時刻は0時を回った。
魔界都市が最も盛んになる時間帯である。昼夜が逆転しているこの世界では、夜の闇こそが生きる時間なのだ。
妖しく輝く摩天楼。頭上を見上げると最上階が見えないほどの超高層ビルが立ち並んでいる。
最新鋭の飛行艇が暗い曇天をかき分け、無重力で駆動する車やトラックが建築物の合間を飛び回る。飛竜種や有翼種が危うげに車体と交差していた。
大通りは、さすが魔界都市の中央区といったところ。都内でも随一の賑わいをみせている。
対して鼻につく硝煙と濃い血の臭い、汗臭さと生ゴミの腐臭。
それらを上書きしているのは強烈な香水と女の卑猥な香りだ。
往来を闊歩している多種多様な種族。
人間、魔族、獣人、サイボーグ、エルフ、妖精、蟲人など。
この都市に法律はない。あるのは暴力至上主義の、弱肉強食の理のみ。
故に皆武装している。その気になれば何時でも殺し合いをはじめられるようにしている。
これで殺戮の連鎖が起きないのは、巨大な犯罪組織や武装組織、各区を統治する規格外の存在が君臨しているからだ。
ギリギリのところで留まっている。一つ間違えれば大惨事になる。
しかし、この歪んだ日常は既に何百年もの間継続されていた。
「……」
野ばらは無言て大通りを突き進んでいた。
彼女は魔界都市の在り方を嫌っている。
当然の様に行われている犯罪の数々。窃盗、恐喝、拉致、奴隷、密売、テロ行為……挙げていけばキリがない。
ありとあらゆる犯罪が、この都市では日常として完結されている。
吐き気を催すとはまさにこの事だ。
なまじまともな精神を持っている野ばらにとって、この都市の在り方は酷く歪んで見えた。
しかし、納得せざるを得ない部分もある。
この都市があるからこそ、表世界の平和は保たれている。
あらゆる厄災、苦難から護られ、大規模な戦争も起きない。
国ごとに法が築かれ、互いに協力しあい、平和のために尽力している。
それができているのは、諸々不都合な部分をこの都市に投げ捨てているからだ。
何かあればこの都市に任せておけばいい。
魔界都市の住民は押し付けられた不都合をビジネスに変えて金儲けする。
相互、利害の一致。
世界政府のみならず、業界の重鎮ならば誰もが知っている暗黙の了解。
世界の闇の部分──
野ばらは酷い不快感を覚えた。
魔界都市にではなく、自分自身に対してだ。
どこか居心地の良さを覚えてしまう。
自分の生まれた時代、大正のあの頃に近い雰囲気がこの都市にはあった。
無秩序の中にある繁栄。人と魔の境界線。
あの時とは全く違うのに、あの頃とどこか重なる。
野ばらは小さな、本当に小さなため息を吐いた。
所詮、自分も同じ穴の貉。
今の人間たちから見れば、過去の影に過ぎない。
たかが百年。されど百年。
時代は、世界は、大きく変わってしまった。
「どうかしやしたか? 野ばらの姉さん」
後ろから付いてきていたミケが聞く。
野ばらは振り向かずに答えた。
「何でもないわ。いきましょう」
「はいにゃー」
ミケは何も聞かなかった。
魔界都市の住民は大小様々な過去を持つ。
その中には、触れられたくないものもある。
ミケは情報屋なので、そのあたりよく理解していた。
野ばらは意識を切り替え、元凶のいる場所へと向かう。
もう、すぐそこまで来ていた。
◆◆
中央区の大通りの一画にある噴水広場にて。
可憐な美少女が水遊びをしていた。
水面に波紋を広げながら渡り歩き、踊っている。
時折、石造りの足場に着地してきゃっきゃと笑っていた。
この一面だけ見れば、まるで天女の水遊びの風景である。
しかし、噴水広場の周りには死屍累々の山が築かれていた。
