Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十二話「悲しき再開、戦いの幕開け」

 

 倫敦が汚染されていく。

 世界が啼いていた。

 万象が嘆いていた。

 

 堕天使ウリエルは暗黒天の夜空を眺めながら、ふぅと溜息を吐く。

 そして呟いた。

 

「人間が天使を利用するだなんて、傲慢に過ぎるよ」

 

 ウリエルは人差し指を立て、指先に小さな灯火を浮かべる。

 彼女は厳かな声音で告げた。

 

「我が名を畏れる同胞達よ。静まれ、その在り方を忘れるな」

 

 朗々と紡がれた言霊は、有無を言わさぬ絶対的な命令。

 嘗て最も偉大な天使と謳われた少女の命令は、ロンドンに巣食うほぼ全ての天使病患者を停止させた。

 

 ウリエルはある気を感じ取り、その美麗な眉を顰める。

 

「流石に完全に天使病になった患者には効果は無い、か……。それに、僕の命令を無視できる存在が何名かいるみたいだ」

 

 それでも、ウリエルは安堵の笑みを浮かべていた。

 彼女の視線は、この世で最も屈強な益荒男に向けられていた。

 

「それでも世界は救われる。僕の勇者がその欲望を叶える「ついで」にね……。世界なんて、所詮その程度のものさ♪」

 

 堕天使は無垢な笑顔を浮かべた。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃。

 大和はウリエルの気配を感じ取り、何だよと肩を竦めた。

 

「アイツか……オイお前等、頼もしい援軍だ。気にせず先に進もうぜ」

 

 彼の言葉に、えりあと斬魔は互いに視線を合わせる。

 

「……援軍?」

「お前の知り合いか?」

「ま、そんな所だ。アイツの思想的に、今回の天使病の暴走は看過できるもんじゃなかったんだろう」

「????」

 

 斬魔は頭にハテナマークを浮かべた。

 一方えりあは、先日受けた華仙の忠告を思い出す。

 

 堕天使と呼ばれる存在がこの世に居る。

 彼女達は淫放でありながら、全盛期と同等かそれ以上の力を誇るという。

 

 天使病の患者達を問答無用で無効化できる存在など、彼女達しか思い浮かばない。

 えりあは含みを交えて大和に問う。

 

「援軍と呼ばれる存在は、周囲の患者達よりも格上の存在……という事かしら?」

 

 えりあの問いに大和は灰色の三白眼を丸めた。

 そして小さく笑う。

 

「ああ、その通りだ。でも詳細を話すのはやめようぜ。そんな空気じゃねぇ」

「同感よ。ありがとう。気を遣ってくれて」

「どーいたしまして」

 

 勝手に会話を進める二人に、斬魔は不満ありありといった様子で両手を広げた。

 

「おいおいおいおい、二人して何意味深な会話してんだよ。俺も混ぜろよ!」

「嫌だね」

「嫌よ」

「うわズッリー! 仲間外れは無しだぜ!」

 

 先へ進んでいく二人の背中を追いかける斬魔。

 彼等の道行く先で、患者達は呻き声を上げながら肉塊に成り果てていった。

 

 

 ◆◆

 

 

 廃都と化したロンドンを進んでいく三名。

 堕天使ウリエルの命令で、数十万単位の患者が自壊していた。

 都市内を腐臭と熱風が渦巻いている。

 

「……なんか来るな」

 

 大和はポソリと呟いた。

 唐突だったので、えりあと斬魔は目を丸める。

 大和は続けて呟いた。

 

「結構なヤリ手っぽいぜ。注意しな」

 

 それは武術家の直感なのだろう。

 えりあと斬魔は大和の見据える方向へ視線を向ける。

 

 退廃の風を切り抜け、三名の眼前で翼を広げた──人型の天使。

 曇天と赤き稲妻を背に、三名を睥睨している。

 

 恐らく天使病の患者なのだろう。

 が、これまでの患者とは一線を画している。

 その身は純白の翼で覆われていた。

 まるで穢れた身を覆い隠す様に、その身の殆どを覆っている。

 

 神々しかった。

 大和は思わず感嘆の溜息を吐く。

 

「スゲェな……天使病の患者でも、ここまで綺麗な奴がいるのか」

 

 大和とは対照的に、斬魔とえりあの表情は険しかった。

 

