villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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七話「疑似天使病」

 

 

 えりあはシャワーを浴びていた。

 熱湯を浴びても尚、その青い肌に生気が帯びる事はない。

 90はあろう豊満なバストに、官能的に水滴が滴った。

 

 えりあは黒髪を掻き上げながら、降り注ぐ熱湯を浴びていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 貴賓室にて。

 研究者らしい質素な造りの室内に、大和と華仙は居た。

 

「天使病のサンプルは貰ったな?」

「ええ」

「なら、明日の朝までに解析してくれ」

 

 当たり前の様に言われ、華仙は肩を竦める。

 

「私も一応、忙しい身なんだけれど?」

「お前ならある程度見ただけでわかるだろう? そこまで時間はかからねぇ筈だ」

 

 大和の発言は、華仙を信頼しているからこそのものだ。

 現に、華仙であれば出来る。

 

 しかし、彼女は別の事に腹を立てていた。

 

「誠意が感じられないわ。いきなり来て解析を頼むなんて、都合が良すぎない?」

「……そりゃそうだな」

 

 そう言われればと、大和も納得し頷く。

 華仙は腰に手を当てた。

 

「結果を出せば報酬を貰う。この都市では当たり前の事でしょ?」

「なら何が欲しい? 金か? 新しい研究サンプルか?」

 

 大和は背後の壁に振り返る。

 

「壁に埋まってるアイツなんか、良いサンプルになると思うぜ。腕も中々だ」

 

 もう一人の天使殺戮士、斬魔は壁に上半身をめり込ませていた。

 ピクリとも動かない。

 

 華仙はやれやれと溜息を吐いた。

 

「あのエッチな坊や? やめておくわ。また襲われそうだもの」

「その度にさっきの回し蹴りを食らわせればいいじゃねぇの」

 

 クツクツと喉を鳴らす大和。

 えりあが部屋を出て行った瞬間、斬魔はルパンダイブ。

 華仙の巨乳に飛び込んで行ったのだ。

 

「その派手にあけられた第二ボタン……誘ってるとみたぜ!!!!」

 

 結果、斬魔は壁にめり込んだ。

 華仙はありとあらゆる中国拳法を「嗜み」で極めている。

 八極拳を始め、劈掛拳、心意六合拳、形意拳、八卦掌、太極拳など──

 

 彼女は研究者だが、その戦闘力は並の実力者よりも高い。

 斬魔は顔面に綺麗な回し蹴りを食らい、呆気なく無力化されてしまったのだ。

 

 華仙は埋まっている斬魔から大和に視線を移す。

 色眼鏡の奥にある紫苑色の瞳が、微かに潤んだ。

 

「私が欲しいものは既に決まってるのよ」

 

 華仙は大和の元まで近付くと、その逞しい胸板を指でなぞる。

 

「貴方を一日、私のものにしたい」

「……マジかよ」

 

 大和は眉を顰める。

 絶世の美女からの誘いに対し、この反応はかなり珍しかった。

 

「解剖とかしねぇよな?」

「貴方がいいと言うのなら、是非したいわね」

 

 マッドサイエンティストの本性がチラリと現れた瞬間だった。

 大和は溜息を吐きながら言う。

 

「なら解剖を含め、その他実験は無しだ。俺単体でお前を楽しませてやる。今回の依頼程度なら、それで充分だろう?」

「……まぁ、妥当かしら」

 

 片目を閉じる華仙。

 大和は安心したのか、頷き彼女に背を向ける。

 

「俺は外の宿に泊まる。コイツ等も好きにさせてくれ。明日の午前9時にここに集合だ」

「あら、泊まっていってもいいのよ?」

 

 華仙の提案に、大和は振り返り妖艶に微笑んでみせた。

 

「亜人の子達と楽しんでくる。息抜きってやつだ」

 

 本当に楽しそうに笑う大和に対し、華仙は頬を膨らました。

 

「気のある女性の前でそういう話をするのはよくないと思うわ」

「わりぃわりぃ、でも俺はそういう男なんだよ」

 

 そう言って、華仙に投げキッスを送る。

 華仙は表情を蕩けさせた。

 彼女は乳房の溝を撫でながら、甘ったるい声で言う。

 

「報酬に関しては、空いた日に連絡を入れるから……絶対に来てね?」

 

 色っぽく唇を撫でる華仙に対し、大和は振り返らず手を上げて応じた。

 そうして、彼は部屋を出て行った。

 

 

 ◆◆

 

 

 シャワーを浴びて帰って来たえりあは、斬魔の暴挙を知らされた。

 彼女は無言のラッシュを斬魔の顔に浴びせた後、華仙に謝罪した。

 

「シャワーを貸して貰って、服も洗って貰ったのに、申し訳ないわ……」

 

 えりあの意思を汲み取り、華仙は微笑む。

 

「いいのよ、若い男の子は性欲に忠実なものだから」

 

