villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十四話「吹き抜ける黄金の風・破」

 

 

 一方、八百万たちAクラスの救援メンバーはシャムハザの隊員たちと激闘を繰り広げていた。擬似エーテル仕込みの弾幕を切り抜け、確実に総数を減らしていっている。兵法を少しばかりかじっている八百万が的確な指示を飛ばしているのだ。

 敵勢は3000余り。陣形を組まず、勢いのまま突っ込んできている。数の理を生かした、ある意味合理的な戦法だ。士気も高く、侮れない。正面戦闘になれば勝てるか五分五分だろう。だからこそ、戦略を用いる。

 

「右翼、左翼は平行して戦場を押し上げてくれ! 中央は武術家が集まって正面突破! 後に三人一組で固まって内部から切り崩し! 空を飛べる奴は敵陣深くに空襲! 一撃離脱を心がけてくれ!」

 

 少数精鋭、故に戦略が光る。全員指示通りに動いてくれるため、みるみる内に戦況が変わってくる。しかし八百万は一切油断しなかった。きちんと最後までやり通す。

 

「ラスト!! 中央にいる奴らは転移魔術符で撤退!! 間を置かず魔術士チームが絨毯爆撃!!」

 

 八百万の背後に控えていた魔術士たちが一斉に爆裂魔術を放つ。数十人かかりでの大規模展開魔術は魔術といっても馬鹿にならない。ハイウェイごと辺り一帯を焼き尽くす。爆風と共に吹き荒れる焔の竜巻……暫くすると、シャムハザの隊員たちはほぼ全滅していた。

 八百屋は拳を掲げる。

 

「よっしゃー!!!! やってやったぜオラー!!!!」

 

 所々から歓声が上がる。ルプトゥラ・ギャングの部隊を殲滅させるというのは、それほど大きい戦果なのだ。

 今だ爆炎に囲まれている中、最後のシャムハザ隊員が息を引き取ろうとしていた。その生き様を見届けていたベータは、何時もと違う優しい声音で聞く。

 

『よぉ……楽しかったか? 好きなこと沢山して、やりたいこと目いっぱいやって……』

「当たり前でさぁ……ハハハ、楽しかったぁ……」

 

 彼は上半身だけになっていた。左腕も肘から先が吹き飛んでいる。

 

「善なんて糞食らえ。悪にこそ自由あり。自由にこそ生の輝きあり……そう教えてくれたアナタに、今でも感謝してますよ……」

『…………』

「最高の人生だった……好きなことして、笑って、馬鹿やって……その先に、この楽しさがあるなら……ヘヘッ」

 

 彼は震えながら右手を天に掲げる。そして中指を立てた。

 

テメェ(神様)なんていらねぇよ、バーカ。……俺達に明日をくれたのは、ベータ様だ…………」

 

 笑って、息絶えた。ベータはその姿を最後まで見つめていた。心臓の音が止まる、その瞬間まで……

 

『俺も、楽しかったぜ……お前らと騒ぐのは』

 

 枯れた声には哀愁の念が含まれていて……一人ぼっちになった狂い者は、そのまま火の粉に紛れて消えていった。

 

「まだだ!! 大将のベータが残ってる!! 油断すんな!!」

 

 八百万の叫びにその場の空気が引き締まる。しかしその空気ごと「別の圧」に支配された。巻き上がっていた焔が飲み込まれ、超濃度の妖気で場が満たされる。辺り一面に紅の薔薇が咲いた。花弁からは血が滴り落ちている。

 元凶は、吸血鬼の神……神祖。

 

「はぁい、お疲れ様♡」

 

 ネオナチス派遣師団大隊長、ヴラド・ドラキュリーナ。

 縦ロールの豪奢な金髪、鮮血を彷彿とさせる双眸、死人の様に白い肌。身に纏う凄絶でありながら妖艶な色香は吸血鬼の神故のものだろう。独自にアレンジされたSS軍服が更に魅力を際立てている。網タイツで強調されている太股に視線が寄るのは男として極々自然なことだが、今はおかしい。命の危機の筈なのに、色気に惑わされるなど……。

 それほどの実力差があるのだ。生粋の魔王だけが纏える、矛盾のオーラ……

 

 八百万は持っている鉄棍で地面を叩いた。硬質な音と共に突風が吹き荒ぶ。一同は我に返り、慌てて臨戦態勢に入った。しかし遅い。全てが遅い。

 苦い顔をする八百万に、ヴラドは感心した様子で聞く。

 

「凄いじゃない、坊や。発破をかけたの? 」

「ベータはどこに行ったんですかい? 魔王さんよぉ……」

「質問を質問で返すのはよくないわ。それに……顔が青くなってるわよ?」

「っ」

「フフフ、可愛い坊や……♡」

 

 紅の塗られた唇を撫でるヴラド。絶体絶命だった。ベータだけならまだしも、ヴラドはマズい。最上位の神仏すら敵わない正真正銘の規格外だ。しかも派遣師団の隊員たちがいつの間にか辺りを囲んでいる。数は、おおよそ500……。八百万が認識できる範囲なので、実際はもっといる。更に無人サイボーグや怨霊怪異などをもいた。機甲師団と山岳師団の隊員たちだ。

