大和が紫煙を吹かしていると、斬魔とえりあがやって来た。
斬魔はまず、大和に対して怒声を上げる。
「少しは手加減しろ!! 余波で死ぬかと思ったわ!!」
「ハッハッハ!! 何だテメェ!! ボロボロじゃねぇか! ダセぇ!!」
「うるせぇ!!」
喚く斬魔、爆笑する大和。
それを見比べ、嘆息するえりあ。
彼女は大和に問う。
「終わったの?」
「おう、アレがそうだろう?」
大和は完全にのびている天使教の幹部を指す。
えりあは冷たい視線をソレに向けた。
「まだ死んでないわね……よかった。色々と聞きたい事があるから」
「おー怖い怖い」
大和は肩を竦めながら、二人に近寄る。
斬魔の前までやって来ると、その身体をジロジロ見始めた。
「な、なんだよ……」
「ジッとしてろ」
大和は斬魔の身体を指で数回刺す。
斬魔は激痛で悲鳴を上げた。
「いってぇぇぇ!! 何すんだ!!」
「動けるだろ?」
「……!!?」
己の肉体が正常に動いている事に驚愕する斬魔。
あばら骨を含め、数ヵ所骨折していた筈だが──最早痛みすら感じない。
大和はギザ歯を出した。
「経絡、経穴を突いて俺の闘気を流し込んだ。骨や内臓程度なら修復できた筈だ。応急手当だから、帰ったらちゃんと治療しろよ」
「仙人かお前は!!」
「武術は医学に通じるんだよ」
斬魔のツッコミを大和は軽く受け流す。
唐突に、えりあが二丁拳銃を取り出した。
大和と斬魔は何事かと振り返る。
天使病の幹部が起き上がっていた。
彼は鼻血を吹き出しながら絶叫する。
「おのれェっ、おのれおのれおのれェェェェェェェ!!!!!! よくもッ!!!! この私を!!!! 地に這わせてくれたな殺し屋ァ!!!! 万死に値するぞォォォォッ!!!!」
「鼻血ブーがほざくんじゃねェよ、バーカ」
大和が舌を出すと、幹部は更に怒り狂う。
「私は天使教の幹部だぞ!!!! いずれ人類を導く宿命を背負った偉大なる存在なのだぞ!!!! それを貴様ァァァァァァ!!!!」
激高し、のたうち回る幹部。
最早、立ち上がる事もできないのだ。
歪んだプライドを見せつけられ、哀れみの表情を浮かべる三名。
幹部の身に突如、異変が起きる。
右肩の肉が膨張し、腹が裂けた。
溢れ出た内臓には魚のヒレや蟲の足が生えており、不気味に蠢いている。
上半身はあっという間に他種族の目玉や口で覆われた。
ゲラゲラと不快な笑い声を上げる己の肉体に対し、幹部は真の絶望の顔を見せた。
この症状を、彼はよく知っていた。
「そ、そんな……ッッ、よりによってこの私がッ!! 何故だァァァァァァァ!!!!!!!!」
霊子型ナノマシンの暴走──天使病。
膨張し、口も塞がれ、ただのバケモノに成り果てていく幹部に、大和は嗤いながら告げた。
「傲慢だろ」
「傲慢だな」
「傲慢ね」
斬魔とえりあも頷く。
ロンドンの空が再び曇天に覆われた。
赤き稲妻が奔り、重たい瘴気が漂い始める。
先程まで幹部だったバケモノは、ロンドンに滞在する霊子型ナノマシンを掻き集めていた。
とんでもない怪物が生まれようとしていた。
それでも大和の笑みは崩れない。
むしろ深みを増していた。
彼は両手を広げる。
「いいぜ……面白くなってきた! ラスボスはこうでなくっちゃな!」
◆◆
ソレは、穢れた太陽だった。
触手をフレアの如く伸縮させ、目玉を黒点の如く明滅させている。
羽を生やし、角を生やし、脚を生やし、手を生やしている、全長500メートルを超える──肉の塊。
それが、大和達の頭上で浮遊していた。
「でけぇ……」
思わず呻く斬魔。
えりあも生唾を飲み込んた。
対天使病のプロフェッショナルである彼等でも、この規模の天使病患者は初めてらしい。
大和は顎を擦る。
「100万──いいや、500万以上か。ここまで来ると、最下位とは言え純粋天使に匹敵するな」
感慨深げに呟くと、大和は斬魔とえりあに問いかける。
「どうする? テメェ等の手には余る相手だ。俺がサクっと倒してやろうか?」
その問いに、斬魔とえりあは互いに顔を見合わせる。
そして笑った。
「冗談はよせよ」
「わたし達は天使殺戮士──」
「天使病の患者は必ず殺す」
「それが、わたし達の唯一であり絶対の使命」
