Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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六話「別れ」

 

 

 瑠璃は大和に真紅のマントを返した。

 自分にコレを持つ資格はない、そう思ってしまったのだ。

 大和は「それは違う」と言いたかったが、言えなかった。

 数億年の溝は思ったよりも深かった。

 

 大和は瑠璃を連れてゲートの前まで転移してくる。

 もうそろそろ「彼」が来ている頃だ。

 大和はウェスタンドアを開けてゲートの中へと入る。

 

「ネメア殿……(ぼん)の友達でいてくれてありがとう。貴殿のおかげで、坊は最悪の状態を免れている」

「それはこちらの台詞だ、雲水(うんすい)殿。貴方のおかげで、大和は最悪の選択肢をしなかった」

「……それは違うよ、ネメア殿。儂は救えなかった。何度も見逃してしまった。後悔ばかりじゃ」

「……」

 

 ガラガラの店内。

 奥にあるカウンター席の前に、二人の男性がいた。

 一人はこの店の店主、ネメア。

 もう一人は……

 

「おお、来たか。(ぼん)。久々じゃな」

「……雲水さん」

 

 大和の声に安堵が滲む。

 

 容姿的年齢は十代半ばほど。見惚れるほどの美男子だ。

 適度な長さで結われた黒髪、丸い黒目。美少女と言われても納得できる可憐な顔立ちに小柄な肢体。

 服装は白の着流しで、ゆったりと着ている。

 

 雲水。

 大和の最初の師匠であり、祖父のような存在だ。

 

 合気柔術「不死(しなず)流」の開祖であり、活人拳を極めた超越者。

 世界最強の拳法家たちに与えられる称号「四大魔拳」の代表である天元(てんげん)とは今でもライバル関係にある。

 

 現在では日本神話勢力「高天原」に武神として所属しているが、半ば隠居状態だった。

 今回は瑠璃のことを聞いてわざわざやってきたのだ。

 

 大和は礼を言う。

 

「来てくれてありがとう。本当に助かった」

「いいんじゃよ。久方ぶりにお前の顔が見れた。何より……」

 

 雲水は大和の後ろにいる瑠璃を見つめる。

 そして険しい表情をした。

 

「……本当に、瑠璃殿なんじゃな。確かに、あの頃のままじゃ。純粋無垢で、穢れを知らぬ」

「……雲水様」

 

 瑠璃は雲水を確認して目を丸めた。

 ここに来て、彼だけが瑠璃の知る人そのままだった。

 雲水は、数億年経っても雲水のままだった。

 

 大和は頭を下げる。

 

「頼む、雲水さん。瑠璃を高天原で匿ってやってくれ。……アンタらだけが頼りなんだ」

「わかった。儂が保護しよう。三貴子も許してくれるじゃろうて」

「……ありがとう」

 

 大和は安堵で表情を崩す。

 雲水は大和の前まで来て、その手を握った。

 

「あまり、無理するなよ。三貴子も、お前のことを心配しておる」

「…………」

 

 大和は無言で雲水の手を握り返す。

 雲水は何とも言えない表情をすると、その横を通り過ぎた。

 そして瑠璃の前までやってくる。

 

「ゆこう、瑠璃殿。この都市に長居しては危険じゃ」

「でも、あの……っ」

「お主の命を狙う輩は多い」

「……え?」

「坊が傍にいるから大人しくしておるんじゃろうが……」

 

 雲水は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 瑠璃にはわからなかった。

 わかる筈がない。

 

 瑠璃は大和にとって唯一無二の存在なのだ。

 それをよく思わない輩は沢山いる。

 

 瑠璃は自分の価値をわかっていなかった。

 だが、それでいい。

 これ以上は知る必要がない。

 

 雲水は瑠璃の手を引く。

 瑠璃は離れたくない一心で大和を見つめた。

 

「……」

「……っ」

 

 大和は振り返らない。

 それが悲しくて──瑠璃は視線を落とした。

 

 雲水は転移陣の準備をする。

 直接高天原へ転移しようとしているのだ。

 

 大和は少し悩んだ後、二人に振り返る。

 そして瑠璃の名を呼んだ。

 

「瑠璃」

「……!」

 

 瑠璃は弾かれるように振り返る。

 すると、大和が悲しそうに微笑んでいた。

 その儚い笑みを、瑠璃はよく知っていた。

 

「お別れだ。……最後に、これだけは言わせてくれ」

「大和、様……っ」

「初恋だった」

「あ……っ」

「ありがとう。あの頃の俺を、愛してくれて」

「〜〜っっ」

 

 瑠璃は大和に駆け寄り、抱きつく。

 そして涙を流した。

 

「ごめんなさい……っ。私が無力だったから、私が無知だったから……っ」

「お前のせいじゃない」

 

 俺が無力だったから。

 もっと鍛錬しておけば、あんな事には……

 

 大和の胸の内で想いが弾け、露のように消えていく。

 

 大和は瑠璃を抱きしめようとした。

 しかし、やめる。

 

 今の彼女に触れてはいけない。

 純粋無垢で、穢れを知らない……

 そんな彼女を、汚したくない。

 

 大和は精一杯笑顔を作り、言った。

 

「さようならだ、瑠璃」

「うあ……っ」

「俺のいないところで、幸せになってくれ」

「うああっ……うわぁぁぁぁぁんっっ!!」

 

 瑠璃は泣きじゃくった。

 泣くことしかできなかった。

 

 もう、あの頃の関係には戻れない。

 過去には戻れない。

 

 それが嫌で、認めたくなくて。

 瑠璃は泣き続けることしかできなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 数十分後、瑠璃は雲水に連れられて高天原に転移した。

 あそこなら瑠璃に危害は及ばない。

 何かあっても高天原の神々が守ってくれる。

 

「……」

 

 大和は何時ものカウンター席に座り、煙草を吸っていた。

 紫煙を吐き出すその横顔に、何時もの笑みはない。

 

 ネメアは厨房に入り、大和の好きなラムとおつまみを持ってきた。

 大和は改めて彼に礼を言う。

 

「すまねぇな。本来なら繁盛する時間帯だろうに」

「気にするな。俺が好きでしたことだ」

 

 大和は感謝する。

 次に天井を仰いだ。

 

「過去は振り返らない。後悔したくねぇから」

「……」

「でも、ああやって顔を出されるとな……どうしようもねぇ」

 

 やるせない思いを吐き出す。

 ネメアは聞いた。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫だ。すぐに戻る」

「……そうか」

 

 ネメアはそれ以上何も聞かなかった。

 大和は静かに煙草を吸う。

 

 一時間後、店が開いた。

 大和は元に戻っていた。

 何時もの、らしい笑みを浮かべていた。

 

 誰にでも、振り返りたくない過去はあるものだ。

 

 

《完》

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