元々、此処は数ある噴水広場の中でも有名な場所だった。
広めの敷地と色彩豊かなグラデーション。大小鮮やかな緑に覆われ、湧き出る水も澄み渡っている。
観光地としてもデートスポットとしても最適だった。
それがどうだ。今は──
種族関係なく若い男女の死体が積み上がっている。
綺麗な形のものなど無く、どれもが鋭利な刃物で断たれ、滑らかな切断面を晒している。
溢れ出る新鮮な血が芸術的な石畳の線をなぞり、広がり、辺り一帯に鉄の臭いを充満させる。
噴き上がる水はやがて濃厚な赤に変色し、更に血臭を濃密にさせた。
いくら荒事に慣れたデスシティの住民でも、思わず呻いてしまうだろう。
それほどの光景だ。
中心にいる美少女は頬を紅潮させ、ウットリとしていた。
恍惚境の果てを漂っている。
まるで見せつけるように、快楽に酔うがままに躍っている。
跳ねる水音は何処か淫美で、少女は熱い吐息と共に白い肌に付いた赤い水滴を肌に伸ばした。
地獄に、可憐で腐った毒華が咲いていた。
噴水広場の周囲に積み上げられた新鮮な肉の山。
本来であれば肉食性の魔獣や怪虫が寄ってくる筈だが、そのような気配は一切ない。
美少女から微かに漏れ出す邪気を恐れているのだ。
死体回収屋も顔を出さず、野次馬も一人としていない。
魔界都市の住民、特に危機管理能力の高い者たちは今此処に行ってはいけないと察知していた。
現在、此処は濃厚な瘴気に満ちた忌地へと変貌している。
事前に彼女に屍鬼にされた哀れな住民たちは自我を無くしていた。
彼らは絶えず襲ってくる飢餓を満たすために死体の山を漁り、まだ温かい血肉を貪っている。
小山の様な巨体が無造作に死体を掴み上げ、首筋に喰らいつく。
肉を引きちぎり、骨を噛み砕く音が辺りに響き渡る。
裂けた腹腔から飛び出した内臓を握りつぶし、喉を鳴らして血液を啜る。
そんな地獄とも言える場所に、番傘を携えた和ゴスの少女が現れた。
ブーツの爪先は既に血の海に浸っている。
彼女は周囲に散らばる死体を一瞥すると、噴水広場で遊んでいる美少女に殺気を伴った眼光を向けた。
空気を凝結させたかような鋭さを含んでいる。
文字通り音を立てて空間が凍りついた。
来訪者に気付いた美少女は、それはもう、満面の笑みを浮かべた。
白い肌に塗り付けた鮮血がエロティックで壮絶な美を醸し出している。
「まさか来てくれるなんて思ってもいませんでした♪」
周囲の光景とは裏腹に、血まみれの美少女の声は甘く軽やかだった。
「戯言を……私を誘い出すためにこんな事をしたのでしょう?」
和ゴスの少女、野ばらの突き刺すような言葉に美少女、柘榴はまるで娼婦の様な蕩けた笑みを浮かべる。
「半分正解です。半分は……趣味です♪ 私、死体に囲まれながら躍るのが大好きなんです♪ お腹の奥がキュンキュンしちゃって、堪らなくなるんです♪」
ペロリと、桜色の舌が唇の端を舐める。
可憐な狂鬼がそこにはいた。
「…………」
野ばらは絶対零度の眼差しを柘榴に向けると、背後で身を潜めているミケに告げる。
「ありがとう、後は私がどうにかするわ」
「わかりやした……どうかお気を付けて」
ミケはそれだけ言い、素早くこの場を退散する。
柘榴はしばらくミケの逃げた方角を見つめていたが、興味を無くして野ばらに視線を戻す。
「あ、自己紹介がまだでしたね♪ 私は
歌う様な少女の声に嘘偽りはなく、心底感嘆しているようだった。
「私は、会いたくもなかったわ」
本心からそう吐き捨て、野ばらは番傘を携える。
殺意を纏い、剣気を迸らせる。
