villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十五話「吹き抜ける黄金の風・急」

 

 

 幽香たちが運転する荷台の上で、右乃助は唐突に背後に振り返った。途轍もない……いいや、そんな言葉すら生温い超常的な存在の気配を幾つも感じる。遠く離れている筈なのに冷や汗が止まらない。ここまでの存在感を発せられるのは魔界都市でも数少ない。右乃助は主要人物のオーラを探り、成る程と唸った。

 

「東区と北区の頭領が出てきたのか。相手はネオナチス、それも大隊長と師団……グラウンド・ゼロだな。下手したら魔界都市が消し飛ぶぞ」

 

 その事態の中心にいる事を、右乃助は改めて自覚する。よくよく考えれば奇跡に近いのだ。今の状況は。数多の助っ人がいなければとっくのとうにくたばっていただろう。右乃助の表情が自然と険しくなる。

 そんな彼の横顔を見たオークの美青年、ラースは微笑みながら言った。

 

「過度な緊張はよくありませんよ、右乃助さん。ここまで来た貴方自身を信じてください」

「ラース……」

「できます、貴方なら。……だって貴方は、この魔界都市で一番優しくて、勇気のある人ですから」

 

 ラースは自前の棍棒を肩に担ぎ、立ち上がる。世界樹製の棍棒は彼のメインウェイポンだ。

 ラースは荷台から飛び降りる姿勢に入る。

 

「ちょっと足止めしてきます。八百万さんたちの気配を感じるので、合流して暴れ回ってやりますよ」

「……ありがとうラース、助けてくれて。絶対に生き残ってくれよ? これが終わったらゲートで奢ってやるから」

 

 ラースは目を丸めた後、ニコリと笑った。

 

「それは楽しみですね……それでは皆さん! ご武運を!」

 

 ラースは飛び降り、落下エネルギーを全て乗せて棍棒を振り下ろす。大地が震え、並んでいる住宅街が倒壊した。その膂力は山河を砕き、海を割るだろう。魔物として最上位の強さを、彼は既に身に付けている。いずれ抜かされるだろう……そう思いつつ、右乃助は顔を上げた。

 海流が押し寄せてきている。水の権能だ。それも最上位でありながら異端のもの……水の旧支配者、クトゥルフの加護である。この権能を行使できる存在は魔界都市でも数少ない。

 

「右乃助~! また来たぜー! 万葉の姉さんが助けてくれてなー! こっちは任せておけー!」

 

 八百万(やおよろず)、Aクラスの何でも屋だ。彼は右乃助と同じ闘気使いだが、超越者でないため神格から加護を授かれる。彼は非常に稀有な、邪神との契約者だった。彼の他にもムエタイの達人、トムを含めたAクラスの手練たちが海流に乗ってきている。彼等はそのままラースに加勢し、残っているルプトゥラ・ギャングの構成員を蹴散らしはじめた。

 八百万は拳を掲げる。

 

「あと少しなんだろう!! 走り抜け!! 頑張れ!!」

 

 右乃助は思わず破顔した。

 

「ああ、任せとけ!! 必ずやり遂げる!!」

 

 拳を掲げ返す。彼等に任せておけば大丈夫だ。サーシュたちも戦ってくれている。ルプトゥラ・ギャングの面々は完封できただろう。残すところはあと僅か……

 右乃助は荷台に乗っている面々に振り返り、最後の作戦内容を伝える。

 

「既にゴール間近だ。しかし肝心のゴール、古代遺跡ペヌエルは南区でも特異な空間として有名だ。今まで誰一人として立ち入る事はできなかったという……そのあたりは大丈夫なんだな? クレフさん」

「はい。ペヌエルはイスラエルの正当後継者しか踏み入る事ができない神域です。私も血族ではありますが、立ち入る事はできないでしょう。……数億年もの間、資格なき者を拒み続けてきた。あの地は、お嬢様を待っているのです」

「成る程……なら……ッ!!?」

 

 右乃助は生命の危機を感じとり、咄嗟に前羽の構えをとる。その脇腹が螺旋状の何かに抉り取られた。

 

「幽香!! もういい!! 十分だ!! ペヌエルの前で下ろしてくれ!!」

「でもっ!!」

「お前たちを巻き添えにしたくねぇ!! 頼む!!」

「……わかった!!」

 

 右乃助の判断は正しかった。香月が刀を抜いて子供幽霊たちに迫る投げナイフを弾き落としている。アモールは座ったままスナイパーライフルを構え、敵影に発砲した。魔獣の甲殻をも貫く大口径弾だが、いともたやすく受け止められる。不可視の結界……吸血鬼特有の反射神経で反応したアモールはたて続けにハンドガンを連射した。3、4、5発と釘打ちの要領で大口径弾を叩いていけば結界が破れて主が弾を掴み取る。

 