大和の両脇を通り過ぎる両名。
彼等は既に得物を構えていた。
その背を見て、大和は思い出す。
嘗ての自分達を。
『背中は預けるぜ、アラクネ』
『ええ。存分に暴れて頂戴、大和』
その時交わした言葉まで思い出して──大和は苦笑した。
彼は進んでいく二人の背を叩く。
「作戦がある。俺はサポートだ。メインはテメェ等にくれてやる」
「どうするの?」
えりあの問いに大和は答える。
「アレは周囲に
二人は件の巨大患者を注視する。
その巨体を覆う様に神聖文字の障壁が張り巡らされていた。
ジークの扱ったものと同じだ。
しかし密度と枚数が段違いである。
斬魔は苦笑した。
大和は続ける。
「俺がアレをぶち抜く」
「できるのか?」
「おう」
大和は力強く頷く。
「でも準備に少し時間がかかる。お前等はそれまで俺を護衛してくれ。準備ができたら、必ずアレをぶち抜く。そしたらお前等でトドメを刺せ」
「ああ」
「わかったわ」
二人は頷き、大和の左右に佇む。
話を理解し、即座に実行できる二人に対し、大和は信頼の笑みを浮かべた。
彼は異空間から得物を取り出す。
己の身長と同程度の尺を誇る長弓だった。
大和は矢を取り出し、番え、構える。
大和の得物は全て世界一の鍛冶師──
この弓は五人張りの強弓。
しかし只の五人張りでは無い。
天地を片手で支えられる巨人族による五人張りだ。
大和の超怪力によって優々と弦が引かれる。
矢に闘気が注入され、大和自身も濃密な闘気を纏う。
すると、巨大患者が反応した。
300本は優に超えるであろう触手を大和に向けて飛ばす。
斬魔とえりあはその全てをあしらった。
抜刀術で斬り伏せ、銃撃で爆散させる。
大和は嗤いながら大声で告げた。
「テメェ等!! 準備しろ!!」
大和は闘気を開放する。
その周囲を爆風が吹き抜ける。
両足を支える地面は強大な圧力に耐え切れず、陥没した。
全力で手加減しても星を消し飛ばし、銀河を貫いてしまう必殺の一矢。
嘗て「万象穿つ」と魔王から絶賛された、「武神」の二つ名の所以。
「神穿ちの矢」
流星一条。
埒外の闘気が内包された弓矢は瞬時に光速を超え、時間の束縛も振り切った。
破滅の閃光たるこの一撃を防ぐ手段は無い。
避ける手段も無い。
放たれた時点で、既に相手は穿たれている。
幾重にも展開されたエンジェル・ベールも意味を成さない。
あらゆる事象現象を遮断してしまう無敵結界も、武の極致の一端を防ぐ事は叶わないのだ。
エンジェルベールを突破され、同時に身体の半分を消し飛ばされた巨大患者。
絶叫を上げるその中心点に、幹部だった男で形成された核があった。
心臓部分である。
遅れてやってくる神穿ちの矢の衝撃波。
巨大患者は吹き飛ばされそうになりながらも、弱点を隠そうと肉体の修復を始める。
しかし、二名の天使殺戮士がそれを許さない。
えりあの専用弾「祝福儀礼済み13mm劣化ウラン弾」が躍動する肉を抑え、それ以上の回復を抑えた。
曝け出された核。
躍り出る漆黒の美青年。
斬魔は愛刀「羽根落とし」を鞘から放つ。
銀光一閃。
万魔を断つ至上の斬撃は、そのまま核を両断する──筈だった。
「!!」
絶対絶命でのエンジェルベール。
辛うじて発生した神聖文字が斬魔の刃を阻んだ。
「クソったれ……!!!!」
斬魔は顔を歪める。
己では決して断ち切れない聖域の権現。
幾ら腕に力を込めようとも、刃がそれ以上進まなかった。
焦燥する斬魔。
そんな彼に、何者かが囁きかける。
『負けるな。お前はオレ達の希望──天使殺戮士だろう』
「!!」
『俺の魂は偽りの神聖を断ち切る。信じろ──』
斬魔は唇を噛みしめる。
今は亡き、友の声が確かに聞こえたのだ。
「……アア、信じるぜ!! ジークっ!!!!」
斬魔の愛刀「羽根落とし」の乱れ刃が揺れる。
焔の如きあの男の生き様を体現した波紋は、エンジェルベールを断ち切った。
断末魔の悲鳴が木霊する。
肉が崩れ、骨が溶け落ちる。
偽りの太陽が沈んでいく。
曇天が晴れ、陽光が顔を覗かせた。
大和は斬魔を見上げ、感慨深げに三白眼を細めた。
「友情パワーか、俺には到底出せない力だ……眩しいねぇ」
最強に至っても、修得できない力がある。
大和は眩しそうに手をかざしていた。