villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「東区」

 

 

 東区は傾城街──娼館の都である。

 デスシティには多種多様な種族が滞在する。

 その中でも格別の美女、美少女達が集い、男達の悩める欲を満たしてくれるのが此処、東区なのだ。

 正統派から超高級、少しアブノーマルな筋まで。

 あらゆる商法、技法を以て、男達を満足させる。

 

 疼き、欲し、抱き、満たされる。

 深い事は考えない。

 此処はそういう場所だった。

 

 色の満ちる道端。

 美し過ぎる女達が淑やかに、時に淫らに客人達を誘っている。

 表世界に居ない女と楽しめるという事で、東区は北区と同じくらい人気のある場所だった。

 

 和洋中、様々な娼館が立ち並ぶ中、雑踏を裂いて歩く三名。

 大和、右之助、ラースである。

 ラースは縮こまっているが、大和と右之助は堂々としていた。

 

 区画に満ちる濃密な香り。

 女の淫臭と香水の匂いが混じり合い、濃厚なミルクにでも溺れている様な錯覚を覚える。

 道行く女達は凍えるほど美しく、この世の存在とはとても思えない。

 彼女達も大和ほどではないが、魔性の色香を纏っていた。

 

 女達は大和と右之助、極上の男達を発見するなり、雌の貌を露わにする。

 視線で誘い、股を擦り、しなだれかかり甘い吐息をかけ始めた。

 

 瞬く間に囲まれたる三名。

 慌てるラースだが、右之助と大和は平然としていた。

 むしろ余裕を以て女達をあしらう。

 

「悪ぃな、また今度相手してやる」

「今度イイ声で鳴かせてやるから、準備してな」

 

 男気という名の色気に当てられ、女達は陶酔した表情で道を開ける。

 ラースは口をポカンと開けていた。

 

「やっぱり凄いです……」

 

 ラースの言葉に、右之助は苦笑する。

 

「俺だけじゃこんな寄ってこねぇよ」

「嘘付け。テメェもかなり遊んでるだろうが」

 

 大和は悪態を吐きながら真紅のマントを靡かせる。

 そして、奥に佇む巨大な館を指した。

 和式の荘厳な館である。

 まるで城だ。

 

「あそこに行くぞ」

「へぇ、暗黒桃源郷か。東区でも一番の娼館だ」

 

 右之助が顎を擦っていると、ラースは慌てて首を横に振るう。

 

「すいません! 俺、あそこに入れるだけの金を持ってません!」

「何言ってんだ、俺の奢りだ。でも右之助は自腹な」

 

 大和の言葉に、右之助はサングラス越しに目を見開く。

 次にはわざとらしく両手を擦った。

 

「え~? 今俺も金が無いんですよ~、大和さんお願いしますよ~」

「ほざけ」

「チッ、ケチくせぇ。いいさ、金はある」

 

 唇を尖らせる右之助。

 それを無視して突き進む大和。

 ラースはどんどん話が飛躍しているので、既に混乱状態だった。

 しかし付いて行くしかないので、二人の後に続く。

 

 暗黒桃源郷の前で、何やら騒ぎが起こっているようだった。

 大和と右之助は眉を顰める。

 

「何だァ? 東区で揉め事を起こすなんざ、イイ度胸してるじゃねぇか」

「ちょっと待ってろラース。俺等でシメてくるから」

 

 拳をボキボキ鳴らしなら進んでいく二人。

 ラースは顔を真っ青にした。

 

 これほど頼りになり、しかし恐ろしい二人はいない。

 騒動の主には同情するしかなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 暗黒桃源郷の店前で。

 名も知れない暴力団の団員逹が喚いていた。

 

「なぁ姉ちゃん、いいだろう? 客引きなんかサボって俺達と楽しもうぜ~?」

「いやっ、やめてください!」

「つれないねぇ、いいのかぃ? 俺達が本気になっちまえば、こんな館、すぐに瓦礫になっちまうぜぇ」

 

 分の弁えない三下達。

 周囲の者達は彼等に白い視線を向けていた。

 まるで道端の糞虫を見るかの如き目付きだ。

 他の店員達は既に店内で待機している用心棒を呼びに行っている。

 

 しかし三下達、中々の装備をしていた。

 人間でありながら肉体の大半をサイボーグ改造しており、劇薬を数種類服用して更に強化している。

 最新鋭のガトリングガンと魔改造を施したグレネードランチャーを背負っている辺り、下手に暴れられると困る手合いだった。

 

 そんな彼等の背後に現れる、二名の巨漢。

 デスシティで彼等の名を知らない者はいない。

 周囲の野次馬達は顔を真っ青にし、客引きであるケットシーの少女は嬉しそうに瞳を潤ませた。

 

