Aクラスとは思えないですね」
「お前までおだてるのか? ただの経験だよ」
右乃助は肩を竦めると下水路を見つめる。何故か魔獣たちが出てきていて、こちらに殺意を向けていた。ラースは困惑する。
「おかしいですね……普段は滅多に下水路から出てこない奴等が」
「操られてるんだろう。魔獣や怪虫の使役は下級の魔術師でもできる。おそらくルプトゥラ・ギャングに雇われた奴の仕業だ。……全員が味方じゃねぇって事だな」
右乃助は聖人君子ではない。大なり小なり恨みを買っている。そういう輩にとって、ルプトゥラ・ギャング側に付くほうがメリットがあるだろう。ラースは顎をさする。
「中々手強いですね。此処を抜けられないとなると、別のルートを探さなきゃ……」
そうこう言ってる間に魔獣たちが襲いかかってきた。迎撃態勢に入った右乃助たちだが……
「おおっと足が滑ったァァァァ!!!!」
「「「「「滑った~!!!!」」」」」
下水路の入り口に落石がふり注ぐ。魔獣たちは下敷きになり、入り口も封鎖された。右乃助が何だと視線を向けると、入り口手前でドヤ顔をかましている子供幽霊たちがいた。
「足が滑ったからしゃあない!! しゃあないんだ!!」
「でも親びん!! 俺たち足ない!!」
「!!?」
「下半身ふよふよ!! だって幽霊だもん!!」
「なんてこったい!!」
「あわわ~っ、ここは手が滑ったにしましょ~っ!」
「それだ!! あ~あ~っ、手が滑ったんじゃあしゃーないなー!!」
「「「「「しゃーないなー!!」」」」」
コントをしている子供幽霊たちに、右乃助は頭を抱えながら聞く。
「何してんだよ……幽香」
名前を呼ばれた桃髪ツインテールの美少女幽霊は、無邪気に笑った。
「何って、助けに来たんだよ!! 俺達友達だろ!!」
「ともだちー!!」
「助けるんだじぇー!!」
「頑張ります!!」
死体回収屋ピクシーの面々……右乃助が日頃から世話になっている者たちだ。
「……いや、ありがてぇけどよ。無茶すんなよ」
右乃助は嬉しさ半分、心配半分といった面持ちだった。
◆◆
幽香たちはてきぱきと準備をはじめる。メンバーを乗せる荷台を出しているのだ。本来死体を運ぶためのものだが、その分数人くらいを乗せるスペースがある。重さも余程ではない限り大丈夫だ。
「結構多いなー! 三台くらい用意するか!」
「ああ、頼」
「いや~、その必要はないよ幽香っち♪」
右乃助の言葉を遮ったのは、サーシュだった。
「あたしたち残るから、そしたら荷台一つで十分っしょ?」
サーシュの横にはパンジー、参碁、凍牙が並んでいた。右乃助は目を丸める。
「お前ら……」
「あたしたちで足止めするから、ウノちゃんたちはそのまま逃げるにゃーっ。その方が効率的っしょ?」
「それは……」
「それにぃ~」
サーシュは両手を広げる。
「逃げるのも飽きてきたんだよね~。ここらで一発、でっかい血祭りあげなきゃ気が済まないの♪」
サーシュは、右乃助の後ろにいるニーナとクレフに手を振った。
「んじゃ、バイバーイ。よかったね♪ ウノちゃんが味方で♪」
背中を向けて去っていく彼女にパンジー、参碁、凍牙が続く。
「行きなさい、ウノちゃん。ここは私たちでどうにかするわ」
「そうだ。あれだけデケェ口叩いたんだから最後まで走りきれよ?」
「君たちが無事ゴールする事を願っている」
四名の背を見つめ、右乃助は何か言おうとした。が、唇を噛んで止める。次には何時もの、らしい笑みを浮かべた。
「サンキューな、お前ら。……最後まで付き合ってくれて」
右乃助は今いるメンバー、ニーナ、クレフ、香月、アモール、死織、ラースを確認し、頷く。
「よし、行こう。この面子で」
この人数なら荷台一つで足りる。すぐに準備を終えた幽香は彼等を乗せて出発した。
「出発しんこー!! 目指すは古代遺跡、ペヌエルだー!!」
「「「「「あいあいさー!!!!」」」」」
子分たちと荷台を引き、猛スピードで空を飛んでいく。暫くして気配が遠のいた事を悟ったパンジーは、サーシュの頭を撫でた。
「よく頑張ったわね。えらいえらい」
参碁もその肩を叩く。
「お前も成長したなー、昔だったら我慢できずに殺してただろう? あのちびっ子ども」
当のサーシュはぷんぷんと頬を膨らませていた。
「ウノちゃんは甘すぎる! ウザったいから殺してやりたかったよ! あのチンチクリンと糞ジジィ! アイツらの身柄ルプトゥラ・ギャングに渡したほうが絶対よかったじゃん! その方が楽だし! 儲かるし!」
「同感だな」
凍牙は頷く。サーシュは激おこぷんぷん丸だった。
「でしょー!? それに何あのアマアマな雰囲気! おえ~!! 今思い出しただけで吐きそう!! オエーっ!!」
