villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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十七話「レッツ・ダンスマカブル」

 

 天使病の一件が終わってから三日後。

 魔界都市の様相に変化はなかった。

 ロンドンで数百万人規模の大殺戮が起こったのにも関わらず、だ。

 

 世界最悪の治安を誇る超犯罪都市デスシティにおいて、数百万の命「程度」は関心の対象にもならないのだ。

 この都市には、それ以上の命を使い潰している鬼畜外道が平然と闊歩している。

 

 デスシティ中央区にて。

 七色のネオンが煌き、巨大な立体ホログラムを介してニュースが報じられる。

 ガソリンが燃焼する音と滑空するために稼働する電磁エネルギーの音が、どこからともなく聞こえてきた。

 

 黒色に染まった重たい曇天をテールライト達が鮮やかに彩っている。

 それを阻まんばかりに聳え立つ、超高層ビルの群れ。

 100階や200階程度はザラ。

 500階や600階という規格外サイズも建っている。

 

 その合間を滑空車が駆け抜ける。

 空中に設置された信号が赤になれば、車達は律儀に止まった。

 他にも有翼族ハーピーやジェットエンジンを積んだサイボーグ、飛龍種ワイバーンなどが飛翔している。

 

 魔界都市は真夜中にも関わらず、白昼の如き賑わいを見せていた。

 

 大衆酒場、ゲートもその賑わいに影響されている。

 西部開拓時代を彷彿させる粋な店内は、既にあらゆる種族の客人達でごった返しになっていた。

 

 彼等は皆デスシティの住民であり、此処に憩いを求めてやってきている。

 彼等の様子を見ていると、デスシティにどれだけの種族が集っているのかがよくわかった。

 

 幻想的ながらも際どい服装をした美女エルフ達が下品な話題で盛り上がり。

 屈強ながらも醜いオークの戦士達が今後の予定を話し合っている。

 

 白浴衣を着た艶やかな雪女が鴉天狗の晩酌に付き添っており。

 布状の妖怪、一反木綿が狭い通路を苦労しながら浮遊している。

 

 ギチギチと嬉しそうに歯を鳴らし、テーブルに置かれたステーキを頬張る百足男。

 チロチロと長い舌を伸ばして、イイ男を探している蛇女。

 

 タコの様な宇宙人が、他の客人が食べているたこ焼きを物珍しそうに眺めている。

 重厚な装甲を纏ったアンドロイドは片言でウェイトレスに注文していた。

 

 魔族、妖精、蟲族、妖怪、獣人、宇宙人、アンドロイド──

 種族の名を挙げていけばキリが無い。

 彼等は文化や価値観こそ全く違う。

 本来相容れない筈なのだが──此処、魔界都市の単純であり残酷な法則に従い、共存できている。

 

 弱肉強食。

 

 強ければ、正義を謳おうが悪を貫こうが容認される。

 しかし弱ければ、理不尽に命を奪われても文句を言えない。

 

 単純でありながら残酷な法則(ルール)

 だが、全ての種族に共通している普遍の常識でもある。

 

 自然界の、いいや宇宙の真理。

 だからこそデスシティは数多の種族を抱え込んで尚、その拮抗を保っていられるのだ。

 

 カウンター席で。

 人外でも座れる巨大な椅子に、世にも稀な美丈夫が座っていた。

 艶やかな黒髪、真紅のマント。

 褐色肌の巨躯は限界まで鍛え抜かれており、一流の戦士でも見れば度肝を抜かしてしまう。

 灰色の三白眼、鋭いギザ歯という凶悪なパーツを保有しているが、ハンサムな顔立ちが全て有耶無耶にしている。

 

 彼は複数の女性から口説かれていた。

 虎の亜人と蜘蛛女、そしてスライムの美少女だ。

 彼は一人一人に丁寧に返答し、最後に微笑む。

 

 彼女達は表情を蕩けさせると、浮かれた様子で離れていった。

 美丈夫はカウンターに向き直ると、既に注いでいたブラックラムを豪快に呷る。

 

