villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第四十一章「超装伝」
一話「異世界からの来訪者」


 

 

 走るしかなかった。未知の世界への恐怖が勝手に足を動かす。所々駆け回るも、何もかもわからない。だって、「彼女」にとってここは異世界だから。

 

 超犯罪都市デスシティ。

 悪徳の都。矛盾の坩堝。人外の楽園。世界の闇の清算場。

 

 奇しくも彼女は、数多の異世界の中でも最悪の場所に迷い込んでしまった。

 

 とある理由で逃げ続けなければならない彼女は、懸命に走り続ける。息が切れ、疲労感が肉体を蝕むも、足を動かす。それしかないのだ。何故なら、安全な場所が見つからないから。

 

 楽観視していた。異世界ならある程度の隠れ家があると思っていた。

 しかし違う。此処は違う。此処は、正真正銘の魔界だ。

 昼間だというのに繰り広げられる殺戮の宴。人が簡単に死ぬ。だというのになんだ? 住民たちは平然としているではないか。

 大通りを走っている時に気付いた。此処は、治安という概念がないのだと。

 

 当たり前の様に売られている薬物や兵器、奴隷。刺激臭が鼻を突き、淀んだ空気が喉にへばりつく。

 見たこともない魔物らか往来を闊歩し、他愛のない理由で殺し合いをはじめる。路上で性行為に耽る者も少なくなかった。

 

 イカれている。地獄の方がまだマシだ。

 

 少女は大通りを抜け、路地裏で一息つく。水でも飲みたいところだが、この有様だ。我慢するしかない。

 

「お嬢ちゃんどうしたの? こんな所で」

「困ってるみたいだね。おじさん達が匿ってあげようか?」

「……いえ、結構です」

 

 少女は身構える。三人組の大男が現れた。明らかに不審者だ。

 スキンヘッドの筋肉質と金髪のホスト風、そして刈り上げた銀髪の美男。

 全員腕や首からタトゥーが見えており、一目で危ない連中だとわかる。

 彼等は猫撫で声で告げた。

 

「お嬢ちゃん、この都市に慣れてないっぽいから声をかけたんだよ」

「だいじょーぶ、俺たちが安全な場所に連れていってやるから」

「怖がらなくてもいいぜ?」

「…………」

 

 少女は一歩下がる。男たちはその一挙一動で相手を「素人」だと判断した。

 

 容姿は、あまりわからない。白の厚手のローブを着ていて、フードを深く被っているからだ。

 南区の辺境あたりから来た亜人か、それとも異世界の住民か……

 

 判断材料にかけるが、三人は構わないと判断する。

 言葉では優しく、されど強引に引き寄せる。

 抵抗する少女。意外と力があったので、男たちは思わず手を離してしまった。すると、フードが取れて素顔があらわになる。

 

 絶世……という言葉すら生温い、至高の美貌を誇る美少女だった。

 可愛さと美しさが混同した顔立ち。桃色のミディアムヘアは煌めいていて、桜の花弁に例えるのすら憚られる。髪と同色の長い睫に縁取られた切れ長の瞳は最高級のサファイアの宝石の様で、今は恐怖で濡れていた。厚手の白のローブ、その合間から覗く手指は細く滑らかで、足はすらりと長い。色素の薄い肌は透き通っていて、幻想的な美しさをより際立たせている。

 なによりローブの盛り上がりでわかる発育のいい肢体……さぞやエロい身体をしているのだろう。

 頭には小さな角が二本生えていた。

 

 男たちは一瞬獣欲を滾らせるが、すぐに抑え込む。一時の欲望に身を任せるほど愚かなことはない。

 しかし、思わず唸ってしまう。

 

「スゲェ……とんでもねぇ掘りだしもんだぜ」

「竜人……それも亜種か? これだけ綺麗な個体は初めて見るな」

「……決まりだ」

 

 男たちは頷き合う。甘い言葉での誘導は無しになった。無理矢理にでも連れて帰る。

 

 少女は数歩下がり、両手をかざした。

 

