Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「鬼狩りと黒鬼」

 

 

 翌日。

 魔界都市デスシティは夜、つまり活気に満ちる時間帯になっていた。

 

 中央区は特に煌びやかだ。

 ドギツいネオンがギラギラと輝き、妖しい摩天楼を形成している。

 ワイバーンが高層ビルの合間を滑空し、通りを歩く住民の一人をさらっていく。

 

 唐突に地面がすり鉢状に陥没すれば、10人近くが一斉に呑み込まれた。

 悲鳴と共にグチャグチャと骨肉を砕く音が響き渡る。

 その後、ブッ!! と地上に血飛沫と骨のカケラが吐き出された。

 地下を棲家にしている砂鮫(すなざめ)の仕業だ。

 

 なんの事はない。運が悪かっただけ──

 

 大通りでは暴力団同士の縄張り争いが勃発していた。銃弾や魔術が飛び交っている。

 流れ弾に当たった住民は馬鹿にされ、食い物や飲み物を投げつけらる。

 

 高層ビルからは空飛ぶスーパーマンの妄想に取り憑かれた麻薬中毒者(ジャンキー)が飛び降りていた。

 グシャッ、と鈍い音と共に臓物が飛び散らかる。

 

 今夜もデスシティは平常運転。

 どうしようもなく邪悪で、狂っている。

 

 多種多様な種族が行き交う交差点の先に、大きな酒場があった。

 大衆酒場ゲート。デスシティでも数少ない完全安全地帯である。

 店内に入りさえすれば非武装でも問題ない。

 仕事で疲れている者、食事を安全に楽しみたい者、酒で気持ち良くなりたい者、皆こぞってここに集まる。

 営業時間は常に満席に近い状態だ。

 

 ここでウェイトレスとして働いている少女、黒兎(こくと)は店の端で縮こまっているチンピラに白い目を向けた。

 

 開店早々に飛び込んできたきりあのまんま。頭を押さえて時折ボソボソと独り言を呟いている。 

 冷汗をダラダラと流し、親指の爪を噛み潰している。

 周りの客は遠巻きに訝しげな視線を送っていた。

 

 黒兎は思った。

 営業妨害だ。飲み物なりなんなり頼むならまだしも、何も頼まずに店に居座られるのは迷惑でしかない。

 他の客にも悪影響だ。

 

 黒兎は彼を追い出す許可を貰うために、店主の元へと駆けていった。

 

 一方、怯えているチンピラ……ガリルは、一種のパニック状態に陥っていた。

 

 先日の任務以降、仕事仲間が立て続けに惨殺されている。

 

 ルナードは四肢を切断され、首を頚椎から引っこ抜かれていた。

 床に散らばっていた空薬莢は優に三百発を超えていたという。

 抵抗むなしく惨殺されたのだ。

 

 ゼルレンに至っては全身の骨を丁寧に一本ずつ砕かれ、抜き取られていた。

 展開されていた防御術式は低級の妖物程度なら近づく事すら叶わない代物だが、意味をなさなかったのだろう。

 

 二名に共通しているのは、自身の男根を無理矢理口にねじ込まれているところ。そして死因が窒息死であるところ。

 

 彼等は、生きたまま地獄の苦しみを味わったのだ。

 

 ガリルは恐怖のあまりゲートに引きこもった。

 感じるのだ。怨嗟の念を。

 自身を殺すために、化物が魔界都市を飛び回っている……

 

 検討はついていた。

 あの時レイプした女の連れだ。

 しかしわからない。あの時は何時でも殺せるような雑魚だった筈なのに……

 

 ありえない。

 下っ端の殺し屋とはいえ、二人は魔界都市の住民だ。

 表世界の住民が勝てる筈がない。

 

 だからこそ、恐ろしい。

 

 どんな方法で二人を殺したのか。

 どのタイミングで自分のところへやって来るのか……

 

 ガリルに殺された二人ほどの実力はない。

 自称Aクラスの万年Cクラス……つまり下っ端も下っ端だ。

 仲間がいれば強気になれるが、単身になると途端に臆病になる。

 虎の威を借る狐……それが、ガリルという男の正体だった。

 

 用心棒を雇おうにも金がない。

 闇金への返済で使いきってしまった。

 

 無一文。かつ頼れる者もいない。

 ガリルは今、絶望の淵に立たされていた。

 

