villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第六章「悪鬼伝」
一話「大正モダン」


 

 

 大正時代。

 明治と昭和に挟まれ、15年と短いながらも、激動の道を辿った時代。

 流通、商業、メディアの発展と共に齎される外来の文化。

 しかし度重なる戦争と大震災による傷跡。

 豪華絢爛、大正モダンと称される繁栄の裏に確かにあった、退廃的風潮。

 貧富の差が大きく出た事もあり、世は混沌を象徴する時代でもあった。

 

 公にされていないが、魑魅魍魎が再度活発化した事でも有名である。

 当時陸軍中尉だった男が裏で帝都を支配。陰陽風水を以てして妖魔達を使役し、帝国を裏で支配したのだ。

 

 それに毅然と抗った当時の人間達。

 役小角(えんのおづの)を始めとした鬼狩り達。魔忍を含む帝都防衛省。土御門を中心とした日本呪術協会。

 そして、大和やネメア、デスシティの住民達。

 彼等の活躍によって魔人中尉は封印され、最悪の事態は免れたのだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 大正5年、12月──

 降り注ぐ粉雪に淑やかに彩られる娯楽と退廃の象徴、帝都。

 妖魔に齎される惨劇すらも、粉雪は優しく包み込んでくれた。

 

 街外れにある空き地にて。

 2名の男女が傘も差さずに対峙していた。

 双方、その身から凄まじい殺気を迸らせている。

 あまりの濃度に空間が歪んでいた。

 

 片方は白の着流しに身を包んだ偉丈夫。

 容姿的年齢は30代ほどか──堂々とした体躯を誇っている。

 短く刈り上げた黒髪、額に生やした2本の角。

 その双眸は憎悪で血走っており、携えた白鞘を今にも抜き放ちそうだった。

 

 もう片方は和風のゴスロリ衣装に身を包んだ美少女。

 容姿的年齢は10代ほど──まだ幼いながらも、その美貌は将来十分に期待できる。

 しかし、身に纏う殺気は偉丈夫の比では無い。

 彼を射貫く眼光は明確なる殺意を宿していた。

 その手にある仕込み傘に、既に手が掛かっている。

 

 関東を代表する大鬼、大獄丸(おおたけまる)

 鬼狩り随一の剣技を誇る少女、野ばら。

 

 2名の対峙は避けられない運命だった。

 遂この間、野ばらは1名の鬼姫を斬り伏せた。

 大嶽丸の幼馴染にして初恋の女性、鈴鹿御前(すずかごぜん)である。

 

 大嶽丸は復讐に燃えていた。

 しかし、野ばらからすればどうでもいい。

 

 鬼であれば斬る。

 野ばらは鬼という存在を心底憎悪していた。

 

 両者の対峙は一瞬だった。

 詰め寄り、数度風を斬ったと思えば駆け抜ける。

 

 無言で得物を振り抜いた両者。

 先に倒れたのは──大嶽丸だった。

 

 純白の着流しを鮮血で染め上げ、倒れ伏す。

 瞬く間に純白の絨毯を真紅色に染め上げた。

 

「……ッッ」

 

 しかし、野ばらも膝を付く。

 自慢の仕込み刀は折れ、袈裟懸けで酷い刀傷を負っていた。

 

「まだ、まだ…………私はっ」

 

 血の滲む唇を噛みしめ、野ばらは歩き続ける。

 その足跡には、大量の血痕が残っていた。

 

 粉雪が吹雪に変わる。

 荒れ吹雪く狂風に、野ばらは成す術無く呑まれていった。

 

 これ以降、2名の姿を見た者はいない。

 鬼狩りと魔人中尉は、2名が相討ちになったと思っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 時代は進み、平成〇〇年。

 科学が著しく発達し、また世界大戦も終決した事で平和になった現代社会。

 

 しかし、その裏で膨張を続けている超犯罪都市デスシティ。

 大正時代よりも、その混沌具合を一層強くしていた。

 

 曇天を貫かんばかりに聳え立つ超高層ビルの群れ。

 その間を飛び交う幻想種と飛行車種。

 住民達の様相は一言では表せず、まさに混沌。

 

 魔術も科学も、邪神も妖魔も、仙人も神仏も、皆この闇の箱庭に集まってくる。

 世に悪名高き魔界都市は、今日も今日とて狂気と憎悪を量産していた。

 

 この都市で唯一の憩いの場になりつつある大衆酒場ゲート。

 西部開拓時代を彷彿とさせる粋な店内には、一時の安らぎを求めて多くの客人が集っていた。

 

 エルフの美女達がその絶世の美貌を餌に金づる達を誘い、精魂共に搾り取ろうとしている。

 オークの戦士は自慢の獲物を研ぐと同時に、今日の成果をテーブルに並べていた。

 小妖精達は外宇宙より来訪してきた宇宙人に興味津々で話しかけ。

 重厚な装甲を誇るアンドロイドはハイオク仕立ての麦酒をゴクゴク飲んでいる。

 

 獣色の強い犬の獣人女達は趣向の偏った傭兵を囲い、甘い吐息を吐いていた。

 大雀蜂と蟷螂の蟲人達は互いの生来の得物を比べ、称賛し合っている。

 恐竜を連想させる亜人がノコギリの様な牙を見せて、他の客人達を笑わせ。

 地縛霊達は憎悪を吐き散らしながらも、ちびちびと熱燗を飲んでいる。

 

 来るもの拒まず、去るもの拒まず。

 ルールさえ守れれば、どんな客人であろうと歓迎する。

 それが大衆酒場ゲートの在り方だった。

 

 美男美女の給仕達がせわしなく動く中、きびきびと動く異風な少女が一人。

 和服をアレンジした給仕服に身を包み、薔薇の髪飾りを揺らす。

 艶のある黒髪をサイドテールにした美少女は、容姿に反する美貌を誇っていた。

 

 見惚れる客人達が数多。その中でも恰幅の良い不細工な傭兵が、下品な笑みを浮かべている。

 彼に話しかけられるも、最低限の応対だけして切り捨てる美少女。

 その反応にも興奮しているこの傭兵は、既に手遅れなのだろう。

 

 カウンター席まで赴いた彼女は、金髪の偉丈夫──ネメアにオーダーを告げた。

 

「注文よ、店長」

「はいよ」

 

 新聞を畳み、顔を上げるネメア。

 不愛想な彼女の面を見て、思わず苦笑する。

 

「もう少し表情を柔らかくできたら完璧だな──野ばら」

「余計なお世話よ」

 

 唇を尖らせる美少女──野ばら。

 何の因果か、彼女は時空を超え、現代にて大衆酒場ゲートの給仕を務めていた。

 

 


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