崩壊した暁の戯曲場から脱出した二人は、次元の狭間から這い出る形で現実へと戻って来た。
そんな二人を出迎えたのは、紫煙を吹かす褐色肌の美丈夫だった。
彼は驚きと好奇で表情を緩める。
「帰ってこれたな。すげぇすげぇ」
感心した風に拍手する美丈夫――大和。
青き美女、えりあは殺意のこもった眼光を彼に向けた。
「彼等はキミの差し金?」
銃を突き付けんばかりの気迫に、大和はおどけた調子で肩を竦めた。
「テメェ等に差し金を向ける理由がどこにある? むしろ、帰ってきてくれて安心してるくらいだ」
「……嘘偽りは無いわね?」
「テメェ等のところの神に誓ってやってもいい」
「…………」
えりあは静かに怒気を収めた。
彼女は大和に問いかけを重ねる。
「なら、アラクネもキミが差し向けたわけじゃないのね?」
アラクネの名を聞き、大和の機嫌が一気に悪くなった。
「ハァ? なんであの糞アマの名前が出てくんだよ」
「襲われたのよ。辛くも退けられたけど」
「……へぇ」
今度はえりあを興味深そうに眺め始める大和。
「アイツも本気じゃなかっただろうが……それでもスゲェな。いやマジで」
彼は一人でクツクツと喉を鳴らす。
「こりゃ、予想以上に期待できそうだ」
「……一人で完結するのは構わないのだけれど、答えを聞かせて頂戴」
「アイツを差し向けたのが俺かって? 馬鹿言え。んな回りくどい真似すんなら俺が直接行ってらぁ」
鼻で笑いつつ、大和はえりあが片手で引っ張っている美男へ視線を落とす。
黒ずくめの美男、斬魔は何時ぞやの時と同じ様に顔を凹ませていた。
大和は何故彼がこうなったのか――あらかた予想できるのだが、取り敢えず聞いてみる。
「で、相棒クンはアラクネ絡みで地が出ちまったって感じか?」
「ええ、その通りよ」
「ったく、懲りねぇ奴だなぁ」
「全く」
大和は痙攣している斬魔を見下ろしつつ、踵を返す。
真紅のマントを翻しながら、えりあに言った。
「じゃ、行こうぜ。今日中に華仙の奴に会っておきてぇ」
華仙。
二人の眼前に聳えるドーム状の施設に住まう世界最高の科学者。
同時に世界最高の医者でもある。
えりあの持つサンプルで今回の天使病の謎を解明できるであろう、貴重な存在だ。
えりあは懐のサンプルを確認しつつ、改めて大和という男を観察する。
先程のアラクネとの戦闘で、えりあは見極めなければならないと思ったのだ。
大和という存在を――
「……!」
えりあの超視力を以てして解明される、大和の強さの秘訣。
それは単純であり、故に恐ろしいものだった。
端的に言えば、究極の才能と極限の努力。
大和の肉体は生まれながらに天性のものだった。
骨格、筋肉密度、神経系、記憶能力に至るまで、全てが人類の枠を超えている。
過去現在未来において、ここまで恵まれた体躯を持つ者は生まれてこないだろう。
鍛錬をせずとも神を殺せる肉体。
正真正銘、超常の器だった。
それを鍛えに鍛え抜いている。
筋肉繊維の本数、骨格・関節の密度、反射速度、あらゆる能力を想像を絶する鍛錬の果てに強化している。
彼は世代を跨がず、単身で進化を遂げていた。
世界最強の肉体を、世界最高の努力を以て更なる高みへと昇華させる。
才能と努力――両方に於いて世界最高。
大和の強さの秘訣は、本当に単純明快だった。
天才が努力したから最強。
実にわかりやすい。
だからこそ恐ろしい。
えりあは戦慄を覚えた。
戦闘力のみなら先程のアラクネの比では無い。
邪神をも葬ってしまうという逸話に嘘偽りは無かった。
更に、えりあは彼の真骨頂を見出す。
彼の真価は、並外れた戦闘センスと百戦錬磨の戦闘経験――
「おい」
呼び掛けられ、えりあは我に返った。
大和は首だけ振り返り、微笑していた。
「俺の背中をジッと見て……誘ってるのか?」
含みのある笑み。
大和はえりあの心情を見透かしていた。
読心術。
表情筋や視線の動きで相手の心を読んでしまう反則技。
全てを察したえりあは、バツの悪そうな表情をする。
大和はやれやれと肩を竦めた。
「冗談だ。じゃ、施設の中に入るぜ」
「……ええ」
えりあは頷き、大和の背に付いて行く。
未だ痙攣中の斬魔を引き摺りながら――
◆◆
濃紺色の施設内は真っ白な空間だった。
扉の無い場所から入り口が現れたかと思えば、純白の廊下が続いていた。
待機していたメイド達が大和達に深くお辞儀をする。
彼女達は無機質な声音で告げた。
「用件は既にお伺いしております。未知の天使病の解明を頼みたい、と」
「おう、華仙はいるか?」
「いえ、そろそろ到着なされるかと――」
淡々と答えるメイド達。
何時の間にか立ち直った斬魔が、大和に聞いた。
「なぁ、この子達って……」
「アンドロイドだ。ま、殆ど人間と変わらねぇ。ただ感情が希薄なだけだ」
「へぇ……ッ」
メイド達をマジマジと見つめる斬魔。
好奇の視線に気付いたメイド達は、深々と頭を下げた。
斬魔は顎を擦りながら言う。
「何人か欲しいかも……」
ジャキンと、えりあの拳銃がその頬に突き付けられた。
斬魔は顔を真っ青にして手を上げる。
「何でもありません……」
「……ハァ」
重い溜息を吐くえりあ。
「クククッ」
大和は二人の漫才?を面白そうに眺めていた。
すると現れる。
例の重要人物が――
「ごめんなさいね。遅くなって」
ハイヒールの音がよく響く。
黒のストッキングがその美脚をよく強調していた。
薄緑のシャツはボタンが二個空けらており、豊満な乳房が窮屈だと自己主張している。
白衣に身を包んだ姿は、まるで保険医の様だった。
艶のある黒髪はゴムで結われ、肩に流されている。
知的な美貌を讃える顔立ちは、あらゆる異性を虜にしてやまない。
泣きぼくろと色眼鏡が、その美貌に更に拍車をかけていた。
世にも稀な美女は、大和を見て薄く微笑む。
「久しぶりね、大和。たまには顔を見せて頂戴。寂しいから」
「ほざけ、研究ばっかで暇なんて無ぇだろ」
「貴方が来たなら時間くらい空けるわ」
妖艶に唇を撫でる美女に、大和はやれやれと肩を竦める。
彼女は大和の背後にいる斬魔とえりあに視線を向けた。
「……貴方達が天使殺戮士さんね。初めまして、華仙という者よ。医学に携わっているわ」
そう、彼女こそ世界最高の医者にして科学者。
表世界に最も大きな影響力を持つ、人類史の革命者である。