部屋を出た大和は、見晴らしのいい高層ビルの屋上である者と通話していた。
『きっちり調べてきたぜ、大和の旦那』
「サンキューな、エリカ」
エリカ。デスシティでも数少ない九尾の妖狐。情報屋兼ハッカーだ。
その情報収集能力はデスシティ随一と名高いミケに勝るとも劣らず、ハッキング能力は五大犯罪シンジケートが最重要警戒対象に指定するほど。
極めて優秀かつ危険な人物だ。
彼女は電話越しに大笑いする。
『高度な科学文明を誇ってるっていうからどんなもんかと思いきや、セキュリティガバ過ぎてで笑っちまったぜ! まだ西区の落ちこぼれ共のほうがしっかりと組んでる!』
「そんなにザルだったのか」
『ああ! まぁ、デスシティ内外のインターネットと比べるのは酷かもしれねぇけどな』
デスシティを中心としたインターネット、ネットワーク界隈は規模、密度、共に異常だ。
今この時も広がり続けている。
インターネットは現代において最も情報が集まる場所。
デスシティのそれは群を抜いており、犯罪組織は勿論、ありとあらゆる勢力が目を光らせている。
それらの専門家、ハッカーやクラッカーの需要は極めて高く、人口密度は殺し屋や傭兵に次いで高い。
その頂点に君臨しているのがエリカ。
彼女は電脳世界の魔王と呼ばれており、その筋の者たちからは大和以上に恐れられていた。
『しっかし、今回の調査をミケさんじゃなくてアタシに頼むあたり、旦那もいい性格してるなぁ』
「相手の文明レベルが割れてたんだ。お前はじゃんけんで相手がパーを出してくれてるのに、わざわざグーを出すのか?」
『ハッハッハ! そりゃそうだな! 適材適所ってやつだ!』
大和は今回、敢えてエリカを選んだ。
その方が効率的かつ正確だからだ。ミケはありとあらゆる情報を独自の手法で集めているが、今回ばかりはエリカが勝る。
エリカは笑いながら言った。
『旦那! 携帯端末を耳にあてないで、目の前で平面にしてくれ! 今からホログラム通話すっから!』
「……おいコラ、人のスマホを勝手にハッキングしてんじゃねぇよ」
『カッカッカ! いいじゃねぇの! 寂しい事言うなって旦那♪』
「ハァ……」
大和は溜め息を吐きながらスマホを平面にする。
すると、ホログラム映像でエリカの姿が映し出された。
妖艶ながら野生味溢れる九尾の美女だ。快活な笑顔がよく似合う。
容姿的年齢は二十代前半ほど。まだ若い。しかし纏う色香は魔性のもので、流石は化け狐といったところだ。綺麗な褐色肌に対して白銀色の長髪と同じ色の耳と尻尾が目を引く。
顔立ちは極めて美しい。最低限の化粧しかしていないのに思わず見惚れてしまうほど。翡翠色の目は切れ長で、白銀色の長髪は三つ編みに結われている。前髪には×印のヘアピンを付け、首元には作業用のゴーグルをぶら下げていた。
服装は白のチューブトップ、上から黒のライダージャケット。迷彩柄のカーゴパンツ、カーキ色のミリタリーブーツと、魔界都市の住民らしい奇抜なファッションスタイルをしている。
体型はグラビアアイドルも驚くレベルで、筋肉もしっかり付いていた。胸はHカップの特大ボリュームで、ムチムチの、いやらしい身体つきだ。
彼女は装着しているヘッドフォンの位置を調整しながら、大和に笑いかけた。
『うぃーっす! 大和の旦那、久っしぶりー☆』
「相変わらず元気そうだな」
『そりゃもう! 楽しい事して生きてるんだから、自然と笑顔になるっしょ!』
「……いいねぇ、好きだぜ。その感じ」
『……っっ♡♡』
エリカは画面越しに顔を真っ赤にする。そしてあわあわと慌てはじめた。
『ちょ……不意打ちだって……!!』
「ん? 素直に言っただけだぞ?」
『そういうところが!! ……ああもう!! 旦那のすけこまし!!』
「ククク、可愛い奴」
『~っっ!!♡♡ もう!! この話おしまい!! ほら!! さっさと依頼の話するよ!!』
「はいはい」
苦笑する大和。エリカは専用のホログラムモニターを幾つも展開した。
彼女は使用する機材やプログラムを自作している。
曰く、その方が使いやすいとかなんとか。
エリカは途端に眉をひそめる。
『あー……そうだ、胸糞悪ぃ内容だったわ。これ』
「話せるか?」
『話すよ。仕事だからな』
「OK、頼む」
