Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十話「過去と今」

 

 

 一方、裏区に近い路地裏で。

 大和は遥か遠くを見つめて鼻で笑った。

 

「あっちは終わったみてぇだな」

 

 大和は正面に向き直る。

 そして暗い笑みをこぼした。

 

「で──テメェは何時になったら死ぬ? 何時になったら成仏するんだ? いい加減にしねぇと……魂まで消し飛ばすぞ」

 

 大和の見つめる先では怨嗟の鬼──卓也が、縦半分に裂けた状態から回復していた。

 ギチギチと嫌な音を立てて肉同士が絡み合い、骨もくっつく。

 少しして内臓も元通りなった卓也は、先ほどと同様暴れ始めた。

 

 大和は鬱陶しいとばかりにそのデカい面を掴み、地面に叩き付けた。

 

 

 ◆◆

 

 

「タイムリミットだ」

 

 冷酷無残に告げて、空いてる拳にありったけの闘気を込める。

 暴走する術式? 異様な回復力? 関係ない。大和からすれば──

 有形無形関係なく一切合切滅ぼす破滅の光が輝く。

 

「……!」

 

 大和は飛び退いた。

 怨嗟の鬼は暴れながら立ち上がると、天に轟かんばかりの咆哮を上げる。

 

 それは、悲しみからくるものだった。

 

 現に怨嗟の鬼は──卓也は、目から血涙を流していた。

 既に意識はない。術式で上書きされている。

 なのに、泣いている。

 魂が泣いているのだ。

 

「……」

 

 大和は卓也の眼を見つめる。

 そして六神通の一つ、他心通(たしんつう)に勝るとも劣らない読心術で卓也の元の人柄を洗い出した。

 

「成る程……他人を殴ったことがない。それどころか殴ろうと思ったことすらない、か」

 

 卓也の性質を理解した大和は、次に鬱陶しげに卓也の後ろを見つめる。

 彼には「あるもの」が見えていた。

 

「…………ハァァ」

 

 大和は大きな、大きなため息を吐くと、卓也を睨みつける。

 

「ラストチャンスだからな」

 

 そう言って、飛びかかってきた卓也の首を大太刀で斬り飛ばした。

 

 

 ◆◆

 

 

 切断面からビュービューと濁った血が噴き出る。

 しかし間を置かずに沸騰でもしているかのように切断面が泡立った。

 回復しているのだ。卓也の意思とは関係なく──

 

 大和は卓也の、筋肉で岩のように隆起した肩を掴む。

 そして言った。

 

「後ろで女が待ってるぞ。そんなんもわからねぇのか」

 

 卓也の動きが止まる。

 回復していた首の断面は恐ろしいほど静かになっていた。

 卓也はゆっくりと背後に向くと、ヨロヨロと、おぼつかない足取りで歩き始める。

 両手を伸ばして、まるで何かを探しているようだった。

 

(瑠美は……瑠美は何処に行ったんだ? こんなに暗くて寒い夜に、一人ぼっちにさせられない……瑠美、瑠美……)

 

『たっ君!! たっ君っ!!』

 

 深く寒い暗闇が晴れたかと思えば、瑠美が涙目で抱きついてきた。

 卓也は朦朧とした意識の中でも彼女の温もりを感じ、安心して抱きしめる。

 

(よかった……瑠美……そうだ、瑠美は大丈夫? あんなに暗くて寒かったのに……)

『大丈夫、大丈夫だよたっ君……っ。もう、大丈夫だからっっ』

 

 瑠美は何故か、ボロボロになるまで泣いていた。

 心配で慌てだす卓也を、彼女は引っ張っていく。

 

『いこう、たっ君っ。あっちの、温かくて明るい場所へ』

(あ、ああ……いや、でも僕は……何か、大切なことを……)

『いいの、たっ君……っ。これ以上は、もういいの。だから、一緒にいこ……?』

 

『…………うん、わかった。瑠美が、そう言うなら』

 

 もう、暗いのも寒いのも懲り懲りだ。

 何か大切なことを忘れている気がする。

 だが、瑠美が傍にいてくれるならどうでもいい。

 

 そう思い始めた卓也を抱きながら、瑠美は温かく明るい場所へ彼を導いていった。

 

 彼女は最後に、褐色肌の美丈夫──大和に深く頭を下げる。

 大和は背を向けると、雑に手を振るった。

 さっさと行けと、言っているようだった。

 

 卓也だった肉体が崩壊をはじめる。

 魂を無くした器は崩壊するのが道理だ。

 

 大和はふと、遥か遠くにある高層ビルの屋上を睨みつける。

 そこには和ゴスを着た可憐で邪悪な美少女が立っていた。

 

「本来ならぶち殺してやるところだが……テメェを殺すのは俺じゃねぇ。鬼狩りの奴らだ」

 

 だから、失せろと中指を立てる。

 美少女──柘榴は顔を真っ赤にすると、舌を出して左手指で輪を作り、右手の人差し指を入れた。

 性交を意味するジェスチャーだ。

 

 すっかり発情している彼女から視線を外した大和は、既に崩れ落ちた卓也だったものを見下ろし、そして天を見上げる。

 

「……」

 