既に臨戦体勢に入っている彼女に向けて、柘榴はその可愛らしい顔をニチャリと歪めた。
「もう少しお話しましょうよ~♪ 私、貴女に聞きたい事がたーくさんあるんです♪」
「私にはないわ」
野ばらが裂帛の気合を込めて一歩踏み出す。
「まぁまぁ♪ そう焦らずに……」
笑いながら、ヒラヒラと片手を振るう柘榴。
刹那、銀閃が煌めいた。
神速の歩方で柘榴との距離を詰めた野ばらは、躊躇いなく仕込み刀を抜く。
これ以上ないタイミングの抜刀だった。並の鬼なら首が跳んでいる。
しかし、柘榴は笑っていた。
野ばらの得物、その刀身を二本指で掴み取っている。
あり得ない。
野ばらの妖刀は触れるだけで皮膚を灼くほどの熱を帯びている。
現に、今も退魔の波動が鳴くように迸っていた。
「本当に、おばあちゃんから聞いた通りですね♪ 人の話を聞かない、鬼とわかれば即座に斬り捨てる……うふふっ、素敵です♪」
野ばらは刀身を掴んでいる指の腕、その肘を蹴り上げて無理矢理離させる。
そして一旦距離を取った。
「きゃん♪ 痛いじゃないですか〜」
柘榴は頬を膨らませると、まるで何事も無かったかのように話しはじめる。
「こんな機会、滅多にないですし……お話しましょう? 私、野ばらさんに聞いて貰いたい事がいーっぱいあるんです♪」
「……」
話など聞くつもりはなかった。
しかし、柘榴は隙だらけのようでいて全く隙がない。
野ばらは噴水広場をゆっくりと周りながら、柘榴の隙を伺いはじめた。
屍山血河に美しい花が一輪咲く。
そんな野ばらを見て、柘榴はニンマリと口の端を歪めた。
◆◆
魔界都市の裏区に近い路上裏にて。
裏区から漂ってくる障気と激臭を掻き消すように、大和は特大の紫煙を吐き出していた。
一吸いでフィルターまで焼けた吸い殻を、転がっているガリルに投げつける。
そして手早く次の煙草をくわえる。
ジッポーの金属音が響き、仄かに灯った火が大和の顔を照らし出した。
ガリルは全身から冷や汗をふき出した。
たとえ鎖でがんじ絡めにされていなくても、指先一つ動かせなかっただろう。
今の大和は、万人に「死」を確信させる貌をしていた。
冷酷で、しかしながら美しい。
ジッポーの炎が消えれば大和の顔が闇に隠れる。
その背後から射している光は汚れた摩天楼の輝き──
今現在、大和はそこら辺にある適当な瓦礫の上に腰かけていた。
ガリルは恐怖に震え、痛みに悶えながら地にふしている。
大和は紫煙を噛むようにゆっくりとふき出すと、ガリルに言った。
「殺し屋ってのはな、金を貰って誰かを殺す奴らを指す言葉なんだよ」
ガリルはビクリを身体をゆする。
しかし砕かれた骨が潰れた肉に食い込み、くぐもった悲鳴を漏らした。
大和はかまわず続ける。
「一身上の都合で誰かを殺し、代わりに報酬を受けとる……そういう、割とどーしようとない糞野郎共を殺し屋という」
大和は紫煙を眼前にたゆたわせる。
「そんな殺し屋にも暗黙の了解ってのがあってなぁ……無益な殺生はしない、だ。依頼として成立していない以上、殺しは控える。……当たり前だよな。殺しは
大和は片膝を上げて、ゆったりと身を預ける。
そしてガリルを見下ろした。
「魔界都市はそのあたり、けっこー緩いんだが……お前はハシャぎすぎた」
大和はやれやれとため息を吐く。
「……今回は特別だ。最後まで付き合ってやるよ」
サァと、生温かい風が吹いた。裏路地特有のゴミ溜めから放たれる異臭と大通りの喧騒から送られてくる熱気の残滓──
大和は、まるで無知な子供を諭すような声音で語りはじめた。