 八百万は冷や汗を流しつつも、やれやれと肩を竦める。

 

「弱いもの苛めはみっともないですぜ、魔王の姉さんよぅ」

「と、言ってもねぇ……総統閣下からの厳命なのよ。イスラエル覚醒に荷担する奴等を皆殺しにしろって」

「同族であろうが……いいや、同族だからこそ消しておきたい、といった感じですかい?」

「……へぇ」

 

 ヴラドの紅い瞳が好奇心で輝いた。

 

「この都市は学の無い連中ばかりだと思っていたけど……そうでもないのね」

「少し歴史をかじっていればわかりますよ」

「ますます気に入ったわ♡」

「嬉しくもなんともありませんねぇ」

 

 八百万は鉄棍を両手で回し、構えをとる。ヴラドは不思議そうに首を傾げた。

 

「戦うつもり? やめときなさい。坊やたちじゃ時間稼ぎにもならない」

「わかってらぁな」

「ならどうして? 坊やは頭がキレる子だと思ったけど……」

「頭がキレるキレないは関係ないんだよなぁ」

 

 八百万は戦意を迸らせる。他の面々もだ。全員がネオナチスの隊員たちと戦おうとしている。一同を代表して、八百万が叫んだ。

 

「こっちはハナから死ぬ気できてんだよ……!! 舐めんじゃねぇぞ!! 魔界都市の住民を!!」

「そう、残念……貴方ならいい従僕になったでしょうに」

「糞ババァの介護なんざ死んでもごめんだね」

「そう、なら死になさい」

 

 無間速で鋭爪が迫る。八百万は下がらなかった。視認できなくとも、退く気はさらさら無い。なんなら首だけになっても喉元を噛み千切ってやるつもりだった。

 

「よう言った!! (ぼん)!!」

 

 桜吹雪と共に旋風が巻き起こる。超高速の回し蹴り、遠心力のたっぷりと乗った下駄はウラドの爪先を蹴り飛ばした。

 

 八百万の前に立ったのは金髪の美少女だった。稲穂の如き金髪、豪華絢爛な着物、ヴラドすら霞んで見える世界最高の美貌。先端の白い狐耳と九本の尻尾……間違いない。

 

『白面絢爛九尾狐』、万葉。

 

「それでこそ男児よ!! 天晴れ!! 後は任せておれぃ!!」

 

 魔界都市の東区を治めている大魔王は、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 ◆◆

 

 

「西洋の鬼神もどきか……はん」

 

 鼻で笑った万葉は、背後で呆けている八百万たちに告げる。

 

「ここは妾が引き受ける。坊たちは先に行った者たちを助けにゆけい」

「……万葉の姉さん、ありがとう!!」

「カッカッカ! よいよい! 気に入った若人を助けるのも年長者の務めじゃて!」

 

 八百万たちは深く頭を下げ、右乃助の救援に向かう。ヴラドは不機嫌そうに蹴られた爪先を見つめた。

 

「何のつもりかしら?」

「喧嘩を買いに来たんじゃ」

「……意味がわからないわ。今の状況だと、貴女が喧嘩を売っているように見えるけど?」

「魔界都市交通株式会社の魔道機関車、ルプトゥラ・ギャングに襲撃させたじゃろう」

「……」

「アレは妾も重宝しておってのぉ、わざわざ線路沿いに結界を張っておったんじゃ。それが破られた。……で? 喧嘩を売ってきたのはどっちじゃ?」

 

 万葉は鋭い犬歯を覗かせる。

 

「売られた喧嘩は買うぞ、阿呆ども」

 

 彼女もまた魔王……総身から溢れ出るオーラはヴラドに勝るとも劣らない。

 ヴラドは指を鳴らした。派遣師団でも実力派の戦士たちが万葉に襲いかかる。しかし、隊員たちは巨大な金棒に殴り飛ばされた。遥か彼方まで飛んでいき、しまいには見えなくなる。

 万葉の隣に立ったのは筋骨隆々の女傑だった。紅蓮色の長髪はポニーテイル、服装は袴に荒縄、サラシ。肩から桜吹雪の舞った羽織を羽織っている。身長は二メートルを優に超えており、かつ筋肉質。しかし魔性の色香は損なっていない。

 彼女は万葉に笑いかけた。

 

「来たぜ、姐御。俺達がやるのはどいつだ?」

「目の前にいる奴等全員じゃ」

「りょーかい。久々に暴れるぜェ……!!」

 

 朱天。本名を酒呑童子(しゅてんどうじ)

 現存する中で最強の鬼神。鬼の超越者『童子』の代表格。強力な妖魔達で構成されている暴力集団「朱天組」の組長であり、喧嘩の強さだけで「四大魔拳」に名を連ねているフィジカルモンスターだ。

 彼女は万葉の妹分であり、揉め事になった際は組を率いて最前線で暴れ回る、所謂ケツ持ちだ。

 増援を前にしても、ヴラドは余裕を崩さない。

 