「何だ、あの患者は……」

「初めて見るタイプね」

 

 二人は既に得物を握っていた。

 天使病の感染者は、総じて醜い容姿をしている。

 霊子型ナノマシンが感染者の負の感情を糧にして、その肉体を変質させるからだ。

 

 それが当然であり、故に美しい筈はなかった。

 しかし、眼前の患者は美しかった。

 まるで本物の天使の様だった。

 

 降り立った謎の患者は純白の双翼を広げる。

 白雪の如く羽が舞い落ち、胸元が露わになった。

 

 その胸には、逆十字の深い刀傷が刻まれていた。

 そして唐突に携えた、見事な拵えの大太刀。

 

 黄金と黒金で塗装された黒鞘──

 えりあは唇を戦慄かせた。

 

「そんな……っ、キミは……ッ」

 

 驚愕しているえりあとは対照的に、斬魔は苦笑していた。

 しかし何時もの軽薄さはない。

 苦渋の表情を必死に堪えているのだ。

 

「何やってんだよ……ジークっ」

 

 腐れ縁でありライバルであった男に向かい、斬魔は震えた声を絞り出した。

 

 

 ◆◆

 

 

「何だ、知り合いか?」

 

 大和は二人に問いかける。

 しかし返答はない。

 そんな余裕が無かったのだ。

 

 斬魔は一歩前に出る。

 漆黒のロングコートを靡かせ、二名に告げる。

 

「わりぃ、先行っててくれ。コイツとは俺がケリつける」

「「……」」

 

 大和とえりあは視線を合わせる。

 二人共、察しが良い。

 斬魔の言葉に頷いてみせた。

 

「……死ぬなよ」

「絶対に追いつてきなさい」

「ああ」

 

 二人は斬魔と別方向に進む。

 例の患者──ジークは動かない。

 大和とえりあが遠く離れた事を確認した斬魔は、抜刀の構えを取った。

 

「待ってろ……すぐ楽にしてやる」

 

 多くは語らない。

 ふざけもしない。

 

 斬魔は真剣な表情で、嘗てのライバルと対峙した。

 

 

 ◆◆

 

 

「彼はジーク。同じプロテスタントの真世界聖公教会所属のエージェントで、斬魔の親友よ」

「……そうか」

 

 えりあから事情を聞いた大和は苦笑を浮かべる。

 えりあは続ける。

 

「彼は斬魔とは真逆の性格でね。よく喧嘩してたわ。傍から見れば世話焼き女房みたいで、とても微笑ましかった」

「……」

「天使殺戮士に成れる実力があったのに、自分の正義と合わないと辞退した……とても高貴な人」

 

 えりあの声には、珍しい響きが含まれていた。

 悲しみである。

 大和はふぅと、小さく溜息を吐いた。

 

「何時の時代にも居るもんだ、そういう誇り高い奴が……だが、世界はそういう奴に対して意地悪だ」

「……」

「胸糞悪ィ世界だぜ。守る価値なんてどこにもねぇ」

 

 えりあは目を見開く。

 大和の言葉に複雑な感情を覚えたのだ。

 大和は苦笑する。

 

「わりぃ。独り言だ、気にすんな」

「……っ」

 

 きっと彼は、同じような経験を何度もしてきたのだろう。

 誇り高い者達が無残に死に往く様を、何度も見てきたのだろう。

 

 そう考えると、今の彼の在り方はとても……

 

「……ごめんなさい」

 

 えりあは呟いた。

 大和は小首を傾げる。

 

「何がだ?」

「……わたし、キミを少し勘違いしてた」

「……クククッ」

 

 大和が苦笑する。

 ふと、えりあの頬に熱い何かが触れた。

 大和の唇だった。

 

「何も勘違いしてねぇさ。俺は美女と金が大好きな、ただの殺し屋だ」

「……」

 

 肩をぽんぽん叩かれたえりあ。

 踵を返した大和の背中を見つめ、彼女は微笑した。

 ソレは、哀しさを込めた微笑だった。

 

(……優しいのね、キミは)

 

 

 ◆◆

 

 

 瓦礫の広がる道を歩いていると、敵対者が現れた。

 敵対者だとわかったのは、彼女が溢れんばかりの殺意と狂気を向けてくるからだ。

 

「アハハ♪ きたきた♪ しかも情報通り、大和様がいるじゃな~い♪ いや~ん興奮しちゃう~♪」

 

