villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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九話「死闘」

 

 

 その頃──高層ビルの屋上で、大和と吹雪の死合いを観戦している邪神が二柱居た。

 

『緊急警報です。東区手前にてA級以上の戦士が二名、戦闘を繰り広げています。付近の住民は直ちに避難してください。繰り返します──』

 

 緊急警報を聞き流しながら、満面の笑みを崩さない銀髪褐色の美女。

 童顔に真紅の双眸。ライダースーツのチャックを全開にし、その魅惑的な肢体を惜しげも無く晒している。

 

 這い寄る渾沌、ニャルラトホテプ。

 

 そして、彼女の横に佇んでいる黄色の衣を纏った不気味な存在。

 フードで顔は隠れているが、発光する二つの緑光が視覚の役割を果たしているのだろう。

 足元には無脊椎の軟体動物──所謂タコの足が、無数に蠢いていた。

 

 彼? は驚愕交じりに呟く。

 

「ほゥ、あの男モ血を流スんだネ。しかモ赤い血とキタ。驚きだヨ」

「おいおい、それは大和に対して失礼だよ──ハスター君」

 

 ニャルが膨れ面で彼の名を口にする。

 ──ハスター。

 

『黄衣の王』

『名状しがたきもの』

『エメラルド・ラマ』

 

 風属性を司る旧支配者(グレート・オールド・ワン)

 人を狂気に導き圧倒的な力を以て破壊を齎す風神。そして穏やかなる羊飼いの神。

 大図書館の支配者であり、エジプト神話のセトとも結び付けられる知恵の神。

 幸運と王家の象徴星フォーマルハウトの領主でもある。

 

 彼はニャルに呆れた眼差しを向けた。

 

「そりゃア、ねェ……僕達ヲ退けタ存在が下等種族、人間な筈はなイと前々から考えテいたんダけド」

「人間の可能性を見くびっちゃ駄目だよハスター君! 知恵者である君ともあろうものが!」

「むゥ……でも、そうだネェ。時にハ柔らカク物事を考エタほうがイイのかもしれナイ。……僕の足ミタイに」

 

 そう言ってニュルニュルと蛸足を動かすハスター。

 ニャルはケタケタと笑った。

 

「そうだよ!! 人間は僕達の予想を常に超えてくれるんだ!! 楽しまなきゃ!!」

「……でも、君の愛しイ男、死んジャイそうだヨ?」

 

 ハスターの言葉に、ニャルは微笑む。

 童顔とは思えないほど妖艶な笑みだった。

 

「大丈夫だよ、大和は負けない。だって……僕の愛しい愛しい未来の旦那様だもの♪」

「……ソレ、自称だよネ?」

「あ~!! ハスター君今言っちゃいけない事言ったァ!! 駄目だぞ!! 乙女心を解せないなんて!! シュブ=ニグラスちゃんに嫌われちゃうぞ!!」

「大丈夫、アイツ、凄く浮気性だかラ」

「ドライ!? 夫さん凄くドライ!?」

 

 談笑も束の間、大和と吹雪の死合いは第2ラウンドに突入しようとしていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は呆けた面で砕けた大太刀を眺めていた。

 そして肩の傷口を撫でる。

 その手に真紅の血がねっとりと付着した。

 

 吹雪は嗤う。

 

「これは意外……貴殿にも赤い血が流れていたか」

 

 刹那、吹雪は後退する。

 油断無く八双の構えを取る彼の額には、脂汗が滲んでいた。

 何故か──『死』を感じたのだ。

 明確なまでの『死』が、吹雪の頬を撫でたのだ。

 

 剣士としての直感だった。

 ソレは正解だった。

 

「ククッ……ハハハッ!」

 

 大和は嗤う。

 天を仰ぎ、哄笑する。

 

「ハハハハ!! ハーッハッハッハッハッハ!!!!」

 

 吹雪も、周囲にいる妖剣士達も、百合さえも、身震いした。

 大和の背後に鬼が見えたのだ。

 数多の憎悪と殺意を愛撫する、悪徳なる黒き鬼神が──

 

「……いいぜェ、スイッチが入った。剣術で負けるのなんざ久々だ。お礼に本気、出してやるよ」

 

 大和は異空間から十文字槍と薙刀を取り出す。

 どちらも見事な意匠であり、それでいて極限まで実戦を重視した得物だった。

 

