Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「英雄誕生」

 

 

 瑠璃は無月を見上げる。

 そして胸に手を当てて叫んだ。

 

「教えてください無月様!! 大和様は、何故あんな風になってしまったのですか!? あんなにも輝いていたのが、まるで深い闇の中に落ちてしまったよう。……答えてください無月様!! 貴女は」

「おい」

 

 瑠璃の言葉を遮ったのは、可憐ながらドスの利いた声だった。

 無月から見て右側にいる従者……彼女は殺気を放ちながら瑠璃に言う。

 

「アンタ、何様のつもり? 無月様が貴重な時間を割いて下さっているというのに、ベラベラとまくしたてて……」

 

 初対面の男なら見ただけで前屈みになってしまうレベルの美少女だった。ありとあらゆる美女美少女が集うデスシティでも、頭一つ抜けている。

 

 容姿的年齢は十代半ばほど。あどけなさと凛々しさを併せ持った顔立ち。濡羽色の長髪は丁寧に団子に結われており、瞳は綺麗な黒真珠色。鼻梁は高過ぎず低過ぎず、絶妙なラインを描いている。唇はみずみずしい薄桃色。胸はメロンのように大きく、腰はくびれ、尻は形のいい安産型。

 服装は青を基調としたチャイナドレス。戦闘用にカスタマイズされており、見た目以上に動きやすいだろう。美も意識しているのか、露出が多い。

 

 彼女の名は(りん)

 二つ名は「最強の矛」。北区が誇る最高戦力「矛盾コンビ」の片割れであり、無月専属の従者だ。

 ありとあらゆる「攻め」の概念を性質として保有しており、体術、剣術、槍術、暗殺術、魔導、権能、異能、その他全ての「攻め」を極めている。それは各分野の専門家を打ち負かすほどであり、ランクはEXを誇る。正真正銘のバケモノだ。

 

 彼女は瑠璃のことをよく思っていなかった。

 主である無月に対する態度もそうだが、何より……

 

「その真紅のマントは、あの方のトレードマーク……アンタ、大和様の何なのさ」

 

 凛は大和に懸想していた。

 心の底から敬愛している。

 だからこそ、気に食わない。

 どこの馬の骨とも知れない輩が大和のトレードマークを持っていることが──

 彼がソレを渡したということは、「誰もこの女を傷付けるな」と言っているようなものだ。

 

 瑠璃に怪訝な眼差しを向ける凛を、反対側にいる従者が諌める。

 

「やめなさい、凛。仕事中に私情を挟むのはよくないわ」

「けど、(あおい)……!」

 

 葵と呼ばれた美少女。無月から見て左側にいる従者だ。

 凛に勝るとも劣らない美少女である。

 容姿的年齢は十代半ばほど。腰まである濡羽色の髪はストレートヘアーで、瞳の色は綺麗な琥珀色。ツリ目気味で、纏う雰囲気は冷たい。服装は白の着物に黒の袴。サラシをキツく巻いているのでわかりにくいが、凛と同じくらいの抜群のスタイルを誇っている。

 

 葵。

 矛盾コンビの片割れ。通称「無敵の盾」。防御という概念そのものであり、守りに関する全てを極めている。武術魔導は勿論、異能権能に至るまで。防御力のみならネメアをも上回る、まさしく守りの申し子だ。

 

 彼女の言葉を無月は肯定する。

 

「葵の言う通りだよ、凛。話が進まないから大人しくしてな」

「……わかりました」

 

 渋々といった様子で殺気をおさめる凛。

 無月は二人に説明する。

 

「この娘は瑠璃。大和坊っちゃんの幼少期の世話係だよ」

「「!」」

 

 凛と葵は驚くと、次にマジマジと瑠璃を見つめる。

 瑠璃はしかし、無月を睨みつけていた。

 他者の見る目よりも、彼女に聞きたいことが山ほどある……

 

 無月はやれやれと目を細めた。

 彼女には瑠璃の心境が手に取るようにわかっていた。

 

「大和坊っちゃんに何が起こったのか……一から説明してたらキリがないよ。アンタ、数億年間の出来事を私に話せって言うのかい?」

「そうは言ってません。私は、どうして大和様がああなってしまったのかを教えて欲しいんです」

 

 瑠璃から確固たる決意のこもった眼差しを向けられるも、無月は鬱陶しそうに流した。

 

