villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「男の生き様よ」

 

 

 その稲穂の如き金髪は腰までゆったりと流れていた。

 真紅の双眸は夜空に煌く恒星の如く、淑やかな光を灯している。

 豪華絢爛な着物を着ているのに、嫌味をまるで感じさせない。

 むしろ、服が彼女の美貌を妨げていた。

 

 整い過ぎた顔立ちは、最早言葉にできるラインを超えている。

 あのアラクネさえ超える神域の美貌は、人類には到達しえない境地に達していた。

 

 着物を着るに足る慎ましい肢体と身長は、しかし彼女を更に魅力的に魅せる。

 

 優美さと可憐さの同居。

 羨望で一帯を支配してみせる。

 酒場にいる者達は皆一様に「美の極致」に惚れ込んでいた。

 

 先端の白い九本の狐尾が揺れる。

 彼女は大和を見つけると、頭に生やした狐耳を「みこん!」と立てた。

 

「大和様~!」

 

 大和の背中に勢いよく抱きつく美少女。

 極限の美が薄れ、代わりに無垢な幼さが露わになった。

 彼女の「少女」足りえる部分が見えたのである。

 

 万葉(かずは)は大和の首に抱きつきながら、その頬に頬ずりした。

 

「会いたかったぞ~っ、何故妾が戻る前に帰ってしまったのじゃ! 大和様が来たというから急いで戻って来たというのに……!」

 

 今度は頬を膨らませ、九本の尾で大和の頭をぺちぺちと叩く。

 大和は苦笑し、その狐耳を撫でまわした。

 

「悪ぃな万葉。今回は連れがいてよぅ」

「それとこれとは関係無い筈じゃ!」

「わーったわーった。今夜遊びに行ってやるよ」

「本当かえ!?」

「ああ」

「フフフ♪ 約束じゃぞ、大和様♪」

 

 指切りをした後、上機嫌に大和の隣に座る美少女──万葉。

 一連の子供らしい振る舞いがその美を霧散させ、周囲にまた喧騒が生まれる。

 彼女はニパっと笑いながらネメアに注文した。

 

「ネメア殿! きつねうどんを頼む! 一番良い油揚げを所望するぞ!」

「はいはい」

「フフフ~♪ 何時も出前で頼んでおったが、やはり出来立てが一番美味いからのぅ~。……ん!」

 

 万葉は大和の隣に座るラースに気付き、席をおりる。

 そして彼の前までやって来た。

 

「これはこれは、ラース殿、であってるかのぅ?」

「は、はいッ」

「先日はうちの娘達が世話になったようで……誠、感謝致す」

 

 優美にお辞儀する万葉。

 ラースは勢いよく首を横に振った。

 

「いえいえ! 俺のほうがその、お世話になって! ありがとうございます!」

「くふふ~♪ かわいいのぅ。大和様が世話を焼いている理由がわかるわい」

 

 口元に手を当て笑む仕草は、まこと淑やか。

 彼女が東区で一番人気の花魁である事を、ラースは改めて理解した。

 

 そんな彼女にネメアが告げる。

 

「ほら、出来たぞ」

「おお~!! 流石ネメア殿! 仕事が早い! それでは早速!」

 

 ぴょんと席に座り直した万葉は、礼儀正しく「いただきます」と言った後、油揚げを頬張る。

 その横顔がまた愛らしくて、ラースは思わず微笑んでしまった。

 

 ふと、大和が振り返る。

 後ろから声をかけられたのだ。

 

 離れたテーブル席で、黒い制服を着た美女が手招きしていた。

 闇バス、闇タクシーの運転手、死織である。

 他にも数名、黒い制服を着た同僚が居た。

 彼女達は一様にニヤけている。

 

 先程の王族云々の話を聞いていたのだろう。

 大和は一度断るも、死織が頬を膨らませた事で折れ、そちらに向かう。

 

 ラースは隣から強烈な殺気を感じ取った。

 万葉である。

 彼女は死織達に呪詛の篭った眼光を向けていた。

 

「あの小娘共ォ……妾が食事中だからまだいいものをォォォ……ここがゲートで無ければ呪い殺しているところじゃ」

「落ち着け、万葉」

 

 ネメアが諫めると、万葉はニパッと明るく笑った。

 