「へぇ、やるじゃん。流石右乃助の弟子」

 

 虎の女亜人がわざとらしく笑った。漆黒の軍服を着ている。ネオナチスの隊員だ。それも、元々は魔界都市の住民……

 禍津風が吹く。風魔法による真空刃は右乃助の頑丈な肉体を容易く切り裂いた。クレフが立ち上がりフリッカージャブを放つが、別のところから現れた狼の男亜人によって止めらる。拳を握り止める埒外の握力に、クレフは思わず顔をしかめた。咄嗟に右乃助が狼の男亜人のテンプルに爪先蹴りを放ち、無理矢理後退させる。

 今のやりとりだけでわかる、絶望的な戦力差……まだいるのか、それほどニーナという存在が邪魔なのか、と右乃助は眉根をひそめた。

 

「こっちも此処まで来たんだ……邪魔はさせねぇ!!」

 

 右乃助は迫ってきた狼の男亜人にタックルをかまして落下する。香月、アモールも続いて飛び降りた。虎の亜人めがけて突撃する。右乃助は筋力の差で剥がされてしまい、右ストレートを貰いそうになる。しかしクレフが舞い降りてきて絶妙なタイミングでカウンターパンチを見舞った。

 少しの間なら止められる……そう悟った右乃助は叫んだ。

 

「走れ!! ニーナァァァァっ!!!!」

「っっ」

 

 バランスを崩しながらもペヌエルの前に着地した荷台、その上から飛び降りてニーナは駆ける。目の前にある倒壊した遺跡……中にはイスラエルの正当後継者しか入れない。何億年もの間、あらゆる存在を拒み続けてきた神域に、少女は足を踏み入れた。

 

「死ぬ気で止める!! 絶対にアイツの邪魔はさせねぇ!! かかってこいやぁ!!」

 

 右乃助は天地上下の構えをとる。攻撃的な型だ。香月とアモールも闘志を迸らせる。クレフは軽やかなステップを刻んでいた。死織は子供幽霊たちを荷台の後ろに隠しながら、ニーナの背中を見つめる。その背に勇気と希望を見いだして、胸に手を当てた。

 

「頑張ってください……ニーナちゃんっ」

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、南区の倒壊したハイウェイの上にジャムハザのリーダー、ベータがいた。辛うじてニーナたちを確認できる位置にいる。

 彼は汚い声で嗤った。

 

『希望、勇気、友情、……下らねぇ。全部綺麗事だ。つまるところのオ◯ニー、自分に酔ってるだけ……そうだろう? 右乃助ェ』

 

 悪意は、脅威は、未だ健在だった。

 彼は狡猾だった。右乃助や他のメンバーの意識を意図的に他に向けさせていたのだ。漆黒の全身フルアーマの重機型戦士……彼はここに来てようやく真の姿を現す。

 全身の装甲をパージし、擬似エーテルではなく純エーテルで粒子化させる。現れたのは、無機質な印象の美少女だった。ダークシルバーの髪はツインテールの縦ロールにセットされており、肌は生気を感じさせないほど白い。髪と同じ色の目はキレ長で冷たい輝きをともしている。服装は黒のゴスロリ服。程よく実った肢体によくあっている。頭には山羊の角と漆黒の羽を生やしており、両腕には重厚かつ豪勢なガントレットをはめていた。

 彼……否、彼女は、本来の力を解放する。

 

「楽しかっただろう? 希望を胸に突き進むのは……イスラエルの覚醒が済めば、お前達の旅は終わる。あと少しだ……だが、そうはならねぇ。俺がさせねぇ」

 

 鈴の音の様な声音から滲み出る、圧倒的憎悪。その粗暴な口調は、やはりベータだった。彼女は堕天使特有の超次元兵装を展開する。八つの山羊型のビット兵器だ。

 

山羊の晩餐会(フレッド・ゲティングズ)

 

 一つ一つが多次元宇宙を超える空間を軽く消し飛ばせるレーザーを放つ出鱈目兵器である。彼女はその全てを古代遺跡ペヌエルへと飛ばした。純エテールを注ぎ込んで、一斉射撃する。

 古代遺跡は跡形もなく消し飛んだ。火の海に飲み込まれペヌエルを眺め、彼女……アザゼルは哄笑を上げる。

 

「ハハ!! ハハハハハッッ!! 希望なんざ脆いもんだ!! そんなもんに縋るからテメェらは何時まで経っても糞雑魚なんだよ!! 絶望しろ!! 泣きわめけ!! テメェらみてぇなカスに希望なんてねぇんだよ!! アーッハッハッハ!!!!」

 

 アザゼル。

 ウリエル、ルシファーに次ぐ最上位の堕天使。通称「荒野の悪魔」。かつて大多数の天使と共に聖書の神を裏切った、元・熾天使である。

 

 彼女はペヌエルごとニーナを消し飛ばしてした。

 

