東区は傾城街──娼館の都である。
デスシティには多種多様な種族が滞在する。
その中でも格別の美女、美少女達が集い、男達の悩める欲を満たしてくれるのが此処、東区なのだ。
正統派から超高級、少しアブノーマルな筋まで。
あらゆる商法、技法を以て、男達を満足させる。
疼き、欲し、抱き、満たされる。
深い事は考えない。
此処はそういう場所だった。
色の満ちる道端。
美し過ぎる女達が淑やかに、時に淫らに客人達を誘っている。
表世界に居ない女と楽しめるという事で、東区は北区と同じくらい人気のある場所だった。
和洋中、様々な娼館が立ち並ぶ中、雑踏を裂いて歩く三名。
大和、右之助、ラースである。
ラースは縮こまっているが、大和と右之助は堂々としていた。
区画に満ちる濃密な香り。
女の淫臭と香水の匂いが混じり合い、濃厚なミルクにでも溺れている様な錯覚を覚える。
道行く女達は凍えるほど美しく、この世の存在とはとても思えない。
彼女達も大和ほどではないが、魔性の色香を纏っていた。
女達は大和と右之助、極上の男達を発見するなり、雌の貌を露わにする。
視線で誘い、股を擦り、しなだれかかり甘い吐息をかけ始めた。
瞬く間に囲まれたる三名。
慌てるラースだが、右之助と大和は平然としていた。
むしろ余裕を以て女達をあしらう。
「悪ぃな、また今度相手してやる」
「今度イイ声で鳴かせてやるから、準備してな」
男気という名の色気に当てられ、女達は陶酔した表情で道を開ける。
ラースは口をポカンと開けていた。
「やっぱり凄いです……」
ラースの言葉に、右之助は苦笑する。
「俺だけじゃこんな寄ってこねぇよ」
「嘘付け。テメェもかなり遊んでるだろうが」
大和は悪態を吐きながら真紅のマントを靡かせる。
そして、奥に佇む巨大な館を指した。
和式の荘厳な館である。
まるで城だ。
「あそこに行くぞ」
「へぇ、暗黒桃源郷か。東区でも一番の娼館だ」
右之助が顎を擦っていると、ラースは慌てて首を横に振るう。
「すいません! 俺、あそこに入れるだけの金を持ってません!」
「何言ってんだ、俺の奢りだ。でも右之助は自腹な」
大和の言葉に、右之助はサングラス越しに目を見開く。
次にはわざとらしく両手を擦った。
「え~? 今俺も金が無いんですよ~、大和さんお願いしますよ~」
「ほざけ」
「チッ、ケチくせぇ。いいさ、金はある」
唇を尖らせる右之助。
それを無視して突き進む大和。
ラースはどんどん話が飛躍しているので、既に混乱状態だった。
しかし付いて行くしかないので、二人の後に続く。
暗黒桃源郷の前で、何やら騒ぎが起こっているようだった。
大和と右之助は眉を顰める。
「何だァ? 東区で揉め事を起こすなんざ、イイ度胸してるじゃねぇか」
「ちょっと待ってろラース。俺等でシメてくるから」
拳をボキボキ鳴らしなら進んでいく二人。
ラースは顔を真っ青にした。
これほど頼りになり、しかし恐ろしい二人はいない。
騒動の主には同情するしかなかった。
◆◆
暗黒桃源郷の店前で。
名も知れない暴力団の団員逹が喚いていた。
「なぁ姉ちゃん、いいだろう? 客引きなんかサボって俺達と楽しもうぜ~?」
「いやっ、やめてください!」
「つれないねぇ、いいのかぃ? 俺達が本気になっちまえば、こんな館、すぐに瓦礫になっちまうぜぇ」
分の弁えない三下達。
周囲の者達は彼等に白い視線を向けていた。
まるで道端の糞虫を見るかの如き目付きだ。
他の店員達は既に店内で待機している用心棒を呼びに行っている。
しかし三下達、中々の装備をしていた。
人間でありながら肉体の大半をサイボーグ改造しており、劇薬を数種類服用して更に強化している。
最新鋭のガトリングガンと魔改造を施したグレネードランチャーを背負っている辺り、下手に暴れられると困る手合いだった。
そんな彼等の背後に現れる、二名の巨漢。
デスシティで彼等の名を知らない者はいない。
