villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

233 / 255
二話「最強の殺し屋」

 

 

 

 少女は全速力で逃げていた。中央区の市街地を走り抜けている。とうとう追っ手に見つかってしまったのだ。

 背後から住宅もろとも吹き飛ばしながら迫ってきている巨大ロボット──

 全高500mを越える、超巨大ロボットだ。最新鋭の装備を大量に搭載しながらもスリムなフォルムを維持している。

 

 恐らく、9機しか製造されていない最新式……

 

 すぐに追いつかれる。それでも止まらない。止まれない。

 ただで捕まるつもりはなかった。捕まるくらいなら、自殺したほうがマシだった。

 

 それでも自殺しないのは、生きなければならない理由があるからだ。そのためなら、どんな汚い手段であろうと用いる覚悟があった。

 

 必死に走る少女の頭上を、巨大ロボットが飛び越える。

 そうして騎乗者が告げた。

 

『これ以上の逃亡は許さん、忌まわしき竜人族の姫よ』

「……っ」

『おとなしく捕まれ。貴様の処刑台は既に準備されている』

「……ふざけないで」

 

 少女はフードを取り、巨大ロボットを見上げた。そして目から大粒の涙を流して叫ぶ。

 

「約束を破って、私たちを駆逐して……それで本当に平和が訪れると思っているの!? 私は忘れない!! 貴方たちの悪行を!! 竜人族最後の一人として、未来永劫語り継ぐ!!」

『異世界で語ってどうする? 我々の所業を』

「それはっ」

『我々を知る者はこの世界にいない。わかっているだろう? 今の我々が「異物」である事を』

「それでも、私は……!!」

『貴様が最後の一人なのだ、竜人族の姫。貴様さえ死ねば、帝国の安寧は約束される。だから……死んでくれ。その記憶共々、消されてくれ』

「……ふざけないで」

『ふざけてなどいない』

「っっ」

 

 少女は叫んだ。万感の怒りを込めて。

 

「私は生きる!! 家族、友、臣下、民……殺された全ての竜人族の憎悪を背負って!! 殺したいのならこの場で殺しなさい!! 私は最後まで抗う!!」

『……異世界の住民を巻き込みながら、よくもまぁ』

 

 巨大ロボットに騎乗している男は、侮蔑の念を隠さない。

 少女はこれが最後の抵抗になる事を悟ると、臨戦態勢に入った。

 勝てなくとも、戦わなければならない。

 

 そんな時である。

 部外者の住民たちが騒ぎはじめたのは……

 

「ヤベェ!! アイツが来るぞ!!」

「逃げろ!! できるだけ遠くに!!」

「巻き込まれたら死んじまう!!」

「走れ!! 全速力で!!」

 

 何か得体の知れないものが接近してきている……

 両名は悟るが、騎乗者は構わず処刑を執行しようとした。

 

 それが、命取りになる事も知らずに……

 

 腰部のホルスターから大剣の柄を取り出し、上段の構えをとる。そうして身の丈を越えるビームソードを展開した。曇天を貫くほど高い、無限熱量を誇る超超高密度エネルギーの剛刃──

 それを、何の躊躇いもなく振り下ろす。

 

 少女は魔法障壁を展開するも、顔を歪めた。

 耐えられない。わかっている。

 それでも抗った。全力で抗った。

 

「ちょっと待てや、なんだこの状況」

 

 少女を抱き寄せた力強い腕。爽やかな男の匂いと香水の匂いが香る。

 少女はワケがわからず頭上を見上げた。

 褐色肌の美丈夫が己を抱き寄せていた。無限熱量の特大刃を素手で掴み止めている。

 

 彼はギザ歯を剥き出して笑った。

 

「女一人にえらくゴツい得物を使うなぁ? ええ?」

 

 少女は刹那に思い出した。

 先ほど遭遇した、あの美丈夫だと。

 

 

 ◆◆

 

 

『何奴!!』

「テメェから名乗れ」

『……ドラン帝国軍大尉、ロッタンだ』

「大和、殺し屋だ」

『殺し屋……?』

 

 騎乗者、ロッタンは騎乗席で眉をひそめる。

 

「おかしな事を言う。殺し屋風情がこの「サンダルフォン」の最新式、それも特大ブレードを素手で受け止められる筈がない」

「ふぅん……なら、誰にならできるんだ?」

『貴様が知る必要はない!!』

 