「大丈夫じゃよネメア殿。其方の店のルールは守る故」

「いや。悪いな、つい癖で……お前に関しては信用してる。その仮の姿で来てくれる時点で、十分に配慮して貰っている」

「当たり前じゃ! 妾が本来の姿で来たら、この極上のきつねうどんを食す暇もないからのぅ!」

 

 彼女の伝説はラースもよく知っている。

『白面絢爛九尾狐』『妖仙』『傾世の魔女』『魑魅魍魎の主』

 嘗て数多くの王朝、大国を滅亡させた稀代の大化生。

 伝承で有名な九尾の狐、その人だ。

 妖術と仙術の腕は極まっており、デスシティでも有数の強者として知られている。

 しかし何よりも、その美貌。

 

 彼女は外を出歩く際に仮の姿となる。

 それはデスシティでも有名な事だった。

 本来の彼女は、それこそ妖艶さと神々しさを持ち合わせた世界最高の美女となる。

 

 傾城ではなく傾世と謳われる絶域の美貌は、心の弱い者なら見ただけで心臓発作を起こしてしまうと言う。

 他にも彼女の影を撮っただけの写真が一枚数億円で取引される、芸術家が見惚れ続けてしまい彼女の絵画を描けない、など──その美貌にまつわる逸話は事欠かない。

 

 数多の美女、美少女が集うデスシティで最高の花魁を務める彼女は、その美貌だけで文字通り、世界を傾けてしまうのだ。

 

 ラースはふと閃く。

 彼女なら知っているかもしれない。

 大和の真実を。

 何故家出したのか──その訳を。

 

 しかし、ラースは悩んだ。

 やはり本人から聞くのが筋ではないかと。

 真面目な彼だからこそ大いに悩んだ。

 

 悩んで、悩んで、数分後。

 きつねうどんを食べ終わりそうな彼女を見て、ラースは決意し聞いた。

 

「あの、万葉さん」

「む? 万葉でいいぞ。主は良き男子故」

「そんな……それでも、さん付けで呼ばせてください」

「好い、主の自由にせぃ。で、何じゃ?」

 

 ラースは小声で言う。

 

「大和さんは王族に生まれたのに、家出したと聞きました……その理由が、どうしても知りたくて」

「ふむ……何故その様なことを聞くのか。それは置いておこう……家出したのがそんなに不思議かえ?」

「はい」

「じゃろうな。当時最盛期を誇った大王朝「出雲」の皇帝になる筈じゃった男……もしなっていればその生涯、華々しいものだったじゃろう。その知と武力を以てして、天下泰平を実現できたじゃろう」

「……」

「しかし、あの方は否と答えた。……当時、妾も同じ様な質問をしてな。その答え、知りたいか?」

「……はい!」

 

 ラースは強く頷いた。

 彼は知りたかったのだ。

 大和という男の真実を。

 一端でもいいから、触れておきたかったのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 万葉はまず苦笑した。

 

「しかし、答えは単純でのぅ。あの方はしがらみを嫌う。そして、頑固なんじゃ」

「頑固?」

 

 ラースが首を傾げると、万葉は苦笑を柔らかくし、告げた。

 

「抱きたい女は自分の魅力で抱く。むかつく奴は自分の力でぶっ倒す。自分が使う金は自分で手に入れる。何をするにも、何を成すにも、自分の力でやり遂げる。……他者の力なんて借りたくない。ご都合主義なんかに頼りたくない」

「……!」

「以前、言っておったわ。「血や権力で手に入れたものに価値なんてねぇ。自分の力で成したものにこそ、価値がある」……と」

 

 万葉は遥か昔を思い返す。

 

「妾も昔はこっぱ妖怪でのぅ、子供の頃に大和様に出会って、その在り方を聞いて、強くなろう、美しくなろうって思ったんじゃ。どんなに邪悪でも、あの方は当時から豪放磊落じゃった」

「……」

「だから妾は、あの方に心底惚れ込んだんじゃ。……主も、なんとなくわかるじゃろう?」

「……はい、大和さんがどうして魅力的なのか、わかった気がします。モヤモヤも無くなりました」

 

