villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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四話「ショータイム」

 

 

 大和はラッキーストライクを咥えながら、灰色の双眸を細めていた。

 

「……デスシティ流の歓迎会ってか? 律儀なこった。いいや、これがこの都市の日常か」

 

 紫煙を吐き出しながら、大和は斬魔とえりあが居た場所を見つめる。

 大和は、二人が別の世界に連れ去られた事を察していた。

 連れ去った者達の意図も自然と理解できる。

 

 この都市の住民であり、この都市の性質を熟知している大和は、だからこそ落ち着いていた。

 逆にこの機会を利用して、二人の実力を試そうとしていた。

 

 大和は不気味に唇を歪める。

 

「アイツ等は五体満足で帰ってこれなかったら、適当な理由で嬲り殺して俺一人で任務を遂行する。お荷物はいらねぇ」

 

 あくまで合理的に。

 どこまでも利己的に。

 

 邪魔な存在は敵味方関係無く葬り去る。

 

 大和の三白眼が、何時も以上に冷酷な輝きを灯していた。

 

 

 ◆◆

 

 

 暁に睥睨されつつ、斬魔は周囲を見渡した。

 敵対者はざっと四十名。

 人間以外にもオーク、リザードマン、キメラ、獣人など──

 

 彼等は肉体や骨格にサイボーグ手術を施している。

 更には重戦車の様なバトルスーツ「VS」も稼働していた。

 

 幻想と科学が溶け合った異形の面々は、一様に濃厚な血臭を纏わり付かせていた。

 

 彼等は殺しを生業とする者達。

 彼女達は、殺しを日常とする者達。

 

 平和ボケした表世界の住民とは危険度が違う。

 飢えた猛獣が愛玩動物に見えるレベルだ。

 

 しかし、斬魔は薄ら笑みを浮かべていた。

 その笑みは、己の腕に対する絶対の自信から来るものだった。

 

 斬魔は辺りを一瞥しながら、ふと半身を逸らす。

 彼の眼前を、巨大な両刃斧が通り過ぎた。

 斧はそのまま斬魔の居た場所を綺麗に両断する。

 

 背後から音も無く、気配も無く、奇襲をかけられたのだ。

 

 奇襲をしかけてきた男は、見事な気配遮断からは想像できないほどの巨躯を誇っていた。

 しかし、地面に散らばった白骨ごと両断する腕力は本物。

 

 風圧で巻き上がった骨が音を立てて溶け落ちた。

 恐らく、猛毒を中心とした状態異常の魔術を重ねがけしているのだろう。

 極めて危険な得物だった。

 

 斬魔は手に持った黒金の長棒で両刃斧の柄をパシンと弾く。

 何気ない動作だったが、男は斧ごとパチンコ玉の様に吹き飛んでいった。

 

 唖然とする住民達を傍目に斬魔は動き始める。

 

 群がる猛者達の肩を足場にし、跳躍を重ねる。

 軽妙なる足捌き。

 足場にされた者達は、肩に何か乗ったと思った時点で既に距離を置かれていた。

 まるで壇ノ浦で源義経(みなもとのよしつね)が披露した八艘跳びだ。

 

 包囲網を敷かれる前に脱出した斬魔は、しかし遠方に目を光らせる。

 住民達が動き始めていた。

 魔改造の施された銃器──自動拳銃から突撃銃まで、様々な重火器が一斉に火を吹く。

 

 魔術刻印の施された弾丸は、銃口から放たれた時点で亜光速に達する。

 更に様々な呪詛を刻まれた弾頭は掠っただけで対象に致命傷を負わせる。

 まさしく必殺の魔弾。

 

 斬魔は魔弾が織り成す絨毯を、上体を地面スレスレまで反らす事で回避した。

 某SF映画を彷彿させる無茶苦茶な躱し方。

 驚異的な体幹を誇るからこそ出来る荒業だ。

 

 弾幕を回避した斬魔はそのままバク転、着地する。

 

「わぉ!」

 

 斬魔が驚愕の声を上げたのは、しかし当然の事だった。

 バク転で一瞬視界を失った間に、数名の殺し屋に距離を詰められていたのだ。

 隙を見逃さない経験、それを行動に移せる実力。

 

(マジでエグいな。この都市の住民は……)

 

 下手に殺せない分、天使病の患者より厄介だ。

 そう内心で愚痴りながら、斬魔は優々と肩を竦めた。

 

 凶刃は刻一刻と迫る。

 殺し屋達は斬魔が諦めたのだと誤解し、濡れた唇を歪めた。

 

 しかし──

 

 斬魔は目にも止まらぬ速度で彼等の足を「踏み潰した」

 そう、踏み潰したのだ。

 

 斬魔は絶え間なく殺し屋達の足を踏みつける。

 その威力は靴ごと地面にめり込ませる程であり、粉砕骨折は免れない。

 

 殺し屋達は断末魔の悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 斬魔は両手を広げ、声高らかに宣言する。

 

「さぁ、ダンスパーティーだ! 楽しもうぜ!」

 

 快活な笑みを浮かべる斬魔に見惚れてしまった女性が、問答無用で蹴り飛ばされる。

 自分の身長ほどある鉄棒を自在に振り回し、斬魔は襲撃者達を薙ぎ払っていった。

 

 その動き、自由奔放。

 その強さ、一騎当千。

 

 百戦錬磨である筈の魔界都市の住民が成す術無く沈められていく。

 殺されてはいない。

 天使病の患者以外は殺さないという当初の発言は厳守されている。

 それでも、この有り様だ。

 