 ロッタンは特大ブレードを押し付ける。象が蟻を踏み潰す様に。

 地盤が砕け、余波で市街地が吹き飛ぶ。地層が幾重にもズレ、魔界都市が物理的に傾いた。強力な力場の発生により時空間が歪み、突発的な天変地異が発生する。

 中心地は特に酷く、無限熱量のせいで殆どが融解していた。刃の切っ先から先は跡形もなく焼失している。半径数十㎞はマグマの海だった。

 

 それでも、あの男は無傷だった。

 

「しゃらくせぇ。派手な見た目してんのにその程度かよ」

 

 大和は片手で刃を受け止め続けていた。傷どころか、火傷一つ負っていない。

 彼の周辺だけは地形が保たれており、少女は護られていた。

 

 驚くロッタンを無視して大和は呟く。

 

「純エーテル」

『!!』

「うまく加工してるな。これなら手軽に無限熱量を生み出せる。それに高度な科学文明、ロボットのパーツの材質、サンダルフォンという名前……」

 

 

 

 

 ────テメェら、【アイツ】と関係性があるな? 

 

 

 

 

『いぃ……っ!?』

 

 その言葉に含まれていた規格外の憎悪に、ロッタンは情けない悲鳴を上げた。

 まるで蛇に睨まれた蛙だった。絶対的捕食者を前にして抱く、途轍もない絶望感……

 

 今、ロッタンの目には黒き鬼神が映っていた。暴力という概念そのもの。彼が本気を出せば、自身は羽虫の様に潰される……

 

 表面上の大きさの問題ではない。密度だ。

 目の前の男は、強さの密度が違った。

 勝てる筈がない。そもそも、勝負する事が間違っている。

 

 ロッタンは顔を真っ青にして叫んだ。それは、全ての生物が持つ生存本能だった。

 

『緊急転移術式起動!! 対象、騎乗者とサンダルフォン!! 至急』

「させねぇよ」

 

 大和は操縦席の前……胸部にまで跳んできていた。

 先ほどまで灰色だった暗黒色の瞳を不気味に輝かせている。

 

「予定変更だ。徹底的にやる」

『ちょっ、待っ……!!』

「待たねぇ」

 

 そのまま、右拳を振り抜いた。

 天中殺(てんちゅうさつ)。妖魔を滅ぼす曙光の名を関する必殺の一撃。その威力は最上位の規模を誇る時空間、終点に亀裂を奔らせる出鱈目なもの。

 今の大和はこれをノーモーションで、かつどの部位から、どんな態勢でも放てる様になっていた。

 世界最大、最高濃度の闘気を限界まで圧縮する事で放たれる純粋破壊エネルギーは、最早絶対破壊の概念そのものである。

 

 ロッタンのみを対象に絞った一撃だったが、威力そのものは変わらない。ロッタンは魂ごと消滅し、サンダルフォンの胸に風穴が空く。

 風穴の先にある総てのものが消滅し、デスシティの外側に展開されている邪神群特製の超高密度多重障壁に同サイズの穴が空く。

 

 大和は仰向けに倒れたサンダルフォンの上に飛び乗った。

 そして凝視する。

 

 次の瞬間、サンダルフォンが動きはじめた。大和はその全身に村正特製の鎖を巻き付ると、修復されかけていた胸部に闘気の杭を打ち付ける。

 落雷に似た轟音が響き渡り、サンダルフォンは地面に縫い付けられた。

 尚も暴れ続けるサンダルフォンを見下しながら、大和は呟く。

 

「やっぱり自我があったか……自己防衛システムか何かだろうが、天使と同じ素材で造られてるから、そうだろうと思ったぜ」

 

 鼻で笑いながら飛び降りる。そして、取り残された少女に歩みよった。

 

「よぅ、お嬢ちゃん」

「……貴方は、一体……」

「知りたいか?」

 

 戸惑う少女の頬を撫で、微笑を浮かべる。あらゆる女を駄目にする魔性の色香が溢れ出た。

 

「それよりも、どうだ? 一緒に来ないか?」

「……あっ、ぁぅっ」

「可愛い奴……」

「~~っっ」

 

 額にキスをされて、少女は顔を真っ赤に染め上げた。

 

 

 ◆◆

 

 

 わからない、けど安心した。

 

 

 少女の心境はその一言に尽きた。

 追っ手から逃れる事ができ、保護してもらっている。保護者は一騎で世界を滅ぼせるサンダルフォンの最新式を瞬殺した絶対的強者。

 

 安心している。

 本来ならもっと警戒しなければならないのに。これから先の事をよく考えなければならないのに。

 心が凪いでいる。

 

