villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

230 / 255
十七話「力を合わせれば」

 

 

 二人分の肉体を混ぜ合わせて異常発達した異形天使。

 軽く羽ばたいただけで周囲の瓦礫を吹き飛ばすほどの爆風を発生させる。その力、存在感……なるほど、Aクラスの殺し屋二名を素材にしただけはある。色欲の業も深いのだろう。戦闘力は並の神仏以上。

 右乃助は香月とアモールに言った。

 

「俺が渾身の正拳突きで動きを止める。香月はエンジェル・ベールを、アモールは蝎みてぇな尻尾を頼む」

「お任せあれ」

「了解です!」

 

 二名は精神統一し、今ある全ての力を集約する。二人共、一撃のみなら超越者に届く攻撃を繰り出せる。問題は、一撃しか出せない事。そして、攻撃を放つ前後に多大な隙が生じる事だ。

 彼女たちは右乃助に命を預けたのだ。

 

 右乃助は一歩前に出ると、腰を落として右拳を引き絞る。

 

 ほんの少しの静寂……次の瞬間、異形天使が姿を消した。瞬間移動レベルの飛翔。

 しかし動きが単調過ぎる。フェイントも何もない、ただの移動。喧嘩空手の達人である右乃助が予測するのは容易い。

 何もない空間に渾身の正拳突きを放てば、まるで吸い寄せられたかの様に異形天使がやってきてカウンターヒットした。予想外の一撃に異形天使の動きが止まる。体勢も崩れた。多重に展開されていた天使の羽衣(エンジェル・ベール)にもヒビが入る。

 古今東西の徒手空拳の中で一番の威力と貫通力を誇るパンチ、それが空手の正拳突きだ。洗礼された型から放たれる拳はただただ重く、硬い。

 

 香月が間を置かず斬撃を重ねる。明鏡止水の極致に入り振るわれる太刀は、万物両断する鎌鼬を纏うに至る。

 生粋の殺人剣でありながらその概要、全く不明の斬月流。正当後継者は香月ただ一人。それ以外の者たちにはこの剣技を扱えない。

 そう、あの大和でさえ……

 

 剣術が最盛期を迎えた幕末に突如として現れた謎の流派。開祖は只人でありながら天下五剣に名を連ねた剣客、斬月。

 彼の剣技は理外の法だった。理外の存在である筈の超越者たちよりも、更に深い領域にあった。

 その内容は『技』の極致。柔よく剛を制す。力など不要。性別も種族も体格差も、超越者であるかすらも問わない。技を扱えるかどうか、その一点に尽きる。

 

 門外不出ではなく、誰にも真似できない。だから隠す必要もない。大和ですら「真似できない」と断言した、唯一無二の殺人剣。

 それが斬月流。

 

「斬月流・五の型。乱れ十六夜」

 

 その剣筋を視認できる者は極僅か。たとえ視認できたとしても、理解できる者は世界に数人いるかどうか。真似できる者はただ一人としていない。

 香月は技術だけなら超越者クラスだ。しかし、経験が不足している。そのため格上相手には苦戦する。捉え方を変えれば、技さえ発動すれば超越者でも殺せる。

 不規則な斬撃が四方八方からエンジェル・ベールを斬り破る。斬撃の軌道をしていない。剣術なのかすらも怪しい。

 しかしこれこそ斬月流。数多ある殺人剣の、一つの答えである。

 

巨人の大剣(グランデ・エスパーダ)!!」

 

 砕け散ったエンジェル・ベールの足場に跳躍したアモールは、勢いのまま回転飛び蹴りを放つ。

 彼女はダンピール。吸血鬼と人間の間に生まれた混血児。能力的には生来の吸血鬼より劣り、人間よりも弱点が多い。が、捉え方を変えれば人間よりも基礎値が高く、吸血鬼にはない感受性がある。

 己を知り、弱さを知り、それでも卑屈にならない心の強さ……

 

 実際、アモールは強かった。未だ未熟ながら、その戦闘力はAクラスでも上位に入る。

 今は亡き義父、ボロスから受け継いだマーシャルアーツは短期決戦を想定した超実戦武術だ。大和の指導も加わった事で、繰り出す蹴りは絶対切断の概念を纏うに至る。五体そのものを武器と化す……あらゆる武術に言える基本にして深奥だ。

 

 異形天使の尾は伸縮無限、変幻自在。ダイヤモンド以上の硬度を誇っていたが、関係ない。概念を纏ったアモールの蹴りはコレを根本から切断する。

 

「お見事……技の冴えもですが、何より連携が素晴らしい。この老骨めも、力を振り絞りましょう」

 

 懐から銀のカードを取りだし、宙に投げるクレフ。カードは拳を覆う手の骨型のナックルに変形、クレフの拳を保護した。初代イスラエルの拳の骨から型取った、天使必滅の一撃『イスラエル』を放つための補助装具。名を、セスタス。

 

「熾天使を撃墜した一撃、再現いたしましょう……」

 

 ダランと下げたL字型の左腕ではなく、頬に添えていた右拳に力を集約する。放つのは神話の時代から脈々と受け継がれてきた、伝説の一撃……

 

『イスラエル』

 

 神罰の代行者を完全に破壊するためのインパクト。クレフの長い腕から繰り出される右ストレートは、間違っても他の生き物に打ってはいけない。実際、異形天使の分厚い胸に風穴を空けた。想像を絶する威力だ。