 そんな彼を、営業妨害だと店主に訴えた黒兎。

 店主、ネメアはガリルを一瞥すると、まるで苦虫を噛み潰した様な顔をした。

 

「やってくれたな……」

「どうしたのですか?」

 

 黒兎は首を傾げる。

 ネメアが明らかな嫌悪感を表したからだ。

 普段なら適当に追い出せ程度で済ませる筈だが……

 

 ネメアは眉をひそめながら答える。

 

「あの男、鬼にマーキングされている。それもただの鬼じゃない。……その種の鬼は、既に絶滅した筈なんだ」

 

 黒兎は色々と察し、灰色の目を細める。

 

「なるほど。……厄介そうですね」

「ああ。それに、余程の事をしたんだろう。でなければ怨嗟の鬼に狙われる筈がない」

 

 ネメアは腕を組む。

 

「……しかし、今日でよかった」

「?」

「今日は野ばらも死音も有給を取ってる。……もしも片方でもいたら、大変な事になっていた」

「確かに」

 

 黒兎は頷く。

 鬼関連になると黙っていないのがあの二人だ。

 特に彼女……大正時代の名も無き英雄は、こういった案件を絶対に見逃さない。

 

 ネメアはどうするか、と唸る。

 

「怨嗟の鬼は周囲にも不幸をばらまく。故に、対処法も複雑だ。……俺は店を空けられない。誰かに頼みたいところだが」

「あっ、ネメアさん」

 

 黒兎は店の出入り口を指す。

 ウェスタンドアをあけて、和装の美少女が入ってきていた。

 濡れ羽色の長髪、抜き身の刀の様な鋭い眼。番傘を携行し、仄かに花の香りを漂わせている。

 

 ネメアは頭をおさえた。

 

「しくじった。……有給だからと油断したな」

 

 彼女は店内を見渡し、ガリルを見つける。

 そうして迷いなくそちらに歩いていった。

 

 彼女の名は野ばら。

 大正時代の名も無き英雄。伝説の鬼狩り。

 

 誰よりも鬼を憎み、誰よりも駆逐してきた、鬼殺しのスペシャリストである。

 

 

 ◆◆

 

 

 野ばらの服装は黒薔薇を散らした、赤を基調とした和ゴススタイルだった。

 黒髪は青い花飾りでサイドテールに束ねてある。

 右側の袖は肩まで剥き出しで、レースの長手袋に包まれている。

 スエードの黒いニーハイブーツがよく似合っていた。

 大正時代の、西洋と和の文化が絶妙な合わさり方をした特徴的な衣装だ。

 

 服装だけでわかる。彼女は鬼を狩りに来たのだ。

 

 周囲の客人たちがざわめきはじめる。

 勘のいいものは気づいていた。

 鬼が絡んでいると……

 

 野ばらはコツコツとブーツを鳴らして歩みを進める。

 そんな彼女をネメアは声をかけて止めた。

 

「待て、野ばら」

「店長、今日は非番だわ。私は個人的な用でここに来てる」

 

 可憐だが、極寒を伴う冷たい声音だった。

 

「わかっている。しかし待て。話を聞け」

「……」

 

 野ばらは足を止め、ネメアに振り返る。

 黒真珠のような瞳に宿る憎悪の念と、全身から滲み出る研ぎ澄まされた剣気に、ネメアは表情を固くした。

 

「俺の店で起こった問題だ。俺が解決する」

「私がしたほうが簡単に終わるわ。わかっているでしょう? 私は鬼狩り、鬼専門の殺し屋よ」

「わかっている。だからこそだ。今回の件は、ただ鬼を殺すだけじゃないんだ」

「……」

 

 ネメアの言葉に何かを感じた野ばらは、彼の瞳を覗く。

 

「なら、どうすればいいの? 私に手を出すな、とでも? 貴方は私の命の恩人。でも、それとこれとは話が違うわ」

 

 右手に持つ番傘に力がこもる。

 傘の柄に仕込まれた妖刀が今か今かと鬼の血を求めていた。

 自然と抜きかかる刀身を、野ばらは無理矢理納める。

 

 ネメアは臆せず告げた。

 

「言っただろう。今回は特別だ。嫌な予感がする……」

 