 シャワーを浴びながら、少女は自問自答を繰り返していた。

 懸念や疑問が多く浮かぶ。しかしそれよりも、温水を頭から浴びる快感が勝ってしまう……

 少女は胸に手を当てて、今の気持ちをゆっくりと整理しはじめた。

 

 胸の内に燻る憎悪の念は、未だ消えていない。ドラン帝国の事を思い出しただけで吐き気がする。

 しかし、気分は晴れやかだった。何故かはわからない。

 

 ああ、と少女は囁く。

 彼を待たせたくない、失礼だ。

 早々にバスルームを出て、ふわふわのタオルで身体を拭く。渡されたシャツを着ると仄かに彼の匂いがして、思わず頬が綻んだ。

 

 今いる場所は彼の家。あの強さと美しさからは想像もできない簡素なアパートだ。

 廊下を歩いていき、リビングへと出る。そこで、彼は寛いでいた。

 

「シャツは……やっぱり大きすぎるな」

「お借りしています」

「下着を含めて、服は全部簡易魔術で洗濯しておいた。なんなら下着だけでも着るか?」

「いえ、このままで大丈夫です」

 

 少女は大和の隣に座る。袖を掴み、身体を寄せる。大和は名前を聞いた。

 

「名前は?」

「ピスカです」

 

 頬を赤く染めている少女、ピスカに大和は問う。

 

「異世界人か?」

「……はい」

「何で追われていた」

「……」

「答えられないか?」

「はい」

「ならいい」

「……っ」

 

 ピスカは胸の奥が締め付けられ、そのまま聞く。

 

「どうして、私を助けたんですか?」

「……聞きたいか?」

「……いえ、いいです……っ♡」

 

 ピスカは大和に更に身体を寄せた。

 明らかに発情していた。乳房の先端はいやらしく尖り、秘所は湿気を帯びはじめている。

 その気なピスカに対して、大和は素っ気なく告げる。

 

「少し電話してくる。ここで待ってろ」

「あっ……」

 

 ピスカはまるで捨てられた子犬の様な顔をした。

 大和はやれやれと肩を竦めると、彼女の頬にキスをし、乳房の先端を指で弾く。

 甘い喘ぎ声が響いた。

 

「大人しくしてろ。そしたら可愛がってやる」

「……はいっ♡」

 

 ピスカは満面の笑みで頷く。

 彼女は、既に大和の虜になっていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は屋上で煙草を吸いながら通話している。

 

『相変わらず、女好きですこと。……私という女がいながら』

「そういう男だ。嫌なら関係を絶て」

『もう……いけずな人』

 

 スマホの奥にいるのは汪美帆(ワン・メイファン)。今回の正式な依頼主であり、貪狼連合の総帥だ。中国の裏社会を総て牛耳っている怪物である。

 彼女は溜め息を吐きつつ、本題へと移る。

 

『今回狙いを付けた異世界、中々に資源が豊富なようで……他の頭目たちも目を輝かせています』

「スパイは送っているのか?」

『勿論ですとも。各頭目がそれぞれの狙い目に差し向けています』

「早いな。……で、どうだ? 例の「聖四文字」との関係性は」

 

 聖四文字、これは「とある神」の暗喩である。

 聖書の神。神話の時代で絶対的な力を誇った創造神だ。

 彼は全知全能のプログラム【アカシックレコード】を創造し、当時では考えられないほど高度な文明を築き上げた。

 

 純エーテルの応用。純粋天使の製造。聖書の作成。宗教の創立。そして人類の創造。

 人類の創造は他勢力の創造神と連携して行ったが、彼は間違いなく全人類の父である。

 

 その後、悪魔族との大戦争『ハルマゲドン』が勃発し、最終的に世界を滅ぼそうとしたが、大和を含めた当時の英雄たちに阻止され、封印された。

 

 現代になってもその影響力は凄まじい。

 大和はこの神の事を特別憎悪していた。

 

「あまりその話題に触れたくねぇんだが……内容によっちゃあ話は別だ。すぐに出る。そして殺す。必ず殺す。あの時は力不足で殺せなかったが、今なら確実に殺せる」

『落ち着いてください……憎悪が溢れ出ております』

「……わりぃ」

 

 普段抑えているものが漏れていた事に気付き、大和は謝る。

 メイファンは苦笑した。

 

