瑠璃は大和に真紅のマントを返した。
自分にコレを持つ資格はない、そう思ってしまったのだ。
大和は「それは違う」と言いたかったが、言えなかった。
数億年の溝は思ったよりも深かった。
大和は瑠璃を連れてゲートの前まで転移してくる。
もうそろそろ「彼」が来ている頃だ。
大和はウェスタンドアを開けてゲートの中へと入る。
「ネメア殿……
「それはこちらの台詞だ、
「……それは違うよ、ネメア殿。儂は救えなかった。何度も見逃してしまった。後悔ばかりじゃ」
「……」
ガラガラの店内。
奥にあるカウンター席の前に、二人の男性がいた。
一人はこの店の店主、ネメア。
もう一人は……
「おお、来たか。
「……雲水さん」
大和の声に安堵が滲む。
容姿的年齢は十代半ばほど。見惚れるほどの美男子だ。
適度な長さで結われた黒髪、丸い黒目。美少女と言われても納得できる可憐な顔立ちに小柄な肢体。
服装は白の着流しで、ゆったりと着ている。
雲水。
大和の最初の師匠であり、祖父のような存在だ。
合気柔術「
世界最強の拳法家たちに与えられる称号「四大魔拳」の代表である
現在では日本神話勢力「高天原」に武神として所属しているが、半ば隠居状態だった。
今回は瑠璃のことを聞いてわざわざやってきたのだ。
大和は礼を言う。
「来てくれてありがとう。本当に助かった」
「いいんじゃよ。久方ぶりにお前の顔が見れた。何より……」
雲水は大和の後ろにいる瑠璃を見つめる。
そして険しい表情をした。
「……本当に、瑠璃殿なんじゃな。確かに、あの頃のままじゃ。純粋無垢で、穢れを知らぬ」
「……雲水様」
瑠璃は雲水を確認して目を丸めた。
ここに来て、彼だけが瑠璃の知る人そのままだった。
雲水は、数億年経っても雲水のままだった。
大和は頭を下げる。
「頼む、雲水さん。瑠璃を高天原で匿ってやってくれ。……アンタらだけが頼りなんだ」
「わかった。儂が保護しよう。三貴子も許してくれるじゃろうて」
「……ありがとう」
大和は安堵で表情を崩す。
雲水は大和の前まで来て、その手を握った。
「あまり、無理するなよ。三貴子も、お前のことを心配しておる」
「…………」
大和は無言で雲水の手を握り返す。
雲水は何とも言えない表情をすると、その横を通り過ぎた。
そして瑠璃の前までやってくる。
「ゆこう、瑠璃殿。この都市に長居しては危険じゃ」
「でも、あの……っ」
「お主の命を狙う輩は多い」
「……え?」
「坊が傍にいるから大人しくしておるんじゃろうが……」
雲水は苦虫を噛み潰したような顔をする。
瑠璃にはわからなかった。
わかる筈がない。
瑠璃は大和にとって唯一無二の存在なのだ。
それをよく思わない輩は沢山いる。
瑠璃は自分の価値をわかっていなかった。
だが、それでいい。
これ以上は知る必要がない。
雲水は瑠璃の手を引く。
瑠璃は離れたくない一心で大和を見つめた。
「……」
「……っ」
大和は振り返らない。
それが悲しくて──瑠璃は視線を落とした。
雲水は転移陣の準備をする。
直接高天原へ転移しようとしているのだ。
大和は少し悩んだ後、二人に振り返る。
そして瑠璃の名を呼んだ。
「瑠璃」
「……!」
瑠璃は弾かれるように振り返る。
すると、大和が悲しそうに微笑んでいた。
その儚い笑みを、瑠璃はよく知っていた。
「お別れだ。……最後に、これだけは言わせてくれ」
「大和、様……っ」
「初恋だった」
「あ……っ」
「ありがとう。あの頃の俺を、愛してくれて」
「〜〜っっ」
瑠璃は大和に駆け寄り、抱きつく。
そして涙を流した。
「ごめんなさい……っ。私が無力だったから、私が無知だったから……っ」
「お前のせいじゃない」
俺が無力だったから。
もっと鍛錬しておけば、あんな事には……
大和の胸の内で想いが弾け、露のように消えていく。
大和は瑠璃を抱きしめようとした。
しかし、やめる。
今の彼女に触れてはいけない。
純粋無垢で、穢れを知らない……
そんな彼女を、汚したくない。
大和は精一杯笑顔を作り、言った。
「さようならだ、瑠璃」
「うあ……っ」
「俺のいないところで、幸せになってくれ」
「うああっ……うわぁぁぁぁぁんっっ!!」
瑠璃は泣きじゃくった。
泣くことしかできなかった。
もう、あの頃の関係には戻れない。
過去には戻れない。
それが嫌で、認めたくなくて。
瑠璃は泣き続けることしかできなかった。
◆◆
数十分後、瑠璃は雲水に連れられて高天原に転移した。
あそこなら瑠璃に危害は及ばない。
何かあっても高天原の神々が守ってくれる。
「……」
大和は何時ものカウンター席に座り、煙草を吸っていた。
紫煙を吐き出すその横顔に、何時もの笑みはない。
ネメアは厨房に入り、大和の好きなラムとおつまみを持ってきた。
大和は改めて彼に礼を言う。
「すまねぇな。本来なら繁盛する時間帯だろうに」
「気にするな。俺が好きでしたことだ」
大和は感謝する。
次に天井を仰いだ。
「過去は振り返らない。後悔したくねぇから」
「……」
「でも、ああやって顔を出されるとな……どうしようもねぇ」
やるせない思いを吐き出す。
ネメアは聞いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ。すぐに戻る」
「……そうか」
ネメアはそれ以上何も聞かなかった。
大和は静かに煙草を吸う。
一時間後、店が開いた。
大和は元に戻っていた。
何時もの、らしい笑みを浮かべていた。
誰にでも、振り返りたくない過去はあるものだ。
《完》