えりあはシャワーを浴びていた。
熱湯を浴びても尚、その青い肌に生気が帯びる事はない。
90はあろう豊満なバストに、官能的に水滴が滴った。
えりあは黒髪を掻き上げながら、降り注ぐ熱湯を浴びていた。
◆◆
貴賓室にて。
研究者らしい質素な造りの室内に、大和と華仙は居た。
「天使病のサンプルは貰ったな?」
「ええ」
「なら、明日の朝までに解析してくれ」
当たり前の様に言われ、華仙は肩を竦める。
「私も一応、忙しい身なんだけれど?」
「お前ならある程度見ただけでわかるだろう? そこまで時間はかからねぇ筈だ」
大和の発言は、華仙を信頼しているからこそのものだ。
現に、華仙であれば出来る。
しかし、彼女は別の事に腹を立てていた。
「誠意が感じられないわ。いきなり来て解析を頼むなんて、都合が良すぎない?」
「……そりゃそうだな」
そう言われればと、大和も納得し頷く。
華仙は腰に手を当てた。
「結果を出せば報酬を貰う。この都市では当たり前の事でしょ?」
「なら何が欲しい? 金か? 新しい研究サンプルか?」
大和は背後の壁に振り返る。
「壁に埋まってるアイツなんか、良いサンプルになると思うぜ。腕も中々だ」
もう一人の天使殺戮士、斬魔は壁に上半身をめり込ませていた。
ピクリとも動かない。
華仙はやれやれと溜息を吐いた。
「あのエッチな坊や? やめておくわ。また襲われそうだもの」
「その度にさっきの回し蹴りを食らわせればいいじゃねぇの」
クツクツと喉を鳴らす大和。
えりあが部屋を出て行った瞬間、斬魔はルパンダイブ。
華仙の巨乳に飛び込んで行ったのだ。
「その派手にあけられた第二ボタン……誘ってるとみたぜ!!!!」
結果、斬魔は壁にめり込んだ。
華仙はありとあらゆる中国拳法を「嗜み」で極めている。
八極拳を始め、劈掛拳、心意六合拳、形意拳、八卦掌、太極拳など──
彼女は研究者だが、その戦闘力は並の実力者よりも高い。
斬魔は顔面に綺麗な回し蹴りを食らい、呆気なく無力化されてしまったのだ。
華仙は埋まっている斬魔から大和に視線を移す。
色眼鏡の奥にある紫苑色の瞳が、微かに潤んだ。
「私が欲しいものは既に決まってるのよ」
華仙は大和の元まで近付くと、その逞しい胸板を指でなぞる。
「貴方を一日、私のものにしたい」
「……マジかよ」
大和は眉を顰める。
絶世の美女からの誘いに対し、この反応はかなり珍しかった。
「解剖とかしねぇよな?」
「貴方がいいと言うのなら、是非したいわね」
マッドサイエンティストの本性がチラリと現れた瞬間だった。
大和は溜息を吐きながら言う。
「なら解剖を含め、その他実験は無しだ。俺単体でお前を楽しませてやる。今回の依頼程度なら、それで充分だろう?」
「……まぁ、妥当かしら」
片目を閉じる華仙。
大和は安心したのか、頷き彼女に背を向ける。
「俺は外の宿に泊まる。コイツ等も好きにさせてくれ。明日の午前9時にここに集合だ」
「あら、泊まっていってもいいのよ?」
華仙の提案に、大和は振り返り妖艶に微笑んでみせた。
「亜人の子達と楽しんでくる。息抜きってやつだ」
本当に楽しそうに笑う大和に対し、華仙は頬を膨らました。
「気のある女性の前でそういう話をするのはよくないと思うわ」
「わりぃわりぃ、でも俺はそういう男なんだよ」
そう言って、華仙に投げキッスを送る。
華仙は表情を蕩けさせた。
彼女は乳房の溝を撫でながら、甘ったるい声で言う。
「報酬に関しては、空いた日に連絡を入れるから……絶対に来てね?」
色っぽく唇を撫でる華仙に対し、大和は振り返らず手を上げて応じた。
そうして、彼は部屋を出て行った。
◆◆
シャワーを浴びて帰って来たえりあは、斬魔の暴挙を知らされた。
彼女は無言のラッシュを斬魔の顔に浴びせた後、華仙に謝罪した。
「シャワーを貸して貰って、服も洗って貰ったのに、申し訳ないわ……」
えりあの意思を汲み取り、華仙は微笑む。
「いいのよ、若い男の子は性欲に忠実なものだから」
当の罪人、斬魔は床に正座させられていた。
膝の上に特殊合金製の重石を五つほど乗せられている。
100キロ×5の超重量に、斬魔は悲鳴を上げていた。
「NOOOOOOOOOO!!!! せめて!! せめて床に座布団を敷いて!! お願い!!」