 ネメアも頑固だった。

 譲らないところはとことん譲らない。

 彼は、カウンター席に座っている「ある男」に話しかける。

 

「大和、緊急だが仕事を頼みたい」

「ハァ? なーんで俺が。チンチクリンに任せとけばいいじゃねぇか。すぐに終わるぜ、たぶん」

 

 特等席に座っているのは褐色肌の美丈夫。

 世界最強の殺し屋にして武術家、大和だ。

 

 彼は心底どうでもよさそうに酒を呑んでいた。

 灰皿には煙草の吸い殻が山積みになっている。

 ブラックラムの入ったグラスをトン! とカウンターに置くと、氷がカランと鳴った。

 

 大和は気怠げに首を回す。

 この女ったらしですら、面倒だからと手を出さない女がいる。

 それが野ばらだ。

 

 ネメアは彼に頼む。

 

「報酬はきっちり払う。正規の依頼だ。受けてくれないか?」

「つっても、内容はチンチクリンのサポートだろう? やだやだ。面倒臭くて吐きそうだぜ」

 

 大和はべーと舌を出す。

 余程嫌なのだろう。

 そんな彼を見た野ばらと黒兎は、わかりやすく嫌な顔をした。

 二人とも、大和が大嫌いなのだ。

 

 それは大和も同じである。

 仲の悪い相手と一緒に依頼だなんで、面倒臭いにもほどがある。

 

 しかし、ネメアはねばった。

 

「頼む、このとおりだ」

 

 深く頭を下げるネメアに、大和も、黒兎も、野ばらも目を丸めた。

 大和は怪訝な面持ちで言う。

 

「そんなに心配ならお前がいけばいいだろう」

「それができないからこうして頭を下げているんだ」

 

 頭を下げ続けるネメアを見下ろし、大和は鬱屈げに髪をかきあげた。

 

「……ハァ、俺は殺し屋だ。餓鬼の護衛なんざ引き受けねぇよ」

 

 懐からラッキーストライクの箱を取り出し、一本咥えて鮮やかに火を点ける。

 そして大きく吸い込み、紫煙を吐き出した。

 

 ネメアは頭を上げる。

 

「頼みたいのは護衛じゃない。殺しの依頼だ」

「……ハァ?」

 

 不思議そうに首を傾げる大和に、ネメアは言う。

 

「鬼を抹殺してほしい。今回の件に関わってる鬼を、全て」

「……鬼、ねぇ」

 

 ネメアの意味深な言葉に大和は顎をさする。

 彼はネメアの真意を読み取ったのだ。

 

「…………ハァ、お前からの依頼じゃなきゃ絶対に受けなかったぞ」

 

 大和はブラックラムのボトルの上部を手刀で切断し、ガボガボと飲み干す。

 続けて吸いはじめたばかりの煙草を一気にフィルターまで吸い上げた。

 特大の紫煙を天井に向けて放つ。

 そうして、ゆっくりと立ち上がった。

 

「報酬には色目つけろよ」

「ありがとう。5000万でどうだ? すぐに準備する」

「いいぜ。なら始めよう」

 

 黒い巨体が動きはじめた。

 数億年間、片時も欠かさず鍛え抜いてきた鋼鉄の肉体だ。弾丸どころか砲弾も弾き返し、魔導や権能ですら傷を負わせられない。

 本物の鬼すらねじ伏せてしまう剛力を誇る巨体が、羽のように軽やかに動く。

 ふわりとなびく真紅のマント。漂う魔性の色香に、店にいる女たちはたまらず熱いため息を吐いた。

 

 ウェイトレスの一人が「もう、ダメぇ……」と失神してしまう。

 客人のサキュバスやエルフ、亜人の娘たちは耳まで真っ赤にしていた。

 

 一方、野ばらと黒兎は眉間にしわを寄せていた。

 女ったらしの極みとも言える彼を、生理的に受け付けないのだ。

 特に、黒兎にいたっては実の父親だ。

 

「最悪ですね……ゲス親父」

「るっせぇぞ、クソ餓鬼」

 

 そう吐き捨てて黒兎の横を通り抜ける。

 そうして野ばらの隣で立ち止まった。

 

「邪魔すんな、チンチクリン。店で茶でも飲んでろよ」

 

 有無を言わさない、絶対零度の声音だ。

 しかし野ばらは臆さず反論する。

 

