villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「頼るべきは」

 

 

「ひぇぇ!! こんなの絶対無理だよ~っ!!」

 

 百合の親友でありライバル、牡丹は涙目で中央区を逃げ回っていた。

 跳躍と共に紫苑色のマフラーを靡かせ、緋色のボディースーツで風を切っている。

 

「あっちに逃げたぞ!! 追え!!」

「待てやァ!!」

「ひゃぁぁぁ!!」

 

 建造物の屋上を跳び回り、追手から全力で逃走する牡丹。

 その先にある巨大スクリーンで、人外のニュースキャスターが臨時速報を告げていた。

 

『えー、突然ですが朗報です。現在、特殊な能力を持つくノ一、魔忍が此処デスシティを試験会場にしています。各暴力団、犯罪組織が懸賞金をかけていますので、皆様奮ってご応募ください。詳細は電子掲示板に掲載されています。繰り返します』

 

 あまりの報道内容に、牡丹は髪を振り乱した。

 

「どういう事よ!! なによこの都市!!?」

 

 治安とか、それ以前の問題である。

 牡丹が喚き散らしていると、背後から追手が跳んできていた。

 

「おお!! いたいた!!」

「マジでいるじゃん! 魔忍!」

「ひょぇぇぇ!!? 増えてる!? さっきより増えてるわよね!?」

 

 牡丹は再度逃亡する。

 魔界都市へ訪れて未だ数十分──牡丹は絶対絶命の危機に陥っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 魔忍の「隠形の術」は一般の忍者のものと違い、気配ではなく存在を薄める。

 故に衣装の派手さなど関係無く、相手を欺く事ができる──筈なのだが。

 

 気配遮断の技術が100種類以上はあるデスシティにおいて、存在希薄「程度」の気配遮断は意味を成さない。

 牡丹はデスシティに来訪して早々に見つかってしまった。

 

「しかも速い!? 追い付かれる!!」

 

 日々過酷な鍛錬を積んでいる魔忍の筋肉はしなやかであり、その歩法は門外不出の秘技。

 その気になれば自動車も追い抜かせる彼女達の走力に、デスシティの住民は平然と追い付いてみせる。

 

 賞金稼ぎ達は強化合成繊維に入れ替えた太腿で数十メートルの距離を優に跳び、アンドロイド達はジェットエンジンで空を駆ける。

 人外達は生来の筋力によって容易に重力に逆らい、ヤクザ達も簡易魔術や劇薬使用で強化された身体能力を遺憾なく発揮している。

 

 瞬く間に並走された牡丹は、思わず悲鳴を上げた。

 

「何よこの都市ー!!? おかしいわよー!! 屋上跳んでるのよ!? 何で追い付いてくるの!? まさか全員人間じゃないとか!?」

 

 牡丹の考えは常識的に正しいが、生憎デスシティで常識は通用しない。

 彼等はデスシティでいうところの「一般人」だ。

 つまるところ、牡丹達は「その程度の存在」なのだ。

 

 そんな事は露知らず、牡丹は魔忍特有の秘技を発動する。

 両手で印を組み、霊力と妖力を融合──従来より強力な忍法を練り上げる。

 

 これぞ魔忍の秘技、「魔忍法」。

 

 妖物の血筋を引く魔忍の始祖、飛段が得意とした強力無比な忍法。

 その性質は魔術に近く、威力はお墨付きだ。

 

「魔忍法、業火龍の術!!」

 

 獄炎で編まれた龍が現れ、住民達は呑み込まれる。

 摂氏1000℃以上を誇る業火は、建造物を容易に溶かしてみせた。

 暴れ回るこの火炎龍は牡丹の必殺技。

 本来容易に放っていい技では無いのだが、止む得ないと牡丹は割り切る。

 

 しかし、住民達は平然と出てきた。

 しかも五体満足で。

 

 牡丹は驚愕で声も出せないでいた。

 

「あっちち……! ちっと舐めてたぜ!」

「やるじゃねぇの! こりゃ高値で売れそうだぜ! 顔も良いしな!」

 

 火炎とは最も簡易的で、最も効率的に生物にダメージを与える方法である。

 ともなれば、デスシティで対策が練られていない筈が無い。

 対火炎の防御障壁を中心に防火繊維の衣服、クリームなど──

 

 デスシティでは比較的常識的な装備を前に、牡丹の魔忍法は完封されてしまった。

 牡丹は顔を真っ青にして、そして──

 

