villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十五話「英雄だった男」

 

 

 天使教の幹部は自身の肉体に霊子型ナノマシンを注入し、超強化を果たしていた。

 その肉体は肥大化し、上半身の法衣は弾け飛んでいる。

 不気味に蠢く筋肉は、更なる進化を果たそうと躍起になっていた。

 

「ハハハハハハハハ!!!!」

 

 幹部は笑いながら大和の顔面をぶん殴る。

 ゴキンと、金属を潰す様な嫌な音が響き渡った。

 

 幹部はそのまま大和にラッシュを浴びせる。

 人外の筋肉が齎す拳撃は、一撃一撃が山河を砕き海を割るに足りた。

 衝撃で地盤が砕け、空気が振動する。

 ロンドンという都市そのものに亀裂が奔りそうな勢いだった。

 

「どうした!? 手も足も出ないかね!!」

 

 大和の肝臓に左アッパーを打ち込み、その際生じた捻りで右ストレートを放つ。

 大和は大英博物館に衝突した。

 世界的歴史を誇る博物館が呆気なく崩壊してしまう。

 

 巻き上がった土煙の中、幹部は更なる追い打ちをかけた。

 未だ倒れていない大和の左右テンプルに渾身のフックを二発叩き込む。

 衝撃波で空間が割れる。

 周囲にあるものが全て吹き飛び、粉々になった。

 

 幹部は高揚感に任せて謳う。

 

「世界最強の殺し屋──貴殿は何のためにこの地に来た。この腐った世界で、貴殿は一体何を成そうと言うのかね!? 人間は尊き自然を破壊し、貪り、挙句の果てに戦争を引き起こす! 一見平和な国も、私腹を肥やす薄汚い政治家共の巣窟だ!! それを知らぬ愚民共はことさら醜く、愚かしい!!」

 

 ラッシュ、ラッシュ。

 暴力の嵐が吹き荒れる。

 幹部は己の想いを打ち明けつつ、猛攻撃を続ける。

 

「挙句の果てには、デスシティなどという不浄と淫蕩の都市が存在する始末だ!! 人類など、滅んでしまえば良いのだ!!」

 

 最後に渾身の右ストレートを放ち、幹部は笑う。

 

「我ら天使教が新人類と成りて世界を統治し、作り変える──それこそが我らが信条!! 我等が教義なり!!」

 

 数百メートルの距離を飛ばされた大和。

 最早幹部は人間を逸脱した存在──魔人に成りつつあった。

 しかし、大和は一度も倒れていない。

 ガードもしていないのに、血すら流していなかった。

 

 そのかわり──眉間に何本もの青筋を立てている。

 

「ぐだぐだぐだぐだ……ッ」

 

 地の底から出した様なドスの利いた声を響かせ──―

 

 

「うるせぇ!!!!!!」

 

 

 地を思い切り踏みしめた。

 瞬間、震度六以上の大地震が発生する。

 同時に怒声による超音波が周囲にあるもの一切合切を粉微塵にした。

 

 幹部は訳もわからないまま吹っ飛ばされる。

 

 大和は鬼の形相で言い放った。

 

「世界の情勢なんざ知ったこっちゃねぇんだよ!!!! 有象無象の事なんざ心底どうでもいい!!!! 俺は!! 俺が幸せなら後はどうでもいいんだよ!!!!」

 

 起き上がった幹部は思わず目を丸めた。

 彼の言い分があまり低俗で、陳腐な内容だったからだ。

 まるで小学生の暴論。

 

 しかしこの男──大和は本気だった。

 本気でそう思っているのだ。

 

 彼は幹部に手招きする。

 

「御託ほざいてねぇで本気でかかってこい。まさか、さっきのが本気たァ言わねぇよな? がっかりさせてくれるなよ」

 

 あれ程の猛攻を受けたのに、大和はケロりとしていた。

 幹部は憤怒で総身を震わせた後、雄叫びを上げて彼に襲いかかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 違和感は覚えていた。

 幾ら全力で打撃を打ち込んでも、大和は倒れないのだ。

 

 拳に衝撃は伝わる。

 しかし、骨肉を潰す感触が伝わらない。

 むしろ、拳より硬いナニカを殴ったせいで腕が麻痺していた。

 

 幹部は戸惑っていた。

 自分は明らかに強くなっている。

 今現在も成長を続けている。

 

 しかし──大和に勝てるビジョンが全く浮かばない。

 むしろ成長すればする程、彼我の差を強く感じてしまう。

 

「オオオオオオオオオオ!!!!」

 

 恐怖を打ち払う様に拳打を放つ幹部。

 繰り出された剛拳は、大和の頬にクリーンヒットした。

 

 しかし──大和は平然と立っていた。

 

「技術も才能も中々、場数も踏んでる。今の一撃も、芯を捉えていれば地球を壊せるレベルだった」

 

 幹部は即座に距離を取る。

 その身体から大量の脂汗を噴いていた。

 

 大和は嗤う。

 

「大した強さじゃねぇの。だが、それも平和ボケした表世界での話だ。──デスシティにゃあテメェ程度の奴、ゴマンといる」

 

 嘲笑を向けられ、幹部は震えた。

 怒髪天を怒りを以て咆哮する。

 

「私を──この私を!! 貴様の物差しで測るなァァァァッ!!!!」

 

 突撃する幹部。

 大和はその大きな手で拳骨を作った。

 

「本物のパンチってのを、教えてやるぜ」

 

 迫り来る幹部と呼吸を合わせ、彼の顔面に右拳を被せる。

 芸術的に入ったクロスカウンター。

 顔面の骨肉が粉砕する感触がその拳に伝わった。

 

 大和はギザ歯を剥き出す。

 同時に肩、腰、足、のみならず筋肉繊維、関節、骨格を引き絞る。

 そうして生まれた莫大なエネルギーを拳に集約、解き放った。

 

 至高の右ストレート。

 世界最強の武術家が放った右拳は、その衝撃だけでロンドンを完全崩壊させた。

 

 地軸がずれ、大地が流動する。

 大気が空間ごと吹き飛び、曇天が二つに分かれる。

 チラリと見えた青空、その遥か彼方まで拳圧が突き抜けた。

 欧州大陸の低気圧が根こそぎ吹っ飛ばされる。

 

 地球の核に衝撃が行き届くも、大和は合気で余分な力を外部へ受け流す。

 そうしなければ、余波だけで地球が粉々になってしまうのだ。

 

 パンチを放った後、大和は懐からラッキーストライクを取り出し、火を点けた。

 紫煙を吐き出していると、背後から何かが降ってくる。

 流れ星の如く横を通り過ぎたのは、顔面を陥没させた幹部だった。

 

 彼は短時間で地球を一周してきたのだ。

 大和は再度紫煙を吐き出し、笑う。

 

「どうだった? 世界一周の旅は」

 

 応答は無い。

 当然である。

 

 曇天の裂け目から陽光が零れる。

 ソレに照らし出されながら、大和は告げた。

 

「一つだけ言わせろ。叶えてぇ夢があるなら、貫きてぇ信念があるなら、自分の力で成し遂げろ。ご都合主義(霊子型ナノマシン)なんかに頼ってんじゃねぇよ」

 

 どれだけ低俗でも、どれだけ最低でも。

 彼は自分の身一つで最強に至った男なのだ。

 幾度となく人類史を救った、大英雄なのだ。

 

 真紅のマントを靡かせるその立ち姿は、惚れ惚れするほど堂々としていた。

 

 

 


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