「殴られたら、殴られる。盗んだら、盗まれる。裏切ったら、裏切られる。殺したら、殺される……当たり前の事なんだよ。これをわからず、わかろうともせず、覚悟も決めず、自分だけ優位な立ち位置にいようとする。そんなの、許されるワケねぇだろう」
たとえ数多の世界観があり、それぞれに法則があったとしても。
幾度となく善悪の基準が移り変わろうとも。
理を超える強大な力を持っていたとしても。
変えてはならないものがある。
道理を踏みにじり、真理から目を背ける輩を、大和は決して許さない。
たとえ相手が神であっても、世界であっても、容赦なく弾劾する。
故に、まつろわぬ者たちから崇拝されているのだ。
闇の英雄王として。
◆◆
ふと、ガリルと視線が合った。
その瞳に宿っているのは変わらず恐怖だが、ほんの少しの怒りが混ざっていた。
何故自分だけがこんな目に合わなければならない。
アンタも殺し屋だろう、俺と同類じゃないか。
何を上から目線で説教垂れてる。
視線に乗せられた感情を大和は完全に読み取った。
だからこそ吹き出してしまった。
「最期まで笑わせくれるな。チンピラから漫才師に昇格だ」
「っ」
ガリルは眼を血走らせる。
今この時は、恐怖よりも怒りが勝った。
しかし、だからこそ、見えてしまった。
見てはいけないものも見てしまった。
吸い込まれる。否応なしに。
大和の瞳の奥底に秘められし、心象風景に。
いや……心象風景と呼ぶにはあまりに悍ましい。
死山血河、死屍累々。地平線を埋め尽くす那由多を越える亡者の群れ。
皆一様に怨嗟の呻き声を上げて、「あるところ」に手を伸ばしている。
ドス黒い空に燦然と輝く漆黒の太陽。
その真下にある、小高い崖上の瓦解した玉座。
その上に彼は腰かていた。
真紅のマントを靡かせ、暗い笑みを浮かべている。
強力無比な呪詛や死の概念がその身を呑み込もうとしていた。
しかし、彼は嗤っていた。
そんなものかと、その程度かと。
傲慢不遜に嘯く。
如何に向けられる憎悪が強大であっても。
如何にその怨念が濃密であっても。
全て呑み込む。
当たり前だと受け入れる。
「……っっっっ」
ガリルは垣間見てしまった。大和という男の本質を。
その身、その魂に取り憑く怨霊悪霊の群れを。
耐えられるものではない。
常人であれば即発狂し、廃人と化している。
あの質量の負の念を津波のように浴びせれて尚、平静を保っていられるというのか……
人間ではない。
人の形をしたナニカだ。
またも怯え出すガリルに、大和は冷笑を向けた。
「見えちまったら手遅れだ……死期は近ぇぜ」
「!!」
死臭が漂う。
何時からか、質量を伴う濃霧が辺りを漂っていた。
桁違いの憎悪がガリルの背中に突き刺さる。
大和の心象風景を見た後でも慣れない。慣れなどしない。
第三者のを見るのと、直接向けられるのではワケが違う。
ここまでの怨念を抱いているのか、ここまでの怨念を抱かせる事をしたのか……
ガリルはパニックになっていた。
「……さぁ、主役の登場だ」
大和はガリルに巻いてる鎖分銅を解除し、手元に納める。
それをジャラジャラと弄びながら彼に聞いた。
「助かりたいなら、「ソイツ」を説得するしかねぇぜ?」
地獄の底から響いてきたかのような唸り声が聞こえてくる。
大振りの刃物のようの乱杭歯が仄かな明かりに照らし出された。
ぎっとりと涎が滴り、荒い吐息と共に障気が溢れ出る。
3メートルを超える巨体が、四足歩行でゆっくりと地面を這い歩いてきた。
ギチギチと音を立てている筋肉の束は、今も異常な発達速度で隆起を繰り返している。
赤銅色の皮膚は油でも塗ったかの様なぬめりを帯びていた。
額から生えた2本の角は、まさしく鬼──