 斬魔は本気を出していない。

 それほど、彼我の実力差があるのだ。

 

 ある程度住民達を一掃した斬魔は鉄棒をクルクル回す。

 最後に、慌てている妖物の顔に「ゴシャリ」と鉄棒を振り下ろした。

 

「さて……」

 

 斬魔は振り返る。

 彼は重戦車の如きバトルスーツ、VS(バイタルスーツ)に見下ろされていた。

 全高4メートルはある巨大兵器を見上げ、斬魔は興味深そうに顎を擦る。

 

「スゲェな。魔術、妖物の次はロボットか……」

 

 その超重量を支える関節部位が軋みを上げる。

 鉄錆とオイルの臭いを撒き散らし、VSは携えていた長剣型のビームサーベルを振り被った。

 

 簡易魔術で小規模の電磁フィールドを確保。それを利用して高密度エネルギーを収束。

 結果、超高熱を伴う光の刀剣が完成する。

 

 電磁フィールド内に渦巻く熱量を察し、斬魔はVSの股をスライディングで通り抜けた。

 直後に振り下ろされたビームサーベルは大地をバターの如く両断、融解させる。

 

 とんでもない威力だ。

 

 しかし、まだ終わっていない。

 唐突に聞こえてくる花火の様な音。

 斬魔の右側からロケット弾が迫ってきていた。

 

 携帯式対戦車擲弾発射器、通称RPG。

 デスシティで魔改造されたRPGは、殺傷力がまるで違う。

 

 斬魔に迫っている砲弾は「対化物用融解炸裂弾」

 戦車砲の直撃でも掠り傷一つ負わないバケモノをドロドロに溶かしてしまう、凶悪な砲弾だ。

 

 斬魔は一直線に迫り来るソレを見据え、静かに呼吸を合わせる。

 そして直撃する瞬間、弾頭に足を付けた。

 そのまま宙で回転、乗りこなしてみせる。

 

「ハッハー!!」

 

 まるでサーフィンの如く宙を滑っていく斬魔。

 住民達はあまりの光景に唖然としていた。

 

 最終的に、斬魔は先ほどのVSめがけて突撃。

 接触する寸前で跳躍した。

 

「対化物用融解炸裂弾」が直撃したVSは大量の煙と共に融解、崩れ落ちる。 

 斬魔は着地すると、機嫌良さげに笑った。

 

「中々楽しかったぜ。空中サーフィンなんて中々できねぇからな」

 

 そう言いながら、まだ居る住民達に流し目を向ける。

 住民達は思わず後ずさった。

 

 魔界都市の住民が、怖気づいているのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 同時刻。

 西洋風の建物の屋上で。

 

 天使殺戮士のあまりの強さに下の者達と同様、戦慄している住民達。

 その中で一人、異様に落ち着いている男がいた。

 種族は人間だが、この場の誰よりも濃いオーラを纏っている。

 

 純白のスーツを盛り上げる巌の如き肉体。

 洒落たサングラスでも隠せない傷だらけの顔。

 岩石の様にゴツゴツとした拳を和らげ、男は大きく嘆息した。

 

「ありゃヤベェな。テメェ等、今の内に逃げた方がいいぜ。俺も逃げるからよ」

 

 そう言いながら、男はオールバックにした黒髪を掻き上げる。

 腕利きと名高い用心棒──右之助。

 彼は斬魔らを睥睨すると、背後にいる存在に話しかけた。

 

「お前はどうすんだよ? 俺は端からヤル気ねぇぜ。大和が関わってるからな」

 

 右之助の発言に、背後の存在はクスリと笑った。

 

「相変わらず臆病ね、右之助。大丈夫よ、アイツが現れないって事はあの二人はそこまで重要な存在じゃないって証拠。アイツも魔界都市の住民──様子を見てるのよ」

 

 声から滲み出る凄絶な色香。

 右之助の近くに居た者達が揃って陶酔した。

 

 右之助は渋い顔をする。

 

「大和が来ないって根拠はねぇだろ?」

「そうね」

「ハァ……んな適当な事言えんのはお前くらいだぜ──アラクネ」

 

 紫色を帯びた黒髪が揺れる。

 奈落の底の如き暗黒色の瞳を濡らして、絶世の美女は微笑んだ。

 

 アラクネ。

 世界最強の暗殺者──通称「毒蜘蛛」

 大和、ネメアと共に「デスシティの三羽烏」に数えられる、伝説の殺し屋である。

 

 その美貌は「男の大和、女のアラクネ」と讃えられるほど。

 彼女の冷たい肢体に溺れて破滅した男は数知れない。

 

 右之助は彼女に問う。

 

「行くのか?」

「ええ、最近退屈だったから──少し遊んで貰うわ」

 

 そう言って、アラクネは宙をふわりと舞った。

 まるで、見えない羽でも在るかの様に。

 

 彼女が得意とする鋼糸術によるものだ。

 1000分の1ミクロンまで細められた精神感応金属「ミスリル銀」の糸。

 コレをアラクネは自由自在に操る。

 切断、捕縛、結界、防御、傀儡、移動、追跡──何でもござれだ。

 

 そして、肉体に宿す数億種類の猛毒。

 大和と並び称される最凶の暗殺者が、その毒牙を天使殺戮士達に向けた。

 

「……まずは、あの子と一緒に遊ぼうかしら」

 

 アラクネの暗い双眸に、青き死美人、えりあが映った。

 


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