「教えてやる義理はないねぇ」

「無月様!」

「小娘が、ピーピー喚くんじゃないよ。……全く、とんだ厄介事だ。過去話なんて一銭にもなりゃあしない。私は忙しいんだ。とっとと帰りな」

「帰りません! 何があったのか教えていただかない限り、決してここから離れません!」

「ハァ。……まぁでも、そうだねぇ。アンタには知る権利があるかもしれない」

「!」

 

 嬉しそうな顔をする瑠璃に、無月はその太く長い人さし指を向ける。

 そして女とは思えない醜悪な面で笑った。

 

「自分がいなくなった直後の出来事くらいは、ねぇ? ……お前の不甲斐なさで起こった事故だ。見せてあげるよ」

 

 無月は瑠璃の脳内に直接流し込む。

 それはあの日、大和が瑠璃を失った前後の話だった。

 

 

 ◆◆

 

 

「チィィ……ッッ」

 

 大和は牛鬼の猛攻を凌ぎながら、自身の肉体を蝕む呪詛に舌打ちする。

 生物──否、人類に対する特攻を秘めている。いくら霊力を体内に巡らせても治らない。肉を、骨を、魂を蝕んでいく。とんでもない呪詛だ。

 

「大和様!! 私の事はいいから、早くお逃げください!!」

「馬鹿言うな!! そんなことができるか!!」

 

 大和は後ろで庇っている瑠璃に叫ぶ。

 瑠璃もまた右足に牛鬼の呪詛を浴びていた。

 大和よりも脆い彼女にとって致命傷に等しい。

 

 数時間前、大和は新しくできた街を襲おうとしている怪異を討伐しに向かおうとした。

 一人で行こうとしたが、瑠璃が「付いていく」と言って聞かなかったため、仕方なく同伴を許した。

 

 もしも危険なようであれば、瑠璃には転移術式で逃げてもらえばいい。

 そんな風に考えていた。

 

 しかし、それは浅はかだった。

 牛鬼は狡猾で機転が利き、人間を餌としか思っていないが、狩る時には一切油断しなかった。

 

 牛鬼は大和を確認した瞬間正面から勝てないことを悟ると、一旦姿を消した。

 そして未熟な瑠璃に狙いを定める。

 

 じっくりと観察して、二人の会話も聞きながら、牛鬼はある策を思いついた。

 

 幼子に化けたのだ。

 近くに街があることを知った牛鬼は、迷子の子供を演じた。

「お母さん」「ここはどこ」と泣き喚いていると、瑠璃が心配そうに近寄ってくる。大和は途中で気付いたが、既に遅かった。

 それほど牛鬼の擬態は完璧だった。

 

 瑠璃を庇った大和は全身に呪詛を浴び、瑠璃もまた右足に呪詛を浴びた。

 

 牛鬼からすれば思わぬ収穫だった。

 まずは一人と思っていたら、二人とも食い殺せるチャンスが巡ってきた。

 

 牛鬼。

 頭は鬼で首から下は蜘蛛の胴体を持つ、全長三十メートルを超える怪異。

 当時の鬼の本拠地「鬼ヶ島」でも異端扱いされていた化け物であり、人間を好んで喰らい、憎み、対人間に特化した存在。現代のランクでいえばSSはあろう、人間殺しの怪物である。

 

「ぐぅ……ッッ」

「あ……ッ!!」

 

 大和は全身を、瑠璃は右足を蝕む呪詛に、それぞれ苦悶の声を上げる。

 牛鬼の口から漏れ出す呪詛──本来なら近くにいるだけで病気にかかり酷い熱を出す代物だ。

 直に浴びた二人は、それぞれ大きなダメージを負っていた。

 

「…………」

 

 大和は考える。

 全身を駆け巡る激痛を無視して、脳をフル回転させる。

 そして、ある答えを導き出した。

 

「瑠璃、今ならまだ転移術式を編めるな?」

「はい……ッ、ですが一人までのが限界で、二人はッ」

「それでいい」

「……え?」

 

 大和は手に持つ大太刀を構える。

 

「お前は宮廷に転移しろ。そして無月のばー様か雲水さんを呼んでくれ。俺はその間に、コイツをできるだけ遠くに追いやる」

「ですが……ッ、それだと大和様は!」

「俺のことはいい。俺は、お前や民が犠牲になるほうがよっぽど嫌なんだ」

 