 ラースは笑う。

 大和が何故、あんなにも眩しく見えるのか。

 何故、こんなにも憧れてしまうのか──

 やっとわかった。

 

 どんなに冷酷でも、彼は自分の力で自分の意思を貫いていた。

 男として、憧れない筈がなかった。

 

 ラースは、大和の生き様に惚れ込んだのだ

 万葉は微笑む。

 

「ラースとやら、主も頑張ってみせよ。努力の伸び幅は千差万別。なれど、積み重ねてきたものは決して裏切らぬ。主を心身共に強くする。だから頑張ってみせよ。イイ男になれば、晩酌くらい付き合ってやるぞ?」

「……はい、ありがとうございますッ」

「フフフ、素直で良い子じゃ♪」

 

 万葉はラースの頬を撫でると、大和の方へ向き直る。

 大和は闇バス・闇タクシーの運転手達に絶賛口説かれ中だった。

 万葉は激怒する。

 

「くぉら小娘ども~!! 妾の前で大和様を口説こうなど笑止千万! のけのけぃ! 頭が高いぞ~!」

 

 店内はどんちゃどんちゃの大騒ぎ。

 しかし暴力沙汰ではないので、店主であるネメアは呆れ交じりに眺めていた。

 

 ラースは何かを決意したように拳を握っていた。

 ネメアは言う。

 

「お前ならきっとイイ男になれる」

「はい……! ありがとうございます!」

 

 今夜は、ラースが男として自信を持てるよう努力していこうと誓った夜だった。

 一方右之助は、未だ気絶していた。

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日。

 右之助は行き付けの銭湯に来ていた。

 デスシティの銭湯には客に対する制限が無い。

 そんな事をしていては客が来ない。

 この都市には、曰く付きの者達しかいないのだ。

 

 昭和の古き良き造りをした内部に、裸一貫で入っていく右之助。

 その体躯に刻まれた歴戦の傷を見て、湯船に浸かっていたヤクザ達は生唾を呑み込んだ。

 

 彼は湯で汗を落とすと、サウナ室へ入っていく。

 丁度、この時間に「あの男」がいる筈なのだ。

 

「おお、いたいた」

「ア?」

 

 褐色肌の美丈夫がタオルを頭にかけ、汗を流していた。

 大和である。

 

 彼以外には誰もいない。

 怖いのだ。

 現に右之助も若干引いていた。

 しかし無理やり笑顔を作り、横に腰かける。

 

 大和は彼に喋りかけた。

 

「どうした、何か用か」

「いや、一つ聞きてぇ事があってよ」

 

 右之助は率直に聞いてみる。

 

「昨日、ラースの奴に対してやけに気さくだったじゃねぇか。珍しいと思ってよ。気難しいお前があんな優しくなるなんて」

「そうか? アイツは正直者で努力家だ。アレが「モテたい!」って言ってるだけの餓鬼だったら、ぶっ殺してたかもしれねぇ。それに、俺に好意を抱いてんだ。だから可愛がった。……そんだけだろう?」

「……」

 

 右之助は複雑な表情をサウナの湯煙で隠した。

 今の大和の言動に、何とも言えない不気味さを感じたのだ。

 

 大和は立ち上がり、タオルを取る。

 何時も結われている黒髪は背中に垂れ落ちていた。

 垂れた前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、彼は右之助に言う。

 

 それは、忠告だった。

 

「俺は、好きな奴と嫌いな奴をハッキリさせる。どうでもいい奴も含めてな。だからよォ右之助──賢いお前にだから言っておくぜ、俺にとって目障りな存在になってくれるなよ。でないと、殺しちまうかもしれねぇからな」

「……ッ」

 

 そうだ。

 忘れてはいけない。

 決して、忘れてはいけない。

 大和はこういう男なのだ。

 

 冷酷で、残忍で、利己主義者。

 自分にとって都合の良い存在しか許さない。

 

 しかし先日ラースに見せた温和な顔も、また大和なのだ。

 偏った二面性。

 

 好きなものは好き。

 嫌いなものは嫌い。

 どうでもいい奴はどうでもいい。

 

 はっきりしている。

 し過ぎている。

 

 右之助は汗を掻いていた。

 冷や汗だった。

 

 大和は不気味に笑いながら、サウナ室を出て行った。

 

 

《完》


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