villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「大和の過去」

 

 

 奇しくも、二人の衣装は色合いが似ていた。

 これは偶然ではなく、大和が合わせていた。

 あの日の怒りを、悲しみを、そして決意を、忘れないために。

 

「…………」

 

 大和は目を閉じ、脳をフル回転させる。

 そして今、現場で何が起こっているのかを、冷静に、淡々と導き出した。

 

「空間震……あの時起こってたのか、気付かなかった」

 

 大和は呟くと、両手で胸を押さえている瑠璃を見つめる。

 困惑で瞳を濡らしている彼女に、事実だけを伝えた。

 

「瑠璃、お前は空間震に巻き込まれて時代をトんできた。今いるのは、数億年後の未来だ」

「数、億……年? 何を言っているんですか大和様……? 数億年もの歳月を、人間が生きられるワケ……」

「ッ」

 

 大和は灰色の三白眼を歪めると、彼女に背を向ける。

 そして告げた。

 

「付いてきてくれ。安全な場所がある。まずはそこに行こう」

「ま、待ってください! 大和、様……なのですよね?」

「……」

「そのお姿は……。いいえ、それよりも、その身から溢れ出る邪気は、一体……」

「俺から話すことは何も無い」

 

 そう吐き捨て、歩き始める。

 そんな大和の背に瑠璃は手を伸ばした。

 

「大和様っ! お願いです! 話を!」

「瑠璃ねぇ」

「……ッ」

 

 その呼び方は、大和しか使わない。

 瑠璃は思わず息を呑んだ。

 

「ごめん、話したくないんだ」

「……大和坊っちゃん……っ」

「……付いてきてくれ」

 

 真紅のマントを靡かせるその背中に、今はただ、付いていくしかなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ウェスタンドアを開けてゲートの中に入った大和。

 彼が放つ気と、何より表情を見て、客人たちは思わず息を呑む。

 シンと、店内が一瞬で静まり返った。

 

 歩けば勝手に道ができあがる。客人たちは無言で、冷や汗をかきながら道をあける。

 

 何事だと、店主であるネメアが新聞から目を離すと、そこには見たこともない表情をしている大和がいた。

 思わず立ち上がる。

 

「どうした大和、何があった」

 

 純粋に心配してくれる親友に対して、何時もならヘラヘラ笑って言葉を返すところだろう。

 が──今回は違った。

 

 カウンター席までやってきた大和は、表情をそのままにネメアに言う。

 

「頼む、ネメア……高天原(たかまがはら)に、三貴子(さんきし)に連絡を取ってくれ。おそらく、もうあそこしかコイツを庇えねぇ」

「大和、落ち着け。何があった。説明してくれ」

「……ああ、そうだな」

 

 自分が動揺していることに気付いた大和は頭を押さえる。

 ネメアは心底驚いていた。

 彼がこんなに動揺している姿など、見たことがなかったからだ。

 

 大和は後ろで、悲しそうに俯いている少女を親指で指す。

 

「空間震に巻き込まれて現れたのが、俺が子供の頃に世話になった教育係だった。死んだと思っていたが……空間震に巻き込まれただけで生きていたらしい」

「……ッ」

 

 ネメアは金色の眼を歪める。

 察しのいい彼は、全てを理解してしまった。

 

「……わかった。高天原の三貴子と連絡を取る。二時間後には店を空けて、関係者以外入れないようにする」

「……すまねぇ、その分の売り上げは必ず払う」

「気にするな。俺が勝手にすることだ。……しかし、この店がどうこう以前に、三貴子が魔界都市に入って来られるとは思えない。影響が大き過ぎる。……代わりに来れる者はいないか? できれば、後ろの彼女と知り合いのほうがいいだろう」

「そうだな……」

 

 三貴子(さんきし)

 日本神話の天上世界、高天原(たかまがはら)を統べる三柱の神。八百万の神々の中で最も尊き存在である。

 

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)

 月読命(つくよみのみこと)

 須佐之男命(すさのおのみこと)

 

 彼ら兄弟とその勢力は神話勢力の中で唯一、今も大和と友好関係を築いている。

 また神話の時代では東側の神話勢力の代表を務めていた。

 東側出身の大和とは切っても切れない間柄だ。

 

 大和は、この緊急事態に彼らを頼った。

 

 しかし、三貴子は一神話のトップ、最高神たちだ。

 直接魔界都市に赴くことはできない。

 表世界も含めて、影響が大き過ぎる。

 