その血走った眼がようやく仇敵を捉えた。
あぐらをかいた鼻が喜悦で歪み、口角が耳元まで裂ける。
ガリルは声にならない悲鳴を上げた。
「あぎゃァァァァっ!!!! ぎょえェ!! ひぃあ! がぁぁっ!!」
重傷の筈の身体を全力で動かす。
しかし立てない。はいずるのが精一杯だ。
間近まで迫ってきた死……
ガリルは恐怖のあまり失禁し、糞まで漏らす。
鬼はのしり、のしりと、着実にガリルに歩み寄る。
とうとう目の前までやって来た。
ガリルは仰向けに寝転ぶと、涙と鼻水、血でグチャグチャになった顔で懇願する。
「おにぇがっ!! おにぇがいじまずっ!! いのぢだげば!! たじゅげで!! 何でもずるがらッッ!!」
ガリルの必死の嘆願も鬼には通じず……まずは足を巨大な拳で叩き潰す。
聞くに耐えない悲鳴が響き渡った。
鬼の剛力によって殴られた脛からは血に濡れた骨が飛び出している。
鬼は更に両腕を、肩を、腹を、背中を叩き潰す。
一撃一撃が巨大なハンマーの一振りに等しい。潰れた手足が皮一枚で繋がっており、ガリルが路上で轢き潰された蛙のようになっていた。
殺そうと思えば何時でも殺せるのに、あえてしていない。
嬲っている。
あまりの激痛に失神するガリルだが、それは許さないとばかりに鬼は彼の脇腹に爪を立て、肉を握り潰す。
そうする事で無理矢理目覚めさせた。
ガリルは顔面蒼白どころか真っ白になっていた。
口の端から泡が吹き出ており、何か言おうとしているものの、言葉になっていない。
その間も鬼はガリルを丁寧に調理していく。
全身の骨肉を万遍なく潰し、内臓も死なない程度にねじり潰す。
ガリルは穴という穴から血を噴き出し、過呼吸になっていた。
その後、何度も何度も地面に叩き付ける。
血と共に飛び散る白い破片は歯の欠片と砕けた骨だ。
鬼の膂力だからこそなせる荒業である。
またも気絶してしまったガリルだが、まだだと言わんばかりに鬼はガリルの一物を掴み、根本ごと引き抜いた。
あまりの勢いで腹腔から腸も飛び出る。
「あぎゃぁぁぁァァァァァァァァッッ!!!!!」
悲鳴ではない、絶叫だ。
最期に目を覚ましたガリルは、何も分からないまま口に何かをねじ込まれた。
それが自分の一物だとわかった時、彼は首をねじ切られていた。
ズタズタになった切れ目に顔を寄せ、その苦悶に満ちた顔をじっくりと拝み、鬼は嗤う。
事の一部始終を見ていた大和はパンパンと、大袈裟に手を叩いた。
「お見事な復讐だ。さぞやスカッとしただろう」
鬼……否、怨嗟の鬼と化した卓矢はゆっくりと大和を見上げる。
大和は首を傾げながら聞いた。
「で、どうする? 復讐は終わっただろう。さっさと成仏したらどうだ?」
できるのなら、そうしていただろう。
しかし、柘榴の禁術は対象を容易に成仏させないよう仕組まれていた。
復讐を終えた後も憎悪に蝕まれ、暴れ続けるようにしてある。
……初めから、そういう術式を施したのだ。
卓矢から見当違いの殺意を向けられ、大和は眉を跳ね上げた。
「……なるほど、暴走か」
大和はやれやれと肩を竦め、立ち上がる。
そして眼下の鬼に告げた。
「俺は殺意を向けてきた相手には容赦しねぇ。……たとえそれが被害者であったとしても、だ」
「グゥゥ……っ!!!! ガァァァァッッ!!!!」
卓矢は大和に飛びかかる。
埒外の脚力で地面を砕き、一気に距離を詰める。
そうして勢いのまま組み付き、首を噛み千切ろうとした。
しかし、大和は抜いた大太刀を卓矢の乱杭歯にめり込ませていた。
彼は告げる。
「忠告は、したからな?」
大和の顔から笑みが消えた。