『元より、この神が貴方様の地雷である事は承知しています。ですので、簡潔に述べますね』

「頼む」

『足取りは掴めませんでした。証拠になるものが一つ残らず消されています』

「……やっぱりか。わかった。サンキューな」

『いいえ。こちらとしても必要な情報でした。あの神が本格的に関わっているのであれば、異世界侵攻どころではない。……関係性が低いのは、こちらとしてはありがたいです』

「なるほど」

『ですが、サンダルフォンでしたか? あの人型兵器は実に素晴らしい。まさしく未知の塊です。我々五大犯罪シンジケートでは手に余る』

「華仙に渡して解析して貰った後、異端審問会に売り渡せばいい。アメリカ……カールの事だ。すぐにとびつくだろう」

『既にその様に』

「流石、華僑の闇の花。……それじゃあ、俺はこれからどうすればいい?」

 

 大和は吸い殻を携帯灰皿に入れて、次の煙草をくわえる。

 

『ご自由にしてくださいませ。対象の殺害は一任します。依頼は完了です。指定された口座に報酬を振り込んでおきます』

「わかった。サンキューな」

『それでは』

 

 早々に通話が切れる。メイファンも忙しいのだろう。

 大和は紫煙を吐き出しながら考えた。

 

 聖四文字……やはり封印から抜け出していた。

 薄々気付いてはいた。きっかけは異端審問会のエージェント、サイスを助けた際に現れた執行者……

 あれは新たに製造された純粋天使だった。

 

「コソコソやってやがるな、あの糞野郎。……いいさ、近い内にぶつかる事になるだろう。その時は殺してやる。死ぬまで殺し続けてやる……」

 

 大和の聖書の神に対する憎悪は、常軌を逸していた。

 

 

 ◆◆

 

 

 部屋に戻ると、ピスカが抱きついてきた。涙目で胸に顔を埋めてくる。

 そんな彼女に大和は毒気を抜かれると、その綺麗な桃色の髪を撫でた。

 ピスカは頬を染め、大和を見上げる。大和が腰を落とすと、ピスカは自ら唇を重ねた。言葉は不要だった。

 

 ベッドの上で身体を重ね合う。ピスカは未知の快感に悶えていた。ハジメテなのに、娼婦の様な甘い悲鳴を上げている。

 90を超える大きい乳房を持ち上げられ、食べられてしまう。痛いほど尖った先端を舌で転がされれば、脳髄に電流が走った。

 毛も生え揃わない秘部からはとめどなく蜜が溢れ、大和の太い指をすんなりと受け入れてしまう。

 大和の逸物はピスカの中を万遍なく満たした。最初は優しくされたのにも関わらず、ピスカは快感のあまり気をやってしまった。組み敷かれれば、もう喘ぐ事しかできない。

 

 甘酸っぱい汗の匂いと女特有の甘い香りが部屋を満たす。何度も何度も絶頂を刻み込まれ、その度にピスカは溺れていった。最終的にはピスカが大和の上に跨がり、腰を揺すっていた。強力な種を奥に吐き出される度に、逸物を口と胸で奉仕する。

 

 気づけば夜になっていた。

 ピスカは大和の胸板に擦り寄っていた。逞しい腕に抱き寄せられると、幸せな気持ちでいっぱいになる。

 

 ああ、愛おしい、なんて愛おしい……

 

 ピスカは大和に跨がり、キスをねだる。大和は応じた。唇を重ね、舌を絡め合う。唾液を掻き混ぜ、互いに互いを貪る。ピスカは大和の首に両腕を回し、大和はピスカの後頭部を押さえた。淫らなキスは、ピスカの息が切れるまで続いた。

 

 ピスカは大和にしなだれかかる。全身で感じる、分厚く硬い雄の肉体。対して、自分の肉体の柔らかさは何なのか……

 やはり、自分は雌なのだと自覚する。

 

 余韻に浸っているピスカに、大和は聞いた。

 

「落ち着いたか?」

「はい……あの、ありがとうございます。こんな、いきなりの事で……」

「寂しかったんだろう? 気にすんな」

「~っ♡♡」

 

 子猫の様に甘えてくるピスカの頭を、大和は撫でてやる。

 彼は頃合いだと思い、話しはじめた。

 

「まずは俺の事について話そうか……なぁに、独り言だと思って聞いてくれればいい」

「……」

 

 ピスカは何も言わない。しかし難しい顔をしていた。

 大和は構わず続ける。

 

「俺は殺し屋だ。今回、お前の抹殺とロボットの破壊を依頼された」

「っ」

「だが、必ずしもお前を殺す必要はなかった。……だってそうだろう? 殺す対象をこんなに可愛がる必要がない」

「はぅぅ……♡」

 

 顔を真っ赤にして、それでも嬉しそうにしているピスカ。

 大和は話を締めくくる。

 

「ロボットの破壊は完了した。お前を殺す必要もない。依頼の達成、その報告をさっきしていたのさ」

「……」

「俺の話はここまで。お前は……話したくないのなら話さなくていい。俺にはもう関係のない事だからな」

 

