己の内に燻る熱にうなされる様にして、百合は目を覚ました。
自分を抱きかかえる逞しいナニカ。
その主を理解した瞬間、百合は全身の力を抜く。
ほぅと息を付き、視線を上げると──頼もしい益荒男の顔があった。
「目ぇ覚ましたか」
「……誰だか知らぬが、礼を言う。ありがとう」
「大和だ」
「大和……」
大和は件の廃墟を出たところだった。
東区の街道に出ようという時に、彼女が目を覚ましたのだ。
彼は笑う。
「礼はいい。その身体できっちり支払って貰うからな」
「……牡丹の匂いがする。そういう事か」
「察しがいいな」
大和はギザ歯を剥く。
途端に、百合の胸に訳のわからない感情が芽生えた。
それが嫉妬心であると、彼女は気付けなかった。
百合は取り敢えず、あの妖剣士から開放された安堵に浸ろうとする。
が、その感情が邪魔をした。
嫉妬心を燻るのは、百合の肉体に残る性の疼きだった。
「ッッ」
疼きが止まない。
散々弄ばれた肉体と危機を脱した故の生存本能が、百合の「女」を焚き付けていた。
この逞しい男に抱かれたい。
自分を救ってくれた勇者に貪られたい。
百合は牝の本能に酔っていた。
刹那である。
大和の眼前に斬線の津波が迫って来たのは。
「!!」
大和は片手で脇差を抜き放ち、対応する。
繰り出された斬撃は千差万別。
大和は紙一重で捌き切る。
「チィ……!」
舌打ちする大和。
それでも全ての斬撃を防ぎ切り、迫り来る凶刃を弾き返した。
大和の頬に一筋の切り傷が浮かび上がった。
大和が、あの世界最強の武術家が、傷を負ったのだ。
彼に傷を負わせた張本人は、微笑みながら得物を振り払う。
その得物は世にも珍しい鋒双刃造りの打刀だった。
上身にほぼ反りがなく、腰元の部分が緩く湾曲している。
刃紋は不気味な蛙子丁子。
世にも奇妙な得物を振るうのは、ダブルスーツの上から純白のロングコートを羽織った絶世の美男だった。
──
人外の剣客集団「
彼の微笑に対し、大和は苦笑で応じた。
◆◆
「まさかお前が関わってくるたァな、吹雪。──さっきのはテメェの部下か?」
「如何にも。しかしあの者は愛を謳い朽ちた。拙者に仇討ちなどと宣う権利は無いでござる」
「なら、何故俺に刃を向けた」
「愚問也──世界最強の武術家と死合えるこの機会、見逃すにはあまりに惜しい」
「……糞が、そうだよなァ。テメェはそういう人種だもんなァ」
大和は溜息を吐きながらも、その眉間に何本も青筋を立てる。
「なら殺してやるよ。数年振りに俺に傷を負わせてくれたんだ……斬り刻んでバラバラにしてやるッ」
「望む所。殺し殺される事こそ我が望みなれば──」
互いの殺気が剥き出しになる。
あまりの濃度に空間が軋み、悲鳴を上げた。
周囲の住民達は戦々恐々となり逃走する。
今、彼等を囲んでいるのは吹雪の部下である妖剣士達のみ。
二人は以前まで飲み仲間だった。
酒を酌み交わし、談笑し合う仲だった。
しかし、それもこれまで。
刃を向け合った事で、どちらか死ぬしかない。
二名に後悔などなかった。
吹雪は万感の喜びを。
大和は怒髪天の憤怒を、それぞれ抱いている。
しかし、大和はまず百合を下ろした。
戸惑う彼女に一張羅である真紅のマントを羽織わせ、踵を返す。
百合は、今から壮絶な殺し合いが始まる事を察していた。
彼女は叫ぶ。
「……大和!!」
「?」
振り返ると、百合は泣きそうな顔をしていた。
「……私を抱くのだろう……ッ」
その言葉に大和は三白眼を丸める。
その後、ケラリと笑った。
「おう、後でたっぷり可愛がってやる。だから待っとけ」
「……ッ」
百合は唇を噛みしめる。
今はただ、信じるしかなかった。
彼が無事に帰ってくる事を。
片や、ドス黒い殺気と怒気を笑みに滲ませて──
片や、極限まで研ぎ澄ませた剣気に歓喜を滲ませて──
世界最強の