villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十六話「最終決戦!!」

 

 大和が紫煙を吹かしていると、斬魔とえりあがやって来た。

 斬魔はまず、大和に対して怒声を上げる。

 

「少しは手加減しろ!! 余波で死ぬかと思ったわ!!」

「ハッハッハ!! 何だテメェ!! ボロボロじゃねぇか! ダセぇ!!」

「うるせぇ!!」

 

 喚く斬魔、爆笑する大和。

 それを見比べ、嘆息するえりあ。

 

 彼女は大和に問う。

 

「終わったの?」

「おう、アレがそうだろう?」

 

 大和は完全にのびている天使教の幹部を指す。

 えりあは冷たい視線をソレに向けた。

 

「まだ死んでないわね……よかった。色々と聞きたい事があるから」

「おー怖い怖い」

 

 大和は肩を竦めながら、二人に近寄る。

 斬魔の前までやって来ると、その身体をジロジロ見始めた。

 

「な、なんだよ……」

「ジッとしてろ」

 

 大和は斬魔の身体を指で数回刺す。

 斬魔は激痛で悲鳴を上げた。

 

「いってぇぇぇ!! 何すんだ!!」

「動けるだろ?」

「……!!?」

 

 己の肉体が正常に動いている事に驚愕する斬魔。

 あばら骨を含め、数ヵ所骨折していた筈だが──最早痛みすら感じない。

 

 大和はギザ歯を出した。

 

「経絡、経穴を突いて俺の闘気を流し込んだ。骨や内臓程度なら修復できた筈だ。応急手当だから、帰ったらちゃんと治療しろよ」

「仙人かお前は!!」

「武術は医学に通じるんだよ」

 

 斬魔のツッコミを大和は軽く受け流す。

 唐突に、えりあが二丁拳銃を取り出した。

 大和と斬魔は何事かと振り返る。

 

 天使病の幹部が起き上がっていた。

 彼は鼻血を吹き出しながら絶叫する。

 

「おのれェっ、おのれおのれおのれェェェェェェェ!!!!!! よくもッ!!!! この私を!!!! 地に這わせてくれたな殺し屋ァ!!!! 万死に値するぞォォォォッ!!!!」 

「鼻血ブーがほざくんじゃねェよ、バーカ」

 

 大和が舌を出すと、幹部は更に怒り狂う。

 

「私は天使教の幹部だぞ!!!! いずれ人類を導く宿命を背負った偉大なる存在なのだぞ!!!! それを貴様ァァァァァァ!!!!」

 

 激高し、のたうち回る幹部。

 最早、立ち上がる事もできないのだ。

 歪んだプライドを見せつけられ、哀れみの表情を浮かべる三名。

 

 幹部の身に突如、異変が起きる。

 

 右肩の肉が膨張し、腹が裂けた。

 溢れ出た内臓には魚のヒレや蟲の足が生えており、不気味に蠢いている。

 上半身はあっという間に他種族の目玉や口で覆われた。

 

 ゲラゲラと不快な笑い声を上げる己の肉体に対し、幹部は真の絶望の顔を見せた。

 この症状を、彼はよく知っていた。

 

「そ、そんな……ッッ、よりによってこの私がッ!! 何故だァァァァァァァ!!!!!!!!」

 

 霊子型ナノマシンの暴走──天使病。

 膨張し、口も塞がれ、ただのバケモノに成り果てていく幹部に、大和は嗤いながら告げた。

 

「傲慢だろ」

「傲慢だな」

「傲慢ね」

 

 斬魔とえりあも頷く。

 ロンドンの空が再び曇天に覆われた。

 赤き稲妻が奔り、重たい瘴気が漂い始める。

 

 先程まで幹部だったバケモノは、ロンドンに滞在する霊子型ナノマシンを掻き集めていた。

 とんでもない怪物が生まれようとしていた。

 それでも大和の笑みは崩れない。

 むしろ深みを増していた。

 

 彼は両手を広げる。

 

「いいぜ……面白くなってきた! ラスボスはこうでなくっちゃな!」

 

 

 ◆◆

 

 

 ソレは、穢れた太陽だった。

 触手をフレアの如く伸縮させ、目玉を黒点の如く明滅させている。

 羽を生やし、角を生やし、脚を生やし、手を生やしている、全長500メートルを超える──肉の塊。

 それが、大和達の頭上で浮遊していた。

 

「でけぇ……」

 

 思わず呻く斬魔。

 えりあも生唾を飲み込んた。

 

 対天使病のプロフェッショナルである彼等でも、この規模の天使病患者は初めてらしい。

 大和は顎を擦る。

 

「100万──いいや、500万以上か。ここまで来ると、最下位とは言え純粋天使に匹敵するな」

 

 感慨深げに呟くと、大和は斬魔とえりあに問いかける。

 

「どうする? テメェ等の手には余る相手だ。俺がサクっと倒してやろうか?」

 

 その問いに、斬魔とえりあは互いに顔を見合わせる。

 そして笑った。

 

「冗談はよせよ」

「わたし達は天使殺戮士──」

「天使病の患者は必ず殺す」

「それが、わたし達の唯一であり絶対の使命」

 

 大和の両脇を通り過ぎる両名。

 彼等は既に得物を構えていた。

 

 その背を見て、大和は思い出す。

 嘗ての自分達を。

 

