後日、大衆酒場ゲートにて。
西部開拓時代を彷彿とさせる粋な店内は、何も飲食を楽しむだけの場所では無い。
性に奔放なエルフ達の求愛場でもあり、妖怪達の宴会場でもあり、他種族を交えたカードゲームを楽しめる遊戯場でもあった。
店長である金髪の偉丈夫ことネメアは、安心して新聞を読んでいた。
風の噂で耳にしたのだ。
妨害屋が、あの大和を二分も足止めできたという。
彼は喜んでいた。
実の娘の様に想い、弟子として秘伝を伝授した女の子が、あの大和と戦えたのだ。
彼等の関係を鑑みれば複雑な心境もあるが、それ以上に嬉しさが勝っていた。
「……ハァ」
しかし、唐突に沈鬱な溜息を吐く。
ネメアは自分自身に辟易していた。
大和と黒兎、どちらとも仲が良く、しかし深く関われない。
そんな中途半端な自分に嫌気が差していた。
「……人間でいるのは、本当に面倒だ」
邪神を超える腕力を誇ろうが、人間としての煩悶は捨てきれない。
大和の様に心まで怪物になれば楽なのだろうが──
ネメアはソレを拒否した。
どれだけ嫌な思いをしても、どれだけ悲しい出来事に直面しても──
彼は人間である事を捨てられなかった。
何故なら、こんな自分にも誇れるものがあるから。
苦難に耐えて前進する事こそ、人間である証明だと心得ているから。
人間という生き物は「正義と悪」という極端な性質に永劫囚われる運命にある。
ネメアはそのどちらでも無い、中立の立場を選んだ。
正義を名乗るには、あまりに他者を殺し過ぎた。
そして、悪を名乗るにはあまりに甘過ぎたから。
「……ふぅ」
ネメアは新聞を畳む。
記事を読む気も無くしてしまったのだ。
すると丁度良く、客人が入って来る。
褐色肌の美丈夫の登場に、店内が沸いた。
瞬く間にエルフやダークエルフ、サキュバスの女達に囲まれる。
そして、他の男達から羨望と憎悪の入り混じった視線を向けられた。
それでも彼──大和は笑顔で対応する。
ネメアは思う。
皆、大和の腕力と戦闘センスに焦点が行きがちだが、その本当の強さとは、己と欲望を御し信念を貫く強靭な精神力だ。
好きなものを好きと、嫌いなものを嫌いと大声で言える。
それを貫き通すだけの強さを、想像を絶する努力の果てに手に入れた。
その生き様に一切の曇り無し。
誰よりも豪快に、残虐に、しかし正直に──
益荒男という言葉は、彼のためにある。
ネメアは彼の様にはなれない。
それはネメア自身、一番よく理解していた。
彼の様になるには、捨てなければならないものが沢山ある。
正義、友情、道徳──人間として大切なものを沢山捨てなければならない。
ネメアは違う。
人間として大切なものを捨てない代わりに、苦労する。
しかし、その苦労を誇りに思えるのだ。
大和がネメアの前までやって来て、話しかける。
「よゥ」
「オウ」
「あのチンチクリンに魔闘技法教えただろう? 余計な真似しやがって」
「誰に教えるのも、俺の自由だ」
「勝手にしな」
大和は笑う。
ネメアも笑った。
「勝手にさせて貰おうさ。それより、何を食う?」
「何時もの天ぷらうどんだ。野菜ジュース付きでな」
「……フフフ、やはり親子だな」
「オイ、そりゃぁどういう事だよ」
「何でもない」
ネメアは踵を返し、厨房へ向かう。
その笑顔は何時もより深かった。
《完》