villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

240 / 255
四話「禁忌」

 

 

 一方、大衆酒場ゲートは不思議なほど何時も通りだった。

 多種多様な種族が寛ぎ、飲食を楽しんでいる。

 ある程度オーダーを片付けたネメアは、一服しながら新聞を読んでいた。

 そんな時である。彼の持つスマホの中でも特別なものが鳴り響いたのは……

 

 ネメアに限らず、デスシティの住民は複数携帯端末を持ち歩いている。

 ビジネスとプライベートを分けるためだ。

 

 今のはビジネス用の着信音だった。

 ネメアはすかさず応答する。

 

「かかってくると思っていたぞ、努」

『……という事は、事態は既に進んでいるようだね』

 

 分厚く、しかしどこか穏やかな声音がネメアの鼓膜を揺さぶる。

 日本国総理大臣、大黒谷努(だいこくだに・つとむ)

 彼は打って変わり、鉛のような重たい声音で告げる。

 

『単刀直入に言おう。……今回の事件に携わっている者たちを抹殺したいんだ』

 

 電話越しでも憤怒の念が伝わってくる。

 ここまでのものか……と、ネメアは金色の目を細めた。

 

「何があった」

 

 ネメアの問いに、努は淡々と答える。

 憤怒の念が、いよいよ溢れ出してきた。

 

『今朝、部下が珍しい鬼の気配を察知したんだ。現場に直行させたんだけど、遅かった。場所は銀座にある小さな公園。残っていたのは被害者一名。名前は佐竹瑠美。酷く凌辱された後だった。残念ながら、数時間後に息を引き取ったよ。もう一人の佐藤卓矢くんは行方不明だ。……きっと鬼になってしまったんだろう。現場に巨大な爪痕と破壊痕があった。専門家に調べさせたから間違いない』

「…………」

『全く、舐められたものだよ。前途ある若者が二人も犠牲になってしまったんだ……実に不快極まりない』

 

 ネメアの耳元でピシッと、何かが割れる音がした。

 努の抑えようにも抑えきれない怒りが握力に変わり、スマホに亀裂をはしらせたのだ。

 

 努の眉間には特大の青筋が浮かんでいた。

 漆黒のスーツに隠れている筋肉は膨張と圧縮を繰り返している。

 見る者が見れば恐れおののく事だろう。岩塊のような筋肉がまるで意思を持つかのようにうごめいているのだ。

 スーツの布地がメリメリと音を立てている。

 

 努はハッキリと告げた。

 

『僕は絶対に許さないよ。僕の愛する国で、愛する国民に手を出した。その罪はキッチリと償ってもらう……その命をもってしてね』

 

 努は愛国者だ。

 誰よりも日本を愛し、我が子のように国民を愛している。

 だからこそ許せない。断じて許せない。

 

 燃え盛る業火のような憤怒を電話越しに感じながら、ネメアは言った。

 

「ワケありなのはわかっていたが、案の定だったな。どうしようもない……こちらは既に大和を雇っている。鬼関連だから野ばらが付いているが」

『なるほど……そちらの問題はそちらで解決しようとしているワケだね』

 

 努の言葉に何かを察したネメアは、眉間に深いシワを寄せた。

 

「誰をさし向けた? この魔界都市に」

 

 トーンの落ちた声だった。

 瞬間、今まで陽気だった酒場の雰囲気が冷え込む。

 適温を保っているはずの店内が、まるで冷蔵庫の中のようになった。

 

 努は淡々と答える。

 

『風魔小太郎くんだよ。犯人の処理と回収をお願いしたんだ』

「……よりによって風魔をさし向けたのか」

『それだけ、僕が怒っているという事だよ』

 

 ネメアは頭を押さえる。

 

 風魔小太郎(ふうま・こたろう)……戦国時代に活躍した忍の一人。中でも現代まで生き残っている数少ない者。

 歴戦の超越者であり、暗殺技術はあのアラクネに匹敵するといわれている。

 世界最強の忍者、隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)とも比べられる超凄腕の忍者だ。

 