エリカは答える。
『ぶっちゃけると、旦那の予想通りだった。予想通り過ぎて吐き気を覚えたけどな』
「……やっぱり、種族の違いによる「差別」か」
『ああ、しかもこれはひでぇ。生ゴミ以下の臭いがプンプンしやがる。やっこさん、長い間差別意識を持ちながら、つい最近まで何食わぬ顔で交流してやがったんだ。んで、力が付いた途端に国民諸とも皆殺し……と。カッ、やられた方はたまったもんじゃねぇぜ。同情するわ』
嫌悪感丸だしでエリカは続ける。
『……チッ、どうしてだよ。互いにいいところを認め合って、それでいいじゃねぇか。なんで差別なんかする』
「差別は絶対に無くならねぇ」
『っ』
「多種多様な種族がいる魔界都市でも一定の差別があるんだ。表世界なんて人間同士で差別しあってる。個人で仲良くなれても、種族や国になると話が変わってくる」
『……面倒くせぇな』
「ああ、面倒くせぇ。本当に面倒くせぇ」
大和は鬱屈げに煙草を取り出す。
そして火を付け、特大の紫煙を吐き出した。
「さぁて、はじまるぞ……」
上空を見上げる。
分厚い曇天が裂け、異世界に通じるゲートが開いていた。同時に大規模な空間震が発生する。
戦争が、はじまろうとしていた。
◆◆
ゲートを通じて降りてきたのは、以前中央区で暴れ回った巨大ロボットと同機種だった。それも三機。色違いで、それぞれ武装が違う。
彼等はブースターで着地の衝撃を緩和すると、周囲一帯に粒子状のセンサーフィールドを展開した。
『サンダルフォン初号機、ゼクス。異世界への着陸を確認』
『サンダルフォン二号機、ファイン。異世界への着陸を確認』
『サンダルフォン三号機、ギラ。異世界への着陸を確認』
三機はそれぞれのメイン武装を展開する。初号機は近接型、二号機は支援型、三号機は遠距離型だ。
初号機に騎乗しているパイロット、ゼクスは他二名に指示を出す。
『周囲を警戒しながらセンサーフィールドを拡張していく。ファイン少尉は情報処理。ギラ少尉はセンサーフィールドとリンクし、周囲一帯の警戒に当たれ』
『『了解!』』
若い男女の応答。同時に各々が定位置に付く。
動きは軍人のそれだが、どこか違和感があった。
二号機が自動演算モードに入ったところを確認したパイロットの少女、ファインは愚痴を漏らす。
『まさか竜人族一匹のためにサンダルフォンを三機も出すなんて、夢にも思わなかったわ』
その言葉に三号機のパイロット、青年ギラも同意する。
『それな。しかも俺たち三人だぜ? 異世界を滅ぼす気かっての』
『ねー。もういっそのこと、この都市ごと焼却しちゃえばいいのに……。ゼクス様はどう思いますか?』
黒髪の男性、ゼクスは心底辟易した様子で告げた。
『私語を慎め、ファイン少尉。ギラ少尉。任務の最中だぞ』
『……はーい』
『……了解』
『それと、任務に私情を挟むな。貴公らはその歳で、しかし帝国の軍人。公明正大、滅私奉公を信条とし、軍人としての誇りを持て』
『『……了解です』』
不服そうな返事を聞き、ゼクスは二人をぶん殴りたい気持ちに駆られた。しかし、何とか抑える。
サンダルフォンの適合者が少な過ぎるとはいえ、軍属経験すらない若者にそれなりの地位を与えるなど、帝国上層部はどうにかしている。
ゼクスは子守でも任されている気分だった。
実際、そうなのだろう。この若者たちを武力で止められるのは自分しかいないから。
サンダルフォン。
神の遣いを名乗る謎の存在から授けられた規格外の殺戮兵器。これにより、帝国は長年の夢だった人類統一を果たした。
しかし問題もあった。
サンダルフォンに対して帝国の科学力が追いついていないのだ。高度な科学文明を誇っていながら、諸々を持て余している。
しかも機体がパイロットを選ぶ、といういやらしい設定がある。このせいで、軍人でもない者に騎乗を任せなければならない。
一度の戦争ならまだしも、二度三度と続けていれば、パイロットが変な野望を抱きかねない。
帝国上層部の目論みはわかる。
この任務で自分たちが死に、サンダルフォンが破壊されれば好都合なのだろう。
サンダルフォンは、既に用済みだから。
ゼクスは頭痛を覚えた。
先代帝王の覇気に憧れ、忠誠を誓い、軍人として真面目に働いてきた。しかし今代の帝王は馬鹿過ぎる。擁護できない。
