villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「デスシティの三羽烏」

 

 時刻は昼過ぎ。

 大和は自室の窓から顔を出し、特大の欠伸をかいていた。

 空を見上げると暗い曇天が広がっている。

 陰る太陽は既に西に傾きつつあった。

 

 大和の住処は中央区にある質素なアパートだ。

 表世界でもよく見かけるタイプで、部屋もあまり広くない。

 

 一度の仕事で何千万も稼ぐ男の住処とはとても思えない。

 しかし、これには理由があった。

 

 大和は殺し屋という職業上、命を狙われやすい。

 暗殺者が部屋に侵入するなんてザラで、爆弾を仕掛けられて部屋ごと吹っ飛ばされたこともあった。

 故に、愛着を持てないのだ。

 

 大きく開けられた窓。

 そこから香水と女特有の甘ったるい匂いが抜けていく。

 

 大和の背後には何枚もの敷布団が敷かれており、その上に数名の美女が眠っていた。

 昨夜、大和が抱いた女たちだ。

 種族は全員人間。しかし出身が一人一人違う。

 

 日本人、アメリカ人、ロシア人、ドイツ人、タイ人、アフリカ人。

 それぞれ格別に美しい女たち。

 彼女たちは疲労で深い眠りについていた。

 

 彼女たちを一瞥し、大和は窓の外に視線を戻す。

 景色を眺めつつ、懐からラッキーストライクを取り出し火を付けた。

 

 中央区でも裏路地の治安は最悪だ。

 昼間なのにもかかわらず銃声と爆撃音、そして女の悲鳴が聞こえてくる。

 

 丁度、真下の道路で女連れの男がヤクザたちに殴殺されていた。

 彼女であろう女は泣き叫びながら助けを求めている。

 しかし、周囲の者たちは動かない。

 大和もだ。

 

 面倒事に巻き込まれたくない。

 金にもならない。

 だから、助ける必要がない。

 

 この都市の住民はどこまでも利己的だった。

 自分のためにしか動かない。

 

 欲情したヤクザたちが女を無理やり連れていく。

 その様子を眺め終わった大和は窓を閉じた。

 煙草の吸殻を灰皿に突っ込むと、部屋を出る準備を始める。

 

 着物を着て、帯を締め、真紅のマントを羽織り、腰に得物を差す。

 準備を終えた大和は寝ている女たちに素っ気なく告げた。

 

「起きたら出ていけよ」

「ん~」

「お~け~」

 

 女たちの気だるげな返事を聞き、大和は部屋を出る。

 階段を下りると、先ほどヤクザたちに殺された男が転がっていた。

 大和は無視して歩く。

 

 時刻は昼過ぎ。

 昨夜受けた依頼のタイムリミットが迫っている。

 大和は「流石に遊びすぎたか」とぼやきながら、標的のいる場所まで向かった。

 

 本日の天候は曇天。良好な部類だ。

 デスシティに快晴という概念はない。

 晴れていても曇り空。

 理由は度重なる科学実験で生じた有毒ガスと妖魔たちが醸す瘴気のせいだ。

 雨も降るし雪も降る。だが決して晴れることはない。

 

 道中、大和は甘い香りを嗅ぎとった。

 ほんのり酸味が利いた柑橘類の匂いだ。

 ここ一帯では珍しい香りだが、大和は何故か心当たりがあった。

 

 彼は唐突に後ろに振り返る。

 誰もいない。

 大和は顎をさすったが、それ以上のリアクションは見せなかった。

 

 暴力団の拠点は西区にある。

 大和の住処から近いので、そう時間はかからない。

 

 西区の様相は、一言で表せばスラム街だ。

 廃墟のような建物が幾つも点在し、壁にはスプレーを用いた落書きが走っている。

 剥き出しの電気ケーブルが散乱し、性別すらわからない死体が幾つも転がっている。

 住民たちはみすぼらしく、常に殺気立っている。

 

 この区の住民たちは力の弱い者や目立ちたくない者たちだ。

 なので、大和が現れればすぐに姿を消す。

 

 暫くして、大和は暴力団の拠点付近に到着した。

 遠目で二階建ての事務所を確認た大和は「さて、どうするか」と腰に手を当てる。

 

 うろうろと目を泳がせていると、乗用車を見つけた。

 表世界にもあるタイプで、重量は二トン近い。

 車内には誰も乗っていない。

 

