場所は変わり、青宮霊園にて。
ネメアと恋次が噴水場に座るも、野ばらは立ったままだった。
ネメアの顔を立てたとはいえ、まだ恋次の事を信用した訳では無い。
恋次は先代、今代への恩義。そして若頭への忠誠心を説明した。
今回の事件は自分でケジメを付けるとも。
「……」
無言ながら、野ばらも一応納得していく。
が、彼女には気がかりな点が一つあった。
それを恋次に問う。
「ねぇ、恋次」
「何だ」
「貴方は……彼女と、鈴鹿御前と戦えるの?」
「……アイツはもう、死んだ筈だ。適当な事を言うんじゃねぇ」
「いいえ、生きているわ。確実に」
「!!」
恋次はその鋭い目を見開く。
野ばらは淡々と告げた。
「あの女は確かに私が斬った。でも殺しきれなかった……今も生きている筈よ」
「…………そうか」
複雑な表情で俯く恋次。
初恋の相手──しかし五十嵐組への忠誠心がある。
両方に揺さぶられる恋次に対し、野ばらは再度問う。
「で、どうなの? 貴方は彼女が立ち塞がったら、戦えるの?」
「……」
「聞かせて頂戴」
恋次は暫く黙る。
そして、静かに頷いた。
「ああ、覚悟してる……俺はもう大嶽丸じゃねぇ、恋次だ。恋は二の次──そう決めた」
「……そう、なら私から言うことは何もないわ」
野ばらは頷くも、恋次に鋭い眼光を向ける。
「でも覚えておいて。貴方は私の仇敵、何時か必ず殺す」
「……」
「それでも……殺すのは最後にしておいてあげるわ」
「……感謝する」
一応、この場だけでも和解が成立した。
ネメアはほっと一安心する。
すると、唐突に黒曜の風が吹いた。
この瘴気を纏った魔風──野ばらは表情を顰め、恋次は驚愕で口を開ける。
風が止んだと思えば、三名の前に絶世の美男が佇んでいた。
大日本帝国を彷彿とさせる漆黒の帽子と軍服、邪気と稚気を孕んだ金色の邪眼。
両手にはドーマンセーマンの描かれた白手袋。
地まで届きそうなマントを靡かせ、彼は優雅に一礼した。
「やぁ諸君。式神を介してで誠失礼ではあるが、挨拶させてもらおう。……元、大日本帝国陸軍中尉、
彼こそ稀代の大陰陽師にして陰陽風水を極めた魔人。
百鬼の頭領、雅貴である。
ラスボスが自ら登場したのだ。
◆◆
雅貴はまず恋次に視線を向ける。
「久しいな、大嶽丸。寂しかったぞ、どうして俺の元へ戻ってこなかった」
悲哀を込めた問いかけに対し、恋次──大嶽丸は深々と頭を下げる。
「……すいません。義理に欠けるとは百も承知。ですが、貴方はもう俺の主ではない。俺が命を懸ける方は、別にいます」
「……」
雅貴は恋次の決意のこもった目と視線を合わせる。
暫くすると、呵々大笑した。
「ハッハッハ! 大嶽丸、こやつめ!! 良い目をするようになったではないか!! 俺の部下をしている時より何倍も生き生きとしているぞ!!」
「……ッッ」
恋次は自然と目頭を熱くする。
そう、彼はこういう男なのだ。
誰よりも器が大きく、大らかであり、しかし誰よりも幼く──邪悪。
雅貴は次に野ばらを見据える。
「久しいな、鬼狩りの」
「……大正末期に封印されたと聞いたけど?」
「いや何、俺を必要としている奴等がいてな。面白そうだし、乗ったのだよ。存外、愉しめている」
「……そう、貴方と同じくらいのロクデナシが何名もいるのね」
「ハッハッハ! あ奴等は俺程ではないぞ! ……いや、そうでもないか」
顎を擦る雅貴だが、次には凶悪に笑んでみせる。
「以前は俺を殺し損ねたな、鬼狩りの。今度こそ俺の首、狩ってみせよ。俺は何時いかなる時でも貴様の襲撃を待つ」
「……相変わらずね、貴方は」
野ばらも呆れ気味だった。
彼は最後に、ネメアに視線を向ける。
「ネメア殿か……貴殿はこの面子と関わりないように思えるが?」
「なに、野ばらは俺の店の店員だったんだ。助けてやりたかった」