「このボケぇ……斬り刻む程度じゃ絶対済まさねぇぞ。細切れにしてやるッッ」

 

 

 ◆◆

 

 

 大和の殺気が化けた。

 正確には、凶悪過ぎる殺気が不可視の刃と成って吹雪を揺さぶっているのだ。

 吹雪が反射的に半身を防御しても、そこに白刃はやって来ない。

 直前までそこに白刃があると錯覚したのだ。

 

 大和の流派、唯我独尊流の誇る木の型「樹海」

 

 戦闘中のフェイントに用いられる殺気運用術。相手に幻覚に類似したものを見せる。

 実際には攻撃していないのだが、その濃密な殺気で歴戦の猛者すら欺いてしまう。

 一瞬の判断ミスが命取りになる戦場において、非常に有効な技だった。

 

 大和の殺気の量は莫大であり、それこそ大海原に匹敵する。

 そこから一粒の「本物の滴」を探し当てるのは困難であり、故に大和の攻撃を見切るのは真の武術家でも至難を極める。

 

「しかし、浅はか……」

 

 吹雪は唇に嘲笑を浮かべ、殺気の大海原を両断する。

 剣一本に全てを捧げてきた剣豪に斬れないものなどない。

 

 しかし大和の追撃は止まない。

 吹雪は一瞬、大和を見失う。

 次の瞬間、大和にとって都合の良い場所に自分が居た。

 

 距離を測られ、ソレを強要されたのだ。

 槍と薙刀、剣では、絶望的なまでの距離差がある。

 その距離を強制された。

 

 唯我独尊流が誇る土の型「地奔」

 

 強力な筋力と膨大な戦闘経験、圧倒的なバトルセンスがあって初めて為せる究極の歩法。

 体捌き、呼吸、死角、視線誘導など、幾多の現象が絡み合い、その全てを掌握する事で行われる、最善の間取り。

 

 この状態の大和に攻撃を当てる事は、まず不可能。

 繰り出した攻撃の全てが空を切り、逆に大和の攻撃は全て必中する。

 小さな、しかし完全に大和に支配された空間の完成だ。

 

 しかし、吹雪は斬り伏せる。

 総合力で勝てない。筋力も戦闘経験もバトルセンスも、全てに於いて負けている。

 しかし剣術のみなら、絶対に負けない。

 

 誇りとも言える自負が、それに見合った力量と絡み合い、土壇場を覆す。

 剣術では圧倒的不利な筈の空間の中で、吹雪は大和と互角に打ち合っていた。

 

 互いに互いの剣戟を吸収し、撃ち返す。

 極限の合気の応酬。

 

 大和の流派、唯我独尊流の水の型「流水」は合気の極みである。

 だが吹雪は、これに匹敵する合気を習得していた。

 

 コレと、唯一勝てる剣技にて大和と互角に戦ってみせる。

 天下五剣、世界最強の剣豪の異名に偽り無し。

 

 互いの肉体に深い傷が刻まれる。

 頬の肉が削げ、肩の筋肉が抉れ、耳が取れる。

 得物を振るう事に血飛沫が跳び、周囲の土壌を鮮血で染めた。

 

 咽返るほどの血臭が漂う中、妖剣士達は必死にその眼を見開いていた。

 慕う主の生き様を少しでも理解したいからだ。

 

 百合は祈っていた。

 この死合い、どちらか必ず死ぬ。

 生き残るのは一人のみ。

 だから、どうか──と、両手を重ねていた。

 

 小さい剣劇の宇宙が崩壊する。

 崩壊させたのは誰でもない、小宇宙を造り上げた大和本人だった。

 彼は吹雪に唐突に背を向けたのだ。

 

 今迄築き上げてきたものが全て弾け飛び、吹雪は一瞬硬直した。

 それを見逃さず、大和は薙刀で背後を薙ぎ払う。

 避ける暇も無かった吹雪は天高くに打ち上げられた。

 

「なァ、もうそろそろ終いにしようや……ッ」

「同感、同感だ宿敵よ──今宵の宴、幕引きとしようッ」

 

 地上で大和が、天空で吹雪が、それぞれ嗤う。

 彼等は最後の大技を繰り出そうとしていた。

 

 大和は薙刀を地面に突き刺し、十文字槍を虚空に放り投げる。

 そして柄尻を足先に乗せ、キャッチした。

 不可思議な行動。

 