 大和は考えた。

 

「なら……そうだ、雲水(うんすい)さんを呼ぼう。あの人は俺に武術の基礎を教えてくれた人だ。瑠璃とも顔見知りだし、適任だろう」

「雲水殿か……実力的にも申し分ない。なら後ろの──瑠璃、という女性は」

「ああ、雲水さんに連れて行ってもらう。ここは……コイツにとって毒過ぎる」

 

 そう言う大和は、瑠璃と視線を合わせない。

 合わせようとしていないことに気づいている瑠璃は、ただただ悲しそうに目を伏せていた。

 

 彼女は、現状を把握しきれていなかった。

 気付いた時には数億年後の世界にいて、やっと会えた大切な存在は変わり果てていて……

 もう、何が何だかわからないでいた。

 

 三貴子の話も、雲水の話も、右から左に通り抜けていくだけ──

 

 ネメアは大和と相談を再開する。

 

「と言っても、数時間はかかるだろう。……やはりこの店で待機するのが一番か」

「ああ。迷惑をかけるが、そうさせてくれ」

「しかし、その間……」

 

 彼女との距離感をどうするつもりだ? 

 その言葉を、ネメアは飲み込んだ。

 

 彼は彼なりに考えて、大和に提案する。

 

「北区の無月殿は、確かお前の教育係だったよな? その子との関係性はどうなんだ? なんなら会って話してみても」

「いや、アイツは……おそらくアイツは」

 

 大和は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 彼が次の言葉を発する前に瑠璃が反応した。

 

「無月様が!? 無月様も、この場所にいらっしゃるのですか!?」

「あ、ああ……」

 

 食い気味な彼女に、ネメアは相槌を打つことしかできない。

 瑠璃は興奮した……いいや、怒った様子で言った。

 

「会わせてください! あの人なら……絶対に何か知っている筈です! ……お願いです! あの人に会わせてください!」

 

 深く頭を下げる瑠璃。対して大和はガシガシと苛立ちげに頭をかく。

 彼は言った。

 

「無月は、俺の教育係である以前にコイツの師匠だったんだ」

「…………すまん、俺としたことが」

「謝るな、お前は悪くねぇ。……遅かれ早かれこうなっていたさ」

 

 大和はスマホを取り出し、無月と連絡を取る。

 本来なら話すのも嫌な相手だが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 要件を伝えると、一時間後、少しなら時間を取れるとのことだった。

 

 大和は瑠璃を連れて、ゆっくりと北区に向かうことにした。

 

 

 ◆◆

 

 

「……」

「……っ」

 

 互いに会話がない。

 瑠璃は何度か切り出そうとしているが、大和の背中を見て言葉を飲み込む。

 

 無言のまま、中央区から北区まで向かっていく。

 大和は瑠璃に「俺から五歩以上離れるな」と強く告げ、瑠璃はそれを守っていた。

 

 近い、しかし遠い背中を見つめて、瑠璃は悲しみで目を細める。

 

(どうして、何も教えてくれないんですか……? 私には、話せないことがあったのですか?)

 

 瑠璃の問いは、胸に落ちて露のように消えていく。

 

(無月様なら知っているかもしれない……私がいない間に何が起こったのかを。どうして大和様が、こんな姿になってしまっているのかを……)

 

 今や見る影も無い。

 あんなにも清々しくて、眩しかった背中が……

 憎悪と殺意で満ち溢れ、穢れている。

 まるでこの世の悪を一身で体現しているかのような、規格外の負のオーラ。

 周りにいる住民たちが小動物に見えてしまう。

 妖魔も、本物の鬼すらも、ここまでの魔気は放たない。

 

 瑠璃は思い出すように感傷に浸る。

 それは、つい最近の出来事だった。

 

 大和は、当時から規格外という言葉がそのまま擬人化したような男だった。

 

 産まれた時から歯が生え揃っており、乳母の母乳を全員吸い尽くしたかと思えば、勝手に歩いて肉を喰らい大笑い。

 

 1歳になる頃には字の読み書きができ、詩人たちを驚かせる詩をいくつも考え書くものの、山を持ち上げるは海を割るはのあまりの暴れっぷりに手がつけられず、親である両陛下は育児放棄。

 

 3歳になる頃には王国で悪事を働いていた者を、皇室の関係者関係なく全員懲らしめて晒し上げにし、報復として致死の呪いをかけられるが笑って呑み込み呪詛師ごと海の彼方まで投げ飛ばす。ついでに良い島を見つけたので泳いで引っ張ってくる。