 しかし、死なない。普通の天使病患者ならばこれで完全停止しただろうが、彼等は違う。まがりなりにもAクラスの兄弟たち。耐久力、再生力、ともにずば抜けている。そして、彼等には心臓部分にあたる(コア)が二つあった。これらを同時に破壊しない限り、永遠に復活し続ける。

 

 瞬く間に傷口を塞いだ異形天使は雄叫びと共に大翼を広げる。クレフも右乃助も香月もアモールも、耐え切れずに吹き飛ばされた。

 

 天を舞う瓦礫の山。そんな中、ニーナ・イスラエルは堂々と佇んでいた。

 鋭い目を見開き、獰猛に笑っている。その横顔は、初代イスラエルの生き写しだった。

 

「……お前は私「達」に破壊される」

 

 異形天使は無自覚に膝をついた。ダメージが蓄積していたのだ。右乃助の正拳突きが、香月の斬撃が、アモールの飛び蹴りが、クレフの右ストレートが、異形天使を立てなくした。

 

 ニーナは無限速で距離を詰め、軽く左アッパーを放つ。異形天使の肉体が引き裂かれた。返しの右アッパーが放たれれば、二つの心臓が纏めて消し飛ぶ。

 

 一瞬の出来事だった。視認できた者はいない。当の異形天使でさえ、何をされたからわからないまま絶命した。

 遅れて特大の風圧が天に昇り、曇天を穿つ。閉ざされていた夕焼けが顕わになり、魔界都市を緋色に染め上げた。

 

 彼女はどんな体勢からでも、どんな攻撃にでも『イスラエル』を乗せる事ができる。

 

 ニーナ・イスラエル。

 この時代に生まれるべくして生まれた救世主。初代イスラエルを超える才覚を持つ、人類史の新たな切り札。

 表世界では大変稀有な、EXクラスの強者である。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方その頃、ベータ……いいや、アザゼルはとんでもない形相をしていた。憤怒と憎悪で可憐な顔が歪みきっている。

 

「テメェらのそれが!! そういうところがッ!! 他の奴らを『勘違い』させるッ!!」

 

 犬歯を剥きだし、瞳孔を開く。額には何本もの青筋が浮かんでいた。

 

「皆が皆、テメェらのようにいかねぇんだよ!! どれだけ努力しても、できねぇ奴はできねぇだよ!! それを奇跡だなんてもんで勘違いさせて……ッッ。ふざけんじゃねぇ!! 薄っぺらい希望なんか抱かせるんじゃねぇよ!!」

 

 彼女は彼女なりに、人類を愛していた。堕天使は皆そうだ。どれだけ歪んでいても、根底には愛がある。

 

 アザゼルは重厚かつ豪勢なガントレットを薙ぐ。七色の宝石が埋め込まれた手甲は超高性能なモバイルデバイスだ。数多の超次元兵器と全知全能のプログラムが保存されている。

 

「アカシック・レコードに干渉すりゃあ殺せるだろう!! 不安定な今のテメェならなァ!! イスラエルぅぅ!!」

 

 アカシック・レコード。唯一神が開発した全知全能のプログラム。この世全ての事象現象を記録している世界記憶の概念だ。ここにアクセスする事で、思うがままに事象現象を改竄できる。アザゼルはニーナの存在を「初めから無かったもの」にしようとしていた。

 

「そこまでだ、アザゼル」

 

 首筋に添えられた長大な刀身。燃え盛る焔の様な乱れ刃は、一度見れば忘れない。

 アザゼルは隣に座っている褐色肌の美丈夫を睨みつけた。

 

「テメェはもう関係ねぇだろう……すっこんでろ大和」

「ハァ? 何言ってんだテメェ。俺は右乃助に雇われてんだよ。邪魔する奴らを殺してくれ、ってな」

「……」

「首を落とされたくなかったらとっとと失せな、堕天使」

 

 アザゼルは感情の赴くままに超次元兵器たちを展開する。八つのビット兵器、2門のブラスターライフル、そして魔導式超大型レールカノンを向けられても、大和は顔色一つ変えなかった。

 

「やめとけ、テメェの本質は『学者』だ。……どう足掻いても俺には勝てねぇ」

「ッッ」

「ネオナチスは見切りをつけて退いた。異端審問会も諦めた。ルプトゥラ・ギャングは、言わずもがなだ」

 

 アザゼルは憤怒と憎悪、それ以上の悲哀を込めて叫ぶ。

 

「何故だ……どうしてだ大和!! お前にならわかる筈だ!! あいつらが!! あんな奴らがいるから勘違いが生まれる!! 誰も彼もがあいつらみてぇになれるワケじゃねぇ!! 全部綺麗事でおさめようとする、そんなあいつらが!!」

「それもまた、人間だ」

 

 それが、と断言しないあたり、大和らしい。この男は人間の負の部分も正の部分も理解していた。

 アザゼルは唇を噛み締めると、兵装を粒子化させて背を向ける。

 

「本当にそれでいいのかよ、大和……ッ」

 

 泣きそうな声を残して消えていったアザゼル。大和は溜め息を吐いて大太刀をしまった。

 次に煙草を取り出して唇にくわえる。オイルライターで火をつけて、遠い右乃助たちに笑いかけた。

 

「やったじゃねぇか、右乃助……格好いいぜ、今のお前」

 

 そう言って、美味そうに煙草を吸い上げた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。