villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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七話「吹雪款月」

 

 

 己の内に燻る熱にうなされる様にして、百合は目を覚ました。

 自分を抱きかかえる逞しいナニカ。

 その主を理解した瞬間、百合は全身の力を抜く。

 ほぅと息を付き、視線を上げると──頼もしい益荒男の顔があった。

 

「目ぇ覚ましたか」

「……誰だか知らぬが、礼を言う。ありがとう」

「大和だ」

「大和……」

 

 大和は件の廃墟を出たところだった。

 東区の街道に出ようという時に、彼女が目を覚ましたのだ。

 彼は笑う。

 

「礼はいい。その身体できっちり支払って貰うからな」

「……牡丹の匂いがする。そういう事か」

「察しがいいな」

 

 大和はギザ歯を剥く。

 途端に、百合の胸に訳のわからない感情が芽生えた。

 それが嫉妬心であると、彼女は気付けなかった。

 

 百合は取り敢えず、あの妖剣士から開放された安堵に浸ろうとする。

 が、その感情が邪魔をした。

 嫉妬心を燻るのは、百合の肉体に残る性の疼きだった。

 

「ッッ」

 

 疼きが止まない。

 散々弄ばれた肉体と危機を脱した故の生存本能が、百合の「女」を焚き付けていた。

 

 この逞しい男に抱かれたい。

 自分を救ってくれた勇者に貪られたい。

 

 百合は牝の本能に酔っていた。

 

 刹那である。

 大和の眼前に斬線の津波が迫って来たのは。

 

「!!」

 

 大和は片手で脇差を抜き放ち、対応する。

 繰り出された斬撃は千差万別。

 大和は紙一重で捌き切る。

 

「チィ……!」

 

 舌打ちする大和。

 それでも全ての斬撃を防ぎ切り、迫り来る凶刃を弾き返した。

 

 大和の頬に一筋の切り傷が浮かび上がった。

 大和が、あの世界最強の武術家が、傷を負ったのだ。

 

 彼に傷を負わせた張本人は、微笑みながら得物を振り払う。

 その得物は世にも珍しい鋒双刃造りの打刀だった。

 上身にほぼ反りがなく、腰元の部分が緩く湾曲している。

 刃紋は不気味な蛙子丁子。

 

 世にも奇妙な得物を振るうのは、ダブルスーツの上から純白のロングコートを羽織った絶世の美男だった。

 

 ──吹雪款月(ふぶき・かんげつ)

 

 人外の剣客集団「斑鳩(いかるが)」を纏め上げる頭首であり、世界最強の剣士達『天下五剣』の一角を担う剣客。

 

 彼の微笑に対し、大和は苦笑で応じた。

 

 

 ◆◆

 

 

「まさかお前が関わってくるたァな、吹雪。──さっきのはテメェの部下か?」

「如何にも。しかしあの者は愛を謳い朽ちた。拙者に仇討ちなどと宣う権利は無いでござる」

「なら、何故俺に刃を向けた」

「愚問也──世界最強の武術家と死合えるこの機会、見逃すにはあまりに惜しい」

「……糞が、そうだよなァ。テメェはそういう人種だもんなァ」

 

 大和は溜息を吐きながらも、その眉間に何本も青筋を立てる。

 

「なら殺してやるよ。数年振りに俺に傷を負わせてくれたんだ……斬り刻んでバラバラにしてやるッ」

「望む所。殺し殺される事こそ我が望みなれば──」

 

 互いの殺気が剥き出しになる。

 あまりの濃度に空間が軋み、悲鳴を上げた。

 周囲の住民達は戦々恐々となり逃走する。

 今、彼等を囲んでいるのは吹雪の部下である妖剣士達のみ。

 

 二人は以前まで飲み仲間だった。

 酒を酌み交わし、談笑し合う仲だった。

 

 しかし、それもこれまで。

 刃を向け合った事で、どちらか死ぬしかない。

 

 二名に後悔などなかった。

 吹雪は万感の喜びを。

 大和は怒髪天の憤怒を、それぞれ抱いている。

 

 しかし、大和はまず百合を下ろした。

 戸惑う彼女に一張羅である真紅のマントを羽織わせ、踵を返す。

 

 百合は、今から壮絶な殺し合いが始まる事を察していた。

 彼女は叫ぶ。

 

「……大和!!」

「?」

 

 振り返ると、百合は泣きそうな顔をしていた。

 

「……私を抱くのだろう……ッ」

 

 その言葉に大和は三白眼を丸める。

 その後、ケラリと笑った。

 

「おう、後でたっぷり可愛がってやる。だから待っとけ」

「……ッ」

 

 百合は唇を噛みしめる。

 今はただ、信じるしかなかった。

 彼が無事に帰ってくる事を。

 

 片や、ドス黒い殺気と怒気を笑みに滲ませて──

 片や、極限まで研ぎ澄ませた剣気に歓喜を滲ませて──

 

 

 世界最強の武術家(殺し屋)と世界最強の剣客の死闘が、ここに開幕した。

 


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