「……クククッ」

 

 大和は喉を鳴らす。

 何かよからぬことでも思いついたのだろう。

 それはすぐに実践された。

 

「競技種目、車投げ。デスシティ代表・大和選手。いっきまーす♪」

 

 茶目っ気の利いた台詞と共に、大和は乗用車を片手で持ち上げる。

 規格外の怪力だ。

 大和は狙いを定めると、槍投げの要領で乗用車を投擲した。

 

 

 ◆◆

 

 

「デスシティの三羽烏?」

 

 乗用車が投擲される数分前。

 暴力団の事務所にて。

 

 葉巻を嗜んでいた組長は怪訝そうに首を傾げた。

 髪が薄く恰幅が良い、四十代ほどの男である。

 凝ったスーツを膨らますでっぷりとした脂肪は同性にすら嫌悪感を抱かせる。 

 

 組長の前には純白のスーツを着た大男が立っていた。

 年齢は三十代ほど。少し長めの黒髪をワックスでオールバックにしている。

 顔立ちは端正ながら傷だらけ。しかし品は損なっていない。カジュアルなサングラスがよく似合っていた。

 身長は二メートルほど。

 鍛えこまれた肉体はスーツの上からでも確認できる。

 その拳は度重なる鍛錬と実戦で変貌してしまったのだろう──岩石のように硬化していた。

 

 彼はデスシティでも腕利きと名高い用心棒だ。

 今回、組長の護衛を務めていた。

 

 彼は人懐っこい笑みで言う。

 

「旦那も聞いたことがあるでしょう? デスシティの三羽烏」

「ああ、腕利きの殺し屋たちだろう?」

「超犯罪都市で、腕利きの殺し屋たちです。──この意味、今の旦那なら理解できるでしょう?」

 

 用心棒は喋り方こそ軽いが、目が笑っていなかった。

 

 デスシティに拠点を置いて数ヵ月──組長はこの都市の恐ろしさをその身をもって体験していた。

 

 用心棒は言う。

 

「世界中から集まった悪党共がありとあらゆる悪事に勤しんでいる──それが此処、超犯罪都市デスシティです。ですが、この都市の本当の姿は「人類が手に負えなくなったバケモノや技術の溜まり場」だ。魔界都市と呼ばれることがあるが、そっちの方が核心を突いてる」

 

 用心棒は嗤う。

 その笑みは、魔界のバケモノの如く不気味だった。

 

「デスシティ全体で見れば、西区は比較的穏やかなほうです。表世界の常識が抜けなくても十分生きていける。旦那は頭が回るし、分を弁えてる。この都市の「ヤバイ奴ら」には関わろうとしない。だから、俺も安心しているんですよ」

 

 ですがね。

 そう言って、用心棒はサングラスの奥にある眼を細めた。

 

「三羽烏はその「ヤバイ奴ら」です。旦那には十分、注意していただきたい」

「……君でも」

「?」

「君でも、勝てないのか? その三羽烏には」

「……クハハッ」

 

 用心棒は笑った。

 乾いた笑い声だった。

 

「勝てませんよ。そもそも戦うって選択肢が間違ってる」

「ッ」

 

 用心棒は殺人空手の達人。デスシティでも名の知れた強者だ。

 そんな彼でも勝てない──組長は顔を真っ青にした。

 

「……関わりたくないな。絶対に」

「あ~……コレは残念な報告なんですがね?」

 

 用心棒は苦笑する。

 

「今、動いているんですよ。三羽烏の一羽が」

「……何だと?」

「三羽烏の一羽が動いています。それも一番ヤバイ奴が」

 

 用心棒の報告を聞いて、組長は目に見えて怯え出す。

 付きすぎた脂肪がブルブルと震えていた。

 

「儂を……儂を狙っているのか?」

「確証はありません。ですが、注意しておくべきでしょう」

「……ッ」

 

 組長は臆病者だった。

 しかし、臆病という性質はこの都市で最も必要なものだった。

 

 この都市で分を弁えない者は、次の日には死んでしまう。

 臆病であれば、命の危機を未然に回避することができる。

 

 組長には才能があった。

 彼は情報を欲していた。

 今動いている三羽烏の情報を。

 一つでも多く、一つでも有益な内容を──

 

 用心棒は察したのだろう、流暢に語り始める。

 その細かな気配りは、彼が腕利きの用心棒として信頼されている理由の一つだった。

 