 努の保有する二大戦力の一つ。滅多に抜く事のない懐刀──

 それを抜いたというのだから、彼の心情も伺い知れるというものだ。

 

 ネメアは唸る。

 今動いている大和と野ばら、怨嗟の鬼とその黒幕。

 そこに風魔小太郎が混ざれば、事態は悪化の一途を辿るだろう。

 

 七年くらい前か……デスシティのとある極道組織が魔改造した銃器を表世界に輸出しようとした。

 表世界に魔界都市の武器が出回れば、世界の治安は確実に乱れてしまう。

 その情報をいち早く入手した努は、配下の粛清部隊に事態の収拾を命令した。

 しかし、相手は仮にも魔界都市の極道。護衛としてA級の殺し屋を数十名雇っていた。

 粛清部隊は苦戦を強いられ、努は最終的に大和に事態の解決を依頼した。

 

 結果、短時間で事は収束した。

 この時、努は大和にこう依頼した。

 

『邪魔する者は皆殺しにしてもいい』と……

 

 結果、15分程度で中央区は屍山血河の有様となった。

 大和は努の要望通り、邪魔なものを皆殺しにしたのである。

 関係者のみならず、野次馬も通りすがりの住民も、全て……

 

 出た犠牲者は優に十万を超えるといわれている。

 

 この事件は『血の15分間』として、今でも語り継がれている。

 魔界都市の住民が大和を恐れている理由の一つだ。

 

 もしも風魔小太郎が介入すればそれと同等……否、それ以上の被害が生まれるだろう。

 

 努は日本のこと以外はどうでもいいと思っている。

 どんなに犠牲が出ようとも、どれだけ被害が生まれようとも、日本が平和ならそれでいいと──

 そう、本気で考えている。

 

 今、まさしく『血の15分間』が再現されようとしていた。

 それはなんとしても避けなければならない。

 

 ネメアは唸り、言葉を選び、口にする。

 

「努……。悪いがこの案件、大和たちに任せてくれないか?」

『僕に諦めろと?』

 

 努の怒気に新たな要素が加わった。

 ネメアはすぐに否定する。

 

「いや、そうは言っていない。事が終わるまで手を出さないでくれと言っているんだ。事が終われば、犯人の死体は必ず引き渡す。約束だ」

 

 ネメアの言葉には不動の重さがあった。

 それだけの信頼、実績が彼にはある。

 努は考える素振りを見せた。

 

『……ふむ、困ったね。あと一人だけなんだけどな。他の二人は死体で見つかっている』

「……」

『……』

 

 重たい沈黙が流れた。

 聞き耳を立てていた客人たちは固唾を呑んでいる。

 

 眠れる獅子といわれる大衆酒場ゲートの店主と、魔界都市でも悪名高い日本国総理大臣が、交渉という名の口論を繰り広げているのだ。

 第三者としては、聞いているだけで冷や汗が止まらない。

 

 静まり返る店内……グラスに沈む氷の音すらよく聞こえる。

 

 この交渉の結果次第では、魔界都市は誰も予想できない危機を迎える事になるだろう。

 

 暫しの沈黙の後、努はやれやれと溜め息を吐いた。

 

『……わかったよ、今回は手を引く。他にもやる事があるからね』

 

 先程までの怒気はどこへやら、何時もの温和な声音に戻った。

 ネメアは謝る。

 

「すまない」

『君が謝る必要はないよ。この事件は僕にも非があるんだ。日本は無害な国だと、デスシティの住民に勘違いさせた』

「……」

 

 電話の向こうで努がどんな顔をしているのか……ネメアは想像したが、一瞬で打ち切る。

 

『ケジメはつけるよ。僕なりの、ね。風魔くんには待機命令を出しておく。介入はさせない』

「すまない、何から何まで」

『こちらこそ。じゃ、また今度』

 