「それ以上近付かないでください!! 近付くと、魔法を放ちます!!」

「ほぅ? 魔法? それが俺たちの知ってる魔法だとエラい事になるが……」

「魔法使いが俺たちみたいなチンピラ相手に怯える筈ないんだよなぁ」

「という事はハッタリか、お嬢ちゃんの周りでは魔法と呼ばれている術式か……まぁ後者だろう」

 

 臆せず近寄ってくる男たちに少女は驚いたが、やむおえず魔法を放つ。

 炎熱系の術式だ。人間どころか一軒家を丸ごと燃やせる規模の爆炎が生じる。

 少女は唇を噛み締め、後悔と焦りの念に苛まれていた。

 

 しかし……

 

「ほらやっぱり。言った通りだ」

「なるほど……炎熱系の魔術に似た術式。安物のタリスマンで耐えれたあたり、お察しだな」

「ちぃとばかし驚いたが……こんなもんか」

「そんな……っ」

 

 まるで効いてない。

 ありえない。手加減はしなかった。摂氏4000°の超高熱の焔が確かに当たった筈だ

 その証拠に辺りの生ゴミや建造物は溶け落ちている。肌に触れる熱波も錯覚ではない。魔法は、間違いなく発動した。

 

 耐えたというのか? 生身の人間が。

 

 驚愕で口をあけている少女に、男たちは笑いかける。

 

「そーゆーことだ。お嬢ちゃんは俺たちには勝てない」

「大人しくついてこい。手荒な真似はしたくない」

「それでも抵抗するってんなら、手足の骨くらいは折るぜ? 後でいくらでも治療できるからな」

「いや……こないでっ!」

 

 拒絶の意を示しても、男たちは下卑た笑みを浮かべて近寄ってくる。

 逃げなければならない。しかし足が動かない。恐怖で竦んでしまっていた。

 尻餅をつく少女に、男たちは手を伸ばす。少女は思わず両手で頭を覆った。

 

 

「ア゙────っっ、やっべぇ」

 

 

 ドバドバと、男たちの頭上から大量の水が降りかかった。

 

「なんだぁこりゃぁ!?」

「ガボッ、うぇぇ……っ!! ただの水じゃねぇぞ!!」

「目が、クソッ、しかも臭ぇ!! これぁ、しょんべんか!!」

 

 強烈なアンモニア臭。ある意味、魔界都市では普通の臭いだ。

 男たちは怒り狂い、頭上を見上げる。

 

「ヤッベぇ、とまらねぇ。ハァァーっ、立ちションとかあんましたくねぇんだけどなァ」

 

 まるで滝のように絶え間無く降り注がれるしょんべん。量と勢いが半端ではない。人間が出す量ではない。

 

 ならば犯人は? そう、人間ではない。

 

 褐色肌の美丈夫が屋上で堂々と逸物をぶらさげていた。灰色の三泊眼は眠たげで、頬は少々赤い。鋭利なギザ歯が並んだ口からは大量の酒気があふれている。

 

 男たちは相手が誰なのかを一瞬で理解すると、真っ赤な顔を青白く染めなおした。そして一目散に逃げていく。

 全身にしょんべんを浴びせられても尚、恐怖が勝ったのだ。

 

「あ……あ……っ」

 

 取り残された少女は口を押さえながら彼を見上げていた。しょんべんはまだ止まっていない。少女の前に特大の水溜まりを作っていく。

 しばらくしてようやく止まれば、逸物がぶるんぶるんと振るわれた。

 

「ふいぃ……いやぁ、危なかった。漏らすところだった。まぁ、立ちションもたいして変わらねぇんだけどな! ガハハハハハ!」

 

 豪快に笑う。その美しい笑顔とぶら下がっている逸物を見比べた少女は、顔を真っ赤にして走り去っていった。

 褐色肌の美丈夫……大和は、下を見て首を傾げる。

 

「誰かいたか? んー……まぁいいや」

 

 簡易呪符で空中から水を取り出し手を洗うと、ハンカチで拭き取る。

 

「まだ飲めるなぁ……こんなに酔うのなんて滅多にないから、気分がいい。ゲートで二次会でもすっか」

 

