翌日。
中央区、大衆酒場ゲートにて。
相変わらず多くの種族でごった返し、大繁盛しているこの店は、居るだけでも心地よさを覚える。
カウンター席にて。右之助はラースから結果を聞いていた。
「で、どうだった?」
右之助はニヤニヤ笑いながら聞く。
ラースは照れ臭そうに告げた。
「色々教えて貰えました、サービス券も貰えましたし、個人的な連絡先も何件か……」
「ハッハッハ! スゲェじゃねぇか! あの店の女達に気に入られるなんざ相当だぜ! 胸を張りな!」
「……はいッ、自信が付きました! 今回は本当にありがとうございます!」
そう言うラースは、昨日よりも男前になっていた。
現に纏う雰囲気が濃くなっている。
酒場にいる女達は彼を見てヒソヒソ話をしていた。
男は一日あれば変われる。
ラースはその身を以て体現していた。
彼は周囲を見渡しながら右之助に聞く。
「あの、大和さんは……」
「アイツは遅れてくる」
「そうですか……本当に、あの人にも何てお礼を言ったらいいか……」
そう言うラースの肩を、右之助は大袈裟に叩いた。
「お前、スゲェぜ。アイツに初見で気に入られるなんて」
「でも……何で俺なんかを気に入ってくれたのか、未だにわからなくて……」
「ま、そこらへんは俺も謎だな。アイツは気難しい奴だ。単純な様でいて絡みにくい。今回もアドバイスを貰えればいい程度に考えていたんだが……」
「運が良かったんですかね?」
ラースの謙虚な姿勢に、右之助は苦笑した。
「運も実力の内さ。これからもその関係、崩さないようにしていけよ」
「……はい!」
ラースは大きく頷くと、右之助にある事を問うた。
「あの、右之助さん。大和さんが居ない間に、一つ聞きたい事があって……」
「何だ?」
「その……」
ラースは頬を掻きながら言う。
「大和さんの過去とかって、知ってますか?」
「どうして、またそんな事を?」
「えっと、大和さんって「元々が違うな」って思うんです。この都市の住民でいて、何か違う。その……気品の様なものを感じて」
ラースの言葉に、右之助は顎を擦った。
「んー? そうか? 埒外の強さと色気がお前の感覚を鈍らせてるんじゃねぇか? まぁ確かに、大和の過去は俺も知らねぇ。知ってる奴もかなり少ないだろう」
二人の会話に、第三者が入ってきた。
金髪の偉丈夫、ネメアである。
彼は新聞紙を畳みながら二人に言った。
「大和の過去、気になるのか?」
「おお! そういえばお前は大和と旧知の間柄だったな、ネメア!」
右之助は合点する。
ネメアは世界最強の傭兵。実力もそうだが、長年大和とコンビを組んでいた事がある。
それこそ、大和という男を良く知る人物だ。
彼は笑う。
「知りたいなら教えてやる。どうだ? アイツの口からは聞けないぞ」
右之助は即答する。
「知りたい」
「そこのオーク君がどうしても知りたそうにしてるからな。特別だ」
「あ、ありがとうございます! ネメアさん!」
ラースはネメアに深く頭を下げる。
ネメアは「いや」と肩を竦めると、端的に告げた。
「アイツは王族だ」
「……」
「……」
右之助とラースは固まる。
辛うじて、右之助が聞いた。
「今、何て言った?」
ネメアは腕を組んで、再度言う。
「もう一度言うぞ。アイツは王族だ。詳しく言えば、今から数億年前……まだ世界が一つだった頃、東側で最も栄えた王朝『出雲』の第一王子にして、第七代皇帝になる筈だった男。東洋で最も尊い血をその身に流す、正真正銘の王族だ」
「「「「えええええええええええええ!!!!?」」」」
右之助やラースだけではない。
聞き耳を立てていた客人達が驚愕でひっくり返った。
それはそうだ。
世界最強の殺し屋、腕っぷしだけで邪神を叩きのめせる男が、よりにもよって王族だったなんて──
右之助はズレたサングラスを整える余裕も無かった。
「それ、マジでか、ネメア」
「ああ。だがアイツは家出した。理由は──」
「それ以上はやめろや、ネメア」
低く、しかし透き通った声。
褐色肌の美丈夫、大和が店内に入って来ていた。
「人の過去をべらべら喋るのは感心しねぇぜ」
「いいじゃないか、お前の過去を知らないって奴は結構多い」
「知らなくていいんだよ、俺の過去なんざ」
「そうか、ならこの話はこれでおしまいだ。悪いな」
ネメアはラースに謝り、新聞紙に視線を戻す。
大和は不機嫌そうにラースの隣に座った。
右之助は、未だ信じられないものを見る目で大和を見ている。
「お前が、王族?」
「もう滅びた王朝だ。今はただの大和だ、文句あっか?」
「……」
「何だよ」
「いや、全然似合わねぇなって」
「おうおうそうかそうか、死ね」
大和の繰り出したチョップが右之助の頭蓋に炸裂する。
右之助は頭に特大のたんこぶを作って地に伏した。
「……ッ」
ラースは知りたかった。
何故彼が家出したのか。
何故彼は、殺し屋になったのか──
知りたい。
知りたいが、これ以上は駄目だと悟る。
ラースは目を閉じ、生ビールを頼もうとした。
すると、店内に新たな客人が現れる。
暗黒桃源郷のオーナーにして、その美貌デスシティ随一と謳われる傾世の超絶美少女。
東区最高の
白面絢爛九尾狐、
九本の狐尾が揺れる。
真紅の瞳で見つめられた客人達は、総じて忘我の彼方を彷徨った。
波乱は小さく、しかし密は最高潮に達しようとしていた。