 廃墟の上でケタケタ嗤っている狂人。

 金色のメッシュが入った黒髪。

 缶バッジまみれの革ジャン、ローライズのホットパンツというゴシックパンク風の服装。

 両手には禍々しい二丁拳銃を携えている。

 

 彼女を見て、大和が表情を顰めた。

 

「撃ち狂いか……厄介な女が出てきたな」

「知り合い?」

 

 えりあに問われ、大和は嫌悪感を隠さず舌を出す。

 

「馬鹿言え、何度かストーカーされただけだ」

「そう……」

「デスシティでA級認定されてる腕利きの殺し屋だ。実力は申し分ねぇ。お前じゃキツイ相手だ、俺がやる」

 

 大和が一歩出て、大太刀の赤柄巻を握る。

 しかし、えりあが更に一歩前に出た。

 

「舐めないで。わたしがやるわ」

「言っただろ、テメェじゃキツい相手だ。殺されるぞ」

「大丈夫よ、わたしは死なない」

 

 えりあに胸襟を握られる大和。

 その無機質な瞳の奥に宿る確固とした決意を、大和は信じる事にした。

 笑いながら大太刀から手を離す。

 

「なら任せるぜ」

「ええ。キミと斬魔のサポートをするのがわたしの役目だから」

「死ぬなよ。死んだら約束の一夜がパァになっちまう」

「そんな約束をした覚えはないわ」

 

 キッパリ言われ、大和はやれやれと肩を竦める。

 だが嬉しそうに笑っていた。

 

「またな」

「ええ、先に居る奴は任せたわ」

 

 短い間だが、二人は互いを信頼していた。

 大和はえりあに背中を預け、えりあも大和に行く末を託した。

 

 離れていく大和に撃ち狂い──サーシュは悩まし気な視線を送る。

 

「あ~ん♪ 大和様行っちゃった……でもまっ、嬲り甲斐のありそうな子が残ってくれたし♪ まずは貴女でこの火照りを解消しちゃおうかしら♪」

 

 ただでさえ際どい胸元をはだけさせるサーシュ。

 えりあは無表情で愛銃を構えた。

 

 

 ◆◆

 

 

「さて……華も無くなっちまったし、こりゃラスボスに期待するしかねぇなァ。美少女とかだったりしねぇかなァ。そしたら後々……クックック」

 

 極悪な笑みを浮かべながら下駄を鳴らす大和。

 廃都と化しているロンドンに最早地形などありはしない。

 

 大英博物館の前辺りで──

 大和の前に、漆黒の法衣を着た男が立ち塞がった。

 天使教の幹部である。

 彼は余裕のある笑みを浮かべていた。

 

「天使殺戮士が来ると思っていたのだが……まさか君が来るとはね、世界最強の殺し屋──大和」

「テメェがラスボスか?」

「そうだとも」

「なんで美少女じゃねぇんだよ」

「意味がわからないな」

「ハァァ……」

 

 大和は落胆で肩を落すと、ボチボチ呟き始める。

 

「美少女だったらお楽しみタイムだったんだが……」

「噂に違わぬ低俗ぶりだ。反吐が出そうだよ」

「ハッ、ほざいてろ三下」

 

 鼻で笑う大和の頬に、剛拳が迫る。

 轟音。大和は百メートル近い距離を殴り飛ばされた。

 瓦礫が巻き上がり、土煙が入道雲を作る。

 

 幹部はその大きな右拳を掲げた。

 額には病的なまでの青筋が立っている。

 筋肉は異常なほど肥大化していた。

 

 肉体に霊子型ナノマシンを直接注入し、驚異的な力を得ているのだ。

 ナノマシンの暴走と共に肉体が膨張し、それを驚異的な信仰心で抑えている。

 

 幹部は嗤った。

 

「あまり油断しないほうがいいぞ。今の私は御使い方の加護を授かっているのだ」

 

 その言葉には絶対の自信が滲んでいた。

 大和は頬に添えていた左手を払う。

 直前でガードしたのだ。

 

 彼は遠くで調子に乗っている幹部に嗤いかける。

 

「へぇ……少しは楽しめそうじゃねぇの」

 

 暗い笑みと共に、ギザ歯を剥く。

 魔都ロンドンで、それぞれの決戦が始まろうとしていた。

 

 

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