villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「魔界都市」

 

 

 超犯罪都市デスシティ。

『魔界都市』『裏側』『矛盾の坩堝』『悪鬼の巣窟』『世界の果て』『ソドムとゴモラ』

 様々な異名で知られるも、表世界では都市伝説として完結されている。

 

 理由は言わずもがな、人類にとって「都合の悪いもの」が集約されているからだ。

 現代の治世を揺るがすほどの「もの」が、此処には山ほど転がっている。

 

 まずは種族。

 妖精、悪魔、邪神、宇宙人、アンドロイド──

 フィクションの中で語られる人外の存在が、此処では平然と闊歩している。

 彼等はこの都市を居住区とし、表世界には深く干渉しない。

 故に、表世界の平穏は保たれている。

 

 そして文明。

 様々な種族が齎す知識、そして善悪の観念に囚われないデスシティという最高の実験場が天才達を覚醒させる。

 彼等が未知のエネルギーを立証、解明し、それを日常に取り入れてしまうのだ。

 

 魔力、妖力、霊力、暗黒物質に純エーテル。

 

 古今東西、宇宙の果てに存在するエネルギーまで。

 様々な「力」がこの都市で活用されている。

 その中には事象に優に干渉し、万象を変化させてしまう埒外の力もあった。

 

 種族、文明。

 この二つが揃う事で、超犯罪都市は魔界都市へ変貌する。

 犯罪者の楽園では無く、人類の手に負えない超常の存在達の隠れ蓑となる。

 

 魔術師、吸血鬼、魑魅魍魎、星霊、アマゾネス、英雄、仙人──

 表世界に居場所を無くした者達が、此処に集まってくる。

 

 科学と幻想が混じり合い、化学反応を起こして常に変化する、形の無い世界。

 それが、デスシティという世界なのだ。

 

「……ッ」

 

 重厚な曇天が数多のテールライトによって照らし出される。

 時間帯は夜。

 その真の姿を見せ始めるデスシティ中央区。

 眩く、そして渾沌とした魔界都市の情勢をアパートの上から見下ろしているくノ一が居た。

 魔忍、百合である。

 

 彼女は紺色のポニーテールを揺らしながら、その表情を苦渋で歪めていた。

 ボディスーツに包まれた成熟した肢体を、両手で抱きしめる。

 

 魔界都市、その名に偽りがない事を百合は改めて理解した。

 異常な文明発展。入り乱れる数多の種族。

 そんな事よりも、百合は「ある事」に戦々恐々としていた。

 

 治安が無いのだ。

 悪いのではなく、無いのだ。

 

 ヤクザ達が道路のど真ん中で銃撃戦を起こしても、誰も止めない。

 むしろ住民達は煽り、楽しんでいる。

 

 眼下に視線を移せば麻薬に酔い痴れている患者達が居た。

 彼等は夢と現実の区別が付かなくなり、乱交パーティーを繰り広げている。

 そうで無い者達も、その場の雰囲気で盛り始めていた。

 

 右を見れば、邪教徒の集団が異形の混合生物キメラを「生贄」と称して惨殺していた。

 断末魔の悲鳴を上げるソレを、邪教徒達は不気味な言語を紡ぎながら解体していく。

 

 左を見れば、奴隷市場の出店が自慢の賞品を宣伝していた。

 首輪をかけられた少女達は「味見」と称され、生臭い白濁液をかけられている。

 その目に光は無い。

 嬉々として腰を振るう少女の腕には、必ず注射の跡があった。

 

「どうにかしている……ッッ」

 

 百合は頭を押さえる。

 おかしくなりそうだった。

 この都市の在り方は「狂気」などという言葉では到底表現しきれなかった。

 

 平然と歩いている住民達を見ていると、まるで自分がおかしいのではないかと思ってしまう。

 

(違う、違う違う……ッ、私はおかしくないッ)

 

 発狂しそうな精神を無理やり抑え込んで、百合は大きく深呼吸する。

 冷静になって、彼女は考えた。

 

(精神の弱いものはこの都市に居るだけでも駄目だ……そしてこの在り様、此処で一週間サバイバルをするとは、今迄のどんな任務よりも過酷だぞ……!)

 

 頼れるものなどいない。

 居る筈も無い。

 自分の力だけで、この不浄なる世界を生き延びなければならない。

 

 百合は改めて覚悟を決め、アパートを飛び降りる。

 魔忍の身体能力を用いて壁を蹴り、容易に地面へと着地する。

 

「……まずは隠れ蓑だな。そして食料の確保か」

 

 マフラーで口元を隠し、薄汚い路地裏を歩む。

 刹那、その肢体に異形の触手が絡み付いた。

 

「!!?」

 

 反応するも、既に遅い。

 その歳不相応の肢体をねっぷりとなぶられる。

 百合は悲鳴を上げようとするも口に触手を入れられ、闇の中へ引きずり込まれていった。

 

 暫くして。

 暗闇から異形の笑い声が響き渡る。

 

「ククッ、重畳重畳。これはイイ獲物だ……たっぷりと楽しませて貰おう」

 

 滴る涎を拭く音と共に、異形の気配は消えていった。

 


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