villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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五話「傭兵王」

 

 

 後日、大衆酒場ゲートにて。

 西部開拓時代を彷彿とさせる粋な店内は、何も飲食を楽しむだけの場所では無い。

 性に奔放なエルフ達の求愛場でもあり、妖怪達の宴会場でもあり、他種族を交えたカードゲームを楽しめる遊戯場でもあった。

 

 店長である金髪の偉丈夫ことネメアは、安心して新聞を読んでいた。

 風の噂で耳にしたのだ。

 妨害屋が、あの大和を二分も足止めできたという。

 

 彼は喜んでいた。

 実の娘の様に想い、弟子として秘伝を伝授した女の子が、あの大和と戦えたのだ。

 彼等の関係を鑑みれば複雑な心境もあるが、それ以上に嬉しさが勝っていた。

 

「……ハァ」

 

 しかし、唐突に沈鬱な溜息を吐く。

 ネメアは自分自身に辟易していた。

 大和と黒兎、どちらとも仲が良く、しかし深く関われない。

 そんな中途半端な自分に嫌気が差していた。

 

「……人間でいるのは、本当に面倒だ」

 

 邪神を超える腕力を誇ろうが、人間としての煩悶は捨てきれない。

 大和の様に心まで怪物になれば楽なのだろうが──

 ネメアはソレを拒否した。

 

 どれだけ嫌な思いをしても、どれだけ悲しい出来事に直面しても──

 彼は人間である事を捨てられなかった。

 

 何故なら、こんな自分にも誇れるものがあるから。

 苦難に耐えて前進する事こそ、人間である証明だと心得ているから。

 

 人間という生き物は「正義と悪」という極端な性質に永劫囚われる運命にある。

 ネメアはそのどちらでも無い、中立の立場を選んだ。

 

 正義を名乗るには、あまりに他者を殺し過ぎた。

 そして、悪を名乗るにはあまりに甘過ぎたから。

 

「……ふぅ」

 

 ネメアは新聞を畳む。

 記事を読む気も無くしてしまったのだ。

 すると丁度良く、客人が入って来る。

 褐色肌の美丈夫の登場に、店内が沸いた。

 

 瞬く間にエルフやダークエルフ、サキュバスの女達に囲まれる。

 そして、他の男達から羨望と憎悪の入り混じった視線を向けられた。

 それでも彼──大和は笑顔で対応する。

 

 ネメアは思う。

 皆、大和の腕力と戦闘センスに焦点が行きがちだが、その本当の強さとは、己と欲望を御し信念を貫く強靭な精神力だ。

 

 好きなものを好きと、嫌いなものを嫌いと大声で言える。

 それを貫き通すだけの強さを、想像を絶する努力の果てに手に入れた。

 

 その生き様に一切の曇り無し。

 誰よりも豪快に、残虐に、しかし正直に──

 益荒男という言葉は、彼のためにある。

 

 ネメアは彼の様にはなれない。

 それはネメア自身、一番よく理解していた。

 

 彼の様になるには、捨てなければならないものが沢山ある。

 正義、友情、道徳──人間として大切なものを沢山捨てなければならない。

 

 ネメアは違う。

 人間として大切なものを捨てない代わりに、苦労する。

 しかし、その苦労を誇りに思えるのだ。

 

 大和がネメアの前までやって来て、話しかける。

 

「よゥ」

「オウ」

「あのチンチクリンに魔闘技法教えただろう? 余計な真似しやがって」

「誰に教えるのも、俺の自由だ」

「勝手にしな」

 

 大和は笑う。

 ネメアも笑った。

 

「勝手にさせて貰おうさ。それより、何を食う?」

「何時もの天ぷらうどんだ。野菜ジュース付きでな」

「……フフフ、やはり親子だな」

「オイ、そりゃぁどういう事だよ」

「何でもない」

 

 ネメアは踵を返し、厨房へ向かう。

 その笑顔は何時もより深かった。

 

 

《完》


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