 当の罪人、斬魔は床に正座させられていた。

 膝の上に特殊合金製の重石を五つほど乗せられている。

 100キロ×5の超重量に、斬魔は悲鳴を上げていた。

 

「NOOOOOOOOOO!!!! せめて!! せめて床に座布団を敷いて!! お願い!!」

「黙りなさい。この性犯罪者」

 

 ゴキンと、えりあの拳銃が斬魔の頭を叩く。

 沈黙する斬魔。

 頭の上にできた特大のたんこぶが、彼女の容赦の無さを物語っていた。

 

 華仙は二人の様子に苦笑しつつ、ソファーに腰かける。

 そして、そのスレンダーな足を組んだ。

 

「さて──それじゃあ、先程貰ったサンプルの結果報告をさせて貰うわね」

「……?」

 

 えりあは首を傾げた。

 

「サンプルを渡してまだ一時間も経ってないわ。もしかして、もう解析が終わったの?」

 

 えりあの問いに、華仙は当たり前だと言わんばかりに頷く。

 

「一通りの事象現象は見ただけで解析できるの。これでも、世界一の科学者だからね」

「……」

 

 世界一の科学者、その肩書きに嘘偽りは無し。

 資料によれば、彼女はあまりに世界への影響力が大きい故に此処、裏区に軟禁されているらしい。

 表世界の権力者、世界政府、のみならずデスシティの有力者達からも警戒されているとか。

 

 その理由がわかったと、えりあは内心頷いた。

 華仙は彼女の表情を見て、無駄な解説は必要無いと察し、話を進める。

 

「単刀直入に結果を伝えるわ。サンプルの天使病は強引に誘発されたものよ」

「……誘発?」

「そう、黒魔術や禁呪を絶妙に絡める事で、患者の負の感情を爆発させているの。それと同時に、天使病の発症源──霊子型ナノマシンも暴走させているわ」

「……」

「中々上手い具合に調整されているわね。これなら人為的に天使病の患者を作る事が可能よ。……でも、相当複雑な術式で構成されているから、乱用はできない筈」

 

 えりあの深刻そうな表情を確認しつつ、華仙は懐からタブレット型端末を取り出す。

 

「取り敢えず結果は伝えたわ。詳しいデータは後日改めて資料にするから」

「……ありがとう。助かったわ」

「どういたしまして」

 

 えりあは青いロングコートをはためかせ、立ち上がる。

 その背中を見つめ、華仙は言った。

 

「資料を出せるのは明日よ。今のはあくまで仮定。……今動いたって、何もならないわ」

「…………」

 

 えりあは立ち止まる。

 華仙は彼女に忠告を重ねた。

 

「それに、今外に出るのは危険よ。もうそろそろ深夜──危険度が最高値にまで跳ね上がる。……万全の状態の貴女ならともかく、今の疲弊した貴女じゃ危険だわ」

「ッ」

 

 えりあは唇を噛みしめた。

 華仙は全てお見通しだった。

 

 えりあは疲弊している。

 先程のアラクネとの戦闘で精神力と体力、両方を擦り減らされたのだ。

 十分な睡眠が必要だった。

 

 それでも、えりあは止まろうとしない。

 足を動かそうとする。

 

「華仙の姐さんの言う事は最もだ」

「……」

 

 先程まで気絶していた斬魔が、彼女を留めた。

 

「お前はさっきの戦闘でかなり疲弊してる。一度休眠をとれ。今回の任務、嫌な予感がする。万全の状態じゃねぇとキツそうだ」

「……」

 

 相棒に窘められても、えりあは複雑な表情のままだった。

 それは、彼女の真面目な気質故だろう。

 

 斬魔はそんな相棒に対し、溜息を吐く。

 

「今出された仮定だけでも本部に伝えておけばいい。後日改めて詳細を送るとも。今お前がすべき事は、無駄な体力を使う事じゃなく、来たるべき戦闘に備え身体を休めることだ」

「……」

「わかってるよな? 俺達の役割を」

「……わかったわ。明日まで休憩させて貰う。本部にも連絡しておくわ」

 

 相棒が頷いてくれた事に、斬魔は安心し笑顔になった。

 

「それでな──」

「?」

 

 斬魔は一変シリアスな顔になり、切実な声音でえりあに訴える。

 

「この重石、いい加減退けてくれッッ。もう足の感覚が無ぇんだ。マジでヤベェんだ。これじゃ明日ロクに闘えねぇ……ッッ」

「…………」

 

 えりあは相棒の無様な姿を見下ろしつつ、その足先をツンツンと指でつついた。

 

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!! テメェえりあ!! っざっけんなよ!!!! はぁぁ足がァァァァァッッ!!!!」

 

 絶叫を上げる斬魔を、フッと鼻で笑うえりあ。

 華仙はえりあの表情が和らいだ事に安心しつつ、二人の確かな絆を見て、頬を緩めるのであった。

 


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