「契約を解消させてもらいます」
用心棒は笑顔で言った。
拍子抜けするほど気軽な声音だった。
組長は目を丸めた。
用心棒の言葉の意味を理解できなかったからだ。
この状況で、この緊急事態で、間違っても口にしていい言葉ではない。
たとえ冗談だとしても、だ。
組長は最初、愛想笑いを浮かべた。
「冗談にしては笑えないぞ?」
しかし、用心棒は笑顔のまま。
それが段々と不気味に見えてくる。
「冗談じゃありません。契約を解消させてもらいます。今すぐに」
変わらぬ返答に組長の表情が歪んだ。
脂の乗った顔が真っ赤に染まる。
「襲撃を受けた直後に……馬鹿かお前は?」
こういう時のために彼を雇ったのだ。
今こそ活躍して貰う時なのだ。
しかし用心棒は両手を広げる。
その口元に、微かな嘲笑を浮かべて──
「だって下にいるの大和ですよ? 無理ですって、勝てません。さっき説明したでしょう? 俺じゃ掠り傷一つ負わせられないって」
バン!! と、組長は両手でデスクを叩いた。
「既に報酬は払ってるんだ! せめて時間を稼げ!」
「……ん~」
用心棒は頬をかく。
「何か勘違いしてませんかね? 旦那」
「……?」
用心棒はサングラスを指で上げる。
その瞳を見て、組長は震えた。
人間がしていい目ではなかった。
「アンタが俺を雇ったんじゃない。羽振りのいいアンタを、俺が選んだんだ」
「ッ」
「旦那ぁ。アンタあと五分くらいで死ぬんだから、こんな無駄話をしてる暇ないでしょう? 最期くらい可愛い女の子抱いたらどうです? なんなら俺が大和に話付けますよ?」
気を遣っているのだ、用心棒は。
しかし、それは組長の逆鱗を撫でるだけだった。
「ふざけるなッ!」
組長の怒声が木霊する。
同時に数名の構成員が入ってきた。
外で待機していたのだ。
「あのね~」
銃口を向けられ、用心棒はやれやれと肩を竦める。
「お気持ちは察しますよ? でも俺に銃口を向けてどうするんです? 向けるのは下にいる奴でしょう。それに──」
今まで陽気だった用心棒の声が、途端に冷気を帯びた。
その身から途轍もない殺意が溢れ出す。
「俺に銃口を向けるなって、契約書に書きましたよね? 阿呆共が──テメェら全員、俺の拳の射程圏内だ」
刹那、用心棒の両腕がブレる。
鋼鉄の拳は音を超え、光すら置き去りにした。
室内は瞬く間に朱色に染め上げられた。
◆◆
その頃。
一階の構成員たちは血の海に沈んでいた。
大和によって惨殺されたのだ。
物言わぬ肉袋と成り果てたモノらを一瞥し、大和は二階に続く階段を目指す。
下駄の足音が満たされた血によって不快な音に変わっていた。
「……」
下段、上段で交差しているタイプの階段。
上半分が見えない。
大和は灰色の三白眼を細めた。
一段目を上がろうとした瞬間、上段から幾つもの銃口が現れる。
弾む銃声。吹き上がる火花。
フルオートで弾薬がばらまかれる。
「……は?」
間の抜けた声は、一人の構成員のものだった。
彼だけが違和感に気付いた。
僅かに見えた影。それを目で追い、恐る恐る天井を見上げると──
褐色肌の鬼がいた。
「お前ら……!!」
仲間たちに知らせようとするが、脇差を投擲され喉を貫かれる。
周りが気付いた時には、既に遅い。
大和は降りて瞬時に構成員たちを料理した。
爪で頚動脈をカッ捌き、首をへし折り、指貫手で目ごと脳を貫く。
途中で死体に刺さっていた脇差を抜き、付近に居た者たちを切り刻む。
構成員たちは瞬く間に惨殺された。
大和は彼らを鬱陶しそうに蹴り退け、二階へとやってくる。
廊下を走って逃げている構成員が居た。
大和は脇差を投げて仕留める。
絶命した男から脇差を抜き取ると、組長がいる部屋の前までやってきた。
「……?」
大和は首を傾げる。
扉を開けると、全てが終わっていた。
原型を留めていない構成員たちが床に散らばっている。
最奥のソファーには、首だけの死体が寄りかかっていた。
ブクブクに太った醜い肉体──おそらく組長のものだろう。
首の断面を見るに、無理やり捻じ切られたようだ。
この惨状を、いったい誰が作り上げたのか──
「おーう、ナイスタイミング」
豪勢なソファーに座りながら首をクルクル指先で回している大男。
白いスーツにサングラス、鍛え抜かれた肉体。
その傷だらけの笑顔を見て、大和は眉を顰めた。
そんな彼に対し、大男は陽気に問う。
「今の気分はどうだ?」
「そうだな、オ○ニーのfinishを邪魔された気分だ」
「ハッハッハ!! いいなソレ!! マジウケるッ!!」
用心棒は大爆笑した後、首を放り投げて立ち上がった。
大和は脇差をおさめ、拳を突き出す。
「よぅ親友」
「おうよ親友」
コツンと拳を合わせる。
大和はしみじみと呟いた。
「久々だな、
用心棒──右之助はとびきりの笑顔を見せた。
◆◆
大和と右之助は友人だった。
よく酒を飲んだり娼館に行ったりする仲だ。
大和は周囲を見渡し、頬をかく。
