Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

5 / 255
四話「魔女VS殺し屋」

 

 

 超犯罪都市の日が暮れる。

 曇天に隠れたままの太陽は橙色の陽光を静かに撒き散らしていた。

 

 西区の古びたアパートの屋上にて。

 暗い夕日を背に大和は佇んでいた。

 小麦色の肌は濁った明かりを吸い込み一層深みを増している。

 真紅のマントが冷たい風によってバサバサと靡いていた。

 

「ふむ……」

 

 大和は顎をさする。

 その三白眼が捉えたのは、ローブを着込んだ得体の知れない存在だった。

 

 魔術師。

 

 雰囲気や佇まいで、おそらくそうであろうと推測する。

 着ているローブが魔術師の愛用するものだからだ。

 素性を隠すため、また魔術用の触媒を多数収納するための便利なアイテム。

 

 大和は嗤って両手を広げた。

 そして気軽に話しかける。

 

「お前、朝からずっと付けてただろう? 何だ、俺のファンか? それならサインの一つでもくれてやろうか?」

 

 瞬間、不可解な空気の圧力を感じて半身を反らした。

 背後にあった鉄格子がひしゃげてボロボロになる。

 

 大和は灰色の目を丸めた。

 

「こりゃまた……随分と派手な挨拶だな。最近の魔術師の間じゃあこういう命懸けの挨拶が流行ってんのか?」

 

 ふざけた調子を崩さない。

 しかし、今の一撃は容易く鋼鉄を粉砕できる威力だった。

 それを初対面の相手に放つとなると──

 

 最早話し合いは成立しない。

 

「何故だ」

 

 若い女の声だった。

 大和の唇が歪む。

 その笑みに込められた真意は、夕暮れの明りで誤魔化された。

 

 女は再度問う。

 

「何故、私の存在に気付けた? 気配は完全に遮断していたはずだが」

 

 女の問いに、大和は己の鼻を指す。

 

「匂い、柑橘系の甘酸っぱい香りだ。その香水を付けてる奴を前に抱いたことがある。お前……魔女だろ?」

「…………」

 

 女は答えない。

 大和は構わず続ける。

 

「ブラジルの南東部、ミナスジェライス州の片田舎にある魔術師の集落だったな……ハッ、表世界から遠路はるばる御苦労なこった」

 

 鼻で笑う大和。

 女──魔女は、ローブの奥から瑠璃色の双眸を覗かせた。

 その双眸には隠しきれない憎悪が宿っている。

 

「お前が殺した魔女の友だ。覚えているか? 私と同じ香水を付けた子を」

「ああ、覚えてるぜ」

「……ッ」

 

 魔女は唇を噛み締め、言葉を吐く。

 

「お前に依頼をした女は──私たちを裏切ったあの女は、もう殺した。後はお前だけだ……ッ」

「…………ふぅん」

 

 大和は改めて思い出す。

 以前受けた依頼の内容を──

 

 浮気をした魔術師を殺してくれ。

 ついでに浮気相手の魔女も殺してくれ。

 そう、若い魔女から依頼された。

 

 浮気相手の魔女は友だったが、嫉妬心が勝ったらしい。

 自分を裏切った男と、裏切りを誘発した友が、どうしても許せなかったとか。

 

 大和は大金を積まれてこの依頼を受けた。

 魔術師と魔女、両方惨殺して晒し首にしてやった。

 

 依頼主だった魔女は美しいが、陰のある少女だった。

 綺麗な顔立ちをしているのに何故か前髪で目元を覆っていて、素晴らしい肢体を誇っているのにわざと分厚いローブで隠していた。

 

 美少女だったが、ソレを卑下していた。

 

 だから抱きやすかった。

 慰めて、甘い言葉をかけてやればすぐに堕ちた。

 抱き心地も良かったので、大和は彼女を気に入っていた。

 

 しかし、既に殺されたらしい。

 大和は残念そうに目を細めた。

 

「なんだ、殺しちまったのかあの魔女。勿体ねぇ、抱き心地は良かったのに……」

「……下種が」

 

 魔女は吐き捨てた。

 大和のことを心底侮蔑していた。

 

 彼女は問う。

 

「何故あの子を殺した? あの子は言い寄られていただけだぞ」

「知るかよ、お前らの事情なんざ。殺せと依頼されたから殺した。それだけだ」

「な……ッ」

 

 魔女は目を見開いた。

 あまりに呆気なく、あまりに非情な答えだったから。

 