「今から俺等がこの店を楽しむんだよ、失せろ三下」

「邪魔だぜ。肉達磨にされたくなかったら、とっとと消えな」

 

「アア゛?」

「何でぃ」

 

 三下達は振り返りながら、背負った得物を抜き放つ。

 

「いい度胸だ。周囲の舐めた奴等ごと挽肉にしてやるよ!!」

 

 振り返った三下の目に入ったのは、屈強過ぎる益荒男達だった。

 二人共、眉間にこれでもかと青筋を立てている。

 

 気迫が違った。

 褐色肌の美丈夫がニヤリと嗤う。

 

「いいぜ、やってみろや。できるもんなら自家製のミートパテを馳走してやる。テメェの肉でな」

 

 褐色肌の美丈夫と純白スーツの大男。

 三下の彼等でもよーく知っている。

 

 世界最強の殺し屋、大和。

 凄腕の用心棒、右之助。

 

 デスシティを代表する益荒男二名を前にして、三下達は飛び上がった。

 そして逃亡する。

 

「「ヒィィ!! すいませんでした~~ッッ!!!!」」

 

 情けない声を上げて逃げていく三下達。

 その背中を、大和と右之助は鼻を鳴らしながら見送った。

 

 大和は客引きのケットシーに微笑みかける。

 

「大丈夫か? すまねぇな、手荒な真似しちまって」

「いえ! 本当に、本当に助かりました! ありがとうございます!」

 

 猫耳をピコピコさせ喜ぶケットシーの美少女。

 すると、他の店員達が用心棒を連れてやって来た。

 騒動が終着したと思えばもう一騒動──上客の来訪に、店員達は盛り上がった。

 

 

 ◆◆

 

 

「いいのか? 無料なんて。流石にソレはサービスし過ぎだろう?」

「いいんですよ! 貴方達は上客ですし、いっぱいサービスしなきゃオーナーに怒られてしまいます!」

 

 ケットシーの少女がぴょんぴょん跳ねる。

 代理のオーナーである知的な狐美女も頷いた。

 

「今夜は気兼ねなく楽しんでいってください。……それに、貴方達の来訪は店の繁栄にも繋がります」

「成程……そういう事なら、遠慮なく楽しませてもらうぜ。なぁ右之助」

「おうさ、これはラッキーだぜ♪」

 

 二人共、嬉しそうにしていた。

 彼等は後ろで隠れるように待機していたラースを前に出す。

 

「今日はコイツも一緒だ、初心な奴でよ。一人前の男にしてやってくれ」

「俺と大和のお墨付きだ。唾付けるなら今のうちだぜ」

「ちょ!? お二人とも!?」

 

 娼婦達の前に出されたラース。

 緊張でかちんこちんに固まっている。

 娼婦達は瞳を丸めた後、揃って黄色い悲鳴を上げた。

 

「いや~ん! 可愛い~!」

「オーク!? すっごくイケメンじゃん!」

「全然イケるよ! ねぇねぇ、私と一緒に楽しまな~い?」

 

 絶世の美女美少女達に囲まれ、わたわたと慌てるラース。

 すると、奥から女性が数名走ってきた。

 

「あ~!! やっぱりラースさん!!」

「やだ! ラースくんじゃない! なになに~!? 遂に女に興味持っちゃった~!? なら私選んでよ~! 絶対気持ち良くするから~!」

「馬鹿! ラースちゃんは私の客よ! ねぇラースちゃん、私前から貴方のこと気になってたの、どう……?」

 

「え!? えええええ!!?」

 

 ラースは瞠目する。

 エルフにダークエルフ、サキュバス、他にも獣人族やら妖精族、悪魔族にアンドロイドまで。

 どの娼婦も暗黒桃源郷で上位の成績を誇る人気娼婦である。

 ラースは彼女達と初対面だった。

 

「私がラースちゃんと楽しむ~ッ♪」

「駄目よ、私がラースくんと楽しむの」

「前から言ってたでしょう? この子は私が狙ってるって」

「アンタ達にこんなイイ男、渡さないからな!」

 

 ラースは引っ張りだこにあっていた。

 大和と右之助は大爆笑する。

 

「ハッハッハ! ラースてめぇこの野郎! モテモテじゃねぇか!」

「前から目ぇ付けられてたなコリャ! 隅におけねぇ奴め!」

 

「ええええ!!? 嘘ぉ!!?」

 

 驚愕しているのも束の間、ラースは店内へ連れ込まれてしまう。

 大和と右之助はヒィヒィ笑いながらも、店内へ入って行った。

 

 ラースの悲鳴は、翌日まで途絶えなかったという。

 


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