 そんな彼にこの酒場の店主、金髪の偉丈夫ことネメアが告げた。

 

「今回も随分派手に暴れたな。ロンドンがメチャクチャだ」

「ロンドンを守れ、なんて依頼を受けた覚えはねぇな」

 

 ギザ歯を剥かせ煙草を咥える美丈夫──大和。

 ネメアは新聞の記事を見ながら続ける。

 

「でもまぁ、ロンドン程度で済んだだけマシか。少しは手加減を覚えたみたいだな」

「褒めろ。もっと褒めろ♪」

「調子に乗るな」

「ちぇっ」

 

 唇を尖らせる大和を見て、肩を竦めるネメア。

 彼は新聞の記事を見返す。

 

「この一件、未曽有の天災として処理されたみたいだ。欧州にある複数の魔術結社が総動員で世界に暗示をかけたらしい。世界政府も協力したみたいだな」

 

 こういう時によく使われる手法だった。

 故に驚きはない。

 ネメアはその碧眼を細めた。

 

「プロテスタントの真世界聖公教会も中々やる。現に、被害は最小限で済んでいるぞ」

「腕の良い裏方がいるんだろう」

「フッ、表世界の住民もあながち馬鹿にできない……そうは思わないか? 大和」

「ま……ちったぁマシな奴がいるって事はわかったよ」

 

 頬杖を付く大和。

 ネメアは笑いながら彼に聞いた。

 

「どうだった? あの天使殺戮士達は」

 

 含みのある問い。

 ネメアは斬魔と初対面の際、棺桶で眠っているえりあの存在に気付いていた。

 大和はニヤリと笑う。

 

「棺桶に眠ってたのが凄ぇイイ女でよぉ、でもガードが鉄壁だった。最後まで口説き落とせなかったぜ」

「ほぅ。お前が落とせない女なんて、絶滅危惧種じゃないか」

「今度は絶対ぇ口説き落とす」

「勝手にしろ」

 

 ネメアは溜息を吐くと、今度は斬魔について聞く。

 

「茶髪の青年はどうだった? パッと見、雰囲気がかなりお前に似ていたから、少し心配だったんだ」

「ああ、アイツなら大丈夫だ」

「?」

 

 ネメアは首を傾げる。

 大和は笑った。

 

「馬鹿でスケベで空気読めねぇが、相棒や親友に恵まれてる。……俺達の様にはならねぇだろ」

「……そうか」

 

 ネメアは安心して微笑む。

 その笑みは、ネメアだからこそ出せた優しい笑みだった。

 大和は空になったグラスにブラックラムを注ぎながら呟く。

 

「……アイツ等見てると、昔を思い出しちまったぜ」

「まだアラクネと交際してた頃か?」

「……チッ」

 

 舌打ちする大和。

 ネメアはニヤニヤと笑った。

 

「過去に拘らないお前がそんな風になるなんて、珍しいじゃないか」

「……ネメア、テメェこの野郎……っ」

 

 何か言おうとする大和だが、これ以上は墓穴を掘るだけだと悟る。

 彼はガックリ肩を落すと、心底不機嫌そうにラムを飲み始めた。

 

 すると、店内がザワ付いた。

 何か起こったらしい。

 大和のネメアは騒動の方へ視線を向ける。

 

 絶世の美女が店に入ってきていた。

 紫色の帯びた黒髪。奈落の底の如き暗黒色の瞳。

 純白のドレスの上からでもわかる極上の女体。

 

 清楚さと、それ以上の淫靡さを醸す美女。

 アラクネ──世界最強の暗殺者だ。

 彼女は大和を見つけると、複雑な表情をする。

 それは大和も一緒だった。

 

 彼女は真っ直ぐ進み、大和の横に座る。

 暫く、重たい空気が流れた。

 

 客人達は警戒していた。

 大和とアラクネの仲の悪さは筋金入りだ。

 今すぐに殺し合いを始めてもおかしくない。

 皆、逃げる準備をしていた。

 