 

 ◆◆

 

 

 右乃助たちは見てしまった。ニーナが入った古代遺跡が爆撃され、瓦礫の山になってしまうところを……

 派遣師団の隊員たちに捕らえられる形で、まざまざと見せつけられてしまった。

 

「嘘だろ……」

 

 右乃助は思わず呟く。あれほど苦労したのに、皆で力を合わせて、色々な存在から助けて貰って、ようやくたどり着いたのに……最後の最後で、打ちのめされるというのか。

 

「お嬢様……ッッ」

 

 クレフも絶望していた。今すぐニーナの元に駆けつけたいところだが、右乃助と共に腕を極められ地に伏している。

 

「クソッ……動けない!」

「魔法拘束っ、ここまできて!」

 

 香月とアモールは拘束魔法によって捕縛されていた。派遣師団のエージェントたちは武技は勿論、魔法や異能力にも精通している。右乃助たち程度、無効化するのは容易い。

 子供幽霊たちを隠している死織もまた、呆然としていた。

 

「そんな……ニーナちゃん……」

 

 絶望が広がっていく。倒壊した古代遺跡、未だ燃え盛る炎の海の中でニーナが生きているとは到底思えない。

 

 自暴自棄になりそうになる。泣きそうになる。怒りに任せて暴れたくなる。

 

 しかし、彼だけは違った。

 

「諦めるなっ!!」

 

 右乃助は精一杯叫ぶ。

 

「信じろ!! ニーナの事を!!」

「……右乃助様」

「俺達が信じてやらねぇでどうする!! 勝手に諦めるんじゃねぇ!! アイツは、そんな弱い女じゃねぇんだ!!」

 

 現実逃避……ではない。彼は、彼だけはニーナの事を信じていた。その信頼と熱意を目にして、クレフは浅はかな自分を戒める。

 

「仰る通りです……私達が信じずして、誰が信じましょう」

 

 クレフは拳に万力を込める。

 

「私も信じます、お嬢様の事を。……あの方は、運命にすら打ち勝ってみせる!!」

「そうさ!! 勝利の女神は誰でもねぇ!! アイツなんだ!!」

 

 一方、二人をねじ伏せている亜人たちはそれぞれ顔を見合わせた。

 

「ギャーギャーうるせぇな、コイツら」

「殺してしまえばいいだろう。首だけ持って帰れば総統閣下も納得してくださる」

「だな」

「死ね」

 

 二名は揃って鋭爪を振り下ろす。右乃助たちにコレを避ける手段はない。そう……このままでは。

 

 次の瞬間、突風が吹き荒ぶ。

 瓦礫を空に巻き上げる強烈な磁気嵐……その中から強い生命の輝きを感じ取れた。

 右乃助は安堵で表情を和らげる。

 

「やったんだな……ニーナ」

 

 焦土と化した約束の地に黄金の光柱が昇る。

 その光は、かつて初代イスラエルが大天使ウリエルを討ち破った時に放ったものと同じだった。

 

 磁気嵐の中で、「美女」が笑みを浮かべた。

 

 

 ◆◆

 

 

「何故……何故だァァァァっ!!!! 俺の兵器を食らって生き延びられる筈がねぇ!! 遺跡ごと木っ端みじんにした筈だ!! ……これも奇跡だっていいたいのか!? ええ!? イスラエルぅぅぅぅッッ!!!!」

 

 アザゼルは憎悪のあまり叫び、

 

「走りきったか、右乃助……クククっ、それでこそだ」

 

 大隊長たちの猛攻を弾き返した大和は明後日の方向に向き、笑みをこぼす。

 どんちゃん騒ぎの店内では、ネメアが感慨深げに紫煙を吐き出していた。

 

「至ったか、超越者に。このオーラ……初代イスラエルと同等。いいや、それ以上か」

 

 同じ店内にいるルシファーは信じられないといった様子で立ち上がる。

 

「しくじったのか、アザゼル。……お前ともあろう者がッ」

 

 一方、ソロモンは癇癪を起こしてテーブルをひっくり返していた。

 

「あの役立たず共が……えぇい!!」

 

 直接事件に関わっていない存在もまた、この結果に満足していた。

 

「お見事!! いやはや愉快痛快!! 良きものを見させて貰った!! これこそ人間!! ああ、素晴らしきかな!! これだから人類讃歌はやめられぬ!! ハハハハハッ!!」

 

 雅貴は喉仏を見せるほど大笑いし、

 

「ニーナ・イスラエルよ、遂に覚醒したか……讃えよ!! 我らがプロテスタント最強の戦士『天使殺戮士』、真の生誕の時来たれり!!」

 

 純白と紫のケープを翻して天使殺戮士のリーダー、レオンは朗々と謳いあげた。

 

 

 

 歴代最強のイスラエルが、覚醒したのだ。

 

 

 

 


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