villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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六話「華仙」

 

 

 

 崩壊した暁の戯曲場から脱出した二人は、次元の狭間から這い出る形で現実へと戻って来た。

 

 そんな二人を出迎えたのは、紫煙を吹かす褐色肌の美丈夫だった。

 彼は驚きと好奇で表情を緩める。

 

「帰ってこれたな。すげぇすげぇ」

 

 感心した風に拍手する美丈夫――大和。

 青き美女、えりあは殺意のこもった眼光を彼に向けた。

 

「彼等はキミの差し金?」

 

 銃を突き付けんばかりの気迫に、大和はおどけた調子で肩を竦めた。

 

「テメェ等に差し金を向ける理由がどこにある? むしろ、帰ってきてくれて安心してるくらいだ」

「……嘘偽りは無いわね?」

「テメェ等のところの神に誓ってやってもいい」

「…………」

 

 えりあは静かに怒気を収めた。

 彼女は大和に問いかけを重ねる。

 

「なら、アラクネもキミが差し向けたわけじゃないのね?」

 

 アラクネの名を聞き、大和の機嫌が一気に悪くなった。

 

「ハァ? なんであの糞アマの名前が出てくんだよ」

「襲われたのよ。辛くも退けられたけど」

「……へぇ」

 

 今度はえりあを興味深そうに眺め始める大和。

 

「アイツも本気じゃなかっただろうが……それでもスゲェな。いやマジで」

 

 彼は一人でクツクツと喉を鳴らす。

 

「こりゃ、予想以上に期待できそうだ」

「……一人で完結するのは構わないのだけれど、答えを聞かせて頂戴」

「アイツを差し向けたのが俺かって? 馬鹿言え。んな回りくどい真似すんなら俺が直接行ってらぁ」

 

 鼻で笑いつつ、大和はえりあが片手で引っ張っている美男へ視線を落とす。

 黒ずくめの美男、斬魔は何時ぞやの時と同じ様に顔を凹ませていた。

 

 大和は何故彼がこうなったのか――あらかた予想できるのだが、取り敢えず聞いてみる。

 

「で、相棒クンはアラクネ絡みで地が出ちまったって感じか?」

「ええ、その通りよ」

「ったく、懲りねぇ奴だなぁ」

「全く」

 

 大和は痙攣している斬魔を見下ろしつつ、踵を返す。

 真紅のマントを翻しながら、えりあに言った。

 

「じゃ、行こうぜ。今日中に華仙の奴に会っておきてぇ」

 

 華仙。

 二人の眼前に聳えるドーム状の施設に住まう世界最高の科学者。

 同時に世界最高の医者でもある。

 えりあの持つサンプルで今回の天使病の謎を解明できるであろう、貴重な存在だ。

 

 えりあは懐のサンプルを確認しつつ、改めて大和という男を観察する。

 先程のアラクネとの戦闘で、えりあは見極めなければならないと思ったのだ。

 大和という存在を――

 

「……!」

 

 えりあの超視力を以てして解明される、大和の強さの秘訣。

 それは単純であり、故に恐ろしいものだった。

 

 端的に言えば、究極の才能と極限の努力。

 

 大和の肉体は生まれながらに天性のものだった。

 骨格、筋肉密度、神経系、記憶能力に至るまで、全てが人類の枠を超えている。

 過去現在未来において、ここまで恵まれた体躯を持つ者は生まれてこないだろう。

 

 鍛錬をせずとも神を殺せる肉体。

 正真正銘、超常の器だった。

 

 それを鍛えに鍛え抜いている。

 筋肉繊維の本数、骨格・関節の密度、反射速度、あらゆる能力を想像を絶する鍛錬の果てに強化している。

 彼は世代を跨がず、単身で進化を遂げていた。

 

 世界最強の肉体を、世界最高の努力を以て更なる高みへと昇華させる。

 

 才能と努力――両方に於いて世界最高。

 大和の強さの秘訣は、本当に単純明快だった。

 

 天才が努力したから最強。

 

 実にわかりやすい。

 だからこそ恐ろしい。

 

 えりあは戦慄を覚えた。

 戦闘力のみなら先程のアラクネの比では無い。

 邪神をも葬ってしまうという逸話に嘘偽りは無かった。

 

 更に、えりあは彼の真骨頂を見出す。

 彼の真価は、並外れた戦闘センスと百戦錬磨の戦闘経験――

 

「おい」

 

 呼び掛けられ、えりあは我に返った。

 大和は首だけ振り返り、微笑していた。

 

「俺の背中をジッと見て……誘ってるのか?」

 

 含みのある笑み。

 大和はえりあの心情を見透かしていた。

 

 読心術。

 表情筋や視線の動きで相手の心を読んでしまう反則技。

 

 全てを察したえりあは、バツの悪そうな表情をする。

 大和はやれやれと肩を竦めた。

 

「冗談だ。じゃ、施設の中に入るぜ」

「……ええ」

 

 えりあは頷き、大和の背に付いて行く。

 未だ痙攣中の斬魔を引き摺りながら――

 

 

 ◆◆

 

 

 濃紺色の施設内は真っ白な空間だった。

 扉の無い場所から入り口が現れたかと思えば、純白の廊下が続いていた。

 

 待機していたメイド達が大和達に深くお辞儀をする。

 彼女達は無機質な声音で告げた。

 

「用件は既にお伺いしております。未知の天使病の解明を頼みたい、と」

「おう、華仙はいるか?」

「いえ、そろそろ到着なされるかと――」

 

 淡々と答えるメイド達。

 何時の間にか立ち直った斬魔が、大和に聞いた。

 

「なぁ、この子達って……」

「アンドロイドだ。ま、殆ど人間と変わらねぇ。ただ感情が希薄なだけだ」

「へぇ……ッ」

 

 メイド達をマジマジと見つめる斬魔。

 好奇の視線に気付いたメイド達は、深々と頭を下げた。

 

 斬魔は顎を擦りながら言う。

 

「何人か欲しいかも……」

 

 ジャキンと、えりあの拳銃がその頬に突き付けられた。

 斬魔は顔を真っ青にして手を上げる。

 

「何でもありません……」

「……ハァ」

 

 重い溜息を吐くえりあ。

 

「クククッ」

 

 大和は二人の漫才?を面白そうに眺めていた。

 

 すると現れる。

 例の重要人物が――

 

「ごめんなさいね。遅くなって」

 

 ハイヒールの音がよく響く。

 黒のストッキングがその美脚をよく強調していた。

 薄緑のシャツはボタンが二個空けらており、豊満な乳房が窮屈だと自己主張している。

 白衣に身を包んだ姿は、まるで保険医の様だった。

 

 艶のある黒髪はゴムで結われ、肩に流されている。

 知的な美貌を讃える顔立ちは、あらゆる異性を虜にしてやまない。

 泣きぼくろと色眼鏡が、その美貌に更に拍車をかけていた。

 

 世にも稀な美女は、大和を見て薄く微笑む。

 

「久しぶりね、大和。たまには顔を見せて頂戴。寂しいから」

「ほざけ、研究ばっかで暇なんて無ぇだろ」

「貴方が来たなら時間くらい空けるわ」

 

 妖艶に唇を撫でる美女に、大和はやれやれと肩を竦める。

 彼女は大和の背後にいる斬魔とえりあに視線を向けた。

 

「……貴方達が天使殺戮士さんね。初めまして、華仙という者よ。医学に携わっているわ」

 

 そう、彼女こそ世界最高の医者にして科学者。

 表世界に最も大きな影響力を持つ、人類史の革命者である。

 

 


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