黒兎の魔闘技法は師匠であるネメアと内容が違う様だった。
大和は興味津々といった様子で黒兎を観察する。
見抜かれる前に、黒兎は駆ける。
ミスリル銀を巨大な大剣に変化させ、全体重を乗せた兜割りを放つ。
互いの体格差からこの攻め方は無謀に見えた。
しかし──大和の防御ごと、大太刀が押し返される。
「ほぅ」
大和は咄嗟に威力をいなした。
黒兎は攻めを止めない。
彼女の筋力からは本来考えれない、剛力に任せた攻めが展開される。
大和は冷静に防御しながら、彼女の力の源を探った。
(ただの出力アップじゃねェな。何だ、コイツのこの異様な力は)
魔闘技法を習得できたのは今迄ネメア一人だけ。
それ程に超高度な技法なのだ。
黒兎の魔闘技法──その真相は七つの特殊能力にある。
ネメアの魔闘技法は単なる出力アップだが、彼女のは違う。
七色が示す通り、七つの能力があった。
『倍化』『譲渡』『半減』『吸収』『支配』『破壊』『再生』
出力アップの幅はネメアに及ばないものの、その能力は多彩にして万能。
母譲りの魔術の才が、魔闘技法を真の意味で「究極技法」に至らせていた。
今、黒兎が使用しているのは『支配』の能力。
己の肉体を完璧に支配し、未熟な身体操方をカバーしている。
更に、大和の肉体を『支配』する事でその動きを止める。
世界で一番濃厚な闘気を纏っている彼に難なく干渉してみせた。
大和は瞬時に対応してみせるが、今の違和感に嫌悪心を強める。
「摩訶不思議な力使いやがって……今、俺の肉体を一瞬乗っ取ったろう」
「……」
「面倒くせぇ、今のうちに殺しておくか」
大和は少し力を開放し、大上段から得物を振り下ろす。
天地を断つ、規格外の斬撃。
しかし黒兎はその斬撃を『吸収』し、己の力に変換した。
更に何倍にも『倍化』させて、大和へお返しする。
魔界都市を両断する勢いで放たれた斬撃波。
地盤が割れ、震度六を超える大地震が発生する。
西区から東区の端まで、大きな溝が出来上がった。
「………………」
大和は半身を逸らし、最小限の動作で避けていた。
その表情には驚愕も焦りも無い。
ただただ、黒兎を凝視していた。
観察している。
解明しようとしているのだ、その力を。
「ッッ」
黒兎は耐え難い悪寒を覚える。
これ以上は不味い、そう直感が告げていた。
彼の戦闘センス、そして膨大過ぎる戦闘経験によって、能力の内容を逆算される。
後退する黒兎。
すると、大和は大袈裟に両手を広げた。
「オイオイ、逃げるなよ。もっと見せてくれ、お前の力を──内容なんざ、何時かバレるんだ」
「!」
読心術。
表情筋で心を読まれた。
「……さらばです。糞親父」
黒兎は迷い無く撤退する。
丁度、約束の二分が経っていた。
黒兎は逃亡しながら唇を噛みしめる。
総合的な才能は明らかに自分が上、何時か必ず追いつける。
しかし──追い越せる気がしない。
純粋な戦闘センスに於いて、自分は父に勝てない。
しかも、彼は未だ成長し続けている。
胸の騒めきを手で抑えながら、黒兎は夜の魔界都市を跳躍した。
◆◆
「才能は俺以上──勘も良い。しかし、まだまだ未熟……そう簡単に追い付かれてたまるかっての」
大和は肩を竦めながら、黒兎が去って行った方向を見据える。
ふと、思い出した様に三白眼を見開いた。
「おお、そうだった。さっきのヤクザの頭、殺すの忘れてた! ……んー」
体臭や声、本人の性格や癖、その他様々な要素を逆算して、標的の居場所を特定する。
何となく居場所がわかった大和はその辺にあった手頃な石ころを拾い、闘気を込める。
そして投擲した。
「恐らく近隣の同僚に匿って貰ってると見た。……まぁ、その同僚の土地ごと吹っ飛ばせば問題無いよな♪」
物騒な事を言う大和。
同時に地響きが起こる。
少し遅れて、爆発音が響き渡った。
先程投げた石ころが着弾し、標的がいるであろう事務所を丸ごと吹き飛ばしたのだ。
黒兎は妨害屋としての仕事を全うした。
この結果は、依頼主自身の問題である。
「うっし、任務完了♪」
大和は笑顔で頷くも、ふと思い出す。
「あ、あのチンチクリンもムカつくから投げておくか」
気配を探るも、足跡を辿えない。
上手く隠れた様だ。
「中々成長してるな……ハン、生意気な」
鼻を鳴らして踵を返す。
真紅のマントを靡かせ、大和は路地裏の闇に消えていった。