 そうして通話が切れる。

 努はこれから走り回るのだろう。

 遺族への謝罪、賠償金。そして徹底的な情報隠蔽と根回し……

 

 五大犯罪シンジケートとも緊急会議を開くだろう。

 これ以上、デスシティの住人に好き勝手させないために──

 

 ネメアは煙草を吸い、紫煙を吐き出した。

 そして一人呟く。

 

「こんな事件が起こると、どうしてこの都市があるのかわからなくなるな。……なぁ、大和」

 

 その言葉には、虚しさと悲しさがこもっていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 同時刻。

 努から届いたメールに目を通した大和は、なるほどと顎をさすった。

 

「馬鹿だなぁ。なんで日本で犯罪を犯すのか……デスシティでなら日常で済ませられたのによぉ」

 

 大和は、この事件の全てを知ってるであろう三毛の猫又に話しかける。

 

「説明してくれ、ミケ。どこのどいつが事態をややこしくしてる。本来なら、糞野郎どもを殺すだけで済んだ筈だ」

 

 デスシティきっての情報屋、ミケはヒゲを尖らせながら言う。

 

「黒幕は……うむぅ、今話してもいいんですかねぇ?」

 

 ミケは腕を組んで2本の尻尾を絡ませる。

 どうやら悩んでいるらしい。

 

「どういう事だ?」

 

 大和は片眉を上げる。

 この腕利きの情報屋が言い淀むとは、余程の事だ。

 

「野ばらの姉さんと関連深い内容でして……今軽々しく口にしていいものかと」

 

 唸るミケに、野ばらは鋭利な眼を更に細める。

 大和は関係ないとばかりに手を振るった。

 

「知るか。チンチクリンの事情なんざどうでもいい。さっさと話せ」

「ミャー。相変わらずですねぇ、旦那……」

 

 ミケの二股の尻尾がクタクタと萎れる。

 困っているミケに、野ばらはハッキリと告げた。

 

「構わないわ。話して頂戴」

 

 その声は凛としていて、迷いがない。

 

「……いいんですかい? 姉さん」

「私に関係しているなら尚更よ。遅かれ早かれ知らなければならない」

 

 ミケは天を仰ぐ。

 彼は話す覚悟を決めたのだろう、尻尾をピン! と伸ばした。

 

「……では、話させていただきやす」

 

 ミケは一礼すると、丁寧に話しはじめた。

 

「野ばらの姉さん。あなたはこの都市に来る前、大正時代で鬼狩りをしていた……そうですね?」

「そうよ」

「現代では久世(くぜ)という鬼狩りを生業とする家系がありやすが、当時の鬼狩りは寄せ集めの集団だった……間違いありやせんか?」

「あっているわ」

 

 野ばらが生きていた大正時代は平安時代の再来と呼ばれていた。

 鬼を中心とした魑魅魍魎が再び息を吹き返していたのである。

 当時の退魔師たちは自陣の戦力の少なさに頭を痛めていた。

 

 そこで、『大天狗』の異名を持つ山伏にして仙人、役小角(えんのおづの)が鬼専門の剣士を幾人も育て上げた。

 それが、鬼狩りのはじまりである。

 

「鬼狩りは最初、役小角さんのお弟子さんたちで構成されていやしたが、人数が増えるにつれ、お弟子さんたちが下の者を纏めるようになった」

「そうね。……当時は九人くらいいたかしら」

 

 野ばらはあやふやな記憶をなんとかたどる。

 彼女の性質上、仲間にあまり関心がなかったのだ。

 

 そんな彼女に微妙な目を向けている大和。

 ミケは咳ばらいをして続ける。

 

「当時の鬼狩りの最高戦力だった直系のお弟子さんたち。その中に柘榴(ざくろ)という女性がいやした。野ばらの姉さんはご存知ですか?」

「知ってるも何も、妹弟子よ」

 

 野ばらは驚きを含めながら答える。

 他の鬼狩りたちならまだしも、妹弟子ともなれば話は別だ。

 柘榴……彼女の事はよく知っている。

 だからこそ、疑問が尽きない。

 

