villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十六話「ニーナ・イスラエル」

 

 

 右乃助たちの眼前に突如として現れた謎の美女。派遣師団の隊員たちを蹴り飛ばして瞬く間に再起不能にさせる。その圧倒的な存在感は、紛れも無い超越者。

 右乃助は彼女の事を知っていた。しかしあまりの変貌ぶりに戸惑いを隠しきれないでいた。

 

「ニーナ……なのか?」

「ええ、そうよ」

 

 凛とした、力強い返事だった。人見知りで無愛想な少女はどこにもいない。丈が合っていなかった服装は今はピッタリと合っている。黒いシャツに黄色のネクタイ、伸縮性のあるエナメル製のタイツ。元々この背丈だったのだろう。

 容姿的年齢は十代後半ほど。亜麻色だった髪は艶やかな漆黒色に変わっており、目も切れ長で黒色に染まっている。均整のとれた顔立ちはそのままだが、より凛々しくなっていた。身体のバランスもとれていて、体操選手を彷彿とさせる。

 彼女は髪をかきあげながら右乃助に微笑みかけた。

 

「ありがとう、右乃助。貴方の声、きっちり届いたわ。おかげで元の姿に戻れた」

「……元々その姿だったのか」

「そうよ。当時は精神がまだ幼かったから力を封印していたの。でも覚悟を決めて、貴方たちと旅をして、生まれ変われた」

「……そうか。まぁ、よかったよ」

 

 右乃助はそのまま尻餅をつく。ニーナはそんな彼に駆け寄り、抱きしめた。彼女の背丈的に、ちょうど右乃助の顔を抱きしめる形になる。

 

「何度でも言うわ……ありがとう。私を護ってくれて」

「そういう仕事だ。礼を言われる筋合いはねぇ」

「あら? 随分と冷たいわね。子供じゃないと優しくしてくれない?」

「……」

 

 右乃助は難しい顔をした。

 

「当たってるぞ」

「当ててるのよ、察しなさい」

 

 何が、とは言わない。年相応に実りがあり、かつ柔らかいものが右乃助の顔面に当たっていた。

 

「異性として誰かを意識したのは、貴方が初めて」

「そうかい」

「ねぇ、また瞳を見せて? 貴方の青い瞳、私大好きなのよ」

「嫌だね。……てかやめろ、顔寄せるな」

 

 右乃助はサングラスを取ろうとするニーナを押し返す。が、力の差で逆に押し返されてしまう。傍から見ればイチャイチャしているようにしか見えない。そのため彼女たちが割って入った。

 

「師匠とイチャイチャするな!」

「ニーナちゃん、ですよね? 右乃助さんから離れてください!」

 

 頬を膨らませて右乃助を保護した香月とアモール。派遣師団の隊員たちが倒れたので拘束術式が解けたのだ。

 ニーナはやれやれと肩を竦める。

 

「愛されてるわね、右乃助……」

 

 そんな彼女に老執事、クレフが涙を流しながら寄り添った。

 

「ご無事で何よりです、お嬢様……っ」

「心配かけたわね、爺や。でも大丈夫よ。私は貴方たちの期待を裏切らない」

「御身がご無事であるなら、私は何でも構いません……っ」

「大袈裟よ……」

 

 ニーナは苦笑しなからも、クレフを抱きしめた。二人の間には親子以上の絆があるのだろう。右乃助も思わず頬を緩める。

 ニーナは次に死織に手を振った。

 

「死織さ~ん!」

「ニーナちゃん……ですよね? よかった……」

 

 安堵する彼女の元にニーナは駆けよる。この時、死織は気付かなかった。ニーナの瞳にハートマークが浮かんでいる事を……

 

「死織さん♡」

「え……っ」

 

 死織の唇が塞がれた。……接吻と呼ばれるもの、つまるところのキスである。

 

「!?」

「!!?」

「!!!?」

「ホッホッホ」

 

 死織も幽香たちも、右乃助たちも驚愕している中、クレフだけが呑気に笑っていた。ニーナは舌を深く絡ませ、死織の唇を貪る。濃密過ぎるキスを終えると、死織は力無くへたり込んだ。赤面している彼女に、ニーナは妖艶な笑みを向ける。

 

「死織さんの唇、甘いわ……もっと貪りたい」

「っ」

「今夜、空いてる? もっと濃密な時間を過ごしたいわ」

 

 頬を撫でられ、死織はぶるりと肩を震わせた。大和とはまた違う、しかし匹敵するかもしれない凄絶な色香……

 

「……なっ」

 

 右乃助は呆然とした後、拳を握って吠えた。

 

「何をするだーッッ!! 許さぁぁんッッ!! (死織みてぇないい女とキスなんて、羨ましい!!)」

 

 いきなり画風が濃くなった右乃助。本音がダダもれなので、ニーナはやれやれと溜め息を吐く。

 

「なら貴方も誘えばいいじゃない」

「ばっきゃろうお前!! さっきまでチンチクリンだった奴が調子に乗ってんじゃねぇ馬鹿やろう!! 死織はアイツのお気に入りなんだよ!! そうほいほいと手ぇ出せるか!!」