「動いているのは大和ってヤツです。これがまた、台風みたいな野郎でね」

 

 用心棒は苦笑する。

 大和を語る様子は、まるで馬鹿な友達の話をしているかのようだった。

 

「曰く「人間核兵器」「暴力の天才」「物理最強」「神秘殺し」「虐殺者」。アイツは世界最強の殺し屋で世界一の武術家。超常の存在が跋扈するこの魔界都市でも、最強クラスの存在です」

 

 用心棒は人さし指を立てる。

 

「大和は三羽烏の中でも戦闘に特化してる。世界一の武術家の称号通り、あらゆる戦闘技術に精通しているんだ。特に白兵戦じゃ無敵。「暴力の天才」「物理最強」の二つ名は伊達じゃない」

 

 用心棒の話を組長は真面目に聞いていた。

 

 この都市の武術家は人智を逸脱したバケモノだ。

 弾丸を素手でキャッチするのなんて当たり前。

 装甲車を片手で引っくり返し、ジャンプでマンションを飛び越えてみせる。

 

 単体で国家戦力に比肩しうる──それが、デスシティの武術家だ。

 

 用心棒の話を聞いて、組長の大和に対する警戒度がグンと高まった。

 その様子を窺いながら、用心棒は丁寧な説明を続ける。 

 

「俺が十人居ても掠り傷一つ負わせられない。それくらいレベルが違う。でも、アイツの一番恐ろしいとことは強さじゃない。性格です」

「は? 性格……?」

「そうです、性格です」

 

 呆然とする組長に、用心棒は言う。

 

「そんだけの強さを誇りながら、アイツの思考回路はそこら辺のチンピラと変わらないんですよ。美女とお金が大好きで、暴力を振るうことに快感を覚えている。思考回路がかなり俗っぽい。……わかりますかね、この恐ろしさ」

「……手の付けられない強さを誇るチンピラか。確かに、この上無く厄介だな」

「ご理解頂けて何よりです。チンピラの理不尽を、強大な力で押し通す……本当に厄介な奴なんですよ」

 

 用心棒は溜息を吐く。

 彼は一気に話を進めた。

 

「で、肝心のソイツの動向なんですが……西区に向かっているらしいです」

「…………」

「旦那を狙っているとは限りませんよ? 西区を拠点にしている暴力団なんて星の数ほどある。旦那が狙われている確率はかなり低いでしょう」

「……一応、外に組員を配置しておくか」

 

 組長の提案に、用心棒は首を横に振るう。

 

「やめたほうがいいです。変に目ぇ付けられたらたまったもんじゃない。第一、俺に勝てない奴らじゃあ足止めにもならない」

「……わかった。取り敢えず、情報収集に徹するとしよう」

「信頼できる情報屋を何件か紹介しましょう」

「助かる」

 

 瞬間である──

 事務所に乗用車が投げ込まれたのは。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和の投擲した乗用車が事務所に直撃した。

 間を置かずに構成員が出てくる。

 その数、15名。

 

 彼らは一見すると普通の人間だが、骨肉にサイボーグ手術を施した強化人間だ。

 手術は簡易的だが、時速400kmの超特急の突進にも耐えられるだろう。

 武装は魔改造を施したPDW(個人防衛火器)、最新鋭のグレネードランチャー。

 他にも特殊繊維仕様のスーツ、各種魔除けのアミュレットなど──

 その気になれば表世界の軍事基地くらい壊滅できそうな装備をしている。

 

 しかし、この程度の装備はデスシティでは当たり前だった。

 大和にとって、彼らは一般人と同然だった。

 

 ──斬ッ

 

 いつの間にか、大和は15名の中間に佇んでいた。

 その手には赤柄巻の大太刀が握られている。

 焔の如き乱れ刃が煌けば、構成員全員の首から鮮血が迸った。

 

「さて……」

 

 血糊を払い、事務所を見上げる大和。

 二階建ての事務所には乗用車が刺さっている。

 

「大人しく待っとけよ。スパッと首を落としてやるから」

 

 嗤いながら事務所へと入っていく。

 ほどなくして組員達の断末魔の悲鳴が聞こえてきた。

 

「……」

 

 その様子を、離れた場所から見つめる第三者がいた。

 柑橘系の香りが仄かに漂う。

 フードを深く被った何者かは、大和に憎悪に満ちた視線を向けていた。

 

 


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