「黙りなさい。この性犯罪者」
ゴキンと、えりあの拳銃が斬魔の頭を叩く。
沈黙する斬魔。
頭の上にできた特大のたんこぶが、彼女の容赦の無さを物語っていた。
華仙は二人の様子に苦笑しつつ、ソファーに腰かける。
そして、そのスレンダーな足を組んだ。
「さて──それじゃあ、先程貰ったサンプルの結果報告をさせて貰うわね」
「……?」
えりあは首を傾げた。
「サンプルを渡してまだ一時間も経ってないわ。もしかして、もう解析が終わったの?」
えりあの問いに、華仙は当たり前だと言わんばかりに頷く。
「一通りの事象現象は見ただけで解析できるの。これでも、世界一の科学者だからね」
「……」
世界一の科学者、その肩書きに嘘偽りは無し。
資料によれば、彼女はあまりに世界への影響力が大きい故に此処、裏区に軟禁されているらしい。
表世界の権力者、世界政府、のみならずデスシティの有力者達からも警戒されているとか。
その理由がわかったと、えりあは内心頷いた。
華仙は彼女の表情を見て、無駄な解説は必要無いと察し、話を進める。
「単刀直入に結果を伝えるわ。サンプルの天使病は強引に誘発されたものよ」
「……誘発?」
「そう、黒魔術や禁呪を絶妙に絡める事で、患者の負の感情を爆発させているの。それと同時に、天使病の発症源──霊子型ナノマシンも暴走させているわ」
「……」
「中々上手い具合に調整されているわね。これなら人為的に天使病の患者を作る事が可能よ。……でも、相当複雑な術式で構成されているから、乱用はできない筈」
えりあの深刻そうな表情を確認しつつ、華仙は懐からタブレット型端末を取り出す。
「取り敢えず結果は伝えたわ。詳しいデータは後日改めて資料にするから」
「……ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして」
えりあは青いロングコートをはためかせ、立ち上がる。
その背中を見つめ、華仙は言った。
「資料を出せるのは明日よ。今のはあくまで仮定。……今動いたって、何もならないわ」
「…………」
えりあは立ち止まる。
華仙は彼女に忠告を重ねた。
「それに、今外に出るのは危険よ。もうそろそろ深夜──危険度が最高値にまで跳ね上がる。……万全の状態の貴女ならともかく、今の疲弊した貴女じゃ危険だわ」
「ッ」
えりあは唇を噛みしめた。
華仙は全てお見通しだった。
えりあは疲弊している。
先程のアラクネとの戦闘で精神力と体力、両方を擦り減らされたのだ。
十分な睡眠が必要だった。
それでも、えりあは止まろうとしない。
足を動かそうとする。
「華仙の姐さんの言う事は最もだ」
「……」
先程まで気絶していた斬魔が、彼女を留めた。
「お前はさっきの戦闘でかなり疲弊してる。一度休眠をとれ。今回の任務、嫌な予感がする。万全の状態じゃねぇとキツそうだ」
「……」
相棒に窘められても、えりあは複雑な表情のままだった。
それは、彼女の真面目な気質故だろう。
斬魔はそんな相棒に対し、溜息を吐く。
「今出された仮定だけでも本部に伝えておけばいい。後日改めて詳細を送るとも。今お前がすべき事は、無駄な体力を使う事じゃなく、来たるべき戦闘に備え身体を休めることだ」
「……」
「わかってるよな? 俺達の役割を」
「……わかったわ。明日まで休憩させて貰う。本部にも連絡しておくわ」
相棒が頷いてくれた事に、斬魔は安心し笑顔になった。
「それでな──」
「?」
斬魔は一変シリアスな顔になり、切実な声音でえりあに訴える。
「この重石、いい加減退けてくれッッ。もう足の感覚が無ぇんだ。マジでヤベェんだ。これじゃ明日ロクに闘えねぇ……ッッ」
「…………」
えりあは相棒の無様な姿を見下ろしつつ、その足先をツンツンと指でつついた。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!! テメェえりあ!! っざっけんなよ!!!! はぁぁ足がァァァァァッッ!!!!」
絶叫を上げる斬魔を、フッと鼻で笑うえりあ。
華仙はえりあの表情が和らいだ事に安心しつつ、二人の確かな絆を見て、頬を緩めるのであった。