雅貴も、そして野ばらも目を丸めた。
そんな理由で、彼はこの場にいるのだ。
雅貴は大爆笑する。
「フハハハハハ!! 貴殿は相変わらずだなネメア殿! 豪気でありながら繊細で、心優しい。苦労するだろう。特にこんな都市ではな!」
「……」
「よいよい、これ以上は無礼だな。それにしても……鬼狩りのウェイトレス姿か、一度拝んでみたいものよ。酒の肴になりそうだ」
「斬られたいの?」
「ハッハッハ! 許せ! ジョークというやつだ! 最近ハマっていてな!」
「「「……」」」
三名の微妙な表情。
しかし雅貴は気にせず続ける。
「談笑もこれくらいにしておこうか──俺は今から、中央区に自らの居城を建てる。他にも遊戯を開催する予定だ。貴殿等には是非、我が居城へ来てもらいたい。盛大に歓迎させてくれ。この魔界都市で、狂乱の宴を楽しもうではないか!! ではな!!」
ポンと、式神だった雅貴が符になる。
それと同時に、中央区で大地震が起きた。
中心地に聳え立つ高層ビルの群れを薙ぎ倒して現れる巨大な城。
天守閣から邪悪な妖気を撒き散らしている。
南区付近の青宮霊園からでも確認できた。
野ばらは無言で踵を返す。恋次も立ち上がった。
ネメアは彼等の間に入り、言う。
「行くか」
二名は頷いた。
本格的な戦争の始まりだった。
邪仙主催の狂乱の宴を、三名で止めるのだ。
◆◆
一方、天守閣で雅貴は寛いでいた。
獰猛な虎と悍ましい妖魔の障子の先で、絶世の鬼姫を侍らせている。
デスシティの逢魔時を見届けながら、彼は鬼姫の艶やかな黒髪を撫でた。
真紅の浴衣に、憂いを残した蒼穹色の双眸。
額に生えた二本の立派な角、発達した犬歯。
妖魔的な要素を残しながら、しかしその美貌が陰ることはない。
それでも妖艶さはなく、ただただ淑やかであり、古き良き大和撫子を連想させた。
大嶽丸──恋次の幼馴染であり、インドの第五天魔王の娘。
嘗て恋次と共に雅貴に仕えていた鬼姫、
現在の名は
彼女は己の髪を撫でてくれる雅貴の親愛を受け止めながら、聞いた。
「……大嶽は、いましたか?」
「ああ、居たぞ。しかし俺の元へは戻ってこないらしい。新しい主を見つけたと言っていた」
「……そんな、彼が、貴方様を裏切るなど……考えられません」
茜は複雑な表情で言った。
それは、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
雅貴は言う。
「あ奴、良い目をしていた。信念を持った目だ。ああいう目をした奴を言いくるめることなどできん。……それに、あ奴が俺の部下であった理由は、お前が一番理解しているのだろう」
「……」
「我慢していたのだよ、あ奴は……お前のために」
「ッッ」
茜は表情を歪めた。
恋次が自分に抱いている想いは知っている。
彼がどうして雅貴の部下になったのか、その苦渋の決断も知っていた。
雅貴は真面目な顔で言う。
「あ奴をゆるしてやってくれ。茜、全ては俺の不甲斐なさのせいだ」
「そんなッ、それを言うなら、私が、私が……ッッ」
茜は涙をこぼし、唇を噛みしめる。
雅貴は彼女を抱き寄せた。
「……すまないな。お前を、泣かせたくはなかった」
「……ッッ」
茜は首を横に振りながらも、彼の胸に顔を埋める。
彼女は決意した。恋次の想いを、決意を、無駄にしないために、自分は自分の意思を貫こうと。
せめて、愛しき君である雅貴のために生きていこう、と。
そうしなければ、彼に顔を見せることすらできないと思ったからだ。
◆◆
ネメア、野ばら、恋次は最短距離を駆け、雅貴の居城に到着した。
既にデスシティ全体は警戒態勢に入っている。
付近の住民達も殆どが避難し、静観を貫いていた。
夜も近い夕暮れ時なのにも関わらず、デスシティは静寂に包まれていた。
般若を模した巨大な城門の前で、門番であろう大男が立ち塞がる。