「あの子がどうして、今回の事件に関わっているの?」

 

 鋭い視線をさらに尖らせて、野ばらは問う。

 

「それがですね……」

 

 ミケはしどろもどろに告げた。

 

「鬼と交わって、子を成したんです」

「……なんですって?」

 

 思わず聞き返した。

 勢いよく身を乗り出したため、ミケは驚いて全身の毛を逆立たせる。

 野ばらは、ミケのつぶらな眼をまじまじと見つめていた。

 

 鬼狩りが鬼と子をもうけた? 

 そんな事がありえるのか? 

 

 ミケは気を取り直してコホンと咳払いすると、再度、強く告げる。

 

「柘榴さんは鬼と子を成しました。詳しい経緯をお話しやしょう」

「……」

 

 ミケの口から語られる内容は、野ばらをもってしても予想外のものだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 柘榴(ざくろ)。彼女は野ばらの妹弟子であり、野ばらと同様鬼狩りのエース的存在だった。

 野ばらに勝る剣才と誰とでも友好関係を築ける協調性。

 優しく淑やかな佇まい。そして柔らかな笑みは、鬼狩りの猛者たちの中でも癒しの花と呼ばれていた。

 剣才に関しては、数年もすれば野ばらを超えるだろうといわれていた。

 将来は、最強の鬼狩りになる筈だった。

 

 しかし、彼女は鬼狩りとして致命的な弱点を抱えていた。

 生来の優しさ故に、人間から転じた鬼に酷く同情していたのである。

 純粋な鬼ならまだしも、怨嗟の鬼は被害者。斬るべきは加害者の筈……そう常々思い、周りに訴えかけていた。

 

 しかし、鬼狩りにとって鬼を殺す事は鉄の掟。決して揺るがぬ暗黙の了解事項。

 人間の処罰は人間が下す。鬼狩りはあくまで鬼を殺す事が使命……

 

 怨嗟の鬼を斬る度に、柘榴は心を痛めていた。

 血溜まりの中で泣き伏すその姿に、同胞たちはかける言葉も見つけられないでいた。

 師である役小角は優しく、しかし厳しく彼女を諭していた。

 

 しかし、人間の悪意は底が見えず……

 鬼を狩る日々を過ごしていく内に、柘榴の精神は歪んでいった。

 

 結果、柘榴の中で怨嗟の鬼は必要悪だという思想が生まれた。

 因果応報。目には目を、歯には歯を……

 報いを受けるべき人間が、必ずしも報いを受けるとは限らない。

 富める者、権力を有する者は鬼の脅威から逃れて高笑い。

 泣くのはいつも虐げられた者と鬼と化した者。

 

 であるならば、鬼狩りが悪人を殺せないのならば、怨嗟の鬼を狩らなければいい。

 

 柘榴は鬼と契りを結び、子を宿し、そのまま逃亡した。

 狂ってしまったのだ。鬼の返り血を浴び過ぎて、獣と化してしまったのだ。

 他の鬼狩りたちは彼女の行方を懸命に捜したが、ついぞ見つからなかった。

 

 鬼の子を孕んだ鬼狩り──その存在は最大の禁忌とされ、関係者でも知る者は少ない。

 

 当時、師である役小角は雅貴の奸計にかかり戦死。

 野ばらも大嶽丸……現在の恋次と相打ちになって行方不明になっていた。

 誰も、彼女を止める事ができなかった。

 

 そうして現代になり、ついに完成してしまう。

 怨嗟の鬼を途切れさせない、『必要悪』となるべき存在が……

 

 名は柘榴(ざくろ)

 祖母から二代に渡り受け継がれる名。

 人間と鬼の混血児であり、鬼の血を三分の二も体内に流す、半妖を超えた怪人である。

 

 ミケは話を終えた。

 

「久世の現総帥が今でも捜し回っておりやす。曰く、鬼狩りの歴史が残した最大の汚点であると」

「…………」

 

