中央区、路地裏にある質素なアパートで。
大和は自室で深い休眠に付いていた。
本来であれば即手術の重傷を負っている。自然治癒能力が馬鹿げている彼でも、休眠は必須だった。
生半可な攻撃では傷一つ付かない大和をここまで痛めつけ、追い詰めた吹雪という男は間違いなく世界最強の剣豪だった。
それでも、大和は勝った。
勝因は一つ。
大和が先天的な超越者だったからだ。
人間でありながら人間ではない、怪物だったからだ。
深い眠りに付いている大和。
ここまで隙だらけな彼は本当に珍しい。
一時間程経っただろうか――大和は目を覚ました。
その肉体を蝕んでいた刀傷は大半が塞がり、体力も回復している。
この自然治癒能力も彼を超越者たらしめる所以だった。
大和は程よく柔らかい「何か」を枕にしていた。
彼は自分を膝枕し、心配そうに見つめてくる魔忍に笑いかける。
「悪ぃな……もう大丈夫だ」
「本当か? まだ一時間しか経っていないぞ。もう少し眠った方が……」
「いや、これ以上寝ると体が怠ける」
紺色のポニーテールを揺らす美少女。
鋭い双眸を心配で潤めながら魔忍、百合は大和に礼を言った。
「本当に、ありがとう……私を助けてくれて」
「勘違いすんな。俺はお前が美味そうだったから助けただけだ」
「それでも私は、お前に助けられた」
百合は大和の頬を愛おしそうに撫でる。
大和は彼女に聞いた。
「もう一人はどうした?」
「牡丹か? 隣の部屋で眠っているよ。さっきまでお前を看病していたんだ、後で礼を言ってやってくれ」
「……そうか」
微笑む大和。
彼は己の頬を撫でる百合の手を、気持ち良さそうに受け止めていた。
「っ」
百合は頬を赤くし、双眸を蕩けさせる。
熱い溜め息を吐いて、大和を見つめていた。
先ほどまで妖剣士に嬲られていた肢体は、危機を脱した生存本能も相俟って、益荒男の寵愛を卑しいほど求めていた。
一目惚れだった。邪悪だろうが傲慢だろうが、その全てが愛おしかった。
「ッッ」
しかし駄目だと、百合は自制する。
魔界都市の瘴気に感化され過ぎている、彼の色気に惑わされていると、精神統一を図る。
そんな彼女に対し、大和は起き上がり一言囁いた。
「我慢しなくていいぞ。俺も、昂ってる」
百合の中で、何かが切れた。
それは正気の糸だった。
卑猥な雌犬が目覚める。
本能的に男を求める狗は、大和を押し倒しその唇を貪った。
「んちゅ、はぁぁ♪ おいひぃ……♪ 大和ぉっ♡」
恥じらいなど無い。
唾液の味が甘露に思えるほど、百合は陶酔しきっていた。
切なげに、しかし激しく大和と舌を絡める。
大和も快く応じ、百合の舌を吸い上げる。
百合の表情がトロンと惚けた。
ボディースーツにぴっちりと浮き出たその尻を揉みしだく。
歳不相応に豊満な乳房を愛撫され、百合は嬉しそうに喘いだ。
嬉々として大和に貪られ続けられる百合。
営みに入れば両足を彼の腰に絡め、自らも身体を揺する。
最奥を突かれ、百合は激しい喘ぎ声と共に果てた。
「……あわわわッ、百合ちゃん、意外と大胆……!!?」
二人の激しい交わりを扉の隙間から覗いていた牡丹。
顔を真っ赤にしながらも、決して目を反らさない。
百合と大和の性行を見ていると我慢できなくなったのか、牡丹は「私も!!」と叫んで乱入する。
それから数日間、大和の部屋から少女達の甘い悲鳴が途絶えなかった。
◆◆
魔忍騒動から二週間後。
大衆酒場ゲートにて。様々な種族でごった返しになっている店内は、今も「あの話題」で持ち切りになっていた。
「天下五剣の一角が殺された」
「世界最強の剣豪が負けた」
同時に上がる話題は――
「あの大和が追い詰められた」
「最強同士の殺し合い、拮抗してた」
というものだった。
デスシティの新聞やニュースでも大々的に報じられている。
邪神をも葬る最強の殺し屋と世界最強の剣豪の死合いは、魔界都市では最重要項目に認定されていた。
「最強」同士の死闘は、なにもデスシティに限った話ではない、世界が、宇宙が存亡の危機に陥る。
年に数度の間隔で起こるこの大事件は、デスシティの住民にとって極めて重要で、且つ注意しなければならない内容だった。
噂をすれば――件の殺し屋がやって来る。
褐色肌の美丈夫、世界最強の殺し屋にして武術家――大和。
彼の来訪によって、店内は通夜の如く静まり返った。
大和は気にする事なく、笑顔で歩んで行く。
お気に入りのカウンター席に座ると店主である金髪の偉丈夫、ネメアが呆れ交じりに聞いた。
「キレたんだってな」
「まぁな」
「よかったじゃないか、あまり知られていない様で。お前のキレた姿は中々に悍ましいからな」
「俺ぁ嫌いなんだよ、あの姿が。だから安心してるぜ」
大和は吹雪との死合いを全く引き摺っていない様だった。
ネメアは気になったので聞いてみる。
「……殺したんだってな。吹雪の奴を」