肩まで伸ばされた黒髪に精悍な面構え。
スーツを盛り上げる堂々とした体躯。身長はネメアと同じくらいなので、二メートルを優に超えていた。
そして頭に生えた二本の巨大な角。鬼のものではなく、牛のものだ。
彼は戦意を隠していた目を見開く。
「成程、俺が出てきて正解だったな。一人だけ格が違う。これはアイツ──雅貴にはキツい相手だ」
首をゴキゴキと鳴らす大男。
野ばらと恋次は冷や汗を掻いていた。
明らかに鬼ではない。
鬼と呼ぶにはあまりに──格が違い過ぎる。
その身に纏う妖気と神気は、明らかに妖魔の枠を超えていた。
ネメアが野ばら達の前に立つ。
「先に行け。ここは俺が引き受ける」
「でも……アレは別格よ」
「大丈夫だ、いけ」
ネメアの瞳を見て頷き、先に進む野ばらと恋次。
大男も二人を見逃した。
その背を見送ったネメアは、溜息を吐きながら聞く。
「名前はなんと言う」
「そうだな……牛鬼とでも名乗っておこう」
「牛鬼か……そんな格じゃないだろう、お前は」
ネメアは碧眼を細め、牛鬼と名乗った大男を見つめる。
「推測だが、お前は嘗て中華全土の妖魔を統べ、那由他の神仙達と互角に戦った大魔王……
ネメアの問いに、牛鬼と名乗った大男は苦笑する。
「まさか初見で見破られるとはな、流石は西洋神話最強の英雄と称された男、ヘラクレス」
ヘラクレス──そう呼ばれ、ネメアは表情を顰めた。
「その名は既に捨てている」
ネメアの物言いに、大男は肩を竦めた。
「そうか。だがしかし、あのヘラクレスと一戦交える機会を得られるとはな、今日は吉日だ。おうともさ! 我こそ嘗て中華全土の妖魔を統べていた大化生、牛魔王である!」
威風堂々と、大魔王は己の真名を口にした。
中華で最も有名な伝記「西遊記」のラスボスを務めた大化生は、雅貴と同盟を組んでいたのだ。
◆◆
城内に侵入した野ばらと恋次。
彼等を出迎えたのは優に千を超える魑魅魍魎の大群だった。
百鬼夜行どころの騒ぎではない。
四方八方を不気味な化物達に囲まれても、二名の表情は変わらなかった。
恋次は野ばらに言う。
「無理やり突破する、異論はあるか?」
「全く」
恋次が白鞘を抜き放ち、野ばらは仕込み刀を構える。
刹那、二名が消え、周辺を死の嵐が吹き抜けた。
最早二名は斬鉄を成す鎌鼬に変貌していた。
魑魅魍魎の首が跳び、縦や横、斜めに両断される。
パニック状態の妖魔達を切り刻みながら、野ばらと恋次は城外広間を駆けた。
妖魔の断末魔の悲鳴とともに、濃厚な血臭が辺りを紅に染め上げる。
むせ返るほどの鉄の匂いを充満させ、それでも二名は淡々と妖魔を斬り伏せていった。
暫くして、頑強な城門に斬線が幾つも奔る。
バラバラに吹き飛んだ城門を踏み越えるのは、下駄とブーツの音。
互いの得物を振り払い、恋次と野ばらは城内に侵入した。
待ち構えていた雑鬼達は臨戦態勢に入るも、二名の殺気を伴った眼光に射貫かれ居竦む。
歴代最強の鬼狩りと東洋を代表する鬼神──
二名を止められる力など、雑鬼達には無い。
百だろうが千だろうが変わらぬ事だ。
現に、城外広間を防衛していた同胞達、数千の妖魔達は皆斬り捨てられている。
二名の背後に見えるのは、死体の山だった。
雑鬼達は逃亡する。
恋次と野ばらは先へと進んだ。
二階に進むと、それなりに力を持った鬼達がたむろしていた。
彼等は人間の女の肉をつまみに酒盛りをしている。
二人を見つけると、嘲笑を浮かべた。
「何だぁ、貴様らは? おお……鬼でありながら人間に寝返った裏切り者の大嶽丸か。……ほう、そこの女子は中々の美形。手足を切り落として可愛がってくれよう」
下品な笑みを浮かべて立ち上がる鬼達。
野ばらはふと思い出した。
両親を殺した鬼達も、こういう下種な輩だったと──
恋次は白鞘を握るも、野ばらに手で制される。