 フラフラとした足取りでその場を去っていく。

 奇しくも、少女と大和はここで顔を合わせていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 大衆酒場ゲート。

 魔界都市で数少ない完全安全地帯だ。

 酒場としても一級で、多くの住民から愛されている。

 

「で、朱天を含めた鬼たちと飲み明かしてたと?」

「そうさ。あーあー、久しぶりに酔っ払ったぜ」

「鬼と酒を呑むなんて、普通ならアルコール中毒で死んでるぞ」

「俺の肝臓は鋼鉄製よ!! ナーッハッハッハ!!」

 

 大和と店主、ネメアは何時も通り他愛ない会話を繰り広げていた。

 

「昼になったら鬼たちが全員酔い潰れちまってよぉ。仕方ねぇから此処で二次会をしてるってワケだ」

「大人しく家に帰って寝ろ。粥でも作ってやるから」

「ヤダね、餓鬼じゃあるめぇし。俺はまだ飲むぜ」

「酒臭い。適当に酒を出すから家で飲め」

「ひっでー、それが客に対する対応かよ」

「酔っ払いに付き合ってられるか」

「カッカッカ!」

 

 無愛想な店主と陽気な酔っ払い。

 彼等に向ける客人たちの眼差しには、畏怖と羨望の念がこめらている。

 

 片や、魔界都市を代表する理不尽の権化。

『黒鬼』『悪鬼羅刹』『暴力の化身』『意思を持つ天災』『神秘殺し』『虐殺者』

 とある伝承では自由気ままに吹き抜け、気に食わなければ善悪関係なく吹き飛ばしてしまう「風神」として描かれている。

 

 闇の英雄王、大和。

 

 数々の蔑称とは裏腹に、その容姿は絶世の美男だった。

 妖艶さと野生味を併せ持った男として究極の美。容姿的年齢は30代前半ほどで、滑らかな黒髪は長く、丁寧に結って肩に流されている。彫りの深い顔立ちは東洋人離れしており、屈強過ぎる肉体も併さり「鬼」に見えなくもない。柳眉に細い睫毛、灰色の三白眼には隠しきれない殺意と憎悪が宿っていた。薄い唇から覗くギザ歯は鋭利で、生き物の肉程度なら簡単に噛みちぎってしまうだろう。それでいて神域の美貌を損なわないのだから、反則的だ。

 世界最強の武術家の名に恥じない屈強な肉体は凡人がどれだけ鍛えても到達できない天性のもの。二メートル半ばの肉体に余すところなく上質な筋肉を詰め込んでいるのだ。その内には強靭過ぎる骨と内臓がある。

 くっきりと八つに割れた腹筋。腰周りは異常なほど細く、肩周りの頑強さと比べたらまるでオオスズメバチ。その形態が極限まで戦闘に特化したものなのは言うまでもない。

 服装は白と黒の着物をダブル。肩から真紅のマントを羽織っている。真紅のマントは魔界都市で彼以外羽織る事を許されていない。

 彼のトレードマークだ。

 

 彼と並ぶと、他の男が案山子(かかし)に見えてしまう。それほど圧倒的な存在感を放っている。

 しかし対面している男は彼と同レベルの存在感を静かに放っていた。

 

 魔界都市で唯一、完全安全地帯を己が力のみで成立させている男。

『勇者王』『黄金の英雄』『人類の守護者』『怪異殺し』『悪魔の天敵』『眠れる獅子』

 とある伝承では無辜の民を害する怪異を黄金の雷で討ち滅ぼし、その亡骸で枯れた土地を耕す「雷神」として描かれている。

 

 光の英雄王、ネメア。

 

 その容姿は大和と比べたら地味だが、見れば見るほど薫る男前である。容姿的年齢は30代前半ほど。綺麗な金髪はツーブロックに刈られており、前髪は軽くワックスでかきあげられている。髪と同じ色の瞳は柔らかく温かい。西洋人らしく彫りが深い顔立ち。体格は大和と同レベルの規格外なもので、あちらより筋肉が若干多く骨も太い。なのに太ってる様に見えないのは、過酷な鍛練で極限まで絞っているからだ。一目見ただけで歴戦の強者だとわかる。服装は白のシャツとデニムパンツ、厚皮のブーツ、焦げ茶色のエプロンと簡素なもの。しかし似合っている。過度な装飾をしていない分、本来の魅力が引き出されている。大和の色香に目がいきがちだが、彼も大変美しい偉丈夫だった。実際、隠れファンクラブが存在しており彼を慕っている異性は多い。