「アー……用心棒の仕事、邪魔しちまったか?」
「しゃあねぇよ。お前と殺し合いなんてしたくねぇし」
右之助が肩を竦めると、大和は懐をまさぐる。
「慰謝料払うぜ。100万でいいか?」
「マジで? 欲しい欲しい」
大和は膨れた財布を取り出す。
札束を一つ取り出し、右之助に渡した。
右之助は子供のように喜ぶ。
「サンキュー♪ やっぱ持つべきは強い友達だぜ♪」
「そーゆー正直なところ、嫌いじゃないぜ」
笑う大和。
彼は床に転がっている組長の首を見下ろした。
「右之助、その首……」
「ん? ソレがどうした?」
「借りるぜ」
「どーぞどーぞ」
大和は組長の首を拾い、机に置く。
次にスマホで写真撮影をした。
最後に光度を調整したモノを右之助に見せる。
「どうよ?」
「いい感じじゃね? てか、こんなもん何に使うんだよ? ……まさか、今夜のお供とか?」
「おうコラ、叩っ斬るぞ」
「冗談だっての」
肘で突かれ、右之助はおどけてみせる。
大和は呆れ混じりに言った。
「依頼主からの要望だ。晒し首を撮ってくれってよ」
「へぇ、そりゃまた……」
顎をさする右之助。
大和は笑った。
「一人娘をサディズムの対象にされたんだと」
「ありきたりだな。新聞の記事にもなりゃしねぇ」
「全くだ」
ありとあらゆる犯罪が横行する超犯罪都市デスシティ。
此処ではレイプや復讐など日常茶飯事だった。
故に、新聞にも取り上げられない。
大和のスマホが鳴る。
死体回収屋のリーダー、幽香からだった。
「もしもし」
『おーう大和ー! 終わったかー?』
「丁度終わったぜ、来れるか?」
『おうよ! 三分くらいで行くぜ!』
「はいよ、じゃーな」
通話を終えると、大和は右之助と視線を合わせた。
「金目のもん蓄えてる場所、わかるか?」
「おう、山分けでどうだい?」
「いいねぇ」
大和は嗤う。
右之助も嗤った。
「コッチだ。行こうぜ」
「ああ」
二人は歩き始めた。
◆◆
数分後、事務所の外で。
二人は死体回収屋と合流した。
死体回収屋『ピクシー』のメンバーはリーダーの幽香を含めて皆小学生くらいの幽霊たちだ。
少年少女の幽霊たちは二人の周りをふよふよ浮遊している。
「大和だー!」
「右之助だー!」
「元気だったかー!」
「死体どこだー!?」
「毎度、ありがとうございます……」
「お久しぶりですぅ」
幽霊たちは皆個性的だ。
二人の頭に抱きついたり、丁寧にお辞儀したりしている。
二人が幽霊たちの頭を撫でていると、リーダーである幽香が頬を膨らませた。
「お前らー!! 今は仕事だぞー!! 集中しろ! しゅうちゅー!」
かけられた号令に、幽霊たちは『了解です!!』と可愛らしく敬礼すると、事務所の中へと入っていく。
その背中を確認した幽香は綺麗な桃色の髪を揺らした。
「おっしゃ! 大和! 会計は死体を見た後にするから、少し待っててくれな!」
「おう」
大和は頷く。
幽香は何故かパンと、彼に両手を重ねた。
「大和! お願いがあるんだけどさ!」
「ん? ……ああ、残ってる家具とかか?」
「持って帰ってもいいか!?」
「いいぜ。右之助もいいよな」
「おう」
返事を聞いた幽香は翡翠色の瞳を輝かせて大和に抱きついた。
「ひゃっほーい!! さっすが大和!! 大好きだぜー!!」
「オラ、さっさと子分たちを手伝いに行ってやんな」
「おう!! いつもありがとうなー!!」
幽香は手を振って現場へと向かっていく。
そのやり取りを見て、右之助はニヤニヤと笑っていた。
「優しいねぇ~」
「そうか? 家具は金になるが、持ち出しが面倒なんだよ」
「確かにな。でもま、魔除けのアミュレット程度なら拝借したぜ。高く売れるし」
右之助はポケットから幾つかのアミュレットを取り出す。
すると、大和も懐からアミュレットを取り出した。
二人はあくどい笑みを浮かべる。
「やるじゃん」
「お前こそ」
右之助はアミュレットをポッケにしまうと、大和に聞いた。
「なぁ大和、これから暇か?」
「あ? まぁな」
「久々に飲みに行こうぜ」
「いいぜ。コレを売ったら丁度いい小遣いになるだろう」
「だな」
右之助は頷く。
大和は形のいい顎をさすった。
「店はゲートでいいか?」
「おう。てか、あそこしかねぇだろ。気軽に飲める場所」
「そうだな。じゃ、今から行くか」
「オーケー」
二人は歩きはじめる。
しかし……
「!」
柑橘系の香り。
大和は灰色の三白眼を細めた。
「右之助」
「ん? どした?」
「野暮用だ。飲みは明日にする。この時間にゲートに集合だ」
「…………」
唐突な予定変更だが、右之助は察して頷く。
「りょーかい。じゃ、明日な」
「おう」
手を上げ、別れを告げる。
右之助はふと振り返り、大和に言った。
「容赦すんなよ」
その言葉を聞き、大和は振り返る。
「誰に言ってやがる」
彼は不気味に口角を歪めていた。
右之助は「いらない心配だったか」と肩を竦めた。