 聖者なら念仏の一つでも唱えるところだが──大和は何も言わない。

 そのまま真紅のマントを靡かせ去っていった。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 三日後、魔界都市は何時も通りの様相を呈していた。

 七色のネオンが不気味に煌めき、分厚い曇天を照らし出している。

 天に届かんばかりの高層ビル群は先の一戦で軒並み倒壊した筈だが、ここは邪神の王を慰める闇の揺り籠──あの程度のことは無かったことにされる。

 そも、魔界都市の有力者たちが更地になった魔界都市など許しはしない。

 その有り余る力をもってして元通りにしてしまう。

 三日もあれば十分だった。

 

 最も、死者ばかりはどうにもならないが──

 今回の死者は軽く十万名を超えた。

 規模的には決して小さくない。現に中央区にある巨大な立体ホログラムに写し出された宇宙人のニュースキャスターが事件の詳細を語っている。

 

 大衆酒場ゲートにて。

 西部開拓時代を彷彿とさせる店内は、今日もあらゆる種族の客人でいっぱいになっていた。

 

 特等席であるカウンター席では褐色肌の美丈夫が寛いでいた。

 エルフやダークエルフ、サキュバスや雪女、獣人や竜人の美女を侍らせ、美味そうに酒を飲んでいる。

 

 彼──大和はすり寄ってくる女たちを可愛がりながら、店主──ネメアに話しかけた。

 

「アイツらにとっては危なかったな」

「ああ、話は聞いてる。鬼狩りの成れの果て……厄介だな」

 

 腕を組んで唸るネメアに、大和は鼻で笑う。

 

「まぁ、死ななかっただけよかったんじゃねぇの?」

「それはそうだが……これから先のことを考えると、どうもな」

 

 鬼狩りの成れの果て──魔縁の姫、柘榴は野ばらと死音にとって宿敵となるだろう。

 直接にしろ、そうでないにしろ、相対する機会は多くなる筈だ。

 

 彼女たちの身を案じているネメアに、大和は言う。

 

「もし本当に心配なら、お前が助ければいい。……だが、アイツらはそれを望むかな?」

「……」

「野暮ってもんだぜ、ネメア。アイツらはそーゆー人種だ。割り切れよ」

 

 大和の、冷たいながらも核心をついている言葉に、ネメアはため息を吐いた。

 

「……そうだな。従業員のプライベートにまで口を出すのは野暮かもしれない」

「そうさ。死んだら天に向かって祈ってやればいい。それで十分だ」

「……まったくどうして、厄介な子たちを雇ったものだ」

「そう言いながら解雇しない辺り、お前も大概だな」

「一度雇ったら最後まで面倒を見る。……例外を除いて、だけどな」

 

 ネメアは大和の前に好物であるブラックラムとチョコレートの盛り合わせを置く。

 大和はサンキューと軽く告げると、チョコを数個口に放り込んだ。

 キスをねだってきた竜人の娘がいたので、桃色の唇を撫でて、貪ろうとする。

 

 すると、背後に和服をアレンジした給仕服を着た美少女が現れた。

 艶のある黒髪のサイドテールが揺れる。

 大和は竜人の娘の額にキスだけ被せて、彼女に振り向いた。

 

「話をしてれば、だ。よう、チンチクリン」

「……相変わらず、女にだらしない男」

「今更だな。相方はどうした?」

「中央区の総合病院に入院してるわ。もっとも、明日には退院するでしょうけど」

「テメェらは超越者の癖に脆すぎる。修行不足だ」

 

 厳しい言葉に、野ばらは何も言えない。

 しかし気になっていることがあるので聞いた。

 

「怨嗟の鬼はどうしたの?」

「勝手に成仏した。叩っ斬ってるうちにな」

「……」

 

 野ばらは目を閉じる。

 ひとまず安心したのだろう。

 そんな彼女に大和は言った。

 

「神通力に目覚めたみたいだな」

「……ええ」

「六神通は今のテメェには余る力だ。普段は封印しとけよ」

「言われなくても」

 

 野ばらは冷たく言うと、次にまじまじと大和を見つめる。

 大和はあえて灰色の三白眼を細めた。

 

「過去の俺と会ったな?」

「!」

「天狗の小僧が阿頼耶識(あらやしき)に接続した。つまりそういうことだ」

「……」

 

 黙る野ばらに、大和は告げる。

 ハッキリと。

 

「過去の俺と今の俺は全くの別もんだ……会ったんならわかるだろう? チンチクリン」

「……ええ、私が改めてお礼を言いたいのは「貴方」じゃない。それがわかったわ」

「そうか。……ま、自惚れずに鍛錬はしておけよ。でないとアッサリ死んじまうからな」

「言われなくても」

 

 野ばらそのまま去っていく。

 彼女は思った。

 

 古の英雄は、誇り高い獣は、今はもういない。

 だったらまた会いに行けばいい。

 改めてお礼を言いたいから。もっと話を聞かせて欲しいから。

 

 今の、人の姿形をした畜生から聞くことなど何もない。

 

 去っていく野ばらの背を見て、大和は鼻で笑った。

 

「……それでいい」

 

 その呟きは、誰にも聞き取れないほど小さなものだった。

 

 

《完》

 

 





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