 

 両雄が酒場にいるだけで安心感がまるで違う。

 客人たちはゆっくりと寛いでいた。

 

 そんな時である。大きな地震が発生したのは。

 

 ゲートはそもそもの構造が違うので微かに揺れた程度だが、ネメアは眉をひそめる。

 

「外が騒がしいな。まだ昼間だぞ」

「なんか事件でも起こったんじゃね?」

「……今の揺れ、中々大きかった」

「ふぅむ……久々の『空間震』か?」

 

 空間震。この世界で稀に起きる現象である。異世界との繋がりが強制的に行われた際に起きる、空間異変の一種だ。

 

 大和は顎をさする。

 

「今の時代の流れだ。空間震が起こるのは特別なことじゃねぇ」

「お前が荒らしてるからな。現在進行形で」

「うるせぇ。……まぁ仮にさっきのが空間震で、異世界との繋がりができたとしよう」

「……」

 

「割とどうでもいいな。マジで。ハッハッハ!!」

 

 呵呵大笑する大和に、ネメアは思わず頭を押さえた。

 

「この酔っ払いが……」

「ハァ? シラフん時も同じ事言うっての!! 心底どーでもいい!! ギャーッハッハッハ!!」

「シラフの時はそんな下品な笑い方はしない……って、ああ、クソ、頭痛くなってきた」

 

 重いため息を吐くネメア。そんな彼の視界にふと人影が映った。

 

 漆黒のパンツスーツを着こなした美女。彼女の登場に、ネメアは色々察して煙草を取り出した。

 

 煙草を吸わなければやっていられない。

 面倒事が多過ぎる。

 

 

 ◆◆

 

 

「お前が来るとは、中々面倒事みたいだな。玉風(ユーフォン)

「お久しぶりです、ネメアさん」

「貪狼連合からの依頼か? それとも、五大犯罪シンジケートからの依頼か?」

「後者です。是非大和さんに頼みたい案件があるのですが……」

 

 玉風(ユーフォン)と呼ばれた美女は大和を見て苦笑いする。彼は鼻提灯を膨らませて寝ていた。爆睡である。

 ネメアは肩を竦めた。

 

「生憎と、この調子でな」

「珍しいですね。大和さんが酔うなんて……」

「鬼と一日飲み明かしたそうだ。むしろこの程度で済んでるのが奇跡と言っていい」

「確かに」

 

 玉風は大和の隣に座る。

 絵に描いた様な中国美人だ。薄い化粧が更に魅力を際立たせている。長い黒髪は後頭部で丁寧に結いまとめられていた。

 彼女は微笑みながら大和の乱れた袖を整える。

 

 彼女は貪狼連合の現総帥、汪美帆(ワン・メイファン)直属の従者。金鰲島(きんごうとう)出身の邪仙であり、仙人の中ではかなり強い部類に入る。扱う仙術はどれも魔導クラス。更に中国武術の達人で、拳法剣術槍術、何でもこなす。メイファンから特に信頼厚い人物だ。

 普段は天下五剣の一角、飛龍(フェイロン)と共にメイファンの傍にいるのだが、今回はわざわざゲートに赴いてきた。

 それだけの理由があるのだろう。

 

「大和は今こんな状態だが、依頼内容によってはすぐ動く筈だ。まずは俺が話を聞こう。その後、無理矢理にでも起こして伝えるさ」

「ありがとうございます。ですが無理強いはしたくありません。最終的には本人の意思を尊重します」

「それでいいのか?」

「ええ。総帥も望んではいないでしょう。報酬額を鑑みるに、大和さんほどでは無いにしろそれなりの手練を複数人雇える」

 

 そう言って、玉風は寝ている大和の頬を撫でる。その顔は女のものだった。

 ネメアは溜め息を吐く。

 

