大和はフッと鼻で笑い両手を広げる。
「加齢臭ねぇ……セッ〇スの仕方もわからねぇクソ餓鬼にゃ、俺の色気は理解しがたいみてぇだな」
それに対して、黒兎もフッと鼻で笑う。
「貴方のは色気というより加齢臭でしょう。臭いんで、それ以上近づかないでいただけますか?」
「ったく、ますます女としての才能がねぇ。お前、本当に俺の娘か?」
「誠に遺憾ながら、血は繋がっています。なので遺産は相続して差し上げましょう。安心して土に還ってください。できれば地獄の底だと嬉しいです」
「ハッ……未熟もんが、ほざきやがるぜ」
大和は笑顔だが、眉間に青筋を立てながら大太刀を振るう。
「いいぜ、丁度いい臓器売買の店を見つけたところだ。指先一本まで換金してやる」
「ほざきやがれです、糞親父」
とても親子とは思えない会話を交え、互いに一切遠慮無く得物を振るった。
◆◆
あの大和相手に二分も時間を稼ぐなど、本来であれば不可能だ。
それこそ、同じ「最強」の称号を持つ者しか彼を止める事はできない。
しかし、黒兎は彼の実娘である。
その武技の才はきっちりと受け継がれていた。
大和の放つ剛剣を黒兎はミスリル銀の長棒でいなす。
瞬時に長棒の先端を三つ又槍に変形させて五段突きを放った。
一息に放たれた五つの刺突に対し、大和は丁寧に捌く事で対応する。
しかし最後の一突きで矛先が変形、飴状になって大太刀を絡め取った。
鞭の様にしなる長物──その伸縮性に任せて黒兎は跳躍し、大和の顔面にドロップキックをかます。
しかし、大和は難なく左手でガードする。
そのまま黒兎を力任せに投げ飛ばした。
彼女は再度ミスリル銀を三つ又槍に変化させると地面に突き刺し、回転する事で威力を殺す。
精神感応金属、ミスリル銀。
デスシティでも希少素材として扱われているこの魔金属は、使用者の精神命令に1ナノ秒と跨がず反応し形状変化する。
強度、伸縮性共に無限の可能性を魅せる夢の金属だが、その使用の難しさから扱う者は極々限られている。
この魔金属を得物に用いている事で有名なのは、あのアラクネだ。
1000分の1ミクロンまで細められたミスリル銀の鋼糸を自在に操ってみせる。
元々鋼糸は切断、捕縛、結界、防御、傀儡、移動、追跡まで何でもござれの万能武器。
ソコにミスリル銀の形状変化の特性が加わるので、正に万能とも言える力を発揮する。
しかし黒兎もまた、ミスリル銀を用いた得物の名手だった。
大和譲りの、あらゆる武器を使いこなす戦闘センスとソレに耐えられる肉体。
彼女がその気になれば太刀、大剣、細剣、戟、薙刀、鎌、鎖分銅など──あらゆる武装を完璧に扱いこなしてみせる。
彼女はアラクネに比肩──いいや、それ以上にミスリル銀の真価を発揮できる実力者だった。
更に──黒兎の灰色の瞳に黄金のオーラが灯る。
過去現在未来までの全てを見通してしまう魔術師の冠位、魔法使いの更に上位──魔導師足りえる条件。
千里眼。
ソレを彼女は生まれながらに会得していた。
故に大和の未来を完璧に見通し、対応してみせる。
本来の彼女の実力なら防御不能の一撃も、優々と避けてみせた。
大和は愚痴る。
「遂に俺の未来まで捉え始めたか──本当の意味で魔導師の、アイツの域に踏み込みやがったな」
黒兎の母親は大和と同等レベルの規格外だ。
災厄の魔女──エリザベス。
欧州の魔術結社「黄金祭壇」の総帥であり、最古にして最強の魔導師──世界最強の魔法使いである。
世界最強の武術家と世界最強の魔法使いの間に生まれた子。
彼女は間違い無く、世界最高のサラブレッドだった。
しかし、まだ未熟なのは否めない。
二十歳にも満たない少女は、天賦の才のみで大和と張り合っていた。
武術の腕は既に右之助を超え、A級をはみ出しつつある。
魔術の腕は魔法使いを超え、魔導師の域に到達しつつある。
しかし、大和には勝てない。
最強の中でもとりわけ別格な彼に勝つには、これだけでは足りないのだ。
「勝てなくてもいいんですよ……私は妨害屋。ほんの少しの間、時間を稼げればいい」
故に──そう呟いて、彼女は七色に煌く闘気を纏った。
大和は瞠目する。七色に輝く闘気など、彼の生涯で一度たりとも見た事がなかったからだ。
違和感を感じる。
闘気以外の力を感じるのだ。
大和は瞬時に見抜き、そして舌打ちした。
「魔闘技法か……」
闘気と魔力の融合。
本来、絶対に相容れない二つの力を融合させ莫大な力を獲得する究極技法。
修得難易度最上級を誇る、大和でも扱えない力──
この技法の開発主であり、既に極めている「ある傭兵」がいた。
大和は苦笑気味に嗤う。
「ネメアぁ……あの野郎、余計な技教えやがって」
そう、魔闘技法は傭兵王ことネメアの十八番だった。