Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

55 / 255
第五章「黒兎伝」
一話「黒兎」


 

 

 何時も通り、凶行と悪徳で彩られている超犯罪都市デスシティ。

 妖物が凶暴化して何名喰い散らかそうが、オーク達の公開レイ〇ショーが始まろうが、住民達はソレを日常として完結させる。

 

 犯罪者の楽園、悪徳の都、現世の魔界──

 あらゆる悪逆を容認するこの魔界都市は、今日も今日とて狂気を孕み、自我を持つ様に蠢いていた。

 

 住民達の欲を煽るこの都市を、平然と遊歩する少女が一人。

 凶悪なる住民達は彼女に奇異の視線を向けるが、その身に纏う雰囲気を感じ取り、肩を竦め通り過ぎる。

 

 何だ、彼女もこの都市の住民なのか──と。

 

 住民達は初見でわかってしまうのだ。

 表世界から来た田舎者なのか、それとも魔界都市の住民なのかを。

 

 纏う雰囲気が違う。

 この都市の様相を「日常」として完結させる死んだ魂と、幾多の同類を葬ってきた血臭。

 そして強者特有の、隙の無い佇まい。

 

 魔界都市の住民を名乗る馬鹿でも、表世界の常識が抜けきらずに調子に乗る者は多い。

 そういう馬鹿から死んでいく。

 

 その点、少女は違った。

 弁えていた。

 

 故に住民達は同類と断じ、通り過ぎる。

 二十歳にも満たないこの少女は、魔界都市の住民として認められていた。

 

「お腹が空きました……」

 

 黒い兎耳が付いたパーカーをたくし上げる少女。

 美少女だった。

 未だ幼いが、顔立ちは将来期待できる。

 眼鏡の奥で灰色の双眸が冷たく輝いた。

 今時のカジュアルな服装に身を包む彼女は、フラフラと道を逸れる。

 

 向かったのは中央区で一番栄えている大衆酒場だった。

 ゲート。世界最強の傭兵が経営する粋な酒場である。

 少女は此処の常連だった。

 

 店内に入ると、多種多様な種族で盛り上がっていた。

 豪快に酒を飲んでいる傭兵達。体躯の大きい獣人や妖怪が多いので、妖精達にお願いしてその上を滑空する。

 そうして、少女はカウンター席までやって来た。

 少し背が足りないので、席に飛び乗る。

 

 隣に座っていた蟲人やガスマスクの賞金稼ぎ達が奇異の視線を向けるも、少女は気にせずネメアに手を挙げた。

 

「ネメアさん、お腹が空きました。何時ものをお願いします」

「ん……何だ、黒兎(こくと)か。何時ものでいいのか?」

「はい」

 

 新聞から視線を上げた金髪の偉丈夫、ネメアは腰を上げる。

 厨房に入っていく彼を見届けながら、少女はソワソワと肩を揺らしていた。

 程なくして、ネメアが料理を持って来る。

 

「ほれ、天ぷらうどんに野菜ジュースだ」

 

 特大のえび天が二尾、豪快に乗った湯うどん。

 野菜ジュースはフルーツ入りで甘さが際立つ。

 

 少女──黒兎は灰色の瞳を輝かせると、箸を持ち、頭を下げた。

 

「いただきます」

 

 黒兎はまず鰹節が効いたダシを一口飲んで、ほっと一息。

 そしてうどんを数回啜り、海老天を齧る。

 途中で七味を入れて味を変えれば、うどんより早くえび天を平らげる。

 うどんも完食すればダシまで飲み干し、最後に野菜ジュースをがぶ飲みする。

 そうして大きな溜息を吐き、彼女は両手を合わせた。

 

「ごちそう様でした」

「おそまつ様でした」

 

 お椀を丁寧に手渡され、ネメアは受け取りながら言う。

 

「飯代はアイツに付けておく。お前は気にするな」

「本当に、よろしいのですか?」

「ああ、そこら辺は俺がきっちりさせる」

「……ありがとうございます」

 

 微笑む黒兎。

 ネメアは彼女の口の端に七味が付いているのに気付いて、ハンカチで拭ってやった。

 黒兎は警戒せず受け止める。

 

「……すいません、わざわざ」

「いや、気にするな」

 

 微笑するネメア。

 黒兎はおもむろに彼の手を見つめた。

 

「……ネメアさん。何時もの、お願いしてもいいですか?」

「ん? ……ああ」

 

 ネメアは黒兎の頭をくしゃりと撫でる。

 黒兎は気持ち良さそうに目を細めた。

 パーカーに付いている兎耳が、心なしか立っている様に見える。

 

「やはり気持ちいいです。ネメアさんの手は魔法の手です」

「そうか、嬉しいな」

「本当に、ネメアさんが良かったです。私の──」

 

 最後まで言い終える前に、黒兎の前に三毛猫が現れた。

 二足歩行する浴衣を着た猫又は、黒兎に必死で頭を下げる。

 

 情報屋、ミケである。

 

「お嬢ぉぉぉ!! 助けてくださぇぇぇ!! お嬢しか頼れる御方がいねぇぇぇ!!」

「……落ち着いてください。ミケさん」

 

 どうやら、一波乱起きる様だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ミケは情報屋だ。

 多種多様な情報を正確に、且つ最速でお客様にお届ける事を信条にしている。

 特に正確さは重要であり、一部の誤差もあってはならない。

 

 しかし今回、とんでもない異常者(イレギュラー)がミケの商売を邪魔した。

 

「……成程、デスシティを脱出したい客人がいる手前、最短ルートとそれなりの用心棒を勧めたものの、追手の殺し屋が尋常では無いと」

「そうです!! 追手があの、あの大和の旦那なんです! まさかこんな小さい仕事に入り込んでくるなんて!! 完全予想外で!」

 

 ミケはだみ声を上げながら頭を抱える。

 ネメアは思わず溜息を吐いた。

 

「アイツは報酬さえ良ければ仕事を選ばない。今回は運が悪かったと諦めればどうだ?」

「そうはいかないんです! あっしも商売人だ! ミスした手前、そのままでとはいかねぇ!」

 

 ミケは少女──黒兎に頭を深く下げる。

 

「お願いしやすお嬢! お嬢の力を貸してくだせぇ! 2分でいい! 大和の旦那を足止めして欲しいんです!」

 

 ミケの願いに、まずネメアがその精悍な顔を歪めた。

 

「おいミケ……お前、大和とこの子の関係を知っていて、そんな事言っているのか?」

「勿論でさぁ!」

「お前──」

 

 怒気が溢れ出る。

 ミケは跳び上がった。客人達も静まり返り、酒場は緊迫で包まれる。

 傭兵王の逆鱗に触れてしまい、あわあわと怯えるミケ。

 そんな彼を庇う様に抱きかかえ、黒兎は告げた。

 

「大丈夫ですネメアさん。コレは私の仕事です」

「……いいのか?」

「はい。私は妨害屋──殺し屋や傭兵達を邪魔するのが仕事です。それに、困ってるミケさんを放っておけません」

「お嬢ぉぉッ……!!」

 

 泣きつくミケをよしよしと撫でる黒兎。

 ネメアの表情は依然、険しかった。

 

 立ち上がり踵を返す黒兎に、彼は言う。

 

「危なかったら俺に電話しろ。すぐに行く」

「心配し過ぎですよネメアさん。私、強いからですから。それに、あの男の事はよく知っています」

 

 実の父親ですからね──

 

 そう言い残し、黒兎は酒場を去って行く。

 デスシティ特有の職業──妨害屋。中でも随一の実力を誇る彼女は、世界最強の殺し屋の実娘だった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。