「ああ、アイツが先に刃を向けたんだ。仕方ねぇ」
「そうか……」
ネメアはそれ以上、何も聞かない。
聞いても無意味だと悟ったからだ。
大和は煙草を咥え、火を点けながら呟く。
「強かったぜ、アイツぁ……あそこまで追い詰められたのは久々だ。だから同じ「最強」と戦うのは嫌なんだよ。こっちも無事じゃ済まねぇ……五体満足でいられて安心してるぜ」
「……」
「俺は一方的な暴力が――弱い者苛めが好きなんだよ。互角の死闘なんざ、面倒臭くて仕方ねぇ」
大和は暗い笑みを浮かべる。
その笑みは、彼を怪物たらしめる所以だった。
「アイツは馬鹿だから死んだ。俺より弱かったから死んだんだ」
「…………お前も、何時かそうやって殺されるさ。勿論、俺もな」
「そん時が待ち遠しいぜ。なぁ、ネメア?」
「……何時だろうな、その時が来るのは」
ネメアは肩を竦めながら大和の前に酒瓶を置く。
注文していないのに置かれたので、大和は首を傾げた。
酒の名前は――「雪月花」
吹雪が好きだった酒だ。
去って行ったネメアの背に、大和は苦笑を向ける。
「余計な真似しやがって……」
そう言いながらも、大和は盃に酒を注いだ。
透明な酒はしかし辛口で、冬の日に呑むと体の芯が温まる。
大和は吹雪とよく雪見酒をしていた。
彼は雪見酒が大好きだった。
盃を満たす透明な水面に自分の顔を映しながら、大和は呟く。
「馬鹿野郎だよ、お前は……大馬鹿野郎だ」
そう言って、大和は杯を満たす酒を飲み干す。
程よく喉を熱くする液体は、五臓六腑に染み渡った。
次を注ごうとしたその時――店内が著しく騒がしくなる。
大和は後ろに振り返った。
黄色の髪の、クールな美女が自分目指して歩いて来ていた。
稀に見る絶世の美女なので、大和は好奇心をくすぐられる。
しかし何故だろうか――途轍もなく嫌な予感がした。
気配を探ると案の定だったので、大和は重い溜息を吐く。
「大和、突然で済まない。私と性行をしよう」
「いきなり何言いだしやがる、ハスター」
「む? 性行では通じないか? セッ〇スで通じるか?」
「そういう問題じゃねぇ」
「些細な問題だ。さぁ大和、私とセッ〇スをしよう」
「断る」
即答されたので、黄色髪の美女――ハスターは心底不思議そうに首を傾げた。
その間に、店内の客人達は我先にと逃亡している。
顔面を蒼白にして――だ。
ハスター。
風属性を司る旧支配者(グレート・オールド・ワン)で、邪神群の中でも特に強力な存在だ。
彼女? は大和に理由を聞く。
「何故だ? 君は女とセッ〇スするのが大好きなのだろう? この容姿、あながち悪くないと思うが……」
「そういう問題じゃねぇ。ともかく断る。お前と――いいや、お前等とは極力したくねぇんだよ」
「私はしたい。だから頼む、この通りだ」
「~っ」
律儀に頭を下げられるもんで、大和は困った風に頭を押さえる。
すると、次元の壁をぶち破って褐色肌の美女が現れた。
彼女はハスターに跳び蹴りを食らわすと、泣きながら怒声を上げる。
「ハスター君!! 君は遂にやっちまったね!! 僕の逆鱗に触れてしまったね!! あれ程! 再三! 忠告したのに!! もう許さないぞ!! 大和は僕のダーリンなんだから!!」
「ふぅ……君もしつこいね、ニャル。私は別に大和と愛し合いたい訳じゃないんだ。ただ遺伝子が欲しいだけなんだよ。この人間の未知を解明したいだけなんだ」
起き上がったハスターはやれやれと肩を竦める。
しかしニャルは聞く耳持たず、臨戦態勢に入った。
「君はッ、僕を怒らせたッッ。まさか同胞にコレを出す時が来ようとは……この混沌烈拳を以て、君に天誅を下すよ!!」
「ほぅ……イイ度胸だニャル。僕もそろそろしつこいと思っていたところだ。この形態での必殺技、旋風脚で黙らせてあげるよ」
ニャルは「ほわぁぁ~」と異様な構えを取り、ハスターも片足を上げて蹴りの体勢に入る。
二人は同時に動いた。
「ほわっちょ~!!!!」
「フンッ!!」
二人が交差するその瞬間、ネメアの鉄拳が両者の頭蓋に叩き落とされる。
二人はあまりの痛さに悶絶した。
「にゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「!!!? !!!?」
ネメアは眉間に青筋を立てながら唸る。
「お前等――この店で喧嘩は御法度だって、知ってるよな?」
「ネ、ネメア!! 違うんだ!! 今回はハスター君が悪いんだよ!!」
「ネメア……君のその拳骨、凄まじいダメージ量だ。是非解明させてくれ。何なら君とセッ〇スしても――」
「出ていけ、営業妨害だ」
首を掴まれ、問答無用で店外に放り出される二人。
その騒動を後ろから眺めながら、大和は苦笑していた。
そして天井を仰ぐ。
「なぁ吹雪よぅ、もう暫く待っといてくれや。俺も、飽きたら行く」
そう言って、大和は彼が好きだった酒を飲み干した。
《完》