 野ばらは無言で拳を握りしめていた。

 あまりの力に血が滲んでいる。

 

「尋常じゃない。やっこさん、久世が誇る歴戦の鬼狩りを既に五人も惨殺してる。その力はもはや超越者……生来の才能と血統が、最悪の異端児を生んだんでしょう」

 

 サァ、と生温い風が吹いた。

 柘榴は、鬼狩りにとっての最強最悪の存在になっていた。

 

 野ばらは最初こそ動揺していたが、今は冷たく目を細めている。

 思い当たる節があったのだろう。

 

 野ばらの胸中に、向日葵の様な明るい少女の笑顔が浮かんだ。

 それらを掻き消し、静かに目を見開く。

 今、彼女の孫を殺す決意をしたのだ。

 

 そんな野ばらとは対象的に、大和は感心したように顎をさすっていた。

 

「なるほどねぇ、理屈としては間違ってねぇ。その柘榴という女を、俺は評価するぜ」

「……正気?」

 

 野ばらに睨みつけられても、大和は意見を変えなかった。

 むしろ反論してみせる。

 

「何がおかしい。怨嗟の鬼の出現理由に心を痛めて、周りを説得しても共感を得られず、結果自分で行動に移した。いいじゃねぇか。口だけの偽善者より百倍マシだ」

 

 大和は懐からラッキーストライクを取り出し、火をつける。

 

「人間は人間を贔屓する癖がある。怨嗟の鬼を生み出したくないのなら、根源である悪人を殺せばいい。なのに犯人は人間だからと同じ人間に任せた。結果がコレだ。結局、お前らのしてた事は事後処理に過ぎなかったんだよ。なんの解決にもなってねぇ」

 

 美味そうにタバコを吸い、紫煙を吐き出す。

 

 彼の言い分はあながち的外れではなかった。

 怨嗟の鬼を駆逐したければ、大元を殺せばいい。

 当時の鬼狩りたちはそれをしなかった。

 

 大和からしてみれば臭い物に蓋をする──単なる責任逃れの言い訳にしか聞こえなかった。

 

「俺は、その柘榴という女が間違ってるとは思えねぇ」

「……」

 

 野ばらは、手に持つ番傘をこれでもかと握りしめていた。

 大和の言い分に反感を覚えつつも、何も言い返せないでいる。

 

 そんな彼女に、大和は告げた。

 

「だが、テメェは違うだろう。チンチクリン……テメェは鬼に加担した奴らは容赦なく殺すと、そう言った。……今回は運が悪かっただけで、やる事は変わらねぇ筈だ」

 

 その言葉に野ばらは目を丸めた後、ゆっくりと頷く。

 

「ええ……私は斬り捨てるわ。怨嗟の鬼も、それを生み出す輩も。それが、私という鬼狩りの在り方だから」

 

 その瞳に嘘偽りはない。

 黒真珠のような瞳には強い意志が宿っている。

 大和は上機嫌に笑い、頷いた。

 彼女ならそう言ってくれる……そう信じていたのだ。

 

 故に託す。

 ちびた煙草を指で弾き飛ばし、真紅のマントを翻す。

 

「柘榴って奴はテメェに任せた。同門の不始末は、同門がつけるべきだ」

「感謝するわ。私は柘榴の孫を殺してくる」

「おうさ、怨嗟の鬼は任せておけ」

「お願いするわ」

 

 互いの方針が決まった。

 大和はミケを見下ろし告げる。

 

「ミケ、コイツに柘榴とかいう奴の居場所を教えてやれ」

「へい。いやしかし、やっこさん物好きなようで……既にこの都市内に入ってきてるんですよ」

「ほぉ」

 

 大和は面白そうに灰色の三白眼を細めた。

 

「因縁ってやつか……どうにもこうにも、話がよく進む」

「好都合だわ」

 

 野ばらは番傘を携え、鋭い剣気を滲ませる。

 大和はケラケラと笑った。

 

