迸る殺気と剣気。
大和の殺気は生存本能に直接「死」を訴えかける漆黒の波動。
対して吹雪の剣気は、静謐さを以てして万象切断を成す手前の表れ。
両者、睨み合う。
そして──消えた。
目にも止まらぬ疾走。
その秘密は武の極みに達した証である神速の歩法だった。
しかし吹雪もまた、同等の領域に身を置く者。
純白の闘気を纏いて駆ければ、真紅の闘気を纏う大和に追いついてみせる。
直後、交わる剣閃。
思考を加速させる事で一秒を那由他まで引き伸ばし、互いの視野に無数の斬撃予測線を描き出す。
それらが作り上げる檻の中で、無想の境地が反射的に剣を振るわせた。
大和の剛剣が万物両断せんと唸りを上げ、吹雪の柔剣がそれを飽和し断ち切る。
合わせた刃は優に百を超え、千を超えた。
「!!」
大和の太刀筋が変化する。
その軌道線は吹雪を以てしても予測不能。規則性の無い湾曲を描く防御不能の斬撃だった。
大和は埒外の筋肉と関節強度で万象の法則に逆らい、放った斬撃を途中で軌道修正しているのだ。
重なり合う筈の刃がすれ違う。互の目丁子の乱れ刃が吹雪の首筋に食い込んだ。
しかし吹雪は刃の進行方向に逆らわずに側転。流動的な動きで斬撃の威力を受け流し、軽功なる業で大和の得物の上に乗った。
即座に放たれる神速の銀閃。大和の眼前に白露の刃が迫る。
得物──大太刀に乗られている以上、脇差でしか追撃は行えない。大和は防御せず、攻撃に転換した。しかも脇差を投擲するという方法で。
強力なスナップを効かせて放たれた神速の刃を吹雪は難なく弾き、虚空へ跳ぶ。
宙に舞った赤柄巻の脇差が戻るまでに、二人は剣戟の応酬を再度交えていた。
吹雪は先程大和が見せた軌道変化の太刀筋を独自に改良、発展させ、既に自分のモノにしている。
面白いほど不規則に歪む斬撃軌道線に晒され、大和の顔が苦渋で歪んだ。
その頬が、浴衣が、斬線を避けきれずに裂ける。
長い長い遊泳を終えて落ちてきた脇差。
それを大和が拾い上げると共に、二名は鍔迫り合いに突入した。
金属が潰れる音が爆風によって掻き消される。
周囲の妖剣士達は啞然としていた。
「……ッッ」
「凄まじい……ッ」
「これが、武の頂に座す方々の戦いなのか……!!」
彼等は今の応酬を一割も把握できていなかった。
次元が違い過ぎるのだ。
それは百合も一緒だった。
己が肉体で蠢く性熱すら忘れ、二名の死合いに魅入っている。
一見地味な鍔迫り合いも、水面下では高等技術の応酬が繰り広げられていた。
得物を押して、引いて、巻き返そうとして、体位を変えようとして──
それらの選択肢を互いに潰し合い、拮抗が続いている。
百合は震えながら呟いた。
「凄い……っ」
ありふれた言葉だが、それ以上の言葉を百合は紡げなかった。
そして、遂に拮抗が崩れる。
崩したのは大和だった。地面が砕けるほど強力な震脚を鳴らし、背面で体当たりする。
大和は剣術家ではなく武術家。拳法も当たり前の様に極めている。
地面から莫大なエネルギーを吸収して放たれたこの一撃は、惑星すら粉砕してみせる。
しかし吹雪は吹き飛ばされただけで、五体満足だった。
彼の得物の頭から上がる白煙。あそこから衝突エネルギーを吸収し、無効化したのだ。
合気──中国武術界では
相手の力を利用、吸収する高等技術だ。
この技術を極めた武術家はあらゆる物理攻撃を吸収し、受け流す。
それどころか、力の向き(ベクトル)すらも操作してしまう。
大和がよく用いる技だ。
吹雪もコレを得意としていた。
吹雪は鉄山靠の威力を刀身に溜め込んでいた。
惑星を砕ける威力を内包した得物を一度鞘に納め、抜刀の構えを取る。
大和は眉間に青筋が浮かび上げ、蜻蛉の構えを取る。
大太刀に莫大な闘気を込め始めた。
あまりの密度に爆風が巻き起こり、空気中の水分が蒸散する。
可視化した真紅の闘気は天に昇らんばかりの巨大な剣と成った。
二名は互いに技名を紡ぐ。
「
「
「
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片や、十二の斬撃を袈裟懸けに重ねて放つ柔の極みから成る「剛」の絶剣。
片や、高密度の闘気を圧縮、解放して前方にあるもの一切合切焼却させる「滅」の絶剣。
白銀と真紅の闘気がぶつかり合い、せめぎ合い、混じり合う。
単純な威力なら大和の方が上。しかし十二の斬撃が折り重なり拮抗を保つ。
うねりを上げ、天高くに打ち上がる紅白の闘気。
威力は全くの互角。
しかし、吹雪の穏やかな声が不気味に響き渡る。
それは死の言霊だった。
「秘剣・二重覇穿」
大和の大太刀が砕け散り、右肩に逆袈裟の刀傷が奔る。
大和は驚愕の表情のまま、血飛沫を噴き出した。
その眼前で、得物を振り抜いた吹雪が歪に嗤っていた。