 

 5歳になれば女であれば全員見惚れる美男子となり、しかし気性の荒さは抜けきれず、王国で懲らしめる相手がいなくなったので外まで赴き悪行を働く妖魔や鬼を退治し、果てには伊吹山を根城にしていた神仏たちも畏れる鬼神たちを全員素手で殴り倒し、八百万の神々を驚かせる。

 

 8歳になる頃には王国の外に自治区を作り、妖魔村と名付け、非力ながらも善意があったり向上心がある妖怪や魔物を集め、物書きや生きるための術を教える。瞬く間に無法地帯から魔の楽園へと変わった妖魔村を恐れて王国から軍を差し向けられるも、腕の一薙ぎで吹き飛ばし、ついでに攻めてきた伊邪那岐(いざなぎ)率いる高天原の神霊軍団も叩き潰し、正式に自治区であることを人神両方に認めさせる。同時に王国を攻めてきた外宇宙の侵略者、ドラゴンである八岐之大蛇を激戦の末退け、護国の英雄となる。

 

 他にも挙げていけばキリがない。奴隷制度が気に入らないからと奴隷たちを無断で一斉開放して耕す土地と人権を与えるは、干魃で干上がった村を救うために大河に山を何個も落としていくつもの小川を形成するは、喧嘩両成敗と仙界を物理的に叩き割って崑崙山と金鰲島に分けるは、母に会いたいと泣き喚く当時子供だった三貴子の須佐之男のために黄泉国と地上との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)を塞ぐ岩を持ち上げ、会いに行かせた後、また岩で塞いで何事も無かった風を装うは……

 

 それはもう、超が何万個も付く問題児だった。

 人間どころか鬼も神も畏れる出鱈目っぷり……だが、畏れられているのと同じくらい、無辜の民やまつろわぬ者たち、そして異種族から英雄視されていた。

 

 理不尽を理不尽で吹き飛ばす天衣無縫な風神──

 

 それが、当時の大和だった。

 

 王国にある離宮の廊下にて。

 当時の瑠璃は頭を抱えていた。

 

「またですか……またやったのですが、大和坊っちゃん……!」

 

 今度は海を泳いで渡り、山脈を抜け空を跳び、他の神話勢力が治める地帯に不法侵入。丁度そこで劣勢に陥っていた神々の軍勢に加わり、七面八臂の大活躍。魔神とその軍勢の封印の立役者となるが、その地帯の理不尽な奴隷制度が気に食わず、「報酬で全員貰う」と山に全員登らせてそのまま持ち上げ帰還。

 現在、貴重な働き手を失ったその地帯の神々が即刻奴隷を返すよう王国「出雲」と八百万の神々に訴えかけているが、当の大和は「帰りたい奴は返すが、帰りたがらない奴は返さねぇ。そもそもお前らが働けばいいだろ」と喧嘩腰で、一触触発の雰囲気となっている。

 

 今は現皇帝の結婚記念日と大和の誕生日が重なっている神聖な日が近付いてきているため、互いに不可侵条約を結んでいる。

 

 だからいいものを……

 

「おーう! 瑠璃ねぇ! 元気してたかー?」

 

 頭を痛めていれば、だ。

 本人が登場する。

 

 適度な長さでオールバックにされた艶のある黒髪。健康的な褐色肌。灰色の三白眼。サメのようなギザ歯。そして何より、未だ十歳でありながら異郷の女神すら虜にしてしまう神域の美貌──

 

 目鼻顔立ちがハッキリと、かつスッキリとしていて男らしい。

 しかし未だ幼さは抜けず、絶世の美男子といったところ。

 身長は170センチを超えており、瑠璃どころか並の大人より大きい。体付きは筋肉質ながら細身で、最低限の筋肉だけ付けている。

 服装は王族が着るような豪華絢爛な着物を派手に着崩し、帯で締めているだけ。

 胸元や腹、生脚が丸見えなので、異性にとっては目に毒だった。

 

 瑠璃は怒りで顔を真っ赤にして震える。

 

「やーまーとーぼっちゃーんー!?」

「怒ってんのか? あ! さては寂しかったんだな! ほら! ギュー!」

 

 瑠璃は簡単に抱きしめられる。

 力強い肉体と仄かに香る爽やかな男の匂いに瑠璃は別の意味で顔を真っ赤にした。

 

「私は怒ってるんですよ!? はぐらかさないでください!!」

「そうなのか?」

 

