数時間後。
魔都と化したロンドンにやって来た大和、斬魔、えりあ。
ロンドンの様相は、それは酷い有様だった。
劣悪極まるバケモノ共が、栄華を誇っていた都市を我が物顔で徘徊している。
生存者はほぼ居ない。
此処は既に、人間が生きていける場所では無くなっていた。
倒壊している建物。死体を燃料に燃え上がる大火。所々で起こる大爆発。
白昼にも関わらず空は一面暗黒色。
曇天の合間を赤き稲妻が迸っている。
爆風に乗ってやってくる悪臭は、何万もの人間が焼き溶かされたものだった。
ロンドンの名所の一つ、バッキンガム宮殿の前で。
宮殿はほぼ倒壊しており、巨大化した患者の寝床と化していた。
巨大患者の体長は100メートルを優に超えている。
周囲では千を優に超える患者達が共食いを引き起こしていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図を前に、大和はケラケラと笑う。
「ハッハッハ! すげぇすげぇ! バケモノ共の巣窟じゃねぇか!」
大爆笑する大和に対し、えりあは表情を顰める。
「随分と楽しそうね。この深刻な事態で……」
「ロンドンがどうなろうが知ったこっちゃねぇからな。……さぁて」
大和は不気味に口角を歪めた。
「虐殺パーティーの時間だ。愉しませて貰うぜ」
躍り出る大和。
えりあはやれやれと溜息を吐いた。
斬魔は苦笑している。
「俺達も行こうぜ」
「ええ、天使病の患者は全て殲滅する。それが、天使殺戮士の使命だから」
斬魔は黒金の大鞘を、えりあは二丁拳銃を構え、大和に続いた。
◆◆
斬魔の横一閃が生温かい瘴気諸共、患者を一刀両断する。
その余波は倒壊していた建物すらもバターの様に斬り裂いた。
チンと、納刀の音が響き渡る。
視認すらできない超速度の抜刀。
見事の一言に尽きる。
しかし背後に迫る患者達。
斬魔は振り返りもせず跳躍。空中で回転しながら得物を抜き放つ。
銀光一閃。
斬月状の真空波は患者を一刀両断した。
共に断たれた大地は空間をも裂き、先に居た患者を真っ二つにする。
一方、えりあはバレットアーツで銃火の舞を踊っていた。
遠慮抜きで放たれる「祝福儀礼済み13mm劣化ウラン弾」は患者達を問答無用で爆散させる。
峻烈な攻め。それを飾るのは可憐なるステップ。
四方八方、曲射も用いた無数の弾丸は最後には患者達を爆死させた。
横薙ぎに振るわれた肉の凶刃を側転で避け、えりあは発砲を続行する。
また、銃撃の反動を全て乗せた回転蹴りは専用弾に勝るとも劣らない威力を発揮していた。
天使殺戮士達の蹂躙は終わらない。
瞬く間に物言わぬ肉塊の山が出来上がる。
「クハハッ! 雑魚掃除も楽しいもんだ!」
一方で、暴力の化身は嗤っていた。
天使病患者を両手で掴み、無造作に振り回している。
圧倒的腕力によって患者は成す術無く肉片に成り果てていた。
血の竜巻が発生し、瓦礫ごと患者を吹き飛ばす。
得物として振るわれる患者は瞬時に絶命してしまう。
なので、大和はその度に他の患者を掴み取って得物にしていた。
有無を言わさない圧倒的な暴力。
技術も糞もない。
大和は単純な肉体スペックで患者達を圧倒していた。
「で……そこで寝そべってるデケェの」
大和は駄目になった得物を投げ捨て、跳躍する。
数百メートルを一気に詰める大跳躍はコンクリートを砕き、巨大なクレーターを生んだ。
バッキンガム宮殿で寝そべっていた巨大患者は何事かと首をもたげる。
大和はその眼前まで跳んでくると、頭を掴み地面に叩き落とした。
「余裕ぶっこいてんじゃねェ」
巨大患者は地面にへばり付いた。
バッキンガム宮殿が完全に崩壊し、患者の腹の下で粉々になる。
何事かと呻いている巨大患者。
大和は嗤いながらソレを蹴り飛ばした。
「邪魔だ。どっか行ってろデブ!」
硬直している巨大患者に「大和シュート☆」が炸裂する。
巨大患者は500メートル以上もの距離を飛ばされた。
しかし大和の追撃は止まらない。
彼は地面に両指を突っ込み、地盤を持ち上げる。
「他の患者諸共、潰れちまいな!」
地面がめくり上がる。
まるでちゃぶ台返しの如く、地盤がひっくり返った。
500メートルを超える岩石が巨大患者の頭上に落下する。
震度4以上の地震が発生し、莫大な土煙が巻き上がった。
その中で、大和はケラケラと笑っていた。
「ハッハッハ! だせぇだせぇ!! 威勢が良いのは見た目だけかよ!!」
呵々大笑している大和に対し、よろけてしまったえりあと斬魔が苦言を漏らす。
「一人だけ戦闘のスケールが違うわね……」
「世界最強の殺し屋じゃなくて、世界最強のゴリラだな」
斬魔の言葉に、大和は過敏に反応する。
「オウ斬魔、誰がゴリラだ。こんなイケメンなゴリラが居るわけねぇだろ」
「ツッコミたい! 俺は今無性にツッコミを入れたいッ!」
「ふざけないで。まだ来るわよ」
患者達に囲まれる大和、斬魔、えりあ。
まだまだ数は減っていない。
まだ何十万も残っている。
大和は鼻で笑った。
「数を揃えりゃ良いってわけじゃねぇ。重要なのは質だ」
「それには同意するぜ」
「異論無し」
三名はそれぞれの得物を振るう。
斬魔は神速の抜刀術で患者を切り結び、えりあは乱射で患者達を穴だらけにする。
大和は気まぐれに抜刀術を放ったかと思えば、無造作に大太刀を振り回し患者達をなます斬りにした。
三者三様の大立ち回り。
しかし減らない。全く減らない。
このままでは埒が明かない──
そう思い始めた大和の思考に同調する様に、患者達が動きを止めた。
それも一斉にである。
何千何万もの患者が揃って止まったので、三名は疑問を覚えた。
「オイオイ、面倒くせェと思い始めた頃だが、こりゃどういう事だ?」
首を傾げる大和。
この事態を作り上げた張本人は、ロンドンの有名観光スポット、巨大観覧車「ロンドンアイ」の屋上に佇んでいた。
◆◆
大和達から遠く離れた場所で。
巨大観覧車ロンドンアイの屋上から、彼等の様子を眺めている美少女が居た。
短い桃色の髪が揺れる。
神聖さと妖艶さを混同させた漆黒の法衣がはためく。
彼女は紅蓮色の瞳を濡らし、背中にある濡羽色の翼を広げた。
「フフフ……」
元・四大天使の一角にして正義の熾天使。
宇宙開闢と終焉の焔を司る堕天使、ウリエル。
彼女はその薄桃色の唇に、不気味な笑みを浮かべていた。