『背中は預けるぜ、アラクネ』

『ええ。存分に暴れて頂戴、大和』

 

 その時交わした言葉まで思い出して──大和は苦笑した。

 彼は進んでいく二人の背を叩く。

 

「作戦がある。俺はサポートだ。メインはテメェ等にくれてやる」

「どうするの?」

 

 えりあの問いに大和は答える。

 

「アレは周囲に天使の羽衣(エンジェルベール)を纏ってる。それも多重にだ。お前等にアレを突破するのは難しい」

 

 二人は件の巨大患者を注視する。

 その巨体を覆う様に神聖文字の障壁が張り巡らされていた。

 

 ジークの扱ったものと同じだ。

 しかし密度と枚数が段違いである。

 斬魔は苦笑した。

 

 大和は続ける。

 

「俺がアレをぶち抜く」

「できるのか?」

「おう」

 

 大和は力強く頷く。

 

「でも準備に少し時間がかかる。お前等はそれまで俺を護衛してくれ。準備ができたら、必ずアレをぶち抜く。そしたらお前等でトドメを刺せ」

「ああ」

「わかったわ」

 

 二人は頷き、大和の左右に佇む。

 話を理解し、即座に実行できる二人に対し、大和は信頼の笑みを浮かべた。

 

 彼は異空間から得物を取り出す。

 己の身長と同程度の尺を誇る長弓だった。

 

 大和は矢を取り出し、番え、構える。

 大和の得物は全て世界一の鍛冶師──百目鬼村正(どうめき・むらまさ)が手掛けた一品だ。

 

 この弓は五人張りの強弓。

 しかし只の五人張りでは無い。

 天地を片手で支えられる巨人族による五人張りだ。

 

 大和の超怪力によって優々と弦が引かれる。

 世界樹(ユグドラシル)の芯で製造された長弓が「ギギギ」と軋みを上げた。

 

 矢に闘気が注入され、大和自身も濃密な闘気を纏う。

 すると、巨大患者が反応した。

 300本は優に超えるであろう触手を大和に向けて飛ばす。

 

 斬魔とえりあはその全てをあしらった。

 抜刀術で斬り伏せ、銃撃で爆散させる。

 

 大和は嗤いながら大声で告げた。

 

「テメェ等!! 準備しろ!!」

 

 大和は闘気を開放する。

 その周囲を爆風が吹き抜ける。

 両足を支える地面は強大な圧力に耐え切れず、陥没した。

 

 全力で手加減しても星を消し飛ばし、銀河を貫いてしまう必殺の一矢。

 嘗て「万象穿つ」と魔王から絶賛された、「武神」の二つ名の所以。

 

「神穿ちの矢」

 

 流星一条。

 埒外の闘気が内包された弓矢は瞬時に光速を超え、時間の束縛も振り切った。

 

 破滅の閃光たるこの一撃を防ぐ手段は無い。

 避ける手段も無い。

 放たれた時点で、既に相手は穿たれている。

 

 幾重にも展開されたエンジェル・ベールも意味を成さない。

 あらゆる事象現象を遮断してしまう無敵結界も、武の極致の一端を防ぐ事は叶わないのだ。

 

 エンジェルベールを突破され、同時に身体の半分を消し飛ばされた巨大患者。

 絶叫を上げるその中心点に、幹部だった男で形成された核があった。

 心臓部分である。

 

 遅れてやってくる神穿ちの矢の衝撃波。

 巨大患者は吹き飛ばされそうになりながらも、弱点を隠そうと肉体の修復を始める。

 しかし、二名の天使殺戮士がそれを許さない。

 えりあの専用弾「祝福儀礼済み13mm劣化ウラン弾」が躍動する肉を抑え、それ以上の回復を抑えた。

 

 曝け出された核。

 躍り出る漆黒の美青年。

 

 斬魔は愛刀「羽根落とし」を鞘から放つ。

 銀光一閃。

 万魔を断つ至上の斬撃は、そのまま核を両断する──筈だった。

 

「!!」

 

 絶対絶命でのエンジェルベール。

 辛うじて発生した神聖文字が斬魔の刃を阻んだ。

 

「クソったれ……!!!!」

 

 斬魔は顔を歪める。

 己では決して断ち切れない聖域の権現。

 幾ら腕に力を込めようとも、刃がそれ以上進まなかった。

 

 焦燥する斬魔。

 そんな彼に、何者かが囁きかける。

 

『負けるな。お前はオレ達の希望──天使殺戮士だろう』

「!!」

『俺の魂は偽りの神聖を断ち切る。信じろ──』

 

 斬魔は唇を噛みしめる。

 今は亡き、友の声が確かに聞こえたのだ。

 

「……アア、信じるぜ!! ジークっ!!!!」

 

 斬魔の愛刀「羽根落とし」の乱れ刃が揺れる。

 焔の如きあの男の生き様を体現した波紋は、エンジェルベールを断ち切った。

 

 断末魔の悲鳴が木霊する。

 肉が崩れ、骨が溶け落ちる。

 偽りの太陽が沈んでいく。

 

 曇天が晴れ、陽光が顔を覗かせた。

 大和は斬魔を見上げ、感慨深げに三白眼を細めた。

 

「友情パワーか、俺には到底出せない力だ……眩しいねぇ」

 

 最強に至っても、修得できない力がある。

 大和は眩しそうに手をかざしていた。

 


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