「決着は、今日中につきそうだな」

「つけるわよ。必ず……」

 

 そう言い残し、野ばらは歩きはじめる。

 一度も大和に振り返らず、摩天楼煌めく大通りに向かっていった。

 ミケは大和に頭を下げ、急いでその後を追う。

 

 大和はやれやれと肩を竦めると、一変して好奇心溢れる笑みを浮かべた。

 邪悪な笑みである。

 まるで今から弱いものイジメをするかのような……そんな、暗い笑みだ。

 

 大和は足元で転がっているチンピラ……ガリルに視線を落とす。

 今しがた意識を取り戻した彼は、激痛に悶え苦しんでいた。

 

「い……いへぇぇ……っ、ダレか……だじげでくでえぇぇ……っっ」

 

 その言葉を聞いて、大和はギサギザの歯を剥きだす。

 灰色の三白眼がギラギラと輝いていた。

 

「よかったなァ、チンピラ。運がいい。テメェと怨嗟の鬼は俺が担当する事になった」

「ひょェェ……あぐァぇっ!」

 

 ガリルは声にならない悲鳴を上げてはいずりはじめた。

 鼻と口からとめどなく鮮血が溢れる。砕かれた歯でズタボロになった口内では満足に声も出せはしない。

 

 ハァハァと喘鳴をもらしながらひたすらはいずる。

 鼻を含めた顔面の骨をほぼほぼ砕かれているので、泣きたくても表情を崩すことができない。

 涙だけが溢れ、血と混ざり合う。

 痛みで何度も気絶しそうになりながらも、圧倒的な恐怖で逃げる事しかできない。

 

 そんなガリルの背中を大和はゆっくりと、力を込めて踏みにじった。

 下駄の裏で背骨をゴリゴリと鳴らす。

 

「くべぇぇェっ!! たびゅ! たびゅげでぇっ!!」

 

 ガリルは泣きながら何もない空間に手を伸ばす。

 その無様な姿に大和は思わず吹き出した。

 

「オイオイ! テメェを助ける奴が何処にいるよ!」

 

 ジャラジャラと金属音がした。

 大和は懐から村正特製の鎖分銅を取りだし、ガリルをがんじがらめに拘束する。

 その口内に鎖の束を無理矢理ねじ込み、動きを封じると同時に黙らせた。

 

(オゴぉっ!! オゴぉぉぉッッ!!)

 

 ガリルの口からくぐもった悲鳴がもれる。

 大和はうんこ座りをして、彼と視線を合わせた。

 

「ま、安心しろや。殺しはしねぇ。テメェは釣り餌だ。怨嗟の鬼を釣るためのな。生きてねぇと困る」

 

 その言葉に、ガリルは一瞬表情を和らげる。

 しかし彼は見てしまった。大和の顔を……

 

 悪鬼羅刹の笑顔を……

 

「俺は、な。しかし怨嗟の鬼はどうかなァ? そいつには随分とヒデェ事をしたみたいじゃねぇか。鬼の怨みってのは怖いぜェ。死ぬほうがマシだと思えるくらい可愛がって貰えるだろうよ」

「!?」

 

 ガリルの顔面が蒼白を通り越して紙のように真っ白になった。

 大和は堪えきれず大爆笑する。

 

「ククククッ、ハハハハハハッ!! どうした、喜べよ!! 最高の死に方だろう!! 俺が当事者だったら笑っちまうぜ!! 屑らしい無様な死に方だってなぁ!! プッ……アッハッハッハ!!」

 

 腹を抱えて笑う。

 大和は本当にそう思っているのだろう。

 

 中央区の路上裏に黒鬼の笑い声が木霊した。

 その笑い声は、魔界都市の喧騒の中でもよく響いた。

 

 勧善懲悪などこの都市にありはしない。

 あるのは悪と、悪を喰らう悪だけだ。

 

 これからはじまる……殺意と憎悪に満ちた殺し合いが。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。