「そんな、そんな理由で! あの子は殺されたというのか!!」

「そうだ。十分過ぎる理由だろう?」

「ッ」

 

 絶句する魔女。

 暫くすると、震えながら呟いた。

 

「殺してやる……」

 

 凍えるような声と共に、魔女の全身から魔力が迸る。

 魔力──森羅万象に満ちる第五元素エーテルを万能エネルギーに変換したものだ。

 魔術師や魔女が扱う超常の力の源である。

 

 魔女は歯ぎしりが聞こえるほど奥歯を噛み締めていた。

 犬歯をむき出しにし、激情に任せて叫ぶ。

 

 

「殺してやるッッ!!!!」

 

 

 同時にその背後から重厚な何かが現れる。

 

 ゴーレム(魔造巨兵)だ。

 建造物と岩石で構成された巨人は、全高30メートルはある。

 

 大和は何故か、クツクツと喉を鳴らしていた。

 

「いいぜ、こいよ。お前には復讐する権利がある」

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃。

 右之助と幽香たちは現場から離れていた。

 右之助は懐いてくる子供幽霊たちを肩車しながら、幽香に話しかける。

 

「結構な数だな。死体」

「おう! 大和も右之助も殺し方が上手いから、買取り価格が期待できるぜ!」

 

 幽香は死体が山積みになった荷車を引きながら嬉しそうに言う。

 右之助はサングラスを取って遊んでいる幽霊たちに肩を竦めながら、話を続けた。

 

「幽香、それに他の幽霊たちにも。言っておきたいことがある。これは忠告だ」

「ん? なんだ?」

 

「なんだなんだ?」

「ちゅーこく?」

「何でしょう?」

 

 幽香たちが首を傾げていると、右之助はいつもの笑みを消して真面目な顔で言う。

 

「あんまり、大和と関わるな。……アイツと付き合うにはそれなりに狡賢くなきゃいけねぇ。もしも敵対なんてしてみろ……殺されるぞ」

 

 右之助の忠告は、その傷だらけの面も相まって迫力があった。

 しかし幽香たちは「?」と首を傾げたままだった。

 

 代表して幽香が口を開く。

 

「なんでだ? 大和めちゃくちゃ優しいじゃん。時々おやつくれるし、仕事もよく回してくれるし」

 

「あい! 姉さんの言うとおり!」

「大和! ツンデレだけど優しい!」

「怖いけど! 女癖悪いけど!」

「敵対しなければ、とてもフレンドリーな方だと思います……」

「仲良くすれば問題なしです!」

 

 子分たちの意見を聞いて、幽香は満足そうに頷く。

 彼女は右之助に向かってグッと親指を立てた。

 

「大丈夫だぞ右之助! 私たちは大和が大好きだ! だから、だいじょうぶ!!」

「…………」

 

 右之助は目を丸めた。

 幽香の言葉にはなんの根拠もない。

 しかし何故だろう──どんな言葉よりも安心できた。

 

 右之助は口元を緩める。

 

「なるほど……確かに、大丈夫そうだ」

 

 右之助はサングラスを取っていた子供幽霊をぽんぽんと撫でる。

 幽香は「ニッ」と歯を出して笑った。

 

「さて……」

 

 右之助は振り返る。

 

「お前ら、死体は中央区で売るんだろう?」

「おう、そうだ!」

「ならダッシュだ。ほれ、後ろで大和が戦ってる」

 

 幽香たちも振り返る。

 すると、30メートルを超えるゴーレムがアパートに鉄拳を振り下ろしていた。

 

 幽香たちの反応は単純だった。

 

「でけぇ!! なんだありゃ!? ゴーレム!? でけぇ!!」

 

「でかい!!」

「ロボット! でも格好悪い!」

「ロボットじゃない、ゴーレム!! でもデカイ!!」

「あわわわわっ」

「大和さん、大丈夫でしょうか!?」

 

 最後の子供幽霊の発言に、右之助は大笑いする。

 

「大和が大丈夫かって? カッカッカ!!」

 

 笑っている最中に、ゴーレムの鉄拳がアパートに振り下ろされた。

 しかし次の瞬間──ゴーレムは空を飛んだ。

 

 比喩表現ではない。

 ゴーレムは本当に空を飛んだ。

 いいや、飛ばされたと言ったほうが正しいだろう。

 拳を叩き落とした瞬間、その力を全て「受け流された」ようにゴーレムは空を飛翔した。

 

 ゴーレムの全長は30メートルはある。

 ビルで言うところの10階建て。重さは600トンくらいだ。

 ソレが、幽香たちの頭上をゆうゆうと超えていく。

 