竜人族への差別意識からはじまり、教育方針の改革。国民の差別意識を増長させ、最終的には竜人族を滅ぼした。
彼等に親でも殺されたのか、と疑いたくなるレベルだ。
しまいにはサンダルフォンという未知の兵器を検討もせずに採用してしまう始末……
はっきり言って頭がおかしい。
ゼクスはこれを機に退役し、別の人生を歩もうとしていた。
同時に思う。思わざるをえない。
何か、全く別の存在が、自分たちの世界を滅ぼそうとしている。
現帝王のありえない凡愚具合。サンダルフォンという殺戮兵器。
そして神の遣いを名乗る謎の存在……
全て重ね合わせると、自ずと答えが出てきた。
(なるほど……神の遣い。神は神でも、邪神だったか)
全てを察したゼクスは、思わず自嘲した。
最初から手の平の上だったのだ。現帝王は、おそらく傀儡……
今の帝国に正義はない。それは決して他人事ではなく、自分にも言える事だ。
(これが最後の任務だ。これが終われば……贖罪の旅に出よう)
竜人族について、今でも後悔している。
公明正大、滅私奉公を信条としているからこそ……
彼等は、何も悪くなかった。
一旦意識を戻す。
この異世界はサンダルフォンの最新式を一騎破壊できる武力を保有している。
もしくはそれを可能とする団体、ないし個人がいる。
個人は流石に考えられないが、警戒するに越した事はない。
ゼクスは神経を研ぎ澄ませていた。
そんな時だった。
『あれ? おかしいな? センサーに異常が……』
『何があった、ファイン少尉』
『センサーがおかしいんです。反応はあるんですけど、数も質量もおかしくて……』
ゼクスは胸騒ぎを覚える。
『ギラ少尉。貴公はセンサーフィールドとリンクしているな? 何が見える』
『なんて言えばいいんですかね、これ……深い、淀み?』
『っ』
話にならない。
ゼクスはセンサーフィールドにリンクし、自分の目で確かめた。
そして驚愕する。
得体の知れない化け物たちに囲まれているのだ。
目視できないが、確実にいる。四方八方に。
虎視眈々と、こちらの動きを伺っている。
これはまずい……
ゼクスは他二名に命令した。
『ファイン少尉、ギラ少尉。今すぐこの世界から撤退する。センサーフィールドを解除し、緊急転移術式を起動しろ』
『ゼクス大尉? どうしたんですか?』
『何かありました?』
『早くしろ!!!!』
かつてない怒声を聞き、二名は驚愕と恐怖ですぐに術式起動をはじめる。
ゼクスは最大限周囲を警戒した。
だからこそ気付けた。
微かな、それでいて刃の様な鋭い殺気に……
『術式展開!!
前方にありとあらゆる攻撃を無効化する無敵結界を30枚重ね合わせる。
瞬間、眼前に真紅の閃光が煌めいた。埒外の衝撃波を受けて、サンダルフォンは吹き飛ばされかける。
『キャァァっ!!』
『な、なんだぁ!?』
『……ッッ!!』
無敵結界がどんどん破壊されていく。ゼクスは衝撃波よりも障壁の枚数を気にしていた。
もしも30枚全て破られたら……自分たちは消し炭になるだろう。それほど破滅的なエネルギーだ。
ガラスが何枚も砕け散る様な音が響き渡る。あと三枚、二枚、一枚……
ゼクスは反射的にサンダルフォンの右腕を障壁に押し付けた。同時に、大爆発が起こる。
天まで昇る土煙。
しばらくして晴れると、他二名は慌ててゼクスを確認した。
そして悲鳴を上げる。
サンダルフォン初号機の右腕が融解していたのだ。
『ぜ、ゼクス大尉っ、それは……』
『あっ、あっ……どうして、サンダルフォンが、天使の羽衣が……っ』
呂律が回っていない二名とは対象的に、ゼクスは酷く冷静だった。
彼は真横にある高層ビルの屋上を見上げる。
そこには、真紅のマントを靡かせる褐色肌の美丈夫が立っていた。
彼はギザギザの歯を見せて嗤う。
「ただの気弾とはいえ、耐えやがった。素人集団かと思いきや……優秀なのがいるな」
『旦那、五大犯罪シンジケートと情報共有できたぜ。三分くらい時間を稼いでほしいってさ。アタシも手伝う』
「オーケー」
その身から溢れ出る禍々しいオーラ。
ゼクスは死を覚悟した。
それでも逃げない。
背後の子供たちを護るため、大人として最低限の責務を果たそうとしていた。