 大和が本気で戦えない理由は、瑠璃を庇っているというのもあるが、近くに新しい街があるというもあった。

 だから遠ざける。できるだけ遠くに。

 そして被害が出ない状況まで持ち込み、戦う。

 

 瑠璃は大和の考えを読み取った。

 だからこそ、首を横に振るう。

 

「嫌です……ッ、それだと大和様は! 貴方様の命はッ!」

「……まぁ、この状態だ。よくて相討ちだろう」

 

 大和は瑠璃に振り返り、笑う。

 儚い笑みだった。

 

「でも、いいんだ。死ぬにはいい日だ」

「……わかり、ましたッ」

 

 瑠璃は転移術式を編み始める。

 大和は牛鬼に向き直ると、呼吸を整えた。

 狡猾な牛鬼は一切油断していない。

 むしろ今の会話を聞いて口の端を歪めながら力を溜めている。

 

 大和は死んでもコイツだけは殺すと決意した。

 

 そんな大和の足元に転移陣が浮かぶ。

 光に包まれた大和は、思わず瑠璃に振り返った。

 

「瑠璃、何をして……」

 

 瑠璃の顔を見て、大和は絶句した。

 瑠璃は、涙をこらえながら微笑んでいた。

 

「ごめんなさい、大和様……足を引っ張ってしまって」

「今すぐ解除しろ!! お前が残ったところで何も……!!」

「大和様を守れます。……私は、世話係としての責務を全うします」

「やめろ!! 瑠璃!!」

 

 

「さようなら、大和様……。……愛していますっ」

 

 

 慌てて抜け出そうとした大和だが、虚しく転移陣が起動する。

 瑠璃は溢れ出た涙を拭うと、ヨロヨロと立ち上がった。

 最早死にかけている右足を引っ張りながら、牛鬼に歩み寄る。

 

「私が相手です……。大和様も、新しい街も、私が守ってみせる……っ」

『…………■■■■、■■■■』

 

 妖魔の言葉はわからないが、少なくとも馬鹿にされていることはわかった。

 瑠璃は懐からありったけの呪符を取り出すと、今できる最大の攻撃を牛鬼に浴びせようとした。

 

 一方その頃、宮廷前に転移してきた大和は心底狼狽えた様子で叫んだ。

 

「ウワァァァァッッ!!!! 瑠璃ィィィィッッ!!!!」

 

 無月や雲水に声をかける余裕などない。

 一直線に王国の外まで跳んでいく。

 何事だと慌て出す宮廷内や王国内だが、既に遅かった。

 大和は呪詛で悲鳴を上げる肉体を無視して、一心不乱に駆けていく。

 

 一分もしない内に現場に辿り着いた。

 そこに居たのは、牛鬼だけだった。

 

 長く鋭く、そして大きな犬歯に、首飾りが巻き付いている。

 

 それは、大和が先日瑠璃に渡した首飾りだった。

 初めて人に好意を示した証だった。

 

『■■■■、■■■■■■……ッ』

 

 牛鬼は何故か驚いていたが、大和を見つけるや否や喜悦で顔面を歪ませる。

 

 大和の中でブツンと、何かが切れた。

 

『ッ!?』

 

 牛鬼の背中が斬られた。

 大和が視界から消えた瞬間だったので、牛鬼は目を丸める。

 

『ッッ!!』

 

 次に両足を纏めて斬り飛ばされる。牛鬼は転びながらも全身から人類殺しの呪詛を噴き出した。

 呪詛を掻き分けて動くナニカ……それは人の形をしたバケモノだった。

 

『■■■■!! ■■■■!? ■■ッッ!!』

 

 牛鬼の全身が斬り刻まれていく。

 再生しても、その再生力を上回る速度で斬られていく。

 たまらなくなった牛鬼はとにかく暴れるが、動く手足が、顔が、牙が両断される。

 

 牛鬼はワケがわからないままもがき苦しみ、最後はその太い首を叩き落された。

 ビュービューと穢らわしい血を噴き出し、首を無くした胴体は痙攣して横たわる。

 地面に転がったデカい顔に大太刀が叩き付けられた。

 

『■■ッッ、■■■■ッッ!!』

 

 怯えた様子で叫ぶ牛鬼。

 その眼に映っていたのは、人の姿形をした黒い鬼だった。

 

