Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

53 / 255
十話「悪鬼顕現」

 

 

 大和がキレた。

 想像を絶する苦痛と「鬱陶しさ」で、堪忍袋の緒が切れたのだ。

 常に余裕を保ち、笑顔を絶やさなかった彼がキレればどうなるか──

 

 この場の一同は知る事になる。

 恐怖と絶望と共に。

 

 鬼神が目覚めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 灰色の三白眼が暗黒色に染まり、瞳孔が縦に避ける。

 筋肉が躍動した事で膨大な水蒸気が発生し、褐色肌が赤銅色に染まる。

 眉間に刻まれた皺は何十本にも及び、脈打つ血管が鼻の頭まで及んだ。

 

 髪紐が解け、艶やかな黒髪が戦慄き上がる。

 一回り膨張した筋肉によって上半身の衣服が弾け飛び、その身に刻まれた幾千の古傷が浮かび上がる。

 

 豹変──この言葉が一同の脳裏に浮かんだ。

 

 溢れ出た殺気と狂気は以前の比では無い。

 溜め込んだ殺意と欲望が一気に溢れ出ているのだ。

 

 その姿──まさしく悪鬼。

 黒き鬼神。

 

 吹雪は薄っすらと糸目を見開く。

 左肩から心臓に向けて突き立てた刃が通らないのだ。

 

 唯我独尊流の金の型「金剛」

 

 各筋肉を瞬間的に締め上げ、肉体を鎧の如く硬化させる身体操法。

 吹雪の刃が心臓に届く前に大和は肩の筋肉を縮小させ、刃を止めたのだ。

 

 大和は首をもたげ、静止した刃をギザ歯で噛み砕く。

 バランスを崩した吹雪は片足を掴まれた。

 その時垣間見た大和の瞳に、吹雪は魂の底から寒気を覚えた。

 

 人間がしていい目では無かった。

 人間が宿していい狂気では無かった。

 

 ケルト神話最大の英雄、光の御子クー・フーリンに纏わる逸話に、こんなものがある。

 戦争が始まると、凶悪な怪物に変身するという逸話だ。

 

 五行の法則から成り立つ唯我独尊流、最後の型。

 火の型──「修羅転身」

 

 その名の通り、修羅に転身する禁忌の業。

 武術でも何でもない。

 ただの暴力である。

 

 怪物と化した大和はギザ歯を剥きだし、吹雪を地面に叩き付ける。

 規格外の腕力を以て、まるでボロ雑巾の如く彼を地面に打ち付ける。

 地面が絹豆腐の如く砕け散った。

 

 最早抗う力も残っていない吹雪の全身の骨を砕き、渾身の蹴りを腹に叩き込む。

 心臓以外の内臓全てを抉り潰した。

 

 中央区の高層ビルを何棟も倒壊させて、吹雪は飛んでいく。

 しかし、途中で止まる。

 その足には鎖分銅が巻き付いていた。

 

 大和は左手で鎖分銅を引き戻し、吹雪を手繰り寄せる。

 そして掌を返し、戻って来た吹雪の顔面に掌底を被せた。

 

 全身の筋肉で形成した莫大なエネルギーを掌に集約、衝撃のみを突き通す──水の型「流水」の応用、『無明神水』

 

 勁力の発露──その究極系。

 引き戻した時のエネルギーも加わり、吹雪の意識が飛ぶ。

 生まれた埒外の衝撃波。

 中央区から西区まで突き抜け、超犯罪都市の地理を変形させた。

 

 大和の追撃はまだ終わらない。

 吹雪の顔面を掴み、脇差を抜いて腹部を何度も突き刺す。

 激痛で目を覚ました吹雪を再度地面に叩き付け、その胸を脇差で縫い付け、地面に刺さっていた薙刀を首元に突き立てた。

 

 朧げな意識の中で、吹雪は想う。

 大和が武術を極めた理由はコレだ。

 生まれ持ったこの力を制御するために武術を学んだのだ、と。

 

 武術とは、弱者が強くなるための技術。

 しかし彼にとって武術は「己の強大な力を制御する術」なのだ。

 

 そもそもの意味合いが違った。

 

 生まれながら人間を超越した真の怪物に、吹雪は辛うじて語りかける。

 

「……感謝ッ」

「……」

「漸く死ねるか」

「なら死ね」

 

 吹雪の首が刈り取られる。

 笑顔の首が宙を舞った。

 

 

 ◆◆

 

 

 怪物から人間に戻った大和は、周囲の妖剣士達に語りかける。

 

「やるか? 仇討ちをしたいってんなら、相手してやる」

 

 大和の言葉に、一名の妖剣士が代表して首を横に振るう。

 

「いえ、吹雪様は──我々の頭首は満足して死にました。死闘を愛し、死闘の末に果てたのです。その生き様を、我々は穢したくない……ッッ」

「……そうか」

 

 大和は全身の力を抜くと、曇天を仰ぐ。

 満身創痍でも膝を付く事はない。

 それでも、心底疲れた風に溜息を吐いた。

 

「……ったく、だから同じ「最強」とやるのは嫌なんだ」

 

 その呟きは北風に巻かれて薄れていった。

 百合が涙を流しながら彼に駆け寄る。

 

 

 最強同士の死闘が、ここに終決した。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃、高層ビルの屋上で全てを見届けていたニャルとハスター。

 ニャルは総身を震わせると、熱の篭った溜息を吐いた。

 

「ハァぁっ♡ 大和ぉ……♡ カッコイイ……ッ♡」

 

 陶酔しきっているニャルは、胸に手を這わせ真紅の双眸を潤ませる。

 その姿は扇情的だった。

 

 対してハスターは、何やら思案している様だ。

 

「フム……人間という種族ヲ超越しタ存在、実ニ興味深い」

 

 ハスターはおもむろに黄色の衣を靡かせる。

 

「あノ怪物の原点と所以……知りタクなった。非常に知的好奇心ヲくすぐらレタよ。故に……」

 

 ハスターが黄色の衣を脱ぎ捨てると、そこには絶世の美女がいた。

 黄色の髪をショートで整え、鋭くも知的な双眸を揺らしている。

 年齢は二十代半ばほど。スタイルも抜群に良い。

 漆黒のパンツスーツを着こなし、黄色のネクタイとロングスーツでしっかりと個性を出している。

 

「女装はあまり慣れていないが……まぁ、問題無いだろう。問題はあの人間を誘い、セッ〇スし、遺伝子を摂取する事だ。あの人間はかなり性的欲求が強い、難易度は低いだろう」

 

 冷静に思案しているハスター。

 女体化して大和とセッ〇スしようとしている彼? に対して、ニャルは金切り声を上げた。

 全力☆否定である。

 

「ダメぇ!! 大和は僕のなの!! 僕のダーリンなの!! 絶対にダメぇぇぇぇッ!!!!」

「別にいいじゃないか、ちょっとくらい」

「駄目ったら駄目なのぉ!!」

 

 子供の様に頬を膨らまして涙目になるニャルに、流石のハスターも辟易せずにいられなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。