 

 ニーナは首を傾げた。

 

「アイツって、大和さんの事? あの人、そういうの気にしないと思うわ。抱くも抱かれるもその人次第……死織さんがその気で、こっちが無理強いしなければ問題ない筈よ」

「何その自信!? どこから湧いてくるの!?」

「ハァ……そんなに女を抱きたいなら私が相手をしてあげる。ごめんなさい、死織さん。あの人がどうしてもって言うから……」

「アホ抜かせマセ餓鬼が!! 俺はな!! 大人の色気ムンムンのアメリカングラマーな美女が好みなんだよ!! テメェみたいな糞餓鬼、ピクりともこねぇわ!!」

 

 盛大に啖呵を切ると、何故かクレフが眉間に青筋を立てる。

 

「右乃助様……今の発言はどういう意味でしょうか? お嬢様では不足だと? ……返答次第では、いくら右乃助様といえど容赦いたしません」

「ええ!? クレフさんそこで怒る!? どうして!?」

 

 目が飛び出るほど驚いている右乃助に、香月とアモールが低空タックルをかました。

 

「おごぉ!?」

「師匠!! どういう事ですか!? 好みの女性について語るなんて……私達という存在が身近にありながら!!」

「そうです!! 配慮に欠けています!!」

「こうなったら今夜、師匠のお家に泊まります!! 拒否権はありませんからね!!」

 

「既成事実☆」

「それな☆」

 

「ふっざっけんじゃねぇ!!」

 

 右乃助は二人を無理矢理引きはがす。その一部始終を見ていた幽香は思わず笑い転げた。

 

「ぷひゃっ、なっはっはっは!! 右乃助の顔おもしれー!! コロコロ変わってやんの!! ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」

「モテるなーうのすけ!! 修羅場ってやつだ!!」

「見てる分にはおもしろいにょー!!」

「他人の不幸は蜜の味☆」

「それな☆」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!! お前らやめろよ!! 腹いてーっ!!」

 

「笑ってんじゃねぇよ幽霊ども!! マジでキレるぞ!?」

 

 子供幽霊たちに笑いものにされ、マジでキレかけている右乃助。大人げないが、これもまた右乃助なのである。

 次第に笑いは広がり、この場にいる者は大なり小なり笑いはじめた。緊張が解けたのだろう。なんだかんだ言いつつ、右乃助も口元に笑みを浮かべている。

 

 そんな時である。最後の刺客が現れたのは……

 

 一同の前に爆着した異形の存在。爆風を裂いて現れたのは、天使病患者だった。顔が二つ張り付いており、苦悶の表情を浮かべている。グチャグチャに混ざり合った身体からは純白の羽毛が生えていた。異常に発達した筋肉繊維、骨格密度。体長は優に五メートルを超えており、見るものを圧倒する。肩口から生えている捩くれた骨は山羊の角を彷彿とさせ、腰から生えた骨尾はまさに蝎の如く……

 巨大な翼を広げた天使病患者は酷く悍ましい唸り声を上げながら右乃助たちを睨みつけた。

 右乃助は正体を看破し、溜め息を吐く。

 

「堕ちるところまで堕ちたな……変態兄弟」

 

 そう、彼等はカインとアベルだったものだ。ニーナの命を狙っていたAクラスの殺し屋兄弟である。ハイウェイでの戦闘の際、クレフに完膚なきまでに叩きのめされた。

 あれ以降姿を見せなかったが、クレフのあの殴り方だ。死にたくても死ねない状態だったのだろう。

 で、天使病発症の源である霊子型ナノマシンに目をつけられてあえなく発症と……考察するまでもない。簡単なシナリオだ。

 

「山羊と蝎……司る七つの大罪は」

「色欲よ。わかりやすくて笑えもしないわ」

 

 実際に劣情を向けられたニーナは不快げに眉をひそめる。右乃助はやれやれと肩を竦め、死織と幽香たちに告げた。

 

「急いでここから離れろ。……世話になった。ありがとう。後日、改めて礼を言う」

 

 死織は無言で頷き、幽香たちを連れて退避する。ニーナは何故か面白そうに小首を傾げた。

 

「貴方たちは逃げなくていいの? ここから先は私達の仕事よ」

「護衛の任務はまだ終わってねぇ。と、言いたいところだが……実際はもう終わってるんだよなぁ。ただ、まぁ、心配なんだよ。お前の事が」

「……照れるわ。そういう台詞は真顔で言わないで頂戴」

「ハッハッハ」

 

 年相応の反応を見せるニーナに右乃助は軽い笑みを返す。 

 次には真剣な声音で告げた。

 

「俺と香月、アモールで相手の力を削ぐ。後は任せるぜ、天使殺戮士のお二方」

「ええ、任せて」

「かしこまりました。イスラエルの力、お見せいたしましょう」

 

 右乃助たちは前に進む。これで終わるのだ……長い長い旅が。

 今ここで、終止符を打つのだ。

 

 


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