 顔面を縦に両断され、牛鬼は息絶える。

 血の雨が降り注ぎ、しばらくしても、大和は立ち尽くしていた。

 身体を蝕んでいた呪詛が消えたのも気にせず、瑠璃に渡していた首飾りを手に取る。

 そして静かに、涙を流した。

 

「瑠璃……ッッ」

 

 この日を境に、大和は変わってしまった。

 

 

 ◆◆

 

 

「…………」

 

 当時の記録を物語として見せられた瑠璃は、ただただ悲しそうに目を伏せていた。

 彼女は自身の無力を、無知を呪っていた。

 

 自分にもっと力があれば、大和の足を引っ張らなかった。

 自分にもっと知恵があれば、牛鬼の擬態を見破れた。

 

 そも、最初から無理を言って付いていかなければ、こんな結果にはならなかった。

 

 後悔している瑠璃に、無月は追い打ちをかける。

 

「あの日を境に、大和坊っちゃんは変わってしまった。雲水に本格的に弟子入りし、武術の基礎を学んで「闘気」という力を編み出した。……個人の力をより重視するようになったのさ」

「……」

「その力は東側では誰も止められない領域まで至った。……一体、どうしてそこまで「力」を求めるようになったんだろうねぇ? あああと、女遊びをする様になったのもこの頃か……。まるで自分を慰めるような姿は、見ていて痛々しかったよ」

 

 そう言いながら、無月は「ヒッヒッヒ」と笑う。

 瑠璃は後悔の念に苛まれながらも、それでも聞くべきことがあると、無月を睨みつけた。

 

「……大和様が変わってしまったのは私のせいだというのは、わかりました。ですが、私がいなくなっただけであそこまで憎悪と殺意は抱かない筈です。今の大和様の在り方は、まるで世界に対する死兆星……私がいなくなった後に、一体何があったのですか?」

「ほぅ……純粋無垢なだけの小娘かと思いきや、少しは頭が回るようだね」

 

 無月は感心すると、ドッシリと椅子に体重を預ける。

 

「あの後も色々あったのさ。いいや、あの後からが本番か……東側では収まりきらなくなった大和坊っちゃんは、世界へと羽ばたいていった」

 

 無月は語る。無知な瑠璃のために。

 

「四大終末論……世界は最低でも四度、滅びを迎えかけたのさ。そして、その四つ全てを大和坊っちゃんは踏破した。その尋常ならざる力を以てしてね。……まさしく激動の時代だったよ」

「そうであるなら、大和様は英雄としてその生涯を終えた筈です! ……一体何が!」

「裏切られたんだよ。人類に、神々に」

「っっ」

 

 無月は瑠璃の揺れ動く眼を見つめる。

 

「疑問は憎悪に、怒りは殺意へと変わった。……裏切っちゃいけない存在を裏切ってしまったんだよ。当時の奴らは」

「〜〜っっ」

 

 瑠璃は思わずといった様子で叫ぶ。

 

「無月様! 貴女は私と約束しましたよね!? 大和様を立派な英雄にしようと! 支えていこうと! その約束はどうなったのですか!?」

「ああ。よく覚えてるじゃないか」

「なら!」

「約束は、果たされた」

「……?」

 

 無月は不意に頬を赤く染めると、両手を広げる。

 

「大和坊っちゃんはなってくれたさ……! 理不尽を吹き飛ばす理不尽に。善も悪も関係なく「暴力」で捻じ伏せる禍津風纏いし風神に。……最強最悪の益荒男! 闇の英雄王に!」

「……まさか貴女は、最初からそれが目論見で!」

 

 一歩踏み出した瑠璃。その足元に無数の剣、槍、武具が突き立った。

 今まで黙っていた凛が絶対零度の声音で告げる。

 

「それ以上無月様に近寄るな。一歩でも踏み出したら、首を落とすよ」

「……っ」

 

 葵も警戒して構えていた。

 何もできない瑠璃に対して、無月は吐き捨てる。

 

「ああ……久々にこんなに喋ったよ。大和坊っちゃんに感謝するんだねぇ」

「〜っ」

「失せな。お前の役目は終わった。……用済みだよ」

 

 どうしようもない瑠璃は涙を流すと、無月に背を向けた。

 そんな彼女の背に無月は告げる。

 

「呪うんなら自分の無力を、無知を呪うんだねぇ」

 

 ヒッヒッヒと、いやらしい笑い声が木霊する。

 瑠璃には、何もできなかった。

 

 

 

 

 

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