「ひゃぁぁぁぁぁ!! バケモノだらけぇぇぇぇ!!!! 誰か助けてぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 ガン泣きして逃亡した。

 

 

 ◆◆

 

 

 牡丹は地面へ降り、街道を駆け抜けた。

 人込みに紛れて誤魔化そうとしているのだ。

 しかし、それも意味を成さない。

 

 牡丹が魔忍とわかった瞬間、雑踏達は道を開ける。

 あるいは追手に参加する。

 

 状況はむしろ悪化していた。

 段々と追い詰められていく牡丹。

 中々頑張っているのだが、デスシティの住民達の方が色々小慣れている。

 

 いよいよ追い付かれそうになった、その時──

 牡丹は誰かとぶつかり、尻餅を付いた。

 

「あぅあぅあぅ……!!」

 

 狼狽する牡丹。

 口をパクパクさせながら、視線を上げた。

 

「アア? 気ぃ付けろやお嬢ちゃん」

 

 片眉を上げて牡丹を見下ろしたのは、褐色の美丈夫。

 その美貌は男として極みに達していた。

 逞しく、しかし妖艶な益荒男。

 そのあまりの美貌に、牡丹は思わず見惚れてしまった。

 

 美丈夫は溜息を吐いて手を出す。

 

「オラ、大丈夫か?」

 

 呆れ交じりに差し伸べられたその手を、牡丹は涙目で取った。

 そして懇願する。

 

「お願いですッ!! 助けてください!!」

 

 

 ◆◆

 

 

 鋭利な三白眼に獰猛なギザ歯。

 それらを抱えながら、全く色褪せない神域の美貌。

 鍛え抜かれた肉体は、そもそもの出来が違った。

 骨格や筋肉密度が異常で、それを鍛錬で無駄なく発達させている。

 二メートルを優に超える身長でも、羽根の様に軽やかな動きができるだろう。

 

 清潔感のある白と黒の着物。

 肩から羽織られた真紅のマントは彼のトレードマークであり、彼以外の着用はデスシティで許されていない。

 腰に帯びられた大小の日本刀は彼の体躯に合わせ拵えられた特注品だった。

 

 褐色肌の美丈夫──大和。

 牡丹が彼に助けを求めたのは、何もその美貌に惚れたからではない。

 無論それもあるが、牡丹はこれでかなりあざとい性格をしていた。

 

 その身から溢れ出るオーラは、まさしく絶対強者。

 禍々しさもあるが、それ以上に強者の威風を纏っている。

 チラリと見える筋肉、大まかな体格を鑑みても、強者なのは一目瞭然。

 

 雰囲気と一瞬の目利きでソレを察し、且つ手を差し出してくれた仄かな優しさ。

 そこに牡丹は付け入ろうとしていた。

 

 彼女が大和に助けを求めた事で、追手達は苦渋に満ちた表情をする。

 

「大和……ッ」

「オイ、ヤベェぞ……」

「お前等、無暗に手を出すなよ!!」

 

(よっし!!)

 

 牡丹は内心でほくそ笑む。

 追手の反応からして、彼に頼るのは正解だった。

 牡丹は更に甘えた声で大和に嘆願する。

 

「お願いですっ、助けてくださいっ。助けてくれたら、私にできる事なら何でもします……っ」

「へぇ」

 

 大和はその灰色の三白眼に淫らな色を灯す。

 牡丹の真紅のボディースーツに包まれた肢体を観察し、ギザ歯を剥いた。

 

「でもなァ、俺は殺し屋だし、ボディーガードはなァ」

「そこを何とか……っ、私の身体なら、好きなだけ貪っても構いませんからっ」

 

 牡丹は艶やかに大和を誘ってみせる。

 その大きな手を自分の乳房へと誘導した。

 

 大和は口笛を吹く。

 

「~♪ 素直に媚びてくるスタイル、嫌いじゃねぇぜ。……わかった」

「!!」

「期間限定で俺の女になるってんなら、護ってやるよ」

「ありがとうございますぅ♪」

 

 抱きつき、猫なで声を上げる牡丹。

 大和はその腰に手を回し、抱き寄せた。

 そして、周囲の有象無象達に告げる。

 

「聞いたか? コイツぁこれから俺の女だ。手を出すってんなら斬り刻むぜ」

「きゃー♪ 頼もしい~♪」

 

 牡丹──くノ一としての素質は、ある意味天性のものだった。

 強運と、「悪女」としての媚びる才能。

 

 大和という益荒男を味方に付けた時点で、彼女の勝ちは確定した。

 

 


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