 暫くして、大地震かと思うほどの揺れが発生する。

 ゴーレムが落ちたであろう場所からは巨大な土煙が上がっており、同時に住民たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

 未だ唖然としている幽香たちに、右之助は笑いながら告げる。

 

「アイツはデスシティで最強の一角に数えられる男だぞ! お前ら、今すぐ中央区に逃げろ! もしヤバそうだったらネメアの店で待機するように! 俺は逃げる! ダッシュ! 右之助ダッシュ!」

 

 右之助は走り出す。

 幽香たちは慌ててその背中を追いかけた。

 

「おいコラー!! 右之助ー! 置いていくなよー!!」

 

「薄情ものー!!」

「ばかー!!」

「まってー!!」

「あわわわわっ!!」

「ダッシュ!! 幽霊ダッシュです!!」

 

 子供幽霊たちも大慌てでその場を離れていった。

 

 

 ◆◆

 

 

 アパートの上で。

 大和はゴーレムを投げ飛ばした右手を振るっていた。

 その表情は実に涼しげだ。

 

「軽い。俺を足止めしてぇなら、もっとデケぇの造ってこい」

 

 大和は文字通り、ゴーレムを投げ飛ばした。

 

 パンチの威力+ゴーレムの体重。

 そこから生まれる力量は凄まじく、だからこそゴーレムは宙を舞った。

 

 とんでもない──それこそ荒唐無稽な投げ技だ。

 だが、大和は魔術や異能を一切用いていない。

 純粋な肉体操作と武術でコレを成した。

 

『合気』

 中国では化勁(かけい)と呼ばれている。

 相手の力を利用、吸収する高等技術だ。

 

 この技術を極めた武術家はあらゆる物理攻撃を吸収し、受け流す。

 それどころか、力の向き(ベクトル)すらも操作してしまう。

 大和はこの技術を極めている。

 

 世界一の武術家の異名は伊達ではない。

 

「へぇ……逃げるタイミングは妥協点だな」

 

 大和は魔女がいた場所を睨んだ。

 転移魔術でどこかに跳んでいた。

 

 大和は不意に違和感を覚え、空を見上げる。

 

「ハッハッハッ、すげぇすげぇ。表世界の魔女にしちゃあよくやる」

 

 それは純粋な賛辞の言葉だった。

 曇天を割いて現れたのは──小惑星。

 上空の瘴気を溶かしながら堕ちてくる。

 炎の衣を纏いし、破壊の権化。

 

 巨大隕石。

 サイズは直径100メートルほどか。

 もしも地上に落ちれば、西区どころか魔界都市が消滅する。

 

 堕ちてくる巨大隕石を、大和は笑顔で見上げていた。

 その表情に焦りはない。

 

「ふふん♪」

 

 大和は下駄をカランと鳴らすと、膝を折る。

 

 

「うっし──蹴り飛ばすか」

 

 

 そうあっけらかんに言って、天高くに跳躍した。

 衝撃で足元のアパートが木っ端微塵に砕け散る。

 

 大和は隕石の手前までたどり着くと、赤熱化した表面を軽くタッチした。

 すると、隕石に不思議な赤いオーラが纏わり付く。

 大和は唐突に高速回転を始めた。

 

 腕、肩、腰──のみならず、筋肉繊維を一本一本捻り、絞り上げる。

 そうして生まれた螺旋力を、鍛えすぎて進化してしまった骨格と関節で吸収し、蓄える。

 結果、大和の体内に巨大隕石を超える莫大なエネルギーが誕生した。

 

 十分に力が溜まったことを知った大和は、回し蹴りでエネルギーを解放する。

 角度まで完璧に計算された、最高の回し蹴りだ。

 

 

「必殺! 大和シュート☆」

 

 

 これでもかと言うほどダサい技名だったが、威力は規格外。

 巨大隕石がまるでサッカーボールのように飛んでいく。

 曇天を裂き、大気圏をゆうゆう突破し、光速を超えた速度で宇宙の彼方へと消えていった。

 

 衝撃が魔界都市全土を震撼させる。

 

 暫くして。大和は道路に着地した。

 衝撃で巨大な地割れが発生する。

 大和は気にすることなく、ガッツポーズをとった。

 

「うっし、完璧♪」

 

 子供のような無邪気な笑顔。

 しかし、次には妖艶な笑みに変わった。

 その笑みは、獲物を狙う肉食獣のものだった。

 

「あの魔女はどこ行った? たっぷりお仕置きしてやる……」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。