 アラクネは大和と視線を合わせない。

 泣きぼくろを撫で、頬を掻き、指で机を叩く。

 彼女は決心したのだろう、唇を開いた。

 

「ねぇ、大和……」

「アラクネ」

 

 名前を呼ばれ、アラクネは振り返る。

 大和はそっぽを向きながら、彼女に告げた。

 

「……今夜、暇か?」

 

 平素を装っているが、その頬は朱に染まっていた。

 アラクネは目を丸めた後、花が咲いた様に微笑む。

 

「ええ、暇よ……フフフ♪」

「チッ……ッ」

 

 腕に抱きつかれ、顔を真っ赤にする大和。

 ネメアは依然、ニヤニヤと笑っていた。

 

「ネメア、マジでその顔やめろ。ぶっ殺すぞ」

「別にいいじゃないか。いやー、眼福眼福」

「テメッ!! ざっけんなよ!!」

「♡」

 

 大和は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 アラクネは彼の腕に抱きつき、うっとりとしていた。

 

 超犯罪都市に、珍しい風が吹いた。

 これもまた表世界の住民──彼等の影響力なのだろう。

 

 

 そして今、あの二人は──

 

 

 ◆◆

 

 

 同時刻。

 アイルランドのとある地方で、男女のペアがいた。

 真月に照らし出された田舎道を歩いている。

 

 一人は漆黒の美青年。

 赤茶の髪にピアス、刺激的な若さを端正なマスクで飾っている。

 背中に背負った鋼鉄製の棺桶と手に携えた黒金の長棒が印象的だった。

 

 もう一人は青き死美人。

 無機質な双眸、蒼白の肌。色素の薄い唇。

 美しいが、それ以上に冷たい空気を纏う美女だった。

 

 互いのブーツの音が重なる。

 彼等は既に廃れた教会の前へ辿り付いた。

 

 漂う腐臭を感知しながら美青年、斬魔は肩を落す。

 

「ああクソッ、今更になって後悔してるぜ」

「何が?」

 

 死美人、えりあが問うと、斬魔はその茶髪を掻き上げた。

 

「デスシティの娼館に行けなかった事さ。マジで後悔してる。折角『今日は眠らせない!! デスシティま〇ま〇ガイド!!』を買って熟読したってのに……」

 

 ジャキンと、銀色の巨大拳銃が斬魔の頬に突き付けられた。

 世界最大の拳銃、デザートイーグルより尚大きい。

 全長35センチ、重量12キロ、装弾数8発。

 

 対天使病拳銃「Danse Macabre」

 

 薔薇のレリーフが刻まれた銃身が淡く輝く。

 えりあは小首を傾げながら斬魔に聞いた。

 

「何か言ったかしら?」

「何も言ってません、マジで。神に誓う」

「……はぁ」

 

 溜息を吐きながら、えりあはもう一丁の拳銃を取り出す。

 廃墟と化した教会を突き破り、今回の標的が姿を現したのだ。

 

 翼、羽、目、口、腕、脚。

 あらゆる生物的嫌悪要素を組み込み、肉と練り混ぜたかのような醜悪な怪物。

 

 天使病──その患者。

 

 最早性別すらわからない患者は、幾つもの口から悲鳴を上げて臨戦態勢に入った。

 その肉体に、50は超える腕を生やす。

 

 えりあは相棒に告げた。

 

「行くわよ」

「おう」

 

 濃紺と漆黒のロングコートが靡く。

 斬魔は鉄鞘から刀身を抜き放ち、勢いよく地に付けた。

 

「さぁ、ダンスマカブルだ! 楽しもうぜ! なぁ、相棒共!!」

 

 そう言われ、えりあは薄く微笑む。

 斬魔の愛刀「羽根落とし」の乱れ刃も、呼応する様に輝いた。

 

 天使の絶叫をBGMに、彼等の戦いは再び幕を開けたのだ。

 

 

《完》

 


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