妨害屋は魔界都市の変わった職業の一つだ。
忌み嫌われているが、同時に重宝されている。
デスシティの殺し屋や傭兵、賞金稼ぎ達は端的に言ってバケモノ揃いだ。
彼等を妨害し時間を稼ぐ妨害屋は、雇い主達にとって最後の生命線だった。
用心棒を雇うより安く、しかし確実に時間を稼いでくれる。
限られた時間で何を成すかは雇い主次第だが、デスシティの猛者達相手に一分一秒でも多く稼げる彼等の存在はとても大きかった。
黒い兎のフードを深く被り、黒兎は目的地まで跳ぶ。
高層ビルの側面を疾走し、滑空車を八艘跳びの如く渡る。
時間帯は夜──魔界都市が最も栄える時間帯だ。
テールライトの一つに照らし出された黒兎は、まるで怪盗の様だった。
向かう場所は西区、闇市場近くの裏路地。
既存の用心棒達が時間を稼いでいるらしいが、相手は大和だ。もう一分稼げるか怪しい。
黒兎は疾く駆けた。
その手に、ミスリル銀製の長棒を携えて──
◆◆
「ひぃぃッ」
それはヤクザの組長の情けない悲鳴だった。
用心棒達を紙切れの如く斬り刻んでいく褐色肌の美丈夫に、彼は心底怯えていた。
真紅のマントが靡く。
その灰色の三白眼に組長を捉えて、大和は嗤った。
「無意味な時間稼ぎなんてすんじゃねぇよ。テメェも、もう立派な此処の住民だろう? 死ぬ時はすっぱり死ねや」
「ば、馬鹿を言うな! こんな所で死ねるか!」
そう啖呵を切ったはいいものの、両足が震えている。
大和はギザ歯を剥き出して、その身に燻る狂気と殺気を開放した。
「ぐだぐだうるせぇなァ……いいから死ねって。なァ、死ねよ。殺してやるからこっち来い」
「ひぃぃッ!!」
組長も、取り巻きの構成員も、歴戦の用心棒達すらも、恐怖で尻餅を付いた。
皆、悪辣なる鬼神をその眼に映したのだ。
最早人間にあらず。
超越者──人類の特異点そのもの。
一騎当千の力を誇りながら、その魂、悪辣にして低俗。
しかし、魂が叫ぶ欲望の形を成し遂げられる、最強にして最低の益荒男。
意思を持った天変地異、暴力の天才、悪鬼羅刹、虐殺者。
デスシティの誇る理不尽の象徴に殺意を向けられ、組長は下半身をずぶ濡れにしていた。
用心棒達は恐慌状態になって逃げていく。構成員達もだ。
最早、頼れる者はいない。
組長は悲鳴すら上げられず、目を閉じて震えていた。
赤柄巻の大太刀が大和の手の中でブレる。
組長の前まで白刃が迫ったその時──ミスリル銀の長棒が火花を散らし、大太刀を跳ね返した。
組長は恐る恐る目を開ける。
小さい少女の背があった。
「二分、時間を稼げます。その間に逃げてください」
組長は何がなんだかわからないが、とにかく駆けた。
路地裏を出て、闇タクシーを無理やり止めて、少しでも遠くへ逃げようとする。
大和は嗤いながら黒兎に告げた。
「俺相手に二分時間稼ぐたぁ……デケェ口叩く様になったじゃねぇか──ええ? チンチクリン」
「煩いですよ糞親父。加齢臭バンバン出てるんで、臭いんで、死んでください」
「……アア゛?」
「誠に遺憾ながら、貴方の娘ですので。強いですよ私は……覚悟してください。腐れ親父」
父娘の対決が、決定した瞬間だった。