「こちらの台詞よ、殺し屋。私が全て解決するから、貴方は何処かで女でも口説いてなさい」

 

 目を合わせるのも御免だとばかりに半眼で答える。

 大和は鼻で笑った。

 

「ほざきやがるぜ。……まぁいい。互いに干渉はなし。早いもん勝ちでいいな?」

「構わないわ」

 

 二人は足並みを揃えて歩きはじめる。

 両者の間には強力な磁場の様なものが発生していた。

 超濃度の殺気のせめぎ合いで生じる力場だ。

 

 片方は人間でありながら黒鬼と呼ばれる男。

 もう片方は伝説の鬼狩り。

 

 客人たちは恐れ戦き道をあける。

 この二人が如何に恐ろしいかを、彼等は知っていた。

 

 二人は未だ怯えているガリルの前で立ち止まる。

 そしてその全身を観察しはじめた。

 

「怨嗟の鬼のマーキングか……懐かしいな。もう絶滅したかと思っていたが」

「一目でわかったわ。物凄い濃度よ」

「一体何をやらかしたのか……まぁ、においと見た目で大抵わかるんだけどよ。アー、くせぇ。生ゴミのほうがまだマシだぜ」

「同意ね」

 

 大和と野ばらは嫌悪に満ちた表情をする。

 

 二人が目の前にいる事にようやく気づいたガリルは、絶望の顔から一気に希望に満ちた顔に変わった。

 彼は大和の足に抱きつく。

 

「大和せんぱぁぁい!! それに野ばらちゃんも!! 助かったぁぁぁぁっ!! 俺、今ヤベェ奴に狙われてるんスよ!! 助けてくださぁぁい!!」

 

 普段の高慢な態度とは打って変わり、無様としか言いようがない。

 

「……」

「……」

 

 異様な沈黙が流れた。

 

「あっ!! 野ばらちゃんが来てるって事は鬼っスね!! 野郎、どうやって鬼になりやがったのか……でも、何がともあれ安心っス!! 大和先輩と野ばらちゃんがいれば百人力」

 

 ガリルは興奮しつつ、早口でまくし立てる。

 しかし、

 

「なぁに勘違いしてんだ? テメェ」

 

 大和はガリルの首根っこを掴んで持ち上げた。

 呼吸器官が閉ざされるほどの万力が込められている。

 

「ガッ……ぐるじい……っっ、やめで……ぐらざいっっ」

 

 苦しみのあまり暴れるガリルだが、手足が空を切る。

 片手で宙に持ち上げられているのだ。ガリルは190cmを超える高身長だが、大和は二メートル半ばの人間離れした身長を誇る。

 二の腕を引っかいても、逆に爪が剥がれそうになる。人間の皮膚の硬さじゃない。

 

 もがき苦しむガリルに、大和は吐き捨てた。

 

「誰がテメェを護るって? ふざけんなよ。……話は外で聞く」

 

 大和は一旦ガリルを落とす。

 慌てて呼吸をしはじめるガリルの、その顔面を掴んだ。

 巨大な手の平にまたしても万力が込められる。

 

 引きずられていくガリルは悲鳴混じりに叫んだ。

 

「いでぇ!! いでぇよォォ!! どうしてっスか大和先輩っ!! いぎァァァッッ!! 離してくださいぃぃっ!!!!」

 

 涙と鼻水でグジュグジュに顔を歪めている。

 見栄も恥も外聞もない。

 

 大和はうざったそうに吐き捨てた。

 

「喚くなチンピラ。おら、行くぞチンチクリン」

「ええ」

 

 仲良くする気などさらさらない二人は、しかし並んで店を出ていく。

 ガリルが手足を滅茶苦茶に振り回しながら叫んだ。

 

「だ、誰かァァァっ!! 頼むから助けてくれぇぇぇ!!!!」

 

 ウェスタンドアが閉まる。

 店内は静まり返った。

 

 ネメアはそんな空気など知らんとばかりに煙草をくわえ、火を点ける。

 

「こういう時は店内でも暴力沙汰ありにするか……迷惑な客は客じゃないからな」

 

 その言葉に客人たちは顔を青くする。

 ここでは絶対に問題は起こさないでおこう……そう、多くの者が心に誓った。

 

 

 

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