 瞬間、十文字槍から膨大な魔術刻印が溢れ出て、数多の強化魔術が施されていく。

 

 闘気を扱う武術家は、基本的に闘気以外の力は使えない。

 使わないのでは無く、使えない。

 あらゆる異能、術式を無効化する闘気は、その他の力を例外なく否定してしまう。

 しかし、高位の魔物や神仏からの加護を限定的に受ける事は可能だった。

 

 その抜け道を、大和は利用した。

 加護なんていらない。そんなご都合主義必要ない。

 しかしたった一つ、体技を絡めた魔術を体得したい。

 

 本来、その気になれば大魔導師にもなれた大和。

 その才覚を全て一つの魔導に費やした。

 

 魔導体技混同の投擲技法。

 神話では光の御子が影の国の女王より授かったとされる秘奥義──

 

 

 相手の心臓を必ず穿つ、因果逆転の槍。

 

 

魔槍投擲(ゲイ・ボルグ)……ッッ!!!!」

 

 

 十文字槍は紅の稲妻と成りて、吹雪に一直線に飛んでいく。

 数億、いいや那由他を超える強化魔導と必中即死の呪詛が練り込まれた魔槍。

 あの「神穿ちの矢」を超える、大和の誇る最強の投擲武装だった。

 

 宇宙どころか多次元宇宙、それ以上の空間を破壊してしまう神殺しの魔槍。

 それを、吹雪を正面から迎え撃つ。

 

 避けられない、ならば正面から突破するのみ。

 吹雪は明鏡止水の極致に入った。

 

 無心の境地で放つのは極限の切断現象。

 肉体、精神のみならず視線、寿命、空間、運気・法則・魂など、有形無形を問わず断ち斬る切断の概念。

 

 己自身が刀そのものに成り、刀身一体の絶技を放つ。

 

「終の太刀、楽土断ち……ッッ!!!!」

 

 その一太刀、至上にして至高。

 迫り来る必中必殺の魔槍を「切断」する。

 那由他の強化魔術、呪詛を切断した。

 しかし、素の威力まで切断しきれない。

 

 絶対切断の概念を以てしても、魔槍投擲(ゲイ・ボルグ)は殺しきれないのだ。

 以前の吹雪ならば、ここで終わっていた。

 しかし、今この瞬間も進化を続けている吹雪は、更なる神業を繰り出す。

 

「楽土断ちが崩し、『極楽浄土断ち』……ッ!」

 

 先程の袈裟斬りの斬線に寸分違わず左斬上を重ねる。

 斬り下ろしに斬り上げ。

 斬線を重ねた事で威力は桁違いに跳ね上がり、真の「絶対切断」がここに実現した。

 

 大和の魔槍投擲(ゲイ・ボルグ)が完全に無効化される。

 しかし、吹雪の肉体もまた限界に達していた。

 

 吐血しながらも、吹雪は大和から目を反らさない。

 彼は残していた奥の手を発動する。

 

「絶剣……夢幻覇穿ッッ」

 

 迎撃しようと薙刀を構えた大和、その全身に切創が奔る。

 全身から大量に出血した大和は動きを一瞬止めた。

 

 夢幻覇穿──

 これまで斬ってきた箇所総てに〝切断〟現象を引き起こす、回避不能の魔剣。

 

 全身から血を吹き出し、よろける大和。

 吹雪は最後の力を振り絞り、落下エネルギーを合気で操作。

 大和の左肩に得物を突き刺し、心臓を穿たんとした。

 

 大和の肩に蛙子丁子の刃が深く食い込む。

 この惨状を目の前で見ていた百合は、思わず悲鳴を上げた。

 

「大和ぉッ!!!!」

 

 壮絶なる死合い、ここに決着か──

 しかし、吹雪の表情は険しかった。

 

 

 大和の灰色の三白眼が、暗黒色に染まっていたのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

「来る……来るよ!! 来る来る来る!!」

 

 超高層ビルの屋上にて。

 ニャルは歓喜と興奮で打ち震えていた。

 隣に佇んでいるハスターも戦慄している。

 

「アア、来るね……鬼神ガ、目を覚ましタ」

 

 ニャルは恍惚とした表情で己を抱きしめていた。

 熱い溜息を吐きながら、遠くの愛しき益荒男に囁く。

 

 

「久々に見れるんだね……っ、君の本性がッ」

 

 


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