 こてんと首を傾げられ、瑠璃はウッと呻く。

 この無邪気な顔を見ていると怒りが霧散してしまう。

 大和はそんな彼女の心境を知らずにキャッキャと騒ぎはじめた。

 

「それより! 新しい民達が増えたぞ! 妖魔村から離れたところに街をつくるつもりだ! 無月のばー様には言語統一の呪術と地脈の浄化をお願いしにきてな! そしたら瑠璃ねぇがいたってワケだ!」

「無月様はともかく、私はそれに関して一言ですね……!」

「でも、アイツらは助けを求めてたぞ? そういう奴らは助けてあげてって言ったのは瑠璃ねぇだぞ?」

「うっ……」

 

 またしても何も言えなくなる。

 大和はしかし、悪戯っぽく笑った。

 

「じょーだん! 瑠璃ねぇに言われなくても俺はやってた!」

「……大和坊っちゃん」

「ほら! 偉いだろー! 褒めろー♪ 頭を撫でるのだー♪」

 

 大和は屈んで頭を差し出す。

 見えない尻尾がお尻辺りでブンブン振られていた。

 まるで大型犬……

 

 彼は規格外の問題児だが、その実、誰かのためにしか力を振るわなかった。

 決まって助けるのは弱き者や無辜の民であり、助けた後も放ったらかしにしない。

 責任を持って自分の民として迎え入れる。

 また、悪さをすれば容赦なく罰する。

 なまじ才能があるので、内政面でも無敵を誇っていた。

 本人の気質故か、人材登用に余念がなく、最近は妖魔村で頭角を現す者が続出している。

 本人は今後のため、内政の深奥を記した巻物を作成中だとか……

 

 天は一体、どれだけの才能を彼に与えたのか──

 まさしく風雲児。

 瑠璃は大きなため息を吐くと、その頭を優しく撫でる。

 

「♪」

 

 大和は気持ちよさそうに身を捩らせた。

 それがまた可愛らしくて……怒りなどとっくのとうに無くなっていた。

 

「あと、大和坊っちゃん……その、ですね」

「なんだ!」

「やっ、顔近いですっ」

「嫌か?」

「あっ、そうじゃなくて……むしろ嬉しいというか、緊張するというか」

「??」

 

 頭の上にハテナマークを浮かべる大和。瑠璃は顔を真っ赤にして一度咳払いすると、提案した。

 

「そろそろ大和坊っちゃんもお年頃……その、瑠璃ねぇという呼び方はやめて、私のことは気軽に瑠璃と……」

「じゃあ坊っちゃん呼びをやめろ!」

「え?」

 

 驚く瑠璃に、大和は頬を膨らませる。

 

「坊っちゃんって付けるの、無月のばー様と一緒だ! なんか違う! 瑠璃ねぇには気軽に「大和」って呼んでほしい!」

「それは……不敬過ぎるといいますか……」

「なら様だけ付けろ! それだけでいい!」

「なら……えっと、大和様?」

「ん! どうした瑠璃!」

「はぅ……っ」

 

 駄目だ、どうにかなってしまう……

 瑠璃は胸を押さえて想いを抑えた。

 

 彼は自分と同じくらいの年齢に見えるが、まだ十歳。

 そも、生まれも育ちも全く違う。

 だから、抑えるしかない。

 

 瑠璃は頭を振って自分に言い聞かせる。

 すると、何時の間にか大和は瑠璃から離れ手を振っていた。

 

「それじゃあ、俺は無月のばー様にお願いしてくるから! またな!」

「あっ、お待ち下さい坊っちゃん! ……じゃなかった、大和様!」

「なんだ?」

 

 首を傾げる大和に、瑠璃は嬉しそうに笑いながら言う。

 

「明日は皇帝、皇后両陛下の結婚記念日であると同時に大和様の誕生日でもあります。十年ぶりの記念祭ということで、大きな宴が催されるとか……」

「……」

「だから、明日は王宮にいらしてくださいね? 私も招待されています。……ふふっ、明日は貴方様が主役なのですから、くれぐれも遅刻しないでくださいよ?」

「……ん! わかった!」

 

 笑顔を浮かべて去っていく大和の背に、瑠璃は小さく手を振った。

 

 彼女はまだ知らなかった。

 明日は大和の誕生祭ではなく、十周年の結婚記念日だということを。

 瑠璃は招待されていても、大和は招待されていないということを──

 

 


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