 その灰色の三泊眼は、ピスカの内を全て見通していた。それでいながら、何も言わない。

 

 ピスカは、泣きそうな顔でぽつりぽつりと話しはじめた。

 

「聞いて、いただけますか……私の話を……」

「ああ、聞いてやる」

 

 ピスカは異世界で起こった事件を話した。

 古来よりその世界に住まい、人類と共存していた竜人族。人類は竜人族に資源と土地を与え、竜人族は人類に魔法の使い方と特産品を与える。互いに近すぎず、遠すぎない距離感を保っていた。人類側で戦争が起こっても、竜人族は絶対に手を貸さなかった。

 

 しかしある日を境に変わった。ドラン帝国が未知の科学兵器を扱うようになったのだ。

 周辺諸国は瞬く間に征服され、竜人族の国も存亡が危ぶまれた。

 

 ピスカの父、当時の国王はドラン帝国への降伏を宣言した。国王はわかっていた。戦争になれば勝ち目がない事を。たとえ戦争をしたとしても、国民が悲しむだけだと……

 将軍や臣下達をなんとか説得し、国王はドラン帝国に頭を下げた。

 ドラン帝国はこれを快く引き受け、竜人族の国で宴を催そうと企画した。国王は了承し、国民に安心して貰うためにその場を借りて演説した。

 

 そんな時である。国王が熱線で消し飛ばされ、ドラン帝国の武装兵団が攻め込んできたのは……

 逃げ惑う国民をサンダルフォンが一掃し、国土を火の海に沈める。

 抗った者たちは全員殺された。女子供老人、関係なく駆逐された。

 ピスカは従者が緊急で編んだ長距離転移魔法陣に入り、偶然この都市へとやってきた。

 しかし半日と経たずにサンダルフォンがやってきて、必死に逃げていた。

 

 全てを話し終えたピスカは、泣いていた。

 

「私たちは、信じなければよかったのでしょうか? あの時戦争することを選んでいれば、少なくともこのような結果には……」

 

 ピスカはハッと、我に返る。

 

「申し訳ありません。関係のない貴方にこんな話をしてしまって……」

「……」

 

 大和は左腕で彼女を抱き寄せると、右手て煙草を取り出した。

 火を付け、紫煙を吐き出す。

 

「今は俺が誤魔化してやれる。……しかし、今しかないぜ。復讐のチャンスは」

「……!」

「この都市でも特に大きい犯罪組織が五つ、お前らの世界に目を付けた。遠征がはじまれば三日と経たずお前らの世界は征服されるだろう」

「そんな……!」

「どうする? どうしたいんだお前は」

 

 大和の問いに、ピスカは……震えながら、今まで隠していた激情を吐き出した。

 

「復讐……したいです。この手で直接殺してやりたい。家族も、女子供老人も、全員。我々がされた事を、あの者たちにもしてやりたい。……一族の無念だなんて、単なる建前です。私が、私個人が……どうしてもあの者たちを許せないのです……っ」

「……」

「ですが、私には力がない。復讐を成し遂げられる力が。だから……」

「だから、諦めるのか? 勿体ねぇ」

「……え?」

「今、お前の傍には都合のいい「暴力」があるのに」

 

 大和はベッドから起き上がり、簡易呪符で正装に着替える。

 そして振り返った。

 

「俺が代わりに果たしてやるよ。復讐を」

「……どうして」

「暴力には暴力を。理不尽には理不尽を。……さぁ、依頼をよこせ、ピスカ。お前の復讐心が、俺を無性に駆り立てる」

「なんで……貴方には、何のメリットもないのに……」

 

 戸惑っているピスカに、大和は暗い笑みを浮かべた。

 

「報酬は既に貰ってる。……寂しがり屋な女の子の身体だ」

「っ」

「極上だったぜ。処女の癖に娼婦みたいに喘ぎやがって……しかもチョロい。最高の女だった」

 

 大和は両手を広げる。

 そして聞いた。

 

「だから、さぁ! お前は俺に何を求める! ピスカ! 暴力しか取り柄のない糞野郎に、何を求めるんだ!!」

 

 ピスカは……泣きながら両手を重ね、懇願した。

 

「復讐……してくださいっっ。無力な私に代わって、どうかあの者たちに、残酷な死を……っっ」

「承った!!」

 

 大和は真紅のマントを靡かせ、部屋を出ていく。

 ピスカは泣き崩れた。

 

 

 暗黒のメシアが動き出す。

 

 

 






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。