周囲の野次馬達は顔を真っ青にし、客引きであるケットシーの少女は嬉しそうに瞳を潤ませた。
「今から俺等がこの店を楽しむんだよ、失せろ三下」
「邪魔だぜ。肉達磨にされたくなかったら、とっとと消えな」
「アア゛?」
「何でぃ」
三下達は振り返りながら、背負った得物を抜き放つ。
「いい度胸だ。周囲の舐めた奴等ごと挽肉にしてやるよ!!」
振り返った三下の目に入ったのは、屈強過ぎる益荒男達だった。
二人共、眉間にこれでもかと青筋を立てている。
気迫が違った。
褐色肌の美丈夫がニヤリと嗤う。
「いいぜ、やってみろや。できるもんなら自家製のミートパテを馳走してやる。テメェの肉でな」
褐色肌の美丈夫と純白スーツの大男。
三下の彼等でもよーく知っている。
世界最強の殺し屋、大和。
凄腕の用心棒、右之助。
デスシティを代表する益荒男二名を前にして、三下達は飛び上がった。
そして逃亡する。
「「ヒィィ!! すいませんでした~~ッッ!!!!」」
情けない声を上げて逃げていく三下達。
その背中を、大和と右之助は鼻を鳴らしながら見送った。
大和は客引きのケットシーに微笑みかける。
「大丈夫か? すまねぇな、手荒な真似しちまって」
「いえ! 本当に、本当に助かりました! ありがとうございます!」
猫耳をピコピコさせ喜ぶケットシーの美少女。
すると、他の店員達が用心棒を連れてやって来た。
騒動が終着したと思えばもう一騒動──上客の来訪に、店員達は盛り上がった。
◆◆
「いいのか? 無料なんて。流石にソレはサービスし過ぎだろう?」
「いいんですよ! 貴方達は上客ですし、いっぱいサービスしなきゃオーナーに怒られてしまいます!」
ケットシーの少女がぴょんぴょん跳ねる。
代理のオーナーである知的な狐美女も頷いた。
「今夜は気兼ねなく楽しんでいってください。……それに、貴方達の来訪は店の繁栄にも繋がります」
「成程……そういう事なら、遠慮なく楽しませてもらうぜ。なぁ右之助」
「おうさ、これはラッキーだぜ♪」
二人共、嬉しそうにしていた。
彼等は後ろで隠れるように待機していたラースを前に出す。
「今日はコイツも一緒だ、初心な奴でよ。一人前の男にしてやってくれ」
「俺と大和のお墨付きだ。唾付けるなら今のうちだぜ」
「ちょ!? お二人とも!?」
娼婦達の前に出されたラース。
緊張でかちんこちんに固まっている。
娼婦達は瞳を丸めた後、揃って黄色い悲鳴を上げた。
「いや~ん! 可愛い~!」
「オーク!? すっごくイケメンじゃん!」
「全然イケるよ! ねぇねぇ、私と一緒に楽しまな~い?」
絶世の美女美少女達に囲まれ、わたわたと慌てるラース。
すると、奥から女性が数名走ってきた。
「あ~!! やっぱりラースさん!!」
「やだ! ラースくんじゃない! なになに~!? 遂に女に興味持っちゃった~!? なら私選んでよ~! 絶対気持ち良くするから~!」
「馬鹿! ラースちゃんは私の客よ! ねぇラースちゃん、私前から貴方のこと気になってたの、どう……?」
「え!? えええええ!!?」
ラースは瞠目する。
エルフにダークエルフ、サキュバス、他にも獣人族やら妖精族、悪魔族にアンドロイドまで。
どの娼婦も暗黒桃源郷で上位の成績を誇る人気娼婦である。
ラースは彼女達と初対面だった。
「私がラースちゃんと楽しむ~ッ♪」
「駄目よ、私がラースくんと楽しむの」
「前から言ってたでしょう? この子は私が狙ってるって」
「アンタ達にこんなイイ男、渡さないからな!」
ラースは引っ張りだこにあっていた。
大和と右之助は大爆笑する。
「ハッハッハ! ラースてめぇこの野郎! モテモテじゃねぇか!」
「前から目ぇ付けられてたなコリャ! 隅におけねぇ奴め!」
「ええええ!!? 嘘ぉ!!?」
驚愕しているのも束の間、ラースは店内へ連れ込まれてしまう。
大和と右之助はヒィヒィ笑いながらも、店内へ入って行った。
ラースの悲鳴は、翌日まで途絶えなかったという。