恋次は彼女の意を汲み取り、一歩下がった。
野ばらは鬼達に歩み寄りながら番傘の柄に手をかける。
「さぁ、真っ赤な血が噴き出すぞ!! ギャハハハハ!」
鬼はやらしい笑みを浮かべつつ、血錆まみれの得物を振り上げる。
野ばらは躱すでも無く、抜き打ちを放った。
閃光が走ると同時に、鬼の顔面が斬り飛ばされる。
「……ハレ? 俺の、俺の顔が……ッ」
何が起きたのかわからず、しばらく歩いてドォと倒れ伏す鬼。
傷口からは血煙が噴き出していた。
「何だ貴様!!」
「何奴!!」
他の鬼達が血相を変えて襲いかかろうとするも、既に遅い。
野ばらは仕込み刀を逆手に持ち、他の鬼達を瞬時に斬り伏せた。
断末魔の悲鳴を上げて、鬼達は崩れ落ちる。
「……行きましょう」
恋次は頷き、野ばらの隣で歩く。
互いに仇敵、されどその実力は誰よりも理解している。
決して相容れぬ関係だが、今この時だけは利害が一致していた。
このコンビを止められるものは城内にいない。
次の階で待ち伏せていた阿修羅の如き六本腕の鬼も、恋次が問答無用で斬り伏せた。
一歩一歩、着実に雅貴の居る天守閣へ向かっていく二名。
すると、天守閣寸前の大広間で真紅の浴衣を着た鬼姫が待ち構えていた。
恋次は一瞬双眸を見開くも、次には苦渋に満ちた表情をする。
鬼姫も恋次を見て、気丈な表情をしているも碧瞳に動揺の色を映していた。
恋次は絞り出すように呟く。
「鈴鹿……」
「……久しぶりね、大嶽」
幼馴染の再開を、しかい祝う雰囲気ではなかった。
◆◆
鬼姫、鈴鹿御前は腰まで届きそうな黒髪を靡かせる。
浴衣を締める帯、その背には二本の霊刀が差されていた。
片手にも一本、三メートルを超える刀身を誇る霊刀を携えている。
合計三本の霊刀を所持する第五天魔王の娘は、しかし恋次に何も言わなかった。
恋次も鈴鹿御前──茜に対して、何も言わない。
互いに互いを理解し、慮っているからこそ、余計な事は言えなかった。
野ばらはその空気を敢えて断ち切る。
「いきなさい、恋次。この女は私が斬る」
「ッッ」
「それとも、一緒に斬られたいの? ……さっきの、五十嵐組の忠誠心とやらは嘘なの?」
あえて辛辣な言葉を投げかける野ばら。
恋次は唇を噛みしめ、白鞘の柄を強く握るも……前へ出た。
「……頼んだ。俺は雅貴様とケジメ、つけてくる」
「わかったわ」
恋次は黙々と歩み、茜の隣を通り過ぎた。
背後へ通り過ぎる恋次に振り返ることなく、しかし悲哀に表情を歪め、茜は言う。
「さようなら──大嶽」
「……ああ、さようならだ」
二人の会話はそれだけだった。
恋次は天守閣に続く階段を上がっていく。
茜の鬼気が爆発した。
先程とは一変、憎悪と敵愾心を剥き出しにして野ばらを睨み付ける。
野ばらは無表情で番傘を構えた。
「憎き鬼狩りの小娘が……ッッ 貴様は決して許さぬッ、雅貴様を、愛しき我が君を邪魔する輩は、全て斬る!!!!」
「やれるものならやってみなさい。また斬ってあげるわ」
茜が霊刀を抜き放ち、野ばらが身を屈める。
女剣士同士の戦いの火蓋が、切って落とされた。
◆◆
恋次は天守閣に到着する。
漆黒のロングコートを靡かせ、白鞘を携えて、ただただ前進する。
その表情は何時になく険しかった。
獰猛な虎と不気味な妖魔の描かれた障子を切り裂く。
その先には、丁度西側に沈む夕日をバックに佇む魔人中尉が居た。
元・主にして、初恋の女性の想い人。
恋次はサングラスを取って捨てる。
そして抜刀の構えを取った。
「お覚悟を……雅貴様」
「よい、よいぞ大嶽丸! 俺とお前には色々確執がある。今日はそれを全て清算しようではないか! 互いの命をかけてな!」
両手を広げ、狂気の笑みを浮かべる雅貴。
恋次は白鞘の鯉口を切った。夕闇を銀閃が裂く。
幾星霜をまたいで因縁の対決が、今始まった。