「確かにアマアマだったわねー」
「臭かったなー」
パンジーと参碁は遠い目をする。
「やっぱりあまちゃんよねぇ、ウノちゃんは」
「だからこそ、支えてやりてぇって思う奴等も多いんだろうよ」
「金ではなく情で動くか……右乃助らしい」
一同の意見に、サーシュは唇を尖らせる。
「ウノちゃんは友達だから別にいいけどさ~? 友達じゃなかったら絶対付き合わないし。そもそも、友達だからって最後まで付き合う必要ないよね?」
一同は頷く。
「それはそうよ。友達だからってその全てを肯定する……そんなの間違ってるわ」
「好きなところもあれば嫌いなところもある、そーゆーもんだろ」
「なればこそ、だ。此処で右乃助たちと別れたのは良い判断だといえる」
此処にいる面子は右乃助ほど甘くない。冷酷で残忍な、本当の意味での魔界都市の住民だ。
サーシュは笑う。
「適材適所、ってやつかにゃー。まぁ、グダグタ言ってるけど自分で乗った船だし? 最後まで付き合うよ!」
そう言って、サーシュは参碁を見つめた。
「ねーねー、参碁お姉ちゃん。まだ「現役」の時のまんま?」
「ハァ? 舐めてんのかテメェ。元、後輩だろう? 先輩が衰えてるように見えるのか?」
「ぜ~んぜん♪ むしろパワーアップしてる♪ そんなお姉ちゃんの力見たぁぁい♪」
「しゃぁねぇなァ」
参碁は髪を巻いていたタオルを取る。鮮やかな桃色の長髪がふわりと靡くと、隠されていた二本の角が露になった。彼女は鬼……それも種族最上位の鬼神である。大変稀な年若い鬼神、その力は優に右乃助を越えている。職業元・殺し屋。サーシュの姉貴分であり、超越者になろうと思えば何時でもなれる隠れた天才……
鬼神の超越者、「童子」候補。怪力乱神の再来。
彼女は隠していた妖力を解放し、魔改造バズーカ「仁王」にありったけ注ぎ込む。そして連結させ、空一面に極太ビームを放った。曇天が吹き飛び、紅蓮色の閃光が夕暮れをも飲み込む。堕ちてきた無数の隕石はアドバンスUAVだったものだ。今の一撃で全ての偵察機を破壊したのだ。
「さて……ついでに燃やしちゃおうかしら」
パンジーは南区の住宅街を爆破し、燃やし尽くす。殲滅型爆撃魔法だ。小都市規模の範囲を纏めて焼き払える。右乃助はあえてしなかったが、簡単な事なのだ。待ち伏せているルプトゥラ・ギャングの構成員ごと一気に消してしまえばいいのだ。その土地の住民ごと……
「……ウフフっ、アハハッ♪ やっぱりコッチのほうが早いわね♪」
ケラケラと嗤うパンジー。その顔は普段香月やアモールに見せるものではなかった。隣では凍牙が得物であるベレッタM92fをカスタムしている。彼は戦況に合わせてパーツをカスタマイズするのだ。
ふと、焔の海をかい潜り現れた者たちがいた。
サーシュは嬉しそうに嗤う。
「でた♪ マイクさん直属の部隊『EL VERDUGO』……絶対に近くにいると思ったのよねぇ。あの用心深いマイクさんがこんなに簡単に進ませてくれる筈ないじゃん? ……キャハハ♪ どーせウノちゃんたちがゴール手前で油断したところをヤるつもりだったんでしょう?」
全身を漆黒色で統一した特殊暗殺部隊。金属製のフルフェイスマスクが特徴的だ。『EL VERDUGO』……マイク直属の部下であり弟子達。重火器、刃物、格闘技、破壊工作、諜報活動、全てにおいて秀でた戦闘員。戦闘力は全員Aクラス。
数で劣っているが、サーシュたちは動揺していなかった。むしろヤる気満々である。
「アナタたちとヤるの、実は楽しみだったのよねぇ♪ ルプトゥラ・ギャング内でも輪をかけて残虐非道って聞いてたから」
サーシュは得物である二丁魔銃をクルクルと指で回す。魔銃の名は「Hate & Scream」。デスシティ製の魔銃で犠牲者の怒り憎しみ、悲鳴を糧にして威力を増していく。ド畜生のサーシュとは相性抜群であり、その貫通力と破壊力は極まっていた。
彼女は銃身から曲剣状の
「アナタたちをケバブにすればマイクさん、もっと悔しそうな顔するでしょうねぇ……一瞬だろうけど。キャハハ♪ でもでも~? 手塩にかけて育てた部下たちが調理された状態で届いたら、やっぱりオモシロイよね~っっ♪♪」
サーシュは涎をたらしながら両手を広げる。
「調理師は沢山います!! 焼き専門もいます!! さぁて……皆さんお待ちかね!! R30コーナーはっじまっるよ~ッッ!! 良い子は絶対見てね!! カニバル表現もあるからっっ♪♪」
彼女は、魔界都市の狂気そのものだった。
友達だから協力はしよう……しかしその在り方を全て肯定はしない。
探せば何処にでもある、普通の人間関係だ。