「いくら救援を呼んでも私達には勝てないわよ?」

「ほぅ、どこからそんな自信が湧いてくるのやら」

 

 万葉の嘲笑に、ヴラドも嘲笑を返す。

 

「組織として成り立っていない貴女たちに、ネオナチスは止められない」

 

 そう言うヴラドの背後から超巨大ロボが現れた。全長500メートルほどの対軍勢殲滅用マシーンだ。機甲師団の傑作である。その力は超越者すら薙ぎ倒してしまうほど……巨大すぎる腕が万葉たちにふり下ろされる。

 しかし何処からともなく疾走してきた異形の巨人が巨大ロボの顔面を殴り飛ばした。走行の衝撃と殴った衝撃で爆風が吹き荒び、巨大ロボは高層ビルを何棟も倒しながら吹っ飛んでいく。突如として現れた全身から瘴気を噴き出す巨人……存在そのものが超密度の陰の気である。

 万葉は嗤った。

 

「お主は……いいや、お主らは勘違いしておる。喧嘩を売ったのが妾たちだけだと、本気で思ったのか?」

 

 禍々しい気と共に百鬼夜行が現れる。彼等は怪異に堕ちた元・超越者たち……那羅柯山脈の住民である。美女の百面を付けた大百足が高層ビルに巻き付き、全身から触手を生やした蝦蟇蛙が口から超濃度の瘴気を噴き出す。

 ヴラドは眉根を吊り上げた。万葉の横には呪われた魔姫が佇んでいる。半面がケロイド状の彼女は、万葉に笑いかけた。

 

「久方振りよの、万葉」

「久方振りじゃな、奈落。主も喧嘩を売られた口か」

「まぁな……ソロモンの糞餓鬼め、舐め腐りおって」

「フハハ!! 那羅柯山脈に手を出すとは、あ奴も阿呆よの!!」

「喧嘩は買う……我らを蔑ろにする者は誰であろうと許さん」

 

 万葉と奈落は親友同士で、神話の時代から切磋琢磨しあっているライバルだった。同じ男を想い、同じ男に憧れた。そして、それぞれ違う道を歩んだ。万葉は三国を傾けるほどの絶世の美女に、奈落は想い人が唾棄する「裏切られてしまった英雄」を保護した。互いに互いの信念を貫き、今がある。故に、どんな相手でも喧嘩を売ってきたら容赦しない。誇りと自負の元、全力で叩き潰す。

 

 ヴラドの傍に派遣師団の隊員が駆けつけ、慌てて報告した。

 

「ヴラド様! ご報告です! 山岳師団、及び大隊長、崇徳上皇様が襲撃を受けています! 相手は世界最強の呪術師、無月とその一派!」

「……」

「無月はあの「矛盾」コンビと三本槍の「呪詛姫」を傍に置いています! 万葉もまた忍衆「八百八狸(はっぴゃくやたぬき)」と世界最強の忍者「隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)」、更に暴力団「朱天組」を抱えています……我々派遣師団、並びに山岳師団を総動員しても、この面子は!」

 

 隊員の意見に、ヴラドは鮮血色の瞳を輝かせた。

 

「総動員しても、何?」

「ヒッ……」

 

 隊員の体から無数の茨が生えてきた。伸びて伸びて、紅色の薔薇が咲く頃には隊員は干からびたミイラになっている。視線だけで彼を殺したヴラドは、恐怖で固まっている他の隊員たちに告げた。

 

「泣き言なんて聞きたくないわ、さっさと戦いなさい。……でないと全員薔薇にするわよ」

 

 圧倒的な恐怖で支配する。これこそネオナチスのやり方……いいや、彼女は素でコレなのだろう。

 万葉はあからさまな嘲笑を浮かべた。

 

「恐怖で部下を支配するか、魔王としては二流じゃな。……ああすまない。西洋の引きこもり一族の神「程度」に、魔王という肩書きは荷が重すぎたか」

「死にたいのかしら、化け狐」

「クハハハ!! いい!! いいぞ!! ……その歪んだ面、実に妾好みじゃ」

 

 万葉は背後に数億もの仙術と妖術を展開する。朱天は部下たちを連れて我先にと飛び込んでいった。奈落は配下の怪異たちを指示しながら、自身も呪詛の理をばらまく。

 ヴラドは吸血鬼の神たる神祖の権能を解放した。

 遠い場所では世界最強の呪術師、無月と崇徳上皇が呪術合戦を繰り広げている。その証拠に、世界観に歪みが生じていた。天地そのものを変質させ、自身の領域として治めることこそ呪術の本質。その余波が魔界都市全土に広がっている。

 

 各分野の世界最強しか至れないランク、EX。その階梯にいる者たちの大激戦……デスシティが原型を留めていられるのも時間の問題だった。

 万葉は喜色満面の笑みで吠える。

 

「いい機会じゃ! 魔界都市の恐ろしさ……骨の髄まで刻んでやるわい!!」

 


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