 どれだけ女垂らしなんだコイツは、と。

 

 それはさておき、依頼内容を聞く。

 

「貪狼連合単体からの依頼ならまだしも、五大犯罪シンジケート全体からの依頼か……余程大きな案件なんだろうな」

「はい。先ほど起こった空間震に関係あります」

「ほぅ……」

 

 ネメアの目つきが変わる。玉風は続けた。

 

「異世界の住民が巨大ロボットに跨がり中央区で暴れ回っています。同時に、何かを捜しているようで……」

「その何かの殺害か? それともロボットの破壊か?」

「両方ですね。しかし特別なのは、ロボットを完全には破壊しないところ。そして、元凶の抹殺は大和さんに一任するところです」

「……なるほど、確かに特別だな」

「異世界は貴重な資源の宝庫。この機会、絶対に逃したくない。なので五大犯罪シンジケートは絶大な信頼を置く大和さんを指名しました」

「わかった。なら起こそう」

 

 ネメアは爆睡中の大和の鼻提灯を叩いて割る。

 大和は阿呆な声を出して起きた。

 

「ぬぉ! ……寝ちまってたか! ハハハ!」

「おはようございます、大和さん」

「おお! 玉風(ユーフォン)じゃねぇか! 久々だなぁ! どうした? お誘いか! なら夜にしてくれよ! 今は酒臭いからなぁ!」

 

 抱き寄せられた玉風は、頬をほんのり朱に染めた。

 

「なんなら私が酔って合わせますよ?」

「マジで?」

「マジです。酔いに任せて体を重ねるのは悪くない……しかし残念です。今回は五大犯罪シンジケートからの依頼を伝えにきました」

「ほーう」

 

 大和は三泊眼を細める。

 

「俺が寝てる間にネメアに話したか?」

「はい、必要ならもう一度お話しますが」

「いや、いい。ネメア、頼むぜ」

「全く……」

 

 ネメアは呆れながらも丁寧に説明する。全て聞き終えた大和は、ふむふむと顎をさすった。

 

「なるほどねぇ……確かに、五大犯罪シンジケートからすりゃあ異世界は資源の宝庫だ。是が非でも欲しい。で? その何かの殺害は俺に一任すると?」

「はい。それがどうであれ、我々には価値のないものでしょうから。我々が欲しのは異世界の資源です」

「ロボットは最悪破壊しても構わないか?」

「構いません」

 

 大和は頷き、最後に聞く。

 

「報酬は?」

「一兆」

「……羽振りがいいな。どうした?」

「異世界一つから得られる利益を考えれば、安いくらいです」

「……ハッ!」

 

 大和は鼻で笑うと、ネメアに注文した。

 

「ネメア、氷水」

「ですが、鬼と飲み明かしたとなると流石に無理がありますよね? 今回は」

「いいや、玉風。大丈夫だ」

「?」

「すぐに覚める」

 

 ネメアの言葉に玉風は首を傾げる。

 大和はジョッキいっぱいの氷水をがぶ飲みしていた。氷ごと口にほうり込んでいる。

 ジョッキが空になれば、氷をボリボリ噛み砕きながら立ち上がる。

 

「で──そいつらは何処にいる?」

 

 酔いが覚めていた。

 先ほどまでのフワフワした雰囲気が消えている。

 

 氷水一杯で、酔いを強制的に覚ました……? 

 

 玉風は唖然としていたが、次には熱い溜め息を吐く。

 

「此処から西南西、55㎞のところです」

「OK、すぐに終わらせる」

 

 勘定をテーブルに置き、酒場を出て行く。

 

 事の一部始終を見聞きしていた客人たちは、安堵していた。

 動いてくれるのだ、あの男が。

 であれば、今回の事件は一日と持たない。

 

 右乃助たちが起こした大戦争以降、魔界都市の住民たちは警戒していた。

 あれだけ周囲を巻き込んだのだ。部外者たちからすれば厄介極まりない。

 しかし今回は違う。すぐに終